プロローグ
俺の過ごす日々はただひたすら平凡で平和で、それはこれからもずっと変わらない。
でもそれに不満なんて無く、これから先何年生きるか分からないが、よっぽどの事が無い限り俺はきっとそこそこ幸せな人生を送れるんだろう。
ずっとそう思っていた。
あの時までは。
冬の水は冷たく、容易く俺の体温を奪った。
ああ、こんな事ならたまにニュースなんかでやってる緊急時の対処法なんかをもっと真剣に聞いておけばよかった。
しかしその後悔は、もう痺れて四肢を動かす事もできない自分がするには遅すぎる。
よくある話だ。溺れていた女の子を助けようと飛び込んだ。ただそれだけの話。
ここで華麗に助け出せれば格好良かったんだろうが、生憎と俺は幼い頃スイミングスクールを一週間で投げ出した男である。なんとか女の子を最後の力で押し出した所で力尽きてしまった。
ああ、助けようとして救助者が死んでしまうのもよくある話だな、なんて他人事のように思う。
もやがかかっていくように段々と薄れていく感覚の中、俺の耳に複数の声が届いた。遠くから発しているように感じるのに、何故かちゃんと聞きとれる声達。
俺を助けようとする声の中、女の子の息があるという喜びの声が聞こえてくる。続けて聞こえる女性の泣き声。女の子の母親だろうか? それが嬉し泣きであってほしいなと思った。
少しの安堵を覚えた所で声も聞こえなくなった。
まるで世界が終ってしまったような静寂の中、女の子を助けられたらしい満足感と、まだ二〇歳という若さで死んでしまう自分のアホさに少し笑った。
真っ暗で何の音も感覚も無い、ただただ静かな世界。それがだんだんと今度は白く染まってきた。
死んじゃうんだな、と今更ぽつりと思う。そこには少しの悲しみと、自分の死を悲しんでくれるであろう人達への罪悪感がこもっていた。
まあでも仕方ない。全ては過ぎた事だ。
痛みを感じず安らかな終わりだったのもあって、俺は結構静かな気持ちで自分の死を受け止めていた。
真っ白に染まっていく世界。もし輪廻転生があるのなら、また日本の男として生まれたいなと思う。女の子を助けたんだからそれぐらい叶えてもらっても良いんじゃないだろうか。
冗談半分にそんな事を考えながら、俺の意識は眠るように落ちていく。
最後の最後までふざけた思考を続けられた自分に不思議な満足感を覚えつつ、俺はとうとう完全に意識を失った。
*
ここで終われば良くある話。
少し話題になった後は、近しい人達以外は忘れてしまう小さなニュース。
でも話はここで終わらなかった。
男の人生は舞台を日本から異世界へ変える。
このお話は、異世界に来たけど冒険することもなくただ平凡な日々を過ごす男の物語。
女の子を助けた男に対する、神様のちょっとしたご褒美のお話。
初投稿の為、まずい個所がある場合はすぐ修正しますので注意して頂けると嬉しいです。
読んで下さりありがとうございます。