止まらない悲劇への序章
今回は、編集に1日置きました。でも、第九部からはもっと間を空けると思います。
物語も終わりへと進み、今回の話は今まで載せた話の中で一番文字数が多くなりました。
是非、ご一読下さい!
雨脚は徐々に強くなり、窓を打ちつける音も大きくなる。
無事に学校に辿り着いた俺と香苗は、クラスが違うため別々に別れた。その時に彼女は、
「今日の放課後──、一緒に帰りましょう?」
そう言ってきた。……今朝あのコンビニにいたってことは、そこそこ帰り道も一緒なんだと思う。俺は頷き、承諾した。
1-Bの教室に入り、自分の席に着くと、隣には茜がいた。今朝は出会わなかったんだけどな……。
「……来てたのか。おはよう、茜」
「………」
無視だった、茜はそっぽを向いている。なんだか怒っているみたいな表情だ。
と思うと、チラッとこっちを見て茜が言う。
「今朝…、別の女子と登校してきたでしょ…」
ああ、なんだ。そのことか。
「ああ、C組の香苗だ。今朝初めて知り合って一緒に来たんだ。茜いなかったから。」
「今日初めて知り合ってもう呼び捨てですか……」
茜は溜め息を吐く。どうしたのだろう、まだ調子が悪いのか?
「まぁまぁ、気にすんなよ」
なだめるように言う俺。
その途端、茜がガタッと立ち上がり叫ぶ。
「──気にするに決まってんでしょ!? 幼なじみなんだから!! って言うか、昨日は待っててくれるって言ったじゃない!」
俺も、もちろんクラスにいた他の奴も驚く。
いきなり大声出すなよ……。
「落ち着けって茜! 顔怖いから! 何でそんなに怒ってるんだよ?」
俺は肩を掴み、諭す口調で茜に訊ねる。
「いや……、なんでもない。ごめん……」
茜はシュンとした表情になり、自分の席に着く。やけに落ち込んだ様子だった。
「ああ……、俺の方こそ悪い……」
その後は、何だか気まずい空気の中で授業を受けていた。
そんな俺達の様子を、茜の隣の席である悠はただ横目で見つめていた。
* * *
凄く気まずい雰囲気の1時間目が終わった後、俺は直ぐに教室を出た。
──とても重い空気だった……。俺の隣が……。
そして、逃げる為に男子トイレに繋がる廊下を歩いていると、
「あのー、あなたが海藤響ですか?」
俺は声のした方向を振り向く。しかし、声の主らしき人物は見当たらない。
……おかしいな?確かに名前を呼ばれた気がしたんだけど。
するともう一度……
「こっちですよ、こっち!」
そして俺は、さっき向いていた方に身体を戻す。すると、そこには知らない男子生徒がいた。
黒い髪は長く、目まで隠れている。背も、悠よりちょっと高いぐらいだろうか。それでも小さい方だった。
「これから、お時間頂けますかね?」
「これからって、今からか?」
今からと言っても、授業合間の休み時間もあと2分ぐらいしか残っていなかった。俺は付けていた腕時計を見ながらそう言う。
「はい、今から1時間分の授業をサボってもらえますか?」
お前何言ってんだ──、そこまで言いかけてから俺は考える。
「要件は──?」
その言葉を待っていたかのように、その男子生徒はそこしか見えてない口角を吊り上げ、ニヤッと笑う。
「ふふっ、そうですね、例えば、今起きてる連続惨殺事件の事──とかですか?」
俺の目は驚きで見開かれた。
コイツが──
あの事件の情報を握っているのか?
しかも、俺が持っていないモノを?
