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悲劇〈高校一年生連続惨殺事件〉  作者: (two)
第一章──最悪の悲劇──
13/19

過ぎ去ってゆく幸せ

 更新不定期で申し訳ないです!

 徐々にラストへ向かっております!

 超やる気ゼロで水曜日の日課を終了させたため、今日は木曜日。我らが東高の創立記念日で休みだった。

 俺が今立っているのは、今日の集合場所である、駅から出た場所。大きな時計台の真下だ。

 家にいてもすることがないため、起きたらさっさと着替えて近かった電車に乗った。

 それにしても……俺の両親はどこへいっているのだろう?

 恐らく親戚の叔母さんとか従兄弟いとこの家にでも行っているんだろうが、息子に連絡ぐらいはしてほしいものだ。

 まぁ、いずれ、帰って来るだろう。

 それにしても、今のこの時間というのは……

「──あっついなぁ……気温がヤバい」

 只今、午前の10時30分。気温は徐々に上昇し、あともう少し経てば暑さがピークに達するだろう。そう推測した。

 無遠慮に肌を焦がす太陽の光は、遮る雲もなく晒されている。

 半袖半ズボンであるはずの俺は、待っている暑さに耐えきれなくなって駅まで逃げ込んだ。

 待ち合わせ時刻は11時……、これ以上日差しに当てられるのはツラい。

 そう考えた俺は、とりあえず駅の中にある自販機まで足を運ぶ。

 財布に貯まっていた適当な硬貨を突っ込み、お茶の下にあるボタンを押す。

 無事に購入を終えた俺は、早速ペットボトルの蓋を開いてから歩きだした。

 機械の中でよく冷やされた飲み物を口に含みながら、これからの予定を考える。

 ……とりあえず、皆が集まってから近くの植物公園に行く。正直なところ、ずっと木陰で花々を眺めていたいが。

 その後は、茜に任せてある。

 特に聞いてはいないが、昼飯をどっかで食べて、適当にゲーセンとか行くんだろう。

 ここは結構、店は多い方だ。駅の中もそうだし、駅を出た先の並木道でもたくさんの店が営業している。

 俺は駅の中にあった近くの本屋に入り、適当な文庫本に目を通す。ここなら涼しいし、いくらでも時間を潰せるだろう。

 そう思ってぼけーっと本を読んでいると、少し経ってから、俺の肩に人の手らしき物が乗せられた。

 今いい所なんだが……、と思って後ろを振り向くと、そこには茜が立っている。なんか怒ったような表情で。

 服装は薄手で乳白色をしたワンピースで涼しそうだ。肩まで垂れた茶色いポニーテールの上に被さっているのは、これまた涼しそうな水色のリボンを付けた麦わら帽子だった。しかし、怒ったような表情で。

「───響君、今何時だと思ってるのかな?」

 腕時計に視線を落とす。時刻は午前11時の20分を指していた。

 ……気付かなかったぜ。

「いやー、悪い悪い。本に夢中になってた」

 適当に取った本なのに、案外面白かった。

 買おうかな、いや諦めよう。

 後ろから浴びせられる茜の鋭い視線を受け、俺はさっさと向き直る。

「で、大介と悠は?」

 茜は深く溜め息をく。

「はぁーー。手分けして響を捜してたんだよ?

 今から二人にメールするから、植物公園に集合しよ」

 へーい、と軽い返事をして歩き出す俺と茜。

 外に出ると、案の定さっきより気温が上昇していた。数分いるだけでも身体が干からびてしまいそうだ。

「今日、本当に暑いよね~……」

 あの茜ですらこのザマだ。確かに涼しそうな服装ではあるが、全方位から放射される熱には耐え切れていないように見える。

「──ああ、暑いな。何で今日にしたんだ?」

 額から一筋の汗を流し、口調は少し呆れたようなものになる。茜は「ははは」と笑うだけだ。

「まぁ、早く響に元気になってほしいからだよ!

