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悲劇〈高校一年生連続惨殺事件〉  作者: (two)
第一章──最悪の悲劇──
14/19

酷い結末

第一章最終回です~、二万文字程あります~。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます!


 重い扉を思いっきり左右にずらす。   

 ガララララーーッ!

 一瞬であらわになる体育館の全貌。その先には、想像していなかった光景が広がっていた。

 俺は数歩ほど進んで、呟く。

「……悠、お前……」

「あれ?何で響君がここに来たの?」

 体育館の奥、集会の時には校長先生とかが話をするためのステージの上に、悠は座っていた。

 そして、意味深な言葉を口にする。

「やはり、俺が来るという事は伝えられていなかったみたいだな……」

 一つの疑問が晴れたような気がする。が、

 俺は最初ここに入った時から、感じていたことがあった。

「なんか、この体育館さ───」

「響さん────ッッ!!」

 俺の言葉は遮られ、代わりに香苗が走って来た。彼女の叫びは体育館中に響き渡り、何度も壁に反響する。

 体育館に入り、俺の前まで来た香苗は激しい息切れを起こしていた。よほど全力で走ってきたのだろう。

「ど、どうしたんだ?」

「早くっ!ハァ…ハァ……この場所から逃げてください!」

 だが、俺が言われた事を理解するより早く、体育館の扉が閉じられた。

「な……!?」

 ガチャッッ!

 さらに、追い打ちとばかりに外側から鍵を掛けられる。これは……

「閉じ込められたって言うのか……!」

 隣にいた香苗も、静かに頷いて肯定する。

 俺は鍵の掛かった大きな扉に突進し、ガタガタと左右に強く揺らした。勿論その程度で開くはずもなく、他の人が見れば俺が扉に貼り付いているだけの光景だろう。

「……無駄だよ、諦めな」

 背筋が凍るほど冷徹で、無慈悲な言葉が俺の耳に突き刺さる。俺はゆっくりと振り返り、悠の方を見た。

 座っていたはずのステージからは既に下りて、ただ静かにこちらを見つめている。

 誰も話さないし、誰も動かない。

 不思議な光景だ。

 すると、香苗が静かに耳打ちをしてくる。

「……響さん、この体育館には今ガソリンが撒かれています」

「……やっぱりか」

 今いる場所は、体育館の真ん中で、俺はその周りの床を見回してみる。

 ───すると、床にわずかな光沢が見られた。中に入った瞬間から、ガソリンらしき物の臭いはしていたため、もしかしたらとは思ったのだが……

「……まさか、閉じ込められるとはなぁ……」

 俺は嘆息する。その小さな呟きも、悠には聞こえたかもしれない。

「彼は、その気になればいつでも火をつけられるでしょう。響さんは何とかして、その時間を稼いで下さい。

 ……私はここからの脱出方法を模索もさくします」

 香苗から耳打ちで的確な指示をもらう。今の俺達と悠の距離であれば、たぶん話は聞かれていないだろう。

「……分かった」

 俺達は力強く頷き、打ち合わせ通りの行動に移った。香苗は辺りを見回し、どこか外に出られそうな場所を探す。

 ……窓や外側にある大きな扉の鍵には、接着剤とガムテープで貼り付けられており、手で開けるのは難しそうだろう。

 何か鈍器のような物がないかを探すべきだ、と口パクとジェスチャーでやり取りをする。

 俺もやらなければいけないことのため、動いた。距離は遠いが正面にいる悠に向かって、口を開く。

「なぁ、悠。お前はアイツに何て言われたんだ?」

 なるべく余計な事は言わずに、説得するような口調で質問する。時間を稼ぐ場合なら、相手に質問して絡みを持つことが一番だ。 

「……何のことかな?もうここに撒かれているのがガソリンだということにも気付いているんだろうけど、これは全部僕がやったことだよ?」

 嘘だ。この状況は悠が作り出したものではない。いや、正確には悠だが、これを計画し悠を操っている裏がある。

「今更そんな冗談言うんじゃねぇ。悠、お前はだまされている」

「僕は騙されてなんかいない」

 即答だった。反論の余地を得ない、確信を込めて放たれた言葉。

 俺はわざとらしくニヤッとした笑みをつくり、皮肉を込めて言葉を返した。

「……いいや、お前は騙されている。友情という餌に釣られ、悪戯という虚言により動かされているんだ」

「響君……きみも彼と同じ友達でしょ?」

 いつの間にか哀れむような顔になっていた悠。だが会話は続いている、時間は稼げているはずだ。

 俺は、慎重に言の葉を選び、繋げた。

 ───はすだった。


「俺は、『殺人犯』と友達にはならない」

 

 その時。

 悠の顔から、表情が落ちた。

 悲しげな表情も、

 驚いて目を見開いた表情も、

 太陽のような笑顔で楽しそうに笑う表情も、

 全部、消えていた。不気味なまでの無表情。

「さつ……じん、はん?」

 そこで、ようやく俺がとんでもない失敗をしてしまったことに気付く。

 悠は……アイツの正体を知らない。

 考えてみれば当然の事だが、俺は気付くのが遅過ぎた。

「あ……いや、間違えた。何でもない……」

 動揺と緊張を隠すことが出来ず、声が上擦る。悠は目から涙を溢れさせ、茫然としていた。

「もう……おそいよ」

 本当に不味いことをしてしまった。俺は歯をギリッと噛み締める。

「うっ……うっ、うっ!──うわあああああああああああーーッッ!!!」

 泣き叫ぶ悠は、ポケットからマッチ棒の入った小さな箱を取り出す。

 そして、取り出したマッチ棒を勢いよく振り下げて、先端に小さな炎を出現させた。

「───ッッ!やめろォ!悠!」

 そんな俺の声は届かなかったらしい。

 彼はそれを──ガソリンの海に投げた。

「響さん───ッ!」

 瞬時に燃え広がってゆく炎、その威力を増大させるガソリン。

 何度も何度も、点けては点けては彼方此方あちこちにマッチを放り投げる悠。

「香苗!何か使えそうな物は見つかったかッ!?」

 少しも経たないうちに、小さな火は体育館全体にまでひろがった。

 俺のすぐ近くでも燃えている。視界は殆ど赤が覆ってしまっているのだ。

「……ダメよ、火が広がったんじゃ扉にも近付けない!」

 くそ──っ!盛大に舌打ちをする俺。

 ようするに、絶体絶命だ。

「ははっ……はははっ!」

 止まらない涙を拭いもせず、一箱分のマッチ棒を投げ終えた悠は、乾いた笑い声を漏らす。

 空になったマッチの箱ですら火の中に投げ捨てていた。

「……やったよ『大介君』。

 ……僕、ちゃんと出来たよ」

 しわがれた声で、その男には届かない言葉を発した悠。

 だが、ここで悠に火を点けさせるということは、俺達も含めて始末しようとしているいうことだ。

 つまり、ここに奴は来ていない!?

