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悲劇〈高校一年生連続惨殺事件〉  作者: (two)
第二章──繰り返される悲劇──
19/19

此方を睨む怨恨

 私の教室は5-2だから、その手前には1組の教室があった。廊下を歩いていると、何気なく視界に入ってしまうことがある。

 他の同級生は、ランドセルから教科書などを出したり、友達と集まっておしゃべりをしていた。なにげない普通の風景で、一見してすごく良いクラスのようにも見える。

 けれど、それは彼らがそう“見せている”だけであり、実際は良いクラスなんかではなかった。どの教室でも言えることだが。

 その証拠に、まだ来ていない生徒の、誰も手をつけないはずの机。廊下からではよく見えないが、たぶんあれは“死ね”とかが書いてあるのだろう。先生に見られる時、すぐに証拠隠滅できるように鉛筆で、塗り潰すように。

 まったく、気の毒な話だ。私も昨日、同じことをやられた身ではあるが。

 すると、陰湿な落書きをされていた机の前の席。誰も座っていないのに、確かにそこに“いた”。

 一回も話したことはないし、興味もなかったけれど。1組に『山本卓司』という男子生徒が、つい先月まではいた。

 いま、1組の教室にある彼の机には、綺麗な花瓶が置かれている。一本の切花とともに。

 私には分からない花だけど、真ん中が黄色くて、外側は白色の花だ。

 

 その花瓶は彼が死んだという“遠足”の次の日から、いつの間にか置かれていたらしい。誰が置いたのかも、いつ置かれたのかも分からないが、特に気にする者はいないという。

 1ヶ月ほど前、私たち5年生は県内にある有名な山へ登りにいくことになった。めんどうではあったが、その時は私も参加した。

 クラス毎に列をつくり、順調に山を登っていたとき。途中で天候が悪化し、強い雨が私たちに襲いかかった。このときの私は、本当に来なければよかった、と後悔した。

「──焦らないで、ゆっくり進むのよ! ほら、前の子は押さないで、足下に気をつけなさい!」

 先導役の先生が、必死に声を張り上げている。いま、私より後悔しているのは先生方だろうか。なぜ登山なんか企画したのか、こんなことになるなら、適当な理由をつけて休めばよかった。などと、考えているのだろうか。

 どうでもいいことを妄想しながら、私は歩き続けた。途中で雷まで鳴り始め、泣き出す女子も出た。

「……泣いたって、何かが変わるわけでもないのにね」

 私は静かに、涙を流す女子に向けてそう呟いた。そういえばもう5年生なのか、私たち。

 その後、私たちのクラスの方では何も起きなかった。足を滑らせたり、誰かに突き落とされた者も。

 ──私たちのクラスでは、の話だけど。先頭を歩いていた1組は、生徒も先生もパニック状態になっていた。もちろん、後から来たクラスも、事態を知った時にはだいぶ焦っていた。

 事情を聞けば、1組の男子がひとり行方不明になったらしい。それが山本卓司であり、3日後には遺体で発見されてしまった。

 彼の近くを歩いていた男子生徒によれば、下山中は雨で視覚が遮られ、弱まった頃にはいなくなっていたという。

 山本卓司が死んだと聞いた時、1組はだいぶ気落ちしていた。1週間経った頃には落ち着いてきたけど、彼がいないと何かが欠けていると感じているらしい。

 けれど、一番悲しいと思っているのは彼の母親であり、私たち2組の担任である『山本久美恵(やまもとくみえ)』先生だろう。山本卓司の葬式では悔しそうな涙を流し、その後1週間は学校を休んでいた。私はあの先生を嫌ってはいないため、ちょっとだけ寂しかった。

 なにしろ、下山のとき直ぐに先導役にまわっていたのが、その久美恵先生だ。本人はどう思っているのだろう。自分の息子ではなく、正直なんの関係もない子供だけを助けてしまって。