 ……ほら、もうそこだよ!」

 茜が指差す方向には、大介と悠が立っていた。二人とも、涼しそうでオシャレな身だしなみでよく目立つ。

 悠なんて、大きく手を振ってるし。

「お前らも待たせたなー、許してくれー」

 殆ど棒読みでそう言う俺に、二人の親友は笑って答える。

「仕方ねーなー、許してやるよ~」

「今日の主役が来ないんじゃあないかと思ってヒヤヒヤしたよ~。来てくれたから全然良いけど!」

 二人とも許してくれるようだ。それに対して俺も笑って答え、早く入ろうとうながす。

 大した金額ではないが、ここの植物公園に入るのには入場料金が要るのだ。そして今回、俺の分の料金は大介が払ってくれるという話になっている。

「大介、本当にいいのか?このくらいの料金なら俺でも普通に払えるぞ?」

「いいっての、これ企画したのも俺だし。こんな植物公園の料金ぐらい俺に払わせてくれよ」

 そこまで言うなら……ということで払ってもらうことにした。そうか、大介が『企画』したんだな、『計画』は茜でも。

 お金を払い、チケットの紙を貰った俺達は、無事に入場することが出来た。

 入った先に広がっていたのは、色とりどりの花たち。

 赤・黄・白……様々な色の行列。その中心には、大きな噴水が休まずに水を噴き続けている。この広間だけでも、自然の美しさがよく感じられた。

「おお~、やっぱり綺麗なトコだな~!」

 俺と同じで感激した様子の大介が、広い花壇に近付きながらそう言った。

「だね~、引っ越す前の家はここに近かったから、小さい頃は僕もよく来たな~」

 小さい頃の思い出にふける悠。悠は隣の町から引っ越して来た、確かにこの辺りの近くであってもおかしくはない。

「俺はないな、来たこと。こんな綺麗で大きな公園があったことも知らなかったよ」

「あれ、響そうだったの?私はあるよ~、小さい頃に家族で」

 些細な話で盛り上がる。この前まではなかったことだ。

「よし、先へ進もう」

 この短い幸せの時間を、最大まで有効活用するため、俺達は植物公園のルート通りに歩いて回ることにした。

 薔薇ばらやラベンダー、アジサイなどが見目よく咲き並んでいる道を4人で歩き、笑い合う。

 30分程歩き、木々が囲む広い花畑まで来た時に悠がとある花を見つける。

「あっ、これ、ノアザミじゃない?」

 悠が指を向けた先には、以前にも見た記憶のある刺々しい花が、あちこちに咲いていた。

「ノアザミか……悠、好きなのか?」

 あの日、雨のなか足を止めてまで香苗が見ていた花だ。俺も少しは気になる。

「好き……うん、そうだね。良い花だよねって思うよ」

「ノアザミの花言葉は『触れないで』だからな、この外見からそう言われているんだろ」

 悠と大介、それぞれがノアザミについて思った事を言う。

 言われてみればそうだ、似合っている花言葉に、他の者を一切寄せ付けないその見た目。俺は何か言い知れぬ魅力を、そんなノアザミから感じることが出来たような気がした。

「あれ?ノアザミの花言葉って『触れないで』だったっけ?」

 茜が唐突に、必死に思い出すような表情で質問する。大介は笑って答えを返した。

「ああ、そうだぜ!見た目がトゲトゲしてて誰も触れられないようになってるから、この花言葉になったんだ!」

 それを聞くと茜は、少し納得したように頷いた。確かに筋の通った説である。

「よし、そろそろ進もうか。もう少しでコースも回り終えるぞ」

 俺はそう言って話を切って、歩き出す。

 時刻は12時30分に近くなっていた。恐らく次は昼飯だろう。

「ふ~、歩き疲れたなー。気温も高いし何か冷たい物食べに行こうぜー」

「冷やし中華とか?」

「ああ~!もうそろそろ始まってそうだよね~、でもこの辺に店あったかなー?」

 口々に昼飯の話をする彼等。俺も暑いし腹は減っているため、異存はなかった。

「あっ、僕ここらで有名な冷やし中華の店知ってるよ!多分、この時期には始まってると思う!」

「よし、それだ!」

 悠の提案が即決し、俺達3人は悠の案内のもと美味しい冷やし中華の店に行く事にした。

 植物公園から更に15分程歩いた先、とある商店街の中に小さな店が佇んでいるのが見える。そこそこ古い店のようだ。

 ……でも、その店で出される冷やし中華は、確かにお世辞抜きで絶品だった。

 きゅうりやハムや卵焼きの千切りといった具材や冷えた麺とつゆが良く合う。俺だけじゃなく、茜や大介も絶賛していて、悠は満足げな顔をしていた。

 充分に腹を満たし、すずむことも出来た俺達は、次の予定を考える。

「そうだ!この前の響さ、私に商店街の近くに出来たパフェ屋さんでパフェ奢ってくれるって言ったよね!?」

 突然思い出した茜は、瞳をキラキラと輝かせて俺を見る。

 確かに言ったけど、まだ食べるのか……。そう思った俺だが、もちろん食べるつもりだ。