「その誘い……、乗るしかないな」
俺はソイツの誘いに乗った。幸い、俺のクラスの2時間目は自習だ。雨で外の体育が無くなったからだった。
「ありがとうございます。では、会議室に来て下さい」
会議室か……、最近使われていないから誰も寄り付かない場所だろう。あ、そうだ。
「そういやお前、名前は?」
これから話をするにあたって、名前は聞いておかなければならなかった。
なんか、根暗な雰囲気の名前なんだろうなぁ。
俺は勝手な想像をしていた。
「──そうですね、僕のことは『影』とお呼び下さい。」
コイツ…名前すら言いたくないのか……。つか暗いな、やっぱり。
俺と影はこそこそと廊下を歩き、誰もいない会議室へと辿り着いた。辺りをキョロキョロと見回し、誰も来てないことを確認した影が話を切り出す。
「それでは、問題の話をしましょうか──」
「いや、その前にだ。影よ」
なんでしょう──?と、影は首を傾げる。
「……なぜ、その話を俺にする?」
すると影は、口元を押さえてクスクスと笑う。その様子はどこか不気味で、生気というものが感じられなかった。
「それはあなたが──私に選ばれたからですよ」
おかしなことを言う奴だ……こんな奴の言うことなんて信用して良いのだろうか?
「私を疑う必要なんてありませんよ──私はあなたとは違うんですから……」
話をすればする程、謎が増えていく。……もういいや。
「よく分からんが、よく分かった。それで、俺の持っていない情報を教えてくれ」
すると影は、さっきとは違うキョトンとした顔で首を傾げる。……口の動きだけで表情が大体分かるようになっていた。
「おや? 私は『情報を提供する』などとは話をしていませんよ? 何を勘違いしているのです?」
ああ…、教室に帰りてぇ……。
あの気まずい雰囲気の中でもいいから、コイツと一緒だけは嫌だ──。
「──ははっ、冗談です。しかし……」
コイツ、かなりの根暗だと思っていたが、普通に笑うのな……。若干キャラが崩壊しているようにも見える。
影はその次の言葉を、ゆっくりと消えるように紡いだ。
「……あなたが、犯人だと疑っている人物は誰ですか?」
唐突だった。俺は少しの間だけ硬直する。
「──何言ってんだ? 俺にそんな事聞いてどうすんだよ……?」
すると突然、影の口調がとても真面目なものに変わる。
「あなたはもう、他の人間より多くの情報を握っています。それはつまり、あなたが『一番犯人に近い人間』ということ。そんなあなたが犯人だと疑っている人間は誰ですか──?」
俺の額から汗が流れる──。
コイツはヤバい……、他の人間とは違う──ッ!
そんな感覚が、俺を襲っていた。
「俺は……」
迷っていたんだ。
きっとアイツはそんな事はしない。
しかし、アイツの中学時代の事なんて俺は何も知らない。
だが、成績学年トップ2で、俺の次に知識が豊富なアイツなら──。
「凱人なら、完全犯罪だって連続で起こせるんじゃないのか……?」
それは、最早答えではなかった。
根拠も証拠も、勘すらも働いていない。
でも……
「アイツ……俺が警察の持っていない情報を持ってるって言ったら、興味津々だった。きっとそうして、俺に話をさせたかったんだ……」
影はただ無言で、微笑を湛えながら俺の話を聞いていた。
くそっ──なんでこんな話を……。
「昨日の体育の時だってそうだ、散々俺のことを急かしたくせに、結局アイツは姿を現さなかった。先生に用事ってのも嘘だったんだ……きっと──」
俺の頭は真っ白だった。『きっと』や『恐らく』などという言葉ばかりが出る。
「はぁ……、はぁ……」
俺はガックリと両手両膝を床に付き、荒い呼吸をする。
同級生の、しかも友達を連続殺人犯として疑う。
──それが、恐ろしくて恐ろしくて堪らなくなっていた。
「……なるほど」
影は余裕の表情で、ただ一言呟いた。
「あなたの考えはよく分かりましたよ。確かに辛いですよね、同級生を疑うなどと。でも──」
──それがあなたの運命ですよ──
そう、耳元で小さく呟いた影。俺はただ放心し、その言葉の意味を考える余裕すらなかった。
「そうそう、そしてもう一つ──」
人差し指を立てて、何かを説明しようとする影。俺は両手に力を込め、上半身を上げる。
「昨日の放課後の帰り道、あなたと悠さんが別れてからの話なんですが──」
……昨日のあの時か。あの時の悠もなかなかに気になることを言っていたな。
「別れてからしばらくはその方向に歩いていたんですが、数分経ってからUターンしたんですよ。悠さんが」
その言葉を聞いて、俺は絶句する。
──なん、だと……?
そう、悠と別れて数分後とは、俺が歩いている後ろに気配を感じた頃だ。
じゃあ、あの時の犯人は悠だって言うのか──?