 そう考えると、……なんか悪いな。と思ってしまう。子供の馬鹿な哀れみでしかないし、同情と呼ぶには甚だしい。とも感じる。

「……ふぅ」

 思わず、足が止まってため息が出る。

「あら、どうしたの? 響音ちゃん、おはよう」

 振り向くと、そこには久美恵先生がいた。朝の出席確認のためのクラス名簿を手に持ち、私に愛想良く話しかけてくれたのだ。

 いまの久美恵先生は、なんとか立ち直ったみたいだった。私たちにもいつもの笑顔で接し、仕事も普通にこなしているのだろう。

 私は、この学校の教師の中で久美恵先生にだけは笑みを返すことができる。

「……おはようございます」

 慣れない口元の動きに苦しんだが、笑うことができただろうか。

 去年までは何の躊躇もなく笑えたのは、完全に作り物の笑顔だったからなのか。作り物だったとしても、今はそれすらも作れない。

「ええ、一緒に教室行きましょ!」

 私の中で浮かんだ小さな不安も、先生が返してくれた笑顔で吹き飛んだ。二人並んで、教室に入る。今日は朝起きるのが遅かったため、学校に来るのも遅れた。時間もギリギリで、他のクラスメイトたちは席に座っていた。

 その時、窓側の席三つに違和感があることに気付く。昨日はあそこの席から、私を見て笑う女子達がいた筈だ。今日は休みだろうか。

「あれ……あの子たちまだ来ていないのかしら?

 ご両親からの連絡もないし、遅刻かもしれないわね」

「ああ……なるほど」

 だが、三人がその日学校に来ることはなかった。


     *    *    *


『クラスで、いじめを見たことがありますか?』

「……いいえ」

『または、いじめをうけたことはありますか?』

「…………いいえ」

 そこまで丸をつけて、私は鉛筆を置いた。五時間目の授業は、学活。久美恵先生の意向で、クラスのアンケートを書いていた。

 しょうじき、正確なデータなどとれないだろう。真面目に書く奴などいない、ましてや『書くこと』だって出来ない。

 何故なら、今このクラスでいじめをうけている子は、鉛筆もシャーペンも持ってない。正しく言えば奪われているのだが。

 ハサミと(のり)ぐらいしか入っていない筆箱を眺め、俯いている少年少女。これさえ見れば、誰がいじめを受けているかなんてすぐに分かる。遠くから見てニヤニヤしてる奴を見れば、誰がいじめをしているかも分かる。中には、この教室では絶対にボロを出さない奴もいる。

 だけど残念、当の企画者である久美恵先生はこっちを見てない。自分の大きめな机で、日誌だか名簿をつけていた。目線は下に移ったままである。

 ──だから、例え先生の目線が一瞬こっちを向いたとしても、私にもみんなにも分からないだろう。

 

 アンケート用紙を後ろから裏にして集めた。筆を没収されている者は、一人監視がついた状態で名前と『いいえ』だけ書かされていた。何ともお気の毒だ、あの子も、みんなも。

 私は窓際に寄り、外を見下ろした。この小学校のすぐ側は、森だ。いじめっ子が対象をおびき寄せて恐喝するには、絶好のスポットになっている。私だって何度か行ったけど、とても広い森なので簡単に逃げられた。