 香苗に送られたあの手紙もフェイクで、俺達をおびき寄せる為の餌だったのだろう。

 そして──邪魔者がいなくなった後に、ゆっくりとリーダーである茜を殺すのだ。

 上昇する体温、とどめなく溢れてくる汗。早く脱出しなければ───!

 すると、悠がまだ火のまわっていない体育館奥の短い通路に走って行くのが見えた。


    *     *     *


 力の入らない足を引きずりながら、悠はある扉の前まで辿り着いた。

「奥にある非常口から……外に出られる」

 この計画の首謀者である俺は、悠にそう告げた。『火を点けた後はここから逃げろ』と。

 だが、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回した時に悠は気付く。

 開かないのだ。

「……え?えっ!?」 

 

 ガチャガチャガチャガチャガチャ───ッッ!!

 

「開かない!?開かないよ!?」

 必死に、恐怖と焦燥で押し潰されそうになりながらもドアノブを回す悠。

 鍵の掛けられているその扉が、どれだけやっても開くことはないと気付かずに。

 その時、悠の後ろで何かが倒れる音がした。極限状態に陥った脳が、身体が過敏に反応し、悠がすぐに振り向く。

 液体が、流れ出す。蓋が外され、横たわったポリタンクからはドボドボと液体が流出していた。

 炎のあかが反射しているその液体は、元は透明だった物だ。

「なん…で……」

 どうしてもかすれてしまう悠の声は、燃え盛る火炎の音によって掻き消される。

 唇をわなわなと震わせ、信じられないというように首を振る。

「そんな……僕達ってさ、友達だったんじゃないの?」

 服が周りの熱で焼け、体力が限界に近付いている目の前の少年を見て、『俺』は最高の笑みを浮かべる。

「ははっ!そうだな。お前は俺の『オトモダチ』として、立派な『役割』を果たしてくれた!

 だが、いいか?俺から見たお前は『友達』ではない、使い捨てのボロ雑巾と同価値だ!

 利用されたんだよォ!お前はァ!」

 有らん限りの絶叫で、悠を叩きのめす。

 コイツは俺の対象ではないが、第一印象から好印象は持てず、利用する事も確定していた。

 脳の処理が追い付いていない悠は、ヨロヨロと力無く壁に身体を預け、床に尻をつく。

「やめてよ、そんな冗談……。

 面白くないから、撤回して?」

「断る。───お前、俺が最初に接触した時に自分がなんて言ったか覚えてるか?」

 そう、俺はこっちに来たばっかりで友達がいないコイツを利用するために、接触したのだ。

 フレンドリーに、持ち合わせている笑顔を使い、彼と仲良くしているフリをした。

 そして──響を上手く撹乱かくらんさせるように動かしたのだ。

 しかし、俺は本当にコイツが嫌いだった。


 響が知らない事。

 何故ならコイツが来た日から外したから。

 コイツに言われた、一言のせいで。

 それは、俺の鞄にいつも付けていた──

 

「俺をずっと育ててくれた……婆ちゃんのお守り……」

 

 中学生の頃、アイツ等に泥まみれにされ、所々を破かれたりもした。

 それでも俺は必死に洗い、不器用ながらも必死で縫い合わせた。だから、高校生になっても肌身離さず持っていられた。

 が、それを見てコイツは


『どうしたの?その鞄に付いたボロボロのお守り?もう古いなら変えちゃえば?』

 

 あの時から既に、俺の怒りは頂点だった。

 許せなかった。人の事情も知らないくせに、コイツはただ、俺の気を引く為に適当な話題を出したのだ。


 俺の顔が憎しみという感情で醜悪しゅうあくに歪むのを、見なくても分かる。

「その、てめぇの一言がッ!

 その言葉さえ無ければ!

 俺は、無駄な殺しをしなくて済んだんだ!」

 熱に任せてそう叫び、ポケットに仕舞っていたマッチに手を触れる。

 簡単にシュッと火を発生させ、ぶちまかれたガソリンの上に落とす。

 みるみるう内にガソリンを伝って火が燃え広がって、悠の足元まで届く。

「イヤだ……イヤだよ、大介君───」

「──あばよ」

 そして、悠の身体全体を大きな炎の渦が包み込んだ。俺は早々にその場を立ち去った。

「うわああア゛ア゛ア゛ア゛ーー!!

 ア゛ヅいよォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーッッ!!」

 後ろにある紅い通路からの、悲痛の叫び。

 皮膚を焼かれる苦しみ、痛み、俺だって何度も味わった。全身は流石にないが。

「ア゛ァ゛……オ゛ォ゛……────」

 一分もしないうちに、人だった物の声は止まる。俺はすぐさま記憶から消し払い、あちこちで燃えている灼熱の中に向かって走った。

 服が熱で徐々に溶けている感覚があるが、気にせず、そこにいるであろう奴の場所へと進む。

 立ち上る煙を払うと、目の前には、ずっと待ちわびていた女性が立っていた。

 『俺と別れてから』いきなり伸ばし始めた黒くて綺麗な髪。

 おしとやかな雰囲気があるその顔は、すすで真っ黒になっていた。だが、相も変わらず美しい。

「ああ……待ってたぜ」

 思わずそう呟き、後ろにいるのに気がつかない香苗の背中を、思いっ切り蹴っ飛ばす。

「うっ……!?」

 灰の舞っている床に倒れ込む香苗。

「香苗ェ……お前をブッ殺すのをなァ!!」


 そう───これからが本番だ。

 

     *    *    *


 悠が奥の通路へと消えた後、俺達は早く脱出する方法を探さなければいけなかった。

 窓を破る。が、その道具がない。

 そもそも、下手に動けば丸焦げだ。

 今だって俺達の周りを囲んでいるのは、止まることを知らない炎たちなのだから。

「……くそっ!何か方法は無いのか!?」

「難しいですね……何しろ動くことが出来ないということは、私達がこのまま焼け死ぬ。ということですからね」

 真剣な面持ちで、しかし冷静な香苗は、俺の正面に立ち脳をフル回転させている。

 ちょうど、悠が消えたステージに背を向けている形だ。

 俺も見渡す限りの炎を眺め、立ち上る煙を吸わないようにして熟考じゅっこうする。

 考えろ、考えろ……。

 何か、良い策は見つからないのかッ!?

 そんな俺の思考を遮るように、絶叫が鳴り響く。

「うわああア゛ア゛ア゛ア゛ーー!!

