生き埋めにされた日常
朝の学校は、嫌いだ。今日もあの面倒くさい連中を相手にしなければいけない。
「「はぁ……」」
一緒に通学路を歩いていた兄と、溜め息がシンクロしてしまう。あんまり嬉しくはなかったが、何だか笑みが漏れる。
「学校……イヤだよな」
兄の言葉は、よく他の小学生が言うようなニュアンスではなく。本当に、心の底から行きたくないと言っていた。
……勉強したくない、わざわざ行きたくない。ではなく、“他の生徒達と会いたくない”という理由からだった。
勿論、私も同じ理由で溜め息を吐いた。
「私だって嫌だよ、あんな場所……」
そこからは、一切会話がなくなった。
家でもそんなに話さないが、それとは空気の重さが違っていた。とても沈んだ雰囲気だ。
校門の手前にさしかかった所で、兄がその静寂を破る。
「昨日のようなことは……気をつけろよ」
それだけ告げて、足早に私から離れていった。
昨日、クラスの女子達に嫌がらせを受けたことだろう。……大丈夫、今日はあんなことないようにするつもりだ。
5-2と書かれた教室に入り、ランドセルを置こうとした時。自分の机にある変化が起きていた。
──昨日までは、普通の木で出来た机だったのだが。
その表面には、マジックペンで文字が書かれていた。殴り書きで、濃く、太く。“臆病者、しねばいい”と。
私はすぐに誰が書いたのかが分かった。それは窓側の席でこちらを見てクスクス笑っている、昨日の女子達だった。
……本当に面白くないわね、こんなことして何になるのかしら?
冷めた視線を彼女たちに送ると、何が気に入らないのか、私の方まで歩いてきた。
昨日と同じ仲良し三人組で、真ん中のリーダー格の女が口を開く。
「あんた……昨日逃げたわよね?」
語弊だ。私は逃げたのではない、嫌気が差したから帰っただけだ。お前らのことを考えて学校を出たのではない、洋服のことを考えていただけだった。
と、頭の中では考えていたのだが、口にすることはなかった。黙々と、ランドセルに入れていた教科書などを机に移す。
私に無視されたのがよほど頭にきたのか、語気を強めてリーダー格の女は言った。
「ねぇ、あんた聞いてるの? あんまり調子に乗ってると、今度はもっと酷いことするわよ?」
……これが“酷いこと”だとわかっているなら可愛い方だ。本当に可愛くないのは、“酷いこと”だとわかっていながらやることだが。
「──勝手にしたら?」
ランドセルを片付け、彼女たちに向かって鼻で笑ってみせる。それがトドメとなった。
「あ、そう……。じゃあ、もっと酷いことをあんたにはしてあげる……。覚悟してなさいよ!」
そんなリーダー格の宣言に合わせ、後ろの二人が私を睨みつける。だけど残念、私を怯えさせるには十分ではなかった。
「それはいいけども──」
ニヤニヤと、薄気味悪く笑顔を見せながら。含みのある声で言った。
「私が、“あなた達の遊び相手になるだけ”──とは思わない方がいいよ」
彼女たちは間違えた。この世でのいじめっ子の中では、低、低、低ランクだ。なぜなら、こ
の世界は理不尽で。
いじめに抵抗する気がある者は──虐めを受けないという道理になっているからだ。または、受けても抵抗してはね返しているのか。
はね返せない者の多くがいじめを受け、自らの命を断ってしまう。本当に腐っているいじめっ子は、その“はね返せない者”を狙っている。この学校でもそうだ、毎年と言って良い程自殺する生徒が出てしまう。腐っている人間だらけということだ。
だから──私が根絶してやる。
卒業するまでに、この学校の教育内容を完全に覆してやる。私の心の中では、そんな思いが膨らんでいく一方だった。
* * *
──二日後
遥か頭上からの光を受け、三人の少女が目を覚ます。まず始めに、鼻をおかしくしそうな程に強烈な腐臭と、下敷きになっているねっとりしたモノ。
三人でも狭い穴の中に、生ゴミのような物と一緒にいるということだけは分かったみたいだ。
「ねぇ……何よ? これ?」
「うっ、うぅ……汚い、臭いよぉ……」
「ここどこ? ……なんで月の光が見えるの?」
動揺して、今にも泣き出しそうな声をあげる女子達。“私”はそんな彼女たちを見下ろして言った。
「あなた達は断罪を受けるべき存在──虐めの存在しないこの学校をつくる上で、あなた達は邪魔だしね。一生……そこで埋まってなさいな」
そう言って“私”は、廃棄処分となった給食の残飯と共に、彼女たちを土に埋めた。
「え……待っ! ──ザザアァ!」
「やめて! やめてよ、○○──ザザア!」
大量の土を浴び、三つの汚れた魂が消えた。
これでいい、これでこの学校を強制的に良くしていこう……。虐めを無くし、善良な人間だけを育てて行くのだ。そうしなければ、後々(のちのち)非行に走る子供が増えてしまうから。
“私”が──“私”がッ!
女子小学生三名が行方不明になるというニュースは、数日後、海藤響音の耳にも届くこととなる。
次回、『此方を睨む怨恨』に続きます。