 深い緑が囲んだその一角に、ふと見覚えのある制服姿がよぎる。濃いめの青っぽい服に、帽子。腰に装備しているのは警棒と、本物の拳銃だろう。あれは多分、警察だ。

 何人かに分かれ、一斉に森へ入っていく。何かあったのだろうか、考えても分からないことだけど。

「ねぇ、響音ちゃん。ちょっといい?」

 声をかけられ、振り返る。昼休みに声をかけられた時は、たいてい(ツラ)を貸さなければいけない。私は、不機嫌を全面に出した態度をとっていた。

 だから、顔を見るまではその人物に気が付かなかったのだ。

「ちょ……そんな不機嫌そうな顔しないでよっ。わたしまだ何もしてないでしょ!」

 茶髪混じりのツインテールに、赤色の可愛い2つのリボン。このクラスの学級委員で、男子からの人気も高い女子、『倉田友美』だった。

 なぜ人気なのかと言われれば、彼女はその整った容姿に加え、人当たりもよい。本当に小学5年生かと、私も疑ってしまうほどだ。もちろん、嫌いではない。

「あ、ごめんなさい。で、なに?」

 そっけない返事は変わらないが、表情は変えたつもりだ。彼女の顔が元の笑顔に戻ったことが、その証拠でもある。

「響音ちゃん、よかったね。今日あの三人が学校休みでさ」

 たしかにあの三人は学校に来ていないが、ちょっとびっくりした。温厚な性格である彼女の口から、鋭い刃物のような言葉が飛んできたのだ。私は目を見開いて、何も返せないでいた。すると彼女の方から話し出す。その様子は、やっぱり普段の明るい彼女とは違っていた。

「私ってさ、響音ちゃんの席の後ろでしょ? だから昨日、あの三人が響音ちゃんの机に落書きしてたの、見てたんだ。……いや、あのとき声をかければ良かったのかもしれないけど。私もあの三人に絡まれたことがあったから、関わりたくなかったの……ごめんね、辛かったでしょ。でも、“次はないからね”」

 最後の方は、声のトーンも落ちていた。何故かは分からないが、私の背筋を冷たい何かが走った気がする。

「……いや、大丈夫よ。気にしないで、あの三人は常に威張っていたい年頃なのだから」

 半分は心から、半分は作って笑みを浮かべた。こういう時には、素直に作り笑いができるらしい。ここで笑っておかないと、“次はない”ような気がしたからだ。

「ふふっそうだよね、ありがとう! 知ってると思うけど、わたし友美、これからはもっとお話しよう!」

 彼女は明るく笑って、手を出した。私も薄く笑って、その手を握る。

 “何のお話をする”かについては、その時は聞かされなかった。


     *    *    *


 海藤響音の兄、海藤響。彼は小学6年生だが、学校ではぼっち生活を送っていた。小学校では、幼なじみの茜ともそんなに話をしなかった。基本的に、人と話はしないスタイルだ。