 つか、茜ってばここの商店街のこと言ってたのかよ……。

 家から近い方だと思っていたため、少しビックリだった。

「おおー、いいねそれ!こうなったら、とことん身体を冷やそうぜ!」

 テンションが上がっている大介も乗り気だった。悠も頷いて賛成する。

「よし、じゃあそこに行こう!」

 俺もそう言って店があるという方向を向いて歩き始めた。茜達も続く。

 沢山の人達が行き交い、客や店主の喧騒が広い商店街の空間を包んだ。

 逆流する人並みを避け、速く流れる人並みに乗って俺達はスイスイと道を進んで行く。

「あ。あった」

 茜が指差した方向には、全体的に水色の外見をした店が存在していた。見ただけで清涼感がよく感じられる。

 ……おお、結構良い感じな店だな。と感心していると、そこに見知った人物を見つける。

 ───香苗だった。

 一人でそこに並び、何のパフェにしようか迷っている彼女は私服姿だった。

 薄い生地のロングスカートに、決して派手ではない普通のトップス。それに、日差しを遮るための帽子を深く被っていた。多分キャスケット帽とかいうやつだろう。

 露出が少ないが、その服装にはどこか大人っぽい印象を受けた。

「……どうしたの?誰かいた?」

 隣を歩いていた茜に訊ねられ、俺の意識が復活する。俺としたことが、ちょっとだけ見惚れてしまっていた……。

「いや……、あそこにいる女子。C組の香苗さんじゃないのか?」

 俺の言葉を聞木、一番大きな反応したのは大介だった。目を驚愕で見開き、小さく「なっ…!?」と呻く。茜も驚いたような表情だ。悠はキョトンと首を傾げる。

「……どうした?あれ、香苗だろ?」

 俺がそう訊ねても、茜達に反応はなかった。悠も再び首を傾げる。

「あ……ああ、香苗ちゃんね!そうそう、私達の高校に来たんだものね!そりゃ分かるわよ」

「俺、トイレ行ってくるわ……。じゃな……」

 二人とも、絵に描いたような挙動不審ぶりだ。何を言っているのかもよく分からない。

 そうこうしてる内に、パフェだかアイスを買い終えたのだろうか、そこにいたはずの香苗の姿は消えていた。

「いや……、いいんだ。忘れてくれ、ただの見間違いだと思う」

 振り向いた俺はそう言って、茜と大介に呼び掛ける。おかしなことを言っていた茜と、逃げるようにトイレに行こうとした大介を引き止めた。二人もそこそこ納得した様子で歩行を再開する。

「───で、何のパフェを食べるの?」

 少しだけ気まずい感じの雰囲気になった俺等の輪の中で、その男だけは笑っていた。

 2、3人程いる列の後ろに並び、それぞれの注文を決める。茜や大介も気分を切り替えるようにして話に乗る。

「そうね、私は無難にストロベリーパフェで!」

「……俺はチョコレートでいい!」

「あー、じゃあ俺はフルーツパフェにするわ」

 完璧に悠に任せる形になってしまったが、気にする様子もなく悠は「はいよー」と軽い返事をした。

 大丈夫だ、金はしっかり払うぞ。茜の分も。

 それから15分ぐらい待って、ようやく完成したそれぞれのパフェが渡される。

「おいし~」

「うん、冷たいぜ!」

 店の中にある近くのテーブルの椅子に座って休憩をする俺達。今は午後の2時くらいで、それでも気温は上昇する一方だった。俺も度々、発汗症状に襲われている。

 でも、こうして親友達と食べるパフェも、もちろん昼飯も。何だか平和で素晴らしいと感じる。

 日本という国が時折ときおり姿を見せる、幸せというものだ。

「ふふっ、響君、幸せそうだね?」

 俺と同じくフルーツパフェを頼んだ悠が、こちらを見て微笑んでいる。

 しまった、顔に出てしまっていたらしい。少し恥ずかしくなった。

 だが、こういうときぐらいは素直に答えるべきだろうな。

「……そうだな。俺は今、幸せなんだと思う」

 悠はまた一層素敵な笑顔をした。恐らく、共感の笑顔だと解釈する。

「だね!」

 その後の俺達は、文字通り時間が過ぎるもの遊んだ。すっかり忘れていたが、明日は学校である。

 ゲーセンに行ったり、追い打ちとばかりにケーキを買って食べたりした。

 凄く楽しかった。初めてだった、高校生になってここまで沢山遊んだのは。

 俺達は最後まで盛り上がり、帰りの電車の中でも話をしていた。

 今日というこの日を、忘れたくない。

 一生、心に留めておきたい。

 揺れる車両に身体の動きを合わせながら、そんなことを考えていた。

 それは他の皆も同じだったみたいだ。

「また来ようね!あそこのパフェ美味しかったでしょ?」

「ああ!すげー美味しかったぜ!」

「うん!また皆で遊ぼうね!」

 同意してくれる者が多かったみたいで、俺も思わず破顔した。嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。