 ア゛ヅいよォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーッッ!!」

 え……?

 耳に鋭く訴えかけてくるその叫びに、俺は立ちすくむ。

「今の声……多分、悠だ……」

 僅かな時間なのに、途轍とてつもなく長く感じた悲鳴。俺の耳に新しくその記憶を刻んだ。

 悠が……死んだのか?

「不味い事になりましたね……」

 俺はとっくの昔だが、今は香苗の顔にも焦りの色が見える。

 ……悠は完全に逃げる姿勢だった。それなのに何故、火に焼かれたんだ?

 いや、今はそんなこと考えている場合ではない。そう思った矢先───

「うっ……!?」

 バタッ!と香苗が突然前に倒れた。

「……どうした、香苗!?」

 煙を吸い過ぎたのか、それとも熱か。どちらかだと思い香苗の側に詰め寄る。

 そして───ようやく。

 ソイツと、出逢ってしまった。


「香苗ェ……お前をブッ殺すのをなァ!!」


 みにくい憎悪の塊のような顔をした『彼』は、以前に俺が『大介』と呼び親しんだ友達とは変わってしまっていた。

 しかし、何故ここに───

「何でお前がいるんだッ!? 大介!!」

 すると大介は、今まで見たことのない嘲笑ちょうしょうを浮かべた。

「ははっ、何故かって?……響よぉ、お前本当に何にも分かってねぇんだな」

 ニタニタとあざけりの笑みを湛えている。

 そして、大介はおもむろにポケットから一つの鍵を取り出し───火の海に投げ捨てた。

 恐らくあの鍵は、俺達を閉じ込めた大きな扉の鍵だろう。

 つまり、頼みの綱は、完全に途絶えてしまったのだ。

「何てことをしやがる……テメェ……」

「これは体育館の扉の鍵だ。これがないと絶対に開けられない。出られない。

 つまり……お前らは死んだんだよ」

「……何が言いたい?お前の殺そうとしている『リーダー』とは茜の事で、俺と香苗は関係無いだろうが」

 俺がそう言うと、大介は高く大笑いし、何とか立ち上がった香苗は俯き下を向いている。

 何だ……?これってどういう……

「アヒャヒャヒャヒャッッ!響ィ、お前本当に解けてなかったのかよ!」

 腹を抱えて笑い出す大介、その余裕はどこから来るのか?

 未だに燃え続ける炎、焼けた体育館は一部が崩れ落ちて大きな音が鳴りだした。

「もう……死んでもいい。大介、どういう、意味だ?」

「くくっ!響、お前は『アーケン』をアルファベットに置き換えたんだろ?」

 その通りだった。俺は響音のヒントを元に文字の全てをアルファベットに置き換えてみたのだ。

「それで出てきたのが……

 『A』『A』『K』『E』『N』ってわけだな」

「それを並び替えて、『AKANE』にしたんだ」

 そこまで言った所で、とある違和感を感じた。あれ……?これって……

「───だから、気付くのがおせぇって言ってんだよッ!!」

 俺はその答えに息を呑んだ。

「そうか……これは『AKANE』じゃない。』


 そう───『KANAE』だ。


 嘘……だろ?香苗が大介を虐めていたリーダーだっていうのか?

「いいや、その通りなんだよ。いい加減、現実を見たらどうなんだ?響よ」

 目の前の殺人犯に説教されている俺だが、何も言い返す事が出来ない。

「まず俺が響音を殺したって時点で、『同じ中学』の奴だって限定されるはずだ。

 その上『同じ高校』ともなれば、後の容疑者は俺と後一人か二人ぐらいだ」

 大介はそこで一呼吸置く。もう、煙を吸うとかも関係無くなっている。

「ちなみに、盗聴器を仕掛けたのも俺だ。お前の話で気持ち悪くなったフリをして、実はお前の教室に入り込んでたんだよ」

 軽快に話を進める大介は背中に隠してあったナイフを取り出す。

「……響、お前の気付くのがあと1日でも早ければなァ!!」

 取り出したナイフを構え、香苗目掛けて一直線で走っていく大介。

 不味い……反応が遅れた!?

「──香苗ッッ!!」

 大介とは別の方向から走り出し、熱さで駄目になりそうな身体に鞭打って腕を伸ばす。

「くそ……っ、届け──!?」

 俺の指が少しだけ大介のナイフを持った手に当たり、心臓を狙っていたナイフは僅かに右にずれた。──が、香苗に刺さってしまう。

「うっ……!」「がっ……!」

 それぞれが別々の方向に倒れ込む。しかし、一番復帰が早かったのは大介だった。

「響……邪魔するんじゃねぇッ!!」

「───何故だッ!?」

 俺は力を込めて、燃え上がる火の轟音ごうおんよりも大きな声で叫ぶ。

「お前を虐めていた奴らは俺らと同じ中学の奴なんだろ!?

 じゃあ何で香苗がリーダーで殺されなきゃいけないんだ!!」

 心臓から右にずれた所にナイフを刺された香苗は、それでも瀕死ひんしの重体だった。

 もう長くは保たないだろう……。俺達もこの体育館もだッ!

 香苗の方を見ると、何だか悲しそうな表情をしていた。しかしそれは、死への悲しみには見えない。

 それは、何かが欠けてしまったのを寂しく思っているかのような表情だった。

「───ソイツは、俺達と同じ中学だ。

 そして、俺の元カノでもある」

 お互いに立ち上がり、対峙していた大介から衝撃の事実が告げられる。

 俺と同じ中学?

 大介の元カノ?