「……ですが、その後どこに向かったのかまでは分かりません」
何だかもう、わけが分からなくなってきた。
──俺の目には非常に怪しく映る、成績学年トップ2の凱人。
──俺と別れた後に不可解な行動をとった、転校生の悠。
──中学時代の二股を未だに引きずっている可能性がある、友達の大介。
みんながみんな、怪しく見えてしまう。
……これじゃあ俺、人間不信になっちまうよ。
自分が勝手に首を突っ込んだ事件に、自分の精神が捕らわれてしまう。そんな自滅行為に、俺は苛まれていた。
俺が顔を上げると、そこには影も、誰もいなかった。
あれ……?扉を開ける音したっけ……?
その時、2時間目終了のチャイムが、会議室内にも響いた。そこで俺は思考を停止させる。
まぁいいか……、教室戻ろう……。
俺は重い身体を持ち上げ、会議室を出る。
──雨はやっぱり、止まずに降り続けていた。
* * *
3時間目の授業中、雨に流されるように忘れ去っていた昨日の記憶を思い出す。
『分かったよ……、待ってる。』
昨日、電話で俺が茜に言った言葉だ。
俺はハッとして、隣に座っている茜を見た。彼女は無表情で、ただ黒板に書かれた文字をノートに写していた。
彼女は覚えていたのだろう、昨日の俺の言葉を。 そして、その言葉を忘れていた俺を怒鳴った。
いや……、当然だよな。俺は約束を破ったんだから。悪いのは俺だ。
俺はノートの端を千切り、シャーペンで文字を書いていった。
『今朝は悪かった。俺が全部悪い。だから、今日の昼休み屋上前の階段に来てくれ。』
俺はそれだけ書いて、丸め、隣の席へと投げる。
その紙は茜の目の前に落ち、茜はそれを拾って広げた。
しばらくその文字列を眺めていた茜は、そっと俺の方に紙を戻す。
俺は返された紙を広げてみる。
『いいよ。』
それは茜の文字で、簡単に書かれていた。
俺はホッと胸をなで下ろし、安堵する。
──良かった、断られたらどうしようかと思ったぜ……。
その後の授業は、窓を伝って流れる雨粒だけを見ていた。
* * *
◦───昼休み
午前中の授業が終わった後、俺は直ぐさま屋上の方に向かった。
勿論、今日は雨が降っているため外には出られない。しかし、だから今日ここに来る奴もいないだろうと考えたのだ。
「はぁ……」
俺は深い溜め息を吐く。
何やってんだよ、俺は……。
茜の気持ちを理解せず、自分の発言にも責任を持たない行動をしてしまった自分を恥じる。
待ってるから……って言ったのに、朝の出来事のせいですっかり忘れちまっていた。
本当に最低の男だな、俺は──。
天才でもなんでもない……。
そう考えて俯いていると、後ろからパシンと頭を叩かれる。
「何辛気くさい顔してんの? 俯いて考えるぐらいなら前見なさいよ!」
茜だった。手には弁当を持ち、少しむくれた顔をしている。
「ああ…悪い。まぁ、座れよ」
俺は階段の一番上に座っていて、茜にもそこに座るよう促す。
──少しむくれていた顔を、心配そうに眉をひそめた茜が聞いてくる。
「響……、もしかしてまだ引きずってんの?」
「当然だろ、茜に悪いことしちゃったんだからさ」
俺は俯いたままそう言う。
「……そんなことないよ」
茜のその言葉に、俺は少し驚いた。だって今朝会ったとき、あんなに怒っただろうが──。
「あれは──その…。響が約束を破って他の女子といたことが少し苛ついただけで……」
口をモゴモゴさせながら言葉を発していく茜。
やっぱり俺のせいじゃないか……。
俺は買ってきたパンを食べながら俯く。今日は気分が落ちていく一方だ……。
「い、いやそーいうことじゃなくて! とにかく、響が悪いと思ってるならそれでいいの! もう落ち込まないで!」
割と強い口調で言う茜。
慰めてくれているのか……。
「ありがとう、茜──今度、お詫びになんか好きなやつ奢ってやるよ」
茜の方を向き微笑を湛える俺。その様子を見て茜もニカーッと笑う。
「じゃあ、じゃあ! この前商店街の方に出来たフルーツパフェ屋さん行きたい!」