「ああ、俺もだよ。また来よう、また……誘ってくれ」

 俺の言葉を聞き、この場にいた4人全てが笑顔になる。心の底から喜びを表した笑みだ。

 そこで、目的の駅に辿り着く。俺と茜はもう下りる必要がある。

「じゃあね、大介君と悠君!今日はすごく楽しかったよ!」

 胸の辺りで手を振り、別れの挨拶をする茜。大介と悠も手を振りそれに返す。

「……じゃあな。大介は企画してくれて、悠は盛り上げてくれてありがとう。

 楽しかったし、嬉しかったよ」

「おう!じゃな!」

「明日ね、響君!僕も楽しかったよ!」

 自動で閉まるドア。その後すぐに、大介と悠を乗せて流れて行く電車。

「……じゃ、帰ろっか」

「ああ、そうだな。俺はもう疲れた……」

 沢山歩いて、もう体力が限界だ。足も少しフラフラする。

「うわぁ情けない……、何にも部活入ってないからでしょ?」

 だろうな……と顔で返事をする。確かに俺は、足も腕もロクに使っていない。

「──着いた。茜もじゃあな、気を付けて帰れよ」

「もっちろん!じゃあね、響!」

 そろそろ日が落ちる。夏のこの時期だから、時間はもう6時30分だが。

 俺はしっかりと茜に手を振って、家の鍵を鍵口に差し込む。力無くそれを捻り、中に入った。

 誰もいない一軒家の中で、俺はリビングのソファーの中に倒れ込む。

 もう身体が限界だ。あと、『脳』も。

「───はぁー……」

 ふかふかの弾力を顔で受けながら、俺は深い溜め息をく。

 

 ………今日は楽しかった。


 ………親友達とたくさん話をして、笑い合った。


 ………一緒に、かけがえのない時間を、1日を過ごした。


 ………なのに、なのに───ッッ!


「───今日で、事件の犯人が確定した」


 俺は一人で静かに、複雑な感情を吐き出すかのように、涙を流した。


     *     *     *



 俺はあのあと、眠りについた。

 楽しかった日の代償として、俺の希望がぶち壊されたのだ。

 あの日、3人の言動と行動について全神経をとがらせていた。

 そして、俺は分かってしまう。俺の中の全てが繋がってしまった。

 気付かないフリをしていたのに、考えまいと思っていたのに、昨日の事で全てを悟る。

 確証があるわけではないが、犯人だけは推理する事が出来た。

 今日は金曜日、皆がいる学校の教室などでは話がしたくない。土曜日に、静かで説得するのにぴったりな場所を選んで呼び出そう。

 ……自首、してもらうために。

 間違った選択ではないと思っている。俺はアイツの親友だし、彼の動機も心も全て聞いて受け入れてやればいいと思う。

 それも出来なかったら、その時は……

「──諦めるしか、ないだろう」

 ソファーの上で小さく呟く。これはもう揺るがない真実だし、目を逸らすことも許されない。

 一歩踏み違え、一回でも行動を失敗すれば、最悪の悲劇は避けられないだろう。それは重々承知だ。

 俺が殺されてもいい、それとも彼を殺した上で俺自身も死ぬ。でも、それは絶対に嫌だ。

 だから俺は、俺にしか出来ない事をする。

 ───そう、心に誓った。


     *    *    *


 今日も雲一つ無い晴天だった。そのせいで、その全体を周囲に誇示こじしてくる球体から発せられる熱が、肌を焼く。超暑い。

 時々、どこからともなく聞こえてくる蝉の鳴き声が俺の体感温度を上昇させ、むしばんでくる。

 夏全開だ。

 そんな夏真只中ただなかの道を1人で歩いていた。茜は朝の部活に行ったらしい、理由は明日が出来ないからだそうだ。

 明日は教師全体の仕事だか集会があるとかで、どこの部活も無いらしい。学校にいる人も少なくなるという事だろう。

 さらに言えば、俺は今日の朝1人になるということでもある。つか、今がそれだ。

 頭はぼーっとして、あんまり働いていない。   ただ、足にしっかり動くよう積極的に命令している。

 あともう少しで校門が見えてくるという所で、俺は昨日も見た人物二人を発見した。

 悠と、大介だ。何だか真剣な面持ちで会話をしている、話題は何だ……?