 その日も、学校が終わると同時に、さっさとランドセルを背負って教室を出た。──別に家に帰るわけではない、腹をこわしただけだ。

 足早にトイレへと駆けつけ、個室に入る。他に男子がいなかったことに、心から安堵していた。

「ちくしょお……なにが、なにがいけなかったと言うんだッ」

 便器に座って、うなだれる少年。今日の朝か、昼の食べ物か。そういえば、今朝は卵かけご飯だったな。母が出してきたから、一体いつの卵だったのかは謎だ。

「あーもう、この形容し難い痛みはなんだ。ぎゅるぎゅると仰っている、俺はもう死ぬのか」

 ただ、極限状態(いま)の彼の言動のほうが、謎だったりもする。うなだれたまま、ブツブツと独り言ちていた。

 ──長い激闘の末、ひとまず痛みは収まったようだ。20分は戦っていた、6年生の廊下も教室も人の気配はなかった。

「……さっさと帰るか、響音も帰ってるだろうし」

 鍵は響が持っている。親が仕事でいない日は、妹よりも早く家に帰らなければいけない。彼は誰もいない廊下を走り抜け、一階に下りて外に出た。

 今日は空全体が雲に覆われていて、寒いし雨も降りそうな天気である。傘を持ってはいるが、寒いのは嫌いだ。

 走ろう。と、ランドセルを背負い直した時。体育館脇で、数人の女子生徒たちを見つけた。背丈で見ても、6年の同級生だろうと響は思った。

「リンチか? ……時間は惜しいけど、ちょっくら見てくるか」

 気付かれないよう、現場近くのゴミ捨て場に身を潜めた。ここなら、会話を聞きつつ周囲を見ることができる。

 状況は、3対1の暴力によるいじめだった。リーダーが1人、廊下で何度か見た覚えのある奴だ、名前は知らない。下っ端の奴らも6年だろうが、響には分からなかった。

 そして、被害を受けているのも6年生。しかもクラスメイトだった。『上野夢芽(うえのゆめ)』、大人しくて無口な人だ。という印象しか響にはなかった。

 彼女は3人の女子に殴られ、蹴られ、蔑まれていた。実際、蔑まれる理由など彼女には無いだろう。それでも罵詈雑言を浴びせるのが、この学校の奴らに存在する掟なのか。

 静かだった。響と、夢芽だけ。

「……あいつらの暴力が、命に関わることになれば止める」

 逆を言えば、それまでは止めない。ここで感情的になり、何の関わりもない同級生を救うのは得策ではない。いまの響は冷静だった。それこそ、何の罪もない女子がなぶられているのを黙って見ていられるぐらいに。

「あれ、降ってきたか」 

 響の鼻に、水滴が一滴落ちた。それを合図にしたように、雨は急激に強くなる。

「ちっ、降ってきやがった!」

「ここからが本番だったんだけどなぁ……まぁ、しゃーない。さっさと帰ろう!」

「そうだね、あんまり濡れたら風邪引いちゃう。──コイツは知らないけど」

 口々に雨への不満を漏らし、急ぎ足で退散する。もちろん、壁に寄りかかった夢芽など放置したままだ。

 大量の水が、地上のあらゆる物を打ちつける。機関銃をぶっ放しているような、轟音が耳に響いていた。

「……俺も帰るか、傘あるし」

 響は、その場から立ち去ろうとした。その決定より速く、彼女の声らしきものが聞こえた。

「ん? さっきあいつ、何か言ったか?」

 そう思って、もういちど夢芽へと視線を向けた。何かしゃべっていた、何度も何度も。

 耳を澄ます。激しく耳朶を打つ雨音を掻き分け、彼女の声を辿った。

 小学6年生の時の響は、まだ読唇術(とくしんじゅつ)を使えなかったため、口の動きを読むことはできない。だから、必死に聴覚を働かせた。

 俯き、ブツブツと何かを唱えている夢芽。響からその顔を見る事はできず、ただ口が動いているだけだ。

 口の動きは止まらず、ゆっくりと彼女の頭が持ち上がった。長めの前髪からは無数の水滴がボタボタと流れ落ちる。

 響は毒虫を噛み潰したような顔をつくった。思わず、口に出てしまう。

「……あれは、ひどい」

 前髪の隙間から覗いていたのは、濁りきった瞳。照らしているのは光ではなく、絶望と諦念。あの目は何も見ていない、と響は直感した。

(けっこう続いてるヤツなのか……? どっちにしろ、あの子の精神はギリだな、いまは)

 夢芽は斜め上を見て、薄ら笑いを浮かべ始めた。まだ、口を動かしたまま。学校での大人しい様子からは想像もできず、響はゾッとする感覚を味わう。

 ──口の動きが、止まった。上を見上げた体勢のまま、固まっている。

 結局、聞けずに終わってしまった。と、響は考えた。

「…………お前ら“も”! 殺ざれちまえばいいぃんだよおおぉぉぉーッ!」

 不意を突いた、怒号。しわがれた声になる程、彼女が大きく叫んだのだった。

 当然の如く、一瞬誰の声なのかも理解できずに響は驚いた。四方をぐるぐると見回し、目にかかった雨を払う。

「えっ、えっ、あれ──?」

 ぬかるんだ土に足を滑らせた。その弾みで、濡れた土の地面に大きく尻餅をつく。──音が、彼女の耳まで届いた。

「…………だぁれ?」

 こちらを振り向いた、全身キズだらけの女の子。 響の顔からは、怒濤の勢いで血の気が引いていった。

次回、『暴走』に続きます。

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