パフェか……、最近甘い物食べてないんだよな。そういえば。
「ああ、次の休日な。考えとくよ」
「やった~♪」
よし、やっと茜が上機嫌になってくれた……。俺もついつい頬の筋肉が緩んでしまう。
「でも珍しいね、響が他の女子と話すなんて。私と響音ちゃん以外とは話せないんじゃないかと思ってたよ」
とんでもなく馬鹿にしてるな、俺のことを……。少しカチンときたが、特に気にしない様子で話す。
「いや、傘持ってない雰囲気だったから。貸してやろうかって声掛けたんだ」
俺は今朝のことを説明する。
「ほうほう」
ただ頷きながら話を聞いている茜。
「なんだけど、結局折り畳み傘持ってたみたいで。二人で傘差して並んで歩くようになっちゃったんだよ。」
そこまで話し終えてから、茜に異変が起きた。
「プッ──ククク……、アハハハハハハハ!!」
──大爆笑だった。
「アハハハハハ、せっかく一つの傘に二人で入れると思ったのに。折り畳み傘持ってたとか!もー無理、可笑しい!アハハハハ!!」
階段に座り、腹を押さえながら笑う茜の声は、よく響いていた。
……つか、いい加減にしろよ。コイツ。
「俺だっておかしいと思ったよ。だけど、仕方なかったんだ……っ!」
だが、茜の笑いは治まらなかった。呼吸困難で死ぬんじゃないのか?コイツは。
「ククッ……、あーもう笑った!ホント可笑しなこと言わないでよ響ー!」
俺は可笑しなことなんて一つも言っていないんだが……。
「まぁ、いいか……」
俺は特に反論することはなかった。仲直り成功、だな。
昼飯を食べ終わった俺達は、教室に戻り、残りの時間を別々に過ごしていた。
* * *
「──あ、響さんこっちです~!」
靴箱のどこかから聞こえるその声を頼りに、俺は彼女の姿を捜すが、辺りにごった返している生徒達の声に掻き消されていた。
時間は放課後、学校にいる間もずっと降っていた雨は、グラウンドに巨大な湖を作っていた。
──これは、外の運動部が全滅だな……。
と言っても、その運動部さんも今頃、校舎のどこかで柔軟運動でもやってるんだろうな。
……そういや、大介ってサッカー部だったよな。茜はバスケ部だけど。
しかし、凱人や悠は部活に入っていなかった。
多分、今日ももう帰っただろう。
「こっちですよ、こっち~。」
声のする方を向くと、人垣の中からニュッと腕が高く伸びている。恐らく彼女のだろう。
「そのまま真っ直ぐ来いよ~。」
俺は、人の流れに逆らうようにして進みたくはない。彼女の方からこっちに来るよう促した。
それからしばらく経って、ようやく香苗が人垣から抜け出してくる。
「ぷはーっ、やっぱこういう日の昇降口は混雑しますね」
今こうして話をしている香苗は、恐らく部活に所属していないのだろう。じゃなきゃ、俺と一緒に帰ろうとしないしな。
「じゃあもう帰ろうぜ、こんな天気の日は家でのんびり過ごしている方がいい」
「そうですね。じめじめしてますし」
そう言って傘を差し、俺と香苗は昇降口を後にした。
ばちゃ、ばちゃ──と音を立てて歩く俺達。コンクリートの道路にも雨は溜まっていて、今もその雨量を増やし続けていた。
「やっぱ凄い雨だな……」
「全然止む気配も無いですよね……」
梅雨前線の影響があったとしても、ここまで強い雨は初めてだった。
その時、普通の住宅街を歩いていたら、香苗が何かを発見した。
「わ~、ノアザミです~!まだこんな所に咲いてたんですね~」
おっとりとした声音で言いながら、道端にしゃがんで熱心に何かを観察している香苗。
……ノアザミ?何だっけか、それ。
そう思って見てみると、それは紫っぽい色をした、頭状花序の花だった。
──そして、葉の部分が鋭く尖っていた。
「なんか……ちょっと危なそうで怖い花だな…」
俺は香苗と同じ場所で立ち止まりつつも言う。
「そんなことないですよ~、綺麗じゃないですか。この花にも、薔薇とはまた違った美しさがあるんですから……」
香苗はとても悲しそうな顔をしていた。何かこの花に思い出でもあるのだろうか?