「ど、どういうことだ?」

 頭が混乱して動揺を隠せない俺が、苦し紛れにそう訊ねる。

 僅かに落ち着いた声音で、大介は口を開いた。

「お前さ……俺が二股した時の相手。覚えているか?」

 ああ、覚えている。

 一人が金髪ロングの先輩で、もう一人が───

 そこで、俺はあることにようやく気付く。

「そうか……」

「ああ。その通りだ」

 もう一人は、黒髪ショートの『同級生』。

「何故だ……何故、俺は全く気がつかなかったんだよッ!」

 大介が、中学からの彼女を高校までほんの少しだが引きずっていたのは知っていた。しかし、その相手が香苗だとは知らなかったのだ。

 大介と別れたと思われるその後、髪を切らずに伸ばし続けたのだろう。それで、俺も初対面のような印象を受けたのだろう。

 ……そして俺の事を知っていた香苗は、俺が覚えていないと知り、自分も初対面のような態度をとったのだ。

 しかし、俺にはまだ晴れていない疑問があった。人道に関わる大きな疑問だ。

「大介……お前は二股してた相手とその仲間達から虐めをされたから全員殺したのか?」

「それが……どうした?」

 さも当然とばかりに言い放つ大介。

「テメェ……自分が何をしたか分かってんのか!? 人殺しだぞ!? お前のたかが恋愛事情のもつれでだッ!!」

「分かってねぇのはお前の方だろ!!響ィ!」

 溢れる感情のぶつけ合いをしている俺達の所までは、まるで待っててくれているかのように火が回ってこない。ただ、外面が崩れ落ちていく音だけが聞こえる。

「この体育館の真ん中にはガソリンを撒いていないし、すぐに火は回ってこないように計算している。……それが何故だか分かるか?」

 俺は小さく首を横に振った。

「───それは、お前も俺の手で殺してやるからだよ。響」

 俺は強い殺意が込められたその言葉で、一瞬固まってしまう。

 その隙を突いて、大介が香苗の元まで動き、ナイフを素早く引き抜く。

「ぐっ……!」

「だが、まずはお前だァ!死ねッ、香苗!!」

 ドスッ──ドカッ──!