 疑問を抱いた俺は、そこまで距離が離れていなかった二人に近付く。気が付かれないようにコッソリと。


『………じゃあ、ずっとそこに立っていればいいの?』

『……ああ。そしたら誰か来るだろうから、それを合図に裏の扉から外に出てくれ』


 ……何の話だ?ここまで聞いてもさっぱり分からない。誰かに悪戯いたずらでもするのか?


『……うん、分かった』

『……時間はこっちで指定する、とりあえずそれまで待ってろよ』


 考えてもらちが明かない。俺は悠達に朝の挨拶をするとともに、問い掛ける。

「おはよう、悠と大介。お前らさっきまで何の話をしてたんだ?」

 俺が声を掛けると、真っ先に気が付いた悠から反応がある。いつ見ても、この男子が湛えているのは太陽のような笑顔だった。

「あっ、おはよう響君!実は、このあ……ムグッ」

 その次の言葉を言う前に、大介の手によって口を塞がれる。何かを呻いているが、俺には届かない。

「おはよう、響!なに、コイツの言うことになんざ耳を傾けなくていいぜ!」

 これまた爽やかな笑顔で話し掛けてくる大介。だが、その手は暴れる悠の口を固く塞いでいる。

 誰かに聞かれたくないような計画なのか……?大介と悠が……?

 正直な事を言えば、俺の頭は混乱と疑問で一杯だった。彼等の───正確に言えば『彼』の意図が全く読めない。

 しかし、これ以上訊くわけにもいかないだろう。多分、悠も教えてはくれない。

 俺は「まぁ、いいか」と言って学校に入った。悠と大介も頷きながらついて来る。

 ───何を計画していようが、俺は明日、犯人の奴を呼び出すことが出来る。訊くのはそれでも遅くないはずだ。

 割り切った考えのまま、俺は午前中を過ごした。

 

     *    *    *


◦──昼休み・屋上


「屋上でこうやって、二人で昼飯なんて初めてじゃないか?」

 空は相も変わらず良好で、ただ屋上に出ると少し肌寒い風が吹いていた。

 少し強めの風は、香苗の特徴的な黒い長髪を大きく横に揺らす。

 本人は少し鬱陶しく思っているのか、そのお嬢様風の美貌に一筋のしわが寄る。

 目つきは若干鋭くなったが、いつもの温厚な性格は消えていない。次に言葉を発した香苗の口調が、それを物語っていた。

「そうですね~。こうやって響さんと昼食が食べられるなんて、幸せの限りです~」

 彼女は結構ストレートに物を言うため、その意味を理解するのに一瞬だけ遅れてしまう。

 たかが俺と昼飯食うだけでそんなに嬉しいのか……?

「そうか、そいつは良かった」

 とりあえず受け入れた様子で返し、ベンチに座っている俺達は話題を変えることにした。

「香苗の弁当……それ、誰が作ったんだ?」

 彼女の柔らかそうな膝の上に乗っているのは、可愛らしいピンク色の弁当箱に詰められた色鮮やかな料理だった。

 見ただけで栄養バランスの良さが窺えるその中身は、とても美味しそうだ。

 聞かなくても分かるが、こうして話を振らなければ一緒に食べてる意味がない。

「このお弁当ですか?これは、私が作ったんです」

「やっぱりか!この料理を1人で作れるなんて凄いな、尊敬するぞ!」

 これはお世辞でも何でもなく、本心だった。で感動しましたよ、はい。

 なぜなら、俺と響音はほぼ毎日二人で暮らしていて、その食事は大半俺が作っていた。得意な料理はやはりハンバーグだが、他の料理でも作れないわけではない。もちろん美味しくないわけでもない、多分。

「そんな……、褒めたって何も出ませんからね!」

 少しだけ頬を紅潮させ、そっぽを向く香苗。照れているのだろうか、何だか見てて面白いため、からかってみることにした。

「そんな固い事言うなって………いただきま~す」

「あっ……」

 俺は無防備に晒された箱の中の卵焼きを奪って、そのまま口にほうった。

 その瞬間、俺の両目が見開かれた。

 超……美味い……。

 もはや戦慄だった。ここまで美味しい卵焼きを俺は食べたこともないし、作ることなんて絶対に出来ない。

 今朝に作られた物だというのに、この圧倒的存在感は何なんだ……?