「さ、行きましょう──?」
スッ──と彼女は立ち上がり、歩き始める。
……考え過ぎか。
「おーい、待ってくれよー」
俺はそんな彼女の背中を追った。すると、香苗はいきなり俺の前で立ち止まった。
……立ち止まったかと思うと、次は俺の方を振り向く。
徐々に近付いてくる彼女の足。顔に表情は無く、とても不気味だった。
香苗は、持っていた傘を地面に落とす。
そして──、彼女の右手が俺のズボンの右ポケットに添えられる。
「お、おい……。どうしたんだ香苗?俺のポケットなんか触って……」
「………」
彼女は黙ったまま、次は俺の腰に左腕を回す。俺は驚いて持っていた傘を落としてしまう。
傘を地面に落とし、変に抱き合ったまま雨に濡れている俺と香苗。濡れたシャツが肌に付き、少し気持ち悪かった。
「なぁ……、どうしたんだこの───、」
その時、添えられていた香苗の右手が、強く、重く太ももに食い込む。
──痛……ッ!凄い力……!?
俺は突然の衝撃に歯を食いしばる。
そして、俺の右ポケットからバキッ───と何かが壊れる音がする。……バキッ?
「ふふっ──、やっぱり気が付いていなかったんですね……」
ゆっくりと、俺から身体を離した香苗が意地悪く微笑む。……どういうことだ?
そう思って俺は、自分の右ポケットに自分の手を突っ込む。
──何か入ってるな……。
手の中には、粉々に砕けた何か固い物の感触を感じた。
取り出してみると、それは小型の機械か何かの破片のようだった。
「──盗聴器ですよ」
俺は驚愕で目を見開く。
──いつの間にか落とした傘を取っていた香苗を見つめた。
「……盗聴器、だと?誰が、一体何の為に?」
そう訊ねると、香苗は目を細めて不満気な顔をして言う。
香苗のその表情は、『何故分からないの?』というような表情をしていた。先程までのおっとりとした声音は、全く感じられない。
「……それは貴方が一番よく分かっているんじゃないんですか?響さん。例の事件の情報を一番多く持っているのは、貴方なんですから……」
香苗に出逢ってから、俺は驚かされてばっかりだった。──それより、何で香苗はそのことを知っているんだ!?
「おい……、何でそんなこと知ってるんだ……?」
俺の考えは思わず声に出てしまっていた。そういや、前は悠にも俺の考えがバレてたな……。
香苗は不満気な表情を崩さず、俺に聞き返す。その表情は、もはや別人に見えた……。
「響さん──、貴方はこんな所で、こんな不思議な女と、こんなどうでもいい会話を続けるつもりですか──?」
何を言っているんだ……、香苗は、俺がここにいてはいけないと言うのか……?
「そうです。貴方はここにいてはいけません。それは──、貴方が一番よく理解しているんだと、何回言わせれば気が済むのでしょう?」
──俺の呼吸は荒くなって、膝をガックリと折って跪く。
シャツを濡らす雨とは別に、背中に汗が流れた。
今日、影に出逢った時と同じような感覚だった。コイツらは、俺とは違う……。
頭が真っ白になる感覚──。
薄れゆく記憶の中、俺の頭の中にただ彼女の姿が浮かんだ。
───響音……。
俺は手を伸ばす。しかし届かない。
──待ってくれ……、俺にはまだ……。
───さよなら、お兄ちゃん……。
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識が戻る。
……そうか、そうだったんだな……。
俺は、兄として、響音のことを何にも分かっていなかったんだ。
「畜生………ッ!!」
俺はコンクリートで出来た地面を強く叩く。手にはジンジンとした感覚が走り、流れる雨で冷やされる。
「──さぁ、行きなさい。響さん、貴方はまだ進めるんです」
「……分かったよ、俺はまだ諦めない。絶対に響音を救ってみせる───ッ!!」
俺はそれだけ言い残し、傘も差さずに香苗を置いて走り出した。もうどれだけ濡れてもよかった。
はぁ……っ、はぁ……。
濡れた服は重たく、額を伝って落ちてくる雫は視界を塞ぐ。
───走れ、じゃなきゃ響音は……ッ!