 致命傷には至ることのない腕や足にナイフを刺して、立ち上がれない香苗を強く蹴りつける。

 短い呻き声、悲鳴を上げながら転がる香苗。

 俺はそんな光景を見て、膨大な感情を抱く。

 哀憐あいれん、自責、恐怖、憤怒ふんぬ、興奮、同情、混乱。

 まだまだあるが、この中で俺を突き動かした一番の感情。それは───

「───大介、テメェだけは絶対に許さねぇ……」

 怒り。俺は今にも香苗に飛びかかりそうになっていた大介に、後ろから最大の力を込めた蹴りを入れる。

「ぅおら──ッ!」

 見事に大介の背中へとクリーンヒットした俺の蹴りで、バランスを崩し大介は倒れ込む。

「ぐ……っ、邪魔すんなって何度も言ってんだろーが!」

「くそ……ぐっ!」

 明らかに俺より身長が高く、力も強い大介にかなうはずもなく、強烈な連続パンチを食らってしまう。

「お前が俺に勝てるわけがない、諦めてそこで這いつくばってろ───よォッ!!」

 俺の腹部に、鋭い衝撃が走った。

 大介の蹴りが、俺の身体を持ち上げるようにして繰り出される。

「ゲホッ…!ガハッ……!」

 今まで味わったことのない痛みに全身が痙攣し、呼吸が苦しくなる。

 なかなか持ち上がらない身体は、炎がすぐ近くまで近付いている床の上に転がっていた。

 駄目だ……俺に大介は止められない……。

 離れゆく意識。このまま落ち着いた感情に任せて眠ろうとした時だった。

「くそっ…!抵抗するんじゃねぇよ、この女ァ!」

「うる……さいっ!この───」

 負傷した腕を思いっ切り振り回す彼女の顔は、苦痛で歪んでいた。

「二股が……ッ!」

「───ぐわァ!!」

 そして、その腕が運良く大介の目に直撃した。突然の痛みに悶え苦しむ大介。

 その隙を突いて、襲いかかってきた大介から香苗は抜け出した。

 傷付いた足を引きずりながら、倒れ込む俺の方まで進む。刺さったナイフはゆっくりと抜いて足元に置いていた。

「はぁ、はぁ……響さん……」

 呼吸は荒く、顔は炎の中でも分かる程青ざめている。腕や足からは止まることなく血が零れ、恐らくもう彼女は───。

「響さん……初めて私と、出逢った日のこと、覚えていますか……?」

 途切れ途切れで話す香苗。だが、俺には訊ねられたその質問の答えを知らなかった。

「───覚えて、いない。ごめん……」

 すると、こんな状況なのに、香苗は優しげな微笑みをつくった。

 それは、最期の時間を最大に楽しんでいるようにも見えた。

「ふふっ……そうですよね。私も髪が短かった時ですし、お互いを知りもしていませんでしたからね」

 確かに、俺は香苗の存在は知っていた。だが、それは髪が短かった頃の話で、名前を知ったのは高校のあの出逢いからだ。

「それもそうだよな……。それで、俺と香苗の最初の出逢いって何だったんだ?」

 俺がそう聞くと、彼女はゆっくりと過去の引き出しを開ける。いつものマイペースな香苗の姿だ。

「そうですね……あれは、中学校初日の話です。私は、入学式の日から早速遅刻をしたんですよ~」

 香苗らしい。

 そう言って俺は笑う。香苗もそれにつられて笑ってしまう。

 部屋全体が火の海で、その少年少女の存在は異質そのものだった。

 どこか不釣り合いで、どこか儚くて、どこか美しい。この場に『神』という存在がいたとしたら、そんな事を思ったかもしれないだろう。

「焦って自転車を漕いでいて、砂利道を走っていたら私、けちゃったんです」

 俺の中の引き出しが、ゆっくりとこじ開けられてゆく。

 忘れ去ってしまっていた、過去の記憶だ。

「鞄とか落としちゃって、痛~いってしてる時に、一人の男子生徒さんが前を通ったんです」

 ──そうだ、思い出した。

 あの日の入学式、俺も……

「その男子生徒さんは私と同じ中学なのに、何故だか余裕の笑顔で───」


『急いではいけないんだ。どんなに遅れていても、どんなに遠くの場所に行くにしても。

 焦れば何もかもを忘れてしまうし、急いで転べば全てを落としてしまう。

 だから、自分のペースでいいんだよ。

 これは俺が今考えた教訓でな、正直遅刻して超焦ってるけど急ぎはしない。

 ……大丈夫か?君も───気をつけなよ?』


「───そう、言って手を差し伸べてくれたんです……」

 ……思い出した。

 あの日は俺も入学式なのに遅刻して、超焦ったけど走るのは疲れるから余裕で歩いていたんだ……。

「クスクス……今思い出しても可笑おかしいですよね、自分だって遅刻しているのに相手の心配だなんて」

 とても愉快そうに微笑む彼女を見て、俺も自然と破顔してしまう。

 彼女はその後、自転車を押して歩き、俺よりは少し早いが初日遅刻して登校したといった。

「ねぇ、響さん。私に……あの日のお礼をさせてください……」

 引きずった身体を近付け、俺にそう告げる香苗。荒い呼吸は、様々な苦しみから生まれているものだろうか。

「ああ……俺も、お前に伝えたいことがあるんだ」

 お互い向き合った形のまま、数秒だけ固まる。

「ふふっ……響さんからでいいですよ」

 柔らかな微笑を含んだ声音で促す彼女に従って、俺から伝える事にした。

 こんな場所だからだろうか、不思議と緊張はしない。ただ、伝えなきゃいけないと思っただけなのだから。

 なのに、俺の両目からは自然と、大粒の涙が溢れ出てきてしまう。

 何でだよ……何で止まらないんだよ……。

 それは、別れの悲しみ。今までで何回でも味わった、死にゆく者への涙だ。

「うっ……ぐっ……。香苗……俺は───」

 言葉に混じり、嗚咽が喉から漏れる。溢れる感情は大量で複雑だ。

 香苗はただ黙ったまま、俺の次の言葉を待っている。

 だが、広がり続ける炎の渦たちはそうでないらしい。俺の皮膚も所々火傷をしている。

「香苗に……は、ひっ……ぐ。死んでほしく……ない」

 香苗の両手が、俺の両手に重ねられる。

 それは驚く程冷たく、人間の物とは一瞬信じられなかった。

「俺は───香苗が、好きだから」

 その言葉を言い終わった瞬間、俺の身体に覆い被さるようにして香苗が抱きついてきた。

 強く身体を寄せ合う俺達。

 しかし、彼女の身体は冷たかった。

 俺の着ていた服にまで血液が垂れ、徐々に体温が下がる。この熱さの中だと余計に冷たく感じてしまう。

 彼女も───泣いていた。

「私も……響さんのこと……好きですよ」

 ───それこそ、最初に出逢った時から。彼女はそう付け足した。

「でも……私には。誰かを愛し、生きている価値がありません……」

 俺は驚愕で、濡れた眼を限界まで見開いた。

「……なぜ、そんなことを言うんだ?」

 すると彼女は、一際悲しそうな声で、呟くように答えた。

「私はどんな形にせよ、そこに転がっている男と付き合っていたのは事実です。

 そして、あろうことか二股も掛けていたあの男に腹を立て、仲間を集めたのです」

「それが、今まで大介に殺された人達ってことか」

「はい、その通りです。ただ……」

 彼女は抱きついたまま、あの日の罪を償うように涙を流した。

「……私は、楽しかったっ!あの日から、あの男を痛めつけるのが最高の快楽だった!

 私には、人の心なんてないッ!

 ましてや、人を愛することなんて───」

 ぎゅっと、香苗を抱く腕に力を込めた。

 香苗の叫びは途中で終わり、小さく呻く。

「ぅ……あ……」

 俺は諭すような口調で、ありのままの本心を香苗に伝えた。

「香苗は……人の心を持っている。だからこうして罪の意識を感じたり泣いたり出来るんだ。

 それに───」

 何だか急に恥ずかしくなって言葉を一回区切ったが、はっきりと続けた。


「今の俺達は、お互いを愛し合えているだろ?」


 柔和な笑みを浮かべる俺。

 身体を少し離して、見つめ合っている香苗と俺。

 パチパチと音を鳴らす周りの炎は、祝福してくれているのだろうか。二人の愛を。

「ありがとうございます───響さん。その言葉だけで、十分です」

 そう言った香苗の唇が、俺の物と一瞬だけ重なった。身体もそうだが、香苗の唇はもっと冷たくて氷のように感じてしまう。

「ぁ……ああ」

 つい照れて、ぎこちない返事をする俺。その様子を見て、香苗は再び愉快そうな微笑をつくった。

「……やっぱり、笑ったその顔が一番良いよ」

「ふふ、ありがとうございます。───本当に」

 俺から完全に離れて立ち上がった香苗は、燃え盛る炎をバックに、どこか幻想的な美しさをまとっていた。

 青ざめたままの顔で、崩れかける意識の中、必死に笑みをつくっているのだろう。

 それが……本当に寂しかった。


「───本当に、愛していますよ。

       生きて帰って下さい、響……」


 そのあと香苗は、勢いを増していく炎の中へと自ら落ちて行った。

 完全な紅色に呑み込まれる少女。

 俺はただ呆然と、その最期を見届けた。


「……ちくしょう、ちくしょう……ッ!」

 拳を振り上げ、熱が籠もった床に叩きつける。

 彼女に伝えたい事は伝えられたはずなのに、なぜここまで苦しいのか。

 振り続ける拳に、俺の水滴が零れる。俺は思いっ切り泣き喚き、溢れ出す感情を涙と一緒に吐き出した。

 チャリン────!

 すると、俺の足元に、金属の小さい何かが投げられた。

 何だと思い見てみるとそれは、大介が投げた体育館の鍵だった。

「───香苗ッ!」

 俺は熱々の鍵を手で握り締め、感謝の言葉を告げた。

「……っ!ありがとう、俺、生きて帰るから」

 溢れた感情は止まることがない。

 俺はいろいろな事を考えた。


 なぜ──香苗が死ななければいけなかったのか?


 なぜ──俺達はこんな目に遭ってしまったのか?

 