 感動と衝撃で固まっていた。すると、おずおずと香苗が感想を訊いてくる。

「あの……、どうでしょうか?」

 それでようやく、俺の意識が帰還する。気が付いた時には、俺は香苗の両手をにぎっていた。

 彼女の顔が近い。俺達は今向かい合っている。先に口を開いたのは俺だった。

「──超ッ!美味しかった!」

 有らん限り言葉を溜めてから、俺は賞賛の言葉を口にした。勿論、全部本心だ。

 香苗も最初はキョトンとしていたが、最後の方は喜びなのか、安堵なのかはよく分からないが笑顔だった。

「ふふっ……、ありがとうございます。そこまで言って下さるなら、また後でお作りしますね」

「……ありがとう、楽しみにしてるよ」

 こうして、俺と香苗のほんのささやかな二人の時間が、終わった。

 屋上から教室に戻る時、俺は気になっていたことを伝えた。

「……なぁ、香苗」

「はい」

「昨日、植物公園近くの商店街にいなかったか?」

 その言葉を聞いて、香苗は少し驚いたような表情になる。

「え……。もしかして、響さんも昨日来てたんですか?」

「ああ、うん。でも、他の友達と一緒だったからな……」

 香苗は「そうですか……」と言うと、自分は昨日1人で息抜きに来ていたということを話した。

 俺もそれに納得し、別れの挨拶を告げた。

「──じゃあな」

「ええ、また月曜にでも──」

 その後は、いつも適当な時間を過ごした。

 やはり誰も帰っていない自宅に帰ってからは、明日の事ばかり考えていた。

 今日話していたことが何なのかは分からないが、とにかく明日に話をしよう。

 ……明日で、決着をつける。


    *    *    *


 夜の体育館、天井に取り付けられた小さな照明器具たちが淡い光で館内を照らす。

 星がよく見える綺麗な空。

 近くに田んぼがあるため、周りによく響く蛙たちの合唱。

 それに、外での短い人生を嘆くように訴え続ける蝉。

 夏がよく感じられる。夏の夜とは、ほどよく涼しいため素晴らしい。

 ここにもまた、素晴らしい夏の夜を感じ取った者が二人いた。

「……準備、完了したか?」

「うん、全部確認したよ」

 密かな話し声が、静寂に包まれた体育館中にゆっくりと響く。それは、何かを確認し合っているようだ。

「よし、じゃあもう撤退しよう。また明日」

「うん……、明日。この場所で……」


「……この場所で、終わりにしようか」


 その言葉は、どちらが言ったものなのか、よく分からなかった。


     *    *    *

 

 朝早く目を覚ました。そんなに多くは寝ていないが、頭はスッキリしている。

 早速夏の私服に着替え、誰もいない一階に下り、顔を洗った。

 今日も暑いな……土曜日の休日だってのに。

 そんな事を考えながら、用意した朝食を胃の中に放り込む。

 食べ終えてから30分程かけてようやく、携帯に手を伸ばし、メールを打つ。


『今日、どこか人のいない所で話をしないか?』


 簡潔に、伝えたい事だけをメッセージに乗せる。送信してから10分ぐらいして、相手からの返信が来た。


『体育館、午前1時から待ってる』


 体育館……午前1時……。

 俺は色々と考えたが、別に問題は無いと割り切った。部活ある生徒もいないし、教師も少ない。

 ただ……何であんなに広いだけの体育館なんだ?

 俺はそこだけ引っ掛かったが、相手がそこならいいと言っているため、その要求には応じるしかなかった。


『分かった』


 とだけ送信し、俺はソファーに寝転がる。

 今の時刻は8時か……まだ全然時間はあるな。

 と言っても、やることは何も決まっていない。

 寝るか……。

 そう思ってからは早い。


 俺は爆睡していて、12時近くに目を覚ました時には少し焦った。

 軽い昼食を摂り、家を出る。集合場所は学校のため、ここから歩いても40分ぐらいだ。

 人通りの少ない道を歩く。今日は土曜日だし、どこか車で出掛ける人が多いのだろう。

 四方から浴びせられる蒸し暑さに耐えながら、何とか前進する。

「……あっつい」

 道先の途中で購入した冷たいお茶のペットボトルも、すぐさま飲み終え空になる。

 これは……長い戦いにはしない方が良さそうだ。