心臓がバクバクと脈打ち、精神は焦りに浸食される。
──響音は、例の虐めグループに入っていたんだと思う。ただ、学年の違う響音が狙われる──?何故だ……?
そこはまだ理解出来なかった。
同じ高校一年生を狙わないとなると、今まで俺が組み立ててきた仮説も根拠も全てぶっ壊れることになる。
──同じ中学の人間ではない?
──もしかして複数犯?
──俺が見た蛍光塗料は、本当に俺の学校の制服のものだったのか……?
頭が混乱してくる。馬鹿になりそうだ……。
事件の事はまた後で考えよう……、今は響音のことだ──。
走る度に、足下の水がバシャバシャと跳ねる。靴も水を吸い込んでいて重い……。
角を曲がり、路地裏を突き抜け、とにかく走って自宅を目指す。
すれ違う度にぶつかる他人の視線も、今はどうでもよかった。
バシャッ──!
自宅前にあった水溜まりで止まり、俺は勢いよく玄関の扉を開ける。
まず、誰もいないのに扉の鍵が開いていた時点で俺は絶望していた。
──遅かったって言うのか……。
そう、響音はもうどこかへ行ってしまっていた。恐らく犯人のいる所だろう。
絶望と疲れが俺を襲い、脱力する俺。もう足がガクガクだ……。
その時、開いた扉の前に落ちていた紙切れに目が留まる。
その紙切れは雨でずぶ濡れになっていたが、文字だけはハッキリ残っていた。
『 友達の家に行ってる 』
俺は安堵した。妹の文字を見ただけで安心してしまった。
そうか、まだ犯人には出逢ってないんだな……。
そんな少ない情報しかないのに、俺は納得してしまっていたのだ。
──すると、近所の商店街の方から、救急車と消防車のサイレンの音が聞こえた。
「救急車ってことは……、まさか!?」
そう呟くよりも速く、身体は動いていた。
勢いよく起き上がり、商店街の方まで一直線で走り抜ける。
まさか途中で事故に──ッ!?
俺は過剰に反応してしまい、心臓の鼓動が再び早くなっていた。
──響が走り去った後、黒い影が家に入り込む。
「本当であればここで響も家に帰っていたんだけどなァ……。盗聴器も破壊されちまったし。まぁ、アイツを殺せる時間が稼げればそれでいいか……」
ニヤッと笑うソイツは、響が見た紙切れを拾う。
「勿論、作り物だ……」
* * *
商店街前の交差点、そこには救急車と消防車が止まっていた。
──その信号の先、地面にへたり込んで泣きじゃくっている幼い男児。
──横断歩道手前に止まっている、トラック。
──その横断歩道には、赤い血が雨で流され、広がっていた。
──その血の持ち主だと思われる『凱人』が、タンカーで救急車に乗せられていた。
……か、凱人!?
俺は驚き、タンカーに近付く。
「お、おい! 凱人!? どうしたんだよ、おい!」
凱人は頭から血を流し目を瞑っている。一目でもう危ないと断言出来た。
「君、この人の知り合い? じゃあ乗って!」
俺はタンカーを運んでいた人に促され、凱人と一緒に救急車に乗った。
──響音じゃなかったとはいえ、何で凱人なんだよッ!!
救急車の中で俺は歯を食いしばったが、俺に出来ることなど何もなかった。
凱人は横断歩道を渡り、トラックに轢かれそうになっていた男児を庇い、事故に遭ったという。
……ホント、優男の鏡みたいな奴だな。
そのまま凱人は、近くの総合病院まで運ばれた。
だが……もう凱人は──。
さて、今回の話で犯人が分かってしまった方も多いと思います。
この「悲劇」を書くに当たって、全然プロットを考えないできました。なので、こんな所で犯人をバラしてしまうのは本当に僕が未熟だからですね……。
でも、読者の皆様が分かっても響君は大いに悩みます。そんな姿をまだまだ読んで頂けたら嬉しいです。
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます!
次回もお楽しみに!お願いします!