 その答えは、あの男が知っている。

 沢山の女をたぶからし、敵が現れたら容赦なく殺す。そんな殺人鬼野郎が全てを知っているはずだ。

 盛大に泣くのは……全てが終わってからだ。

 そう決意して、鍵を持ったまま俺は立ち上がる。

「ようやくお目覚めか……?運が悪かったな、香苗の振り回した腕が目に当たるなんてよ」

 大介は腕が当たったのであろう右目を覆いながらこちらを向いた。

 俺達の話が終わる前くらいまでは、痛みで悶えていた大介は汗だくで、顔はやつれていた。

「どこだァ!……あの糞アマはどこにいるんだよォッ!」

 半ば発狂した様子の大介を尻目に、俺は今後どうするかを考える。

 ──もうそろそろ、体育館は限界を迎える。

 それは、所々で起きている体育館の崩壊現象が告げていた。

 香苗が命をけて拾い出してくれたこの体育館扉の鍵を使おうにも、扉の前にいるのはナイフを振り回した大介だ。

 後ろは燃え上がる炎、前は狂った殺人鬼。

 ──どうするか、それはもう一つしかなかった。

 俺はその計画に、全てを賭ける事にした。

「香苗は、死んだよ。大介」

 俺は目の前の男に向かって、真実を伝えた。

「え……?死んだ?」

「そうだ、死んだんだよ……」

 拍子抜けといった感じの声を上げ、返事をする大介。

「そうかそうか……アイツは死んだのか。

 ふふふ……はははっ!へへへへへッ!」

 不気味な笑い声でユラユラと全身を揺らす彼の瞳は、ドブ水なんかよりも濁りきっていた。

「じゃあ残りはお前だけだなァ……響ィ……」

 俺の方にゆっくりと歩み寄る大介の顔は、悶えている時にでもやったのか、火傷で歪んでいた。

 醜い……。俺は、こみ上げてくる不愉快な感情を抑えることが出来なかった。

 もうコイツは、人ではない。

 俺はとっさに、落ちていたナイフを拾う。

 恐らく、香苗の足に刺さっていたナイフだろう。

 両手で持ち、構える。今更になって、引き返すことなんて出来るわけがない。

「大介……今、俺が助けてやる……」

「うへっ!アハハハッ、殺してやるよォ~~」

 狂った大介も一応手にナイフを持っている。俺はそれに警戒しながら、一歩一歩前へと近付く。

 ナイフを持つ両手に汗が滲む。呼吸は荒くなり、心臓は高速で脈打つ。

 俺がやらなくちゃ……俺が……。

 間合いを詰めたところで、先に動いたのは大介だった。

「行くぜェ……。オラァ───ッ!」

 前に突き出されたナイフの切っ先。俺はそれを横に動いて避ける。

 メラメラと揺らめく炎が、動いた俺の頬をかすめた。動ける範囲も限られてしまっているのだ。

「くそ……ッ!これで……」

 俺はしゃがんだ姿勢から前に走り出し、大介の懐に入る。

 だが、大介の運動神経の良さにより、速攻で反応されてしまった。俺のナイフが大介のナイフにより防がれたのだ。

 キィン──ッ!

 金属と金属の交わる音。紅に彩られた体育館の中に響く。

 俺は素早く少し後ろに引き、再び反撃の体勢に入る。

「キャキャキャキャッッ!!これで死ねェ!!」

 大きくナイフを振りかぶる大介に、隙が出来る。

 ───今しかないッ!

「うおおおおおおおおおおッッ!!」

 俺は再びしゃがんだ姿勢から、前に跳んだ。

「───ふっ」

 俺のナイフが大介の胸に届くその瞬間、彼は、笑った。

 振りかぶっていたナイフを下げ、どうぞとばかりに両腕を広げた。

「───ッ!?」

 前に重心を置いた俺の身体は止まることなく、両手に収まったナイフは静かに。

 大介の胸へと、突き刺さった。

「……え?」

 未だ状況が読み込めない俺は、両腕を広げたまま固まる大介を見上げる。

 ───彼は、いつも見たことのある懐かしい笑顔を浮かべていた。

「──最初から……グフッ!……決めていたことだった……」

 吐血しながらも話をする大介。

 その声にも、先ほどまでの狂気じみた雰囲気が含まれてはいなかった。

 もしかして───

「……演技だったって……言うのか?」

 俺は唇を震わせ、大介に問う。

「わる……かったな、ハァ……ハァ……。

 でも、俺は……お前に止めて欲しかったんだよ……」

 当たりどころが悪かったのか、大介の顔から恐ろしい速度で生気が消えていく。

「───謝んなよッ!何で言わなかった!?

 中学の時からだってそうだ!何で俺とかに相談しなかったんだよ!?

 一人で抱え込む事が良い事なわけねぇだろーが!!」

 俺の溜め込んでいた感情が、思いが、爆発した。

 確かに、中学時代の大介は所々の怪我がよく目立っていた。でも、そんな事言われない限り分かるわけがない。

 大介はただ微笑を湛えたまま、うっすらと目を閉じようとする。

「───まだだッ!まだ死んじゃ駄目だッ!

 俺は………俺は………」

 二度目の号泣を、俺は瞳から溢れさす。

 もう、どうしようもないのだ。

 俺が刺してしまったのだから。

「……ッ。つ、罪の意識だけは………持っちゃ、

 だ、駄目だぜ……ハァッ、ハァ」

 最期の力を振り絞るように、大介が言葉を紡ぐ。

「これは………俺がッ、こうするしかなくて。……や、やったことなんだ……」

「もういいんだ!分かった!もう……」

「だから……ハァ……ハァ……。お前は、お前だけは………い、生きろよ……」

 大介は、それだけ言い残し、後ろへ。

 燃え盛り、ただ彼を待っている火葬場へ。

 彼は───ただ、その言葉だけを残して、消えていった。


『じゃあな───親友』


 俺は、その光景をただ。いつものように。

 見送ってしまうだけだった。


     *    *    *


 目が覚めると、そこは自宅近所の病院の一室だった。

 記憶は確かではないが、恐らくあの後、鍵を使って外に脱出したのだろう。

 そして、倒れた。

 誰が呼んでくれたのかも分からないが、俺は奇跡的に救急車でここに運ばれ、今に至っている。

 そこまでは推理出来た。では、一体誰が?

 すると、俺のベッドの上で、見慣れた知り合いの女子が寝ていた。

 ……もしかして、コイツが?

 そう思って俺は、すーすー寝息を立てている茜を突っついてみた。

「ぅ………ん?」

 気がついた彼女は、一瞬俺を見て固まったが、みるみるうちに顔が明るくなる。

「響!おはよう、体調はどう!?どこか痛くない?」

「ああ……おかげさまでな。ここに運んでくれたのって茜だろ?」

 落ち着いた口調で問いかける俺。茜もそれにいつもと変わらない声で返す。

「……うん。少し用事があって学校に行ったら、響が倒れてて体育館が燃えてたの。

 だから超びっくりして、救急車と消防車を呼んだってわけ」

 なるほどな……にしても、本当に助かった。

 そんな事を考えて外の窓を見てみると、元気に空を羽ばたく二羽の鳥達が見えた。

 ───コンコン。

 すると、病室の扉が控えめにノックされた。

「はーい」

 茜が代わりに返事をすると、静かに扉が横にスライドした。

 黒と黄土色おうどいろのスーツを着た、若い男性と中年男が現れた。

 ……警察か。

 やはり来るだろうとは思っていたが、ここまでナイスタイミングで来るとはな。

 俺は余計な事を考えつつも軽い会釈をした。

 二人の男性もそれに合わせて会釈を返す。

「君が、海藤 響君だね。私達は警察の者だ……起きて早々で悪いんだが話を聞かせて貰えるかね?」

 黄土色のスーツを着た中年の警察が訊ねる。

 警察の人間が俺から話を聞こうとするのは、当然と言えば当然だろう。

 いきなり発生した火災事件に、そこから脱出したように見える一人の少年。

 何かあると見て当然だ。

「……ちょっと、茜は部屋の外に出てくれ」

「え……?ああ、うん」 

 あんまり聞かれてほしい話ではないので、茜には席を外してもらう事にした。

 茜も、それを承諾する。

 彼女が去ったのを確認し、中年の警察が話をし始めた。

「……まだ頭の中の整理が出来ていないかもしれんが、

 『不知火しらぬい 悠』君と、

 『黒縁 香苗』さんと、

 『菊沢 大介』君とは知り合いかな?」

 その人物の名を聞いて、俺はハッとした。

 そうだ……その3人は……。

「その人達が……どうかしたんですか?」

「……焼死体で、発見されたよ。全員ね」

 ああ、そうか………。

 何故だか俺は、そんな現実でさえ受け入れることが出来た。

 いや、受け入れるとは少し違うのかもしれないけど。とにかく、そこまでパニックになる事ではなかった。

 俺は、最初から最後まで全部を。包み隠さず落ち着いて警察の二人に話した。

 所々で同情するような姿勢を入れてきたけれど、俺は「気にしないで下さい」と言って誤魔化した。

「───大介を刺し殺したのは、俺です。罪に問われても何も言いません」

 俺が最後まで話し終えた時には、40分程過ぎていた。

「ふむ………その話は嘘ではないみたいだな」

 そう言って中年の警察は、手に持っていた携帯電話をパタンと閉じた。

「先ほど仲間の奴からメールがあってな。菊沢 大介君の自宅の部屋から、犯行計画文のような物が見つかったらしい」

 君は正当防衛として済むんじゃないかな……と、その警察の人は俺に言ってくれた。

「話を聞かせてくれてありがとう。

 そして、これは今話すことではないような気がするんだけど……」

 若い警察の男性が、控えめな口調で俺に話しかけてきた。

 何の話だろうか……?

「いえ、別に大丈夫ですよ」

 俺がそう言うと、その若い警察も渋々と口を開いた。

「覚悟して聞いてくれ……これは、いずれキミが知らなくてはいけなくなることだし、受け入れなければいけないことだと思うんだ。

 実は───」


     *    *    *


 見覚えのある場所。

 立ち並ぶビルの屋上。

 人気のあまり感じられないその場所に、腰まで伸びた蒼い長髪の青年がたたずんでいた。

 空を見上げると、全体が暗い雲に覆われている。今にも強い雨を降り落とそうとしているみたいだ。

「はははっ……かなり面白い展開になったね~。僕は胸が締め付けられる程感動したね!」

 さも愉快そうに話す彼は、誰の事を言っているのだろうか。

 ただ、立ち並ぶビルの奥を見つめている。

「ここからが最後だよね。どうなるか楽しみだよ。────勿論、君の活躍もね?」

 振り返る事なく、後ろへと話し掛けた。

 青年の後ろに立っているのは、彼と同い年ぐらいの若い女性だった。

 恐らく、二十歳ぐらいだろう。

 長髪の青年と同じで、見惚れる程美しい相貌そうぼうをしている。

「あら……これでも私、頑張ったのよ?」

 その声からは、聞いた者を堕落させてしまいそうな程の色気があった。

 とても大人っぽく、人の者とは思えない。

「頑張った……ね。彼にとんでなく勘違いされていたじゃあないか」

 皮肉を込めて放たれた青年の言葉に、妖艶ようえんな彼女は顔をしかめた。

 明らかに不機嫌そうに笑う。

「それは……彼が失敗してしまっただけじゃない。選ぶ選択肢を間違えたのよ」

「───まぁ、その通りかもな」

 青年の声のトーンが低くなる。二人の言う『彼』に向けて、青年が吐き捨てるように言った。

「これは……お前の生んだ『悲劇』だ。

 お前が全てを間違い、全てを見逃した最悪の結末を、自らで償うといい」

「それは……私がさせないけどね」

 彼女が口を挟む。それでも、青年は気にする様子もなく、適当に返した。

「───勝手にするといい」

 もっちろ~ん、と笑顔で軽く返事をする彼女。

 その次の瞬間には、その女性は煙のように姿を消していた。


    *     *     *


 俺は魂の抜けきった男の身体を動かし、学校へと向かっていた。

 自分でも、何をしているのか分からない。

 あれ……?俺って今何してるんだ?

 気付けば、学校に着いている。

 焼け焦げた体育館はそのままで、校舎にまで火は移っていなかったらしい。

 知り合いの遺体が3つも転がっていた場所を眺めながら歩く俺は、鞄を持っていなかった。

 目にする生徒は不思議そうに俺を見つめ、挙げ句の果てには指を指してわらっている。

 教室に入り、無言で席に着く。茜も既に座っているが、その更に隣には誰もいない。

 悠が、座っていた場所だ。

 茜は朝の挨拶をしてきたが、俺は返すことが出来なかった。言葉が出ないのだ。

 一時間目が始まり、俺は教科書も何も出さなかった。先生にやる気はあるのかと問われたが、俺は口をぱくぱくと動かすだけで終わった。


 何を……しているのだろうか?

 俺は、どうしてここにいるのだろうか?

 ───あれ?


 気付くと、俺は学校の外に出ていた。制服姿で、てくてくと校庭を歩く。

 さっき通った道を逆戻りして、俺は上を見る。鳥が二羽程、仲良く飛び去っていった。

 うん、いい空だね。

 そして俺は、立ち止まった。

 何分───何時間経っただろうか。

 俺はただただ無心で、空を見上げて突っ立っていた。

 行き交う人はみんな俺を見た。犬の散歩をしているお婆ちゃんですら不思議そうに俺を見た。

 やがて、俺は歩き出す。首が疲れた。

 すると、自宅に到着した。以外と早いな。

 俺は扉を開け、中に入った。

 静か過ぎる。それもそうだろう。


 俺以外、帰って来ることなどないのだから。


 あの日、若い警察の男性から聞いた事は、受け入れがたい真実だった。

 とある森の奥、あまり人が入る所ではないそこの小屋で、両親は首を吊っていたという。

 二人仲良く、息子を置いてこの世を去った彼等は───最低だ。

 その話を聞いた俺は、発狂した。


『息子に……自我を失うなって言ったのは誰だっつーのォッ!

 テメェ等が首吊っててどうすんだ!

 何考えてんだ!

 親の風上にも置けないってんだよ!』


 枯れる程泣き崩れ、病室のシーツを濡らした。やはり……といった様子で、二人の警察は俺に頭を下げた。

 俺は、家族を失った。

 妹も、両親も。

 響音の手紙の意味を、今更理解してしまった。


『 ─と───と─か───、から絶対に目を離さないでお………って、まぁ大丈夫か!

 いいや!心配しないで!じゃあね!  』


 この塗り潰されていた部分に当てはまるのは、

 おとうさんとおかあさん。

 響音、全然大丈夫じゃなかったみたいだよ……あの人達……。

 俺は響音に、そう報告した。どうせ、今頃同じ場所にいるんだろうけどね。

 俺は自室のベッドでうずくまり、ただ、潰れていた。

 何も……する気が起きない。

 いっそ、このまま楽になってしまいたい。

 そこまで考えてからは───早かった。

 俺は自室の天井に、家に置いてあった太くて頑丈そうな縄を持ち出してきた。

 恐らく、両親もこの縄を使ったのだろう。

 手際よく、縄を巻きつけて円も作った。

 少しも、迷いなどなかった。

 もう俺に、生きる意味などない。思い出せない。

 だったら、彼等の元へと消えてしまおう。

 茜は……いいや。置いていっても。

 香苗、俺もそこに行くから。そしたら一緒にいようじゃないか。

 大介、悠……。俺達は、いつでも友達だ。

 するりと、俺は縄に首を通した。

 踏み台に足を置き、いつでも、前へと飛び立てる状態だ。

 遺書は……いいや。めんどくさい。

 ふぅ、俺はもういいかな。

 あんな悲劇、もう嫌だ。

 

 そう思って俺は───


 静かに、踏み台を蹴り、一歩を踏み出した。


     *    *    *


 声が聞こえる。

 全体が真っ白な空間で、俺はただ一人。

 あれ……?俺もう死んだのか?

 すると、目の前にぼやけた影が生まれる。

 徐々に形作っていくその影は、人の形になった。

 一体、二体、三体……。段々と増えていくその影は、見覚えのある顔まで浮かんだ。

 香苗……悠……大介……凱人……。

 言葉にしたつもりだったが、出なかった。

 彼等は無言、無表情のまま俺の方を見ている。

 どうしたんだ……?お前ら……?

 すると、凱人、悠……とそれぞれが口を開いた。

 

 ──何故死のうと思ったの……?


 ──俺達が死んだからか……?


 ──そんなにショックか……?


 ──私が助けた命、無駄にするんですか……?


 どうしたんだ……!?お前ら!

 無表情で、こちらを向いて口を動かす彼等に、俺は恐怖を覚えた。

 まるで、俺が来たのを拒んでいるみたいじゃないか!

 

 ──当然だろ……。


 口を動かすだけの凱人。耳に流れ込んでくるその声は、不思議と暖かい。

 

 ──お前は、もう戻れ……。


 大介も、俺に帰るよう命令する。

 そんな……もう帰れるわけないだろうが。


 ──いや、帰れるよ……。君はまだ───


 悠の笑顔。ああ……久し振りだ。

 

 ──死んでいません。死なせるもんですか。


 香苗……。本当だな、俺が愚かだったよ。


「分かったよ、俺、もう一度やり直す」


 ───そうしなさい。 

 私達は、あなたに『生きろ』と言ったのです。


 その言葉に背中を押され、俺は、一歩後退りをした。


     *    *    *


 足のふくはぎの辺りに、なんだか生暖かい物を感じる。

 まだ吊られている事は確かだが、苦しくない。

 うっすらと開いた瞳で、下を見やる。

 ──そこには、茜がいた。

 俺の両足を必死で持ち上げている彼女は、泣いている。

「うぐっ……ひっく……。響ぃ……」

 何故、彼女が泣いているのか、俺には分からなかった。

 かすれた声で、話しかける。

「───あか……ね……」

 すると彼女は、泣き腫らした目を輝かせて俺の声に反応した。

「響!良かった……ちょっと待ってて!」

 すると彼女は、俺が蹴った踏み台を、足下に戻してくれる。

 俺はそれに乗り、首の縄をほどいた。

 その場にへたり込む、俺と茜。

 二人はただ視線を逸らし合い、口を開くこともない。

 数分程そんなことが続いた後、先に静寂を破ったのは茜だった。

「ねぇ───響?」

 感情の籠もっていない声で俺は返事した。

「………なんだよ」

 正直俺は、もうどうでもよかった。

 茜が帰ってからまた首を吊ってもいいし、ここで手首を切るのもいい。

 虚空にそんな妄想を浮かべる俺に、茜は思いっきり怒鳴った。

「何で……死のうとしたのッ!?」

 俺はすくんで、茜の方を見た。

 涙を溜めたままの茜は、色々な感情が入り混じっているようだ。

 ───つまり、今の俺と同じ。

「……いや、私は響と同じじゃないよ。私はまだ諦めてはいない。でも、響は諦めてる」

 なにを言うかと思えば。

 諦めて当然だろう、俺には帰る場所も生き甲斐も無いのだから。

「それが間違ってるって言ってんの!!

 響はまだ分からないの!?じゃあアンタは今、何で生きてるのよ!?」

 口調が変わっている。興奮した様子の彼女の頬は真っ赤で、その上を水が伝う。

「俺は……生き残ってしまっただけだ」

 吐き捨てるように呟いた。

 しかし、茜はそれを否定した。

「違う!アンタは『生き残った』んじゃない!

 『生かされた』のよ!!」

 その言葉を聞いて、俺はハッとする。

「私はいなかったから分からないけど……。

 響が一人だけだったとしたら、多分生きて帰って来れなかったと思うんだ」

 その通りだった。俺は、香苗に助けられたのだ。

 香苗に、大介に、生きて欲しいと言われたのだ。

「───そうだよ、俺は生きなきゃ……。生きなきゃいけなかったんだ……ッッ!」

 俺は、愚かだった。

 流れる涙も、悔しさから来る物だ。

 香苗が命を懸けて守ってくれた、俺の命。

 全てを俺にゆだねて死んだ大介からのお願い。

 決して、簡単に潰していいわけがない。

 茜は、優しく俺を抱き留めてくれた。


「今は……辛いかもしれない。だけど、いつか生きている喜びを感じて、その女性ひとに最大の感謝を言えるといいね」

 

「───ああ、その通りだ。ごめん、茜。俺が間違っていたんだ……」


「わかってくれたならいいんだよ、響の命は、もう響一人の命じゃない。皆の思いが込められているんだから」


 俺はその言葉を聞いて、茜と一緒に立ち上がる。

 閉め切られたカーテンを開けると、夕焼け空がよく見えた。

 何キロもある広大な空を覆う茜色は、俺達の所まで届いた。

 綺麗だ。俺は素直に、そう思えた。

 そうだ、この命は、もう俺だけの物ではない。

 もう少し、生きてみよう。茜と共に。

「これで、お終いだね」

「……また、俺の新しい人生が始まるんだ」

 すると、茜が今まで見たことのないような笑みを浮かべる。


「違うよ、『戻るんだ』」


 その言葉が終わる前に、俺の意識は消え去った。

 どうだったでしょうか?全部の伏線回収出来てるかは微妙ですが、ご指摘が貰えれば変更します。

 これで第一章というか、この作品はあくまで文章力の向上を目的として書きました。

 なので、第二章以降は気まぐれで載せるかと思います。

 それでは、読者の皆様、本当にありがとうございました。次回作にご期待下さいませ。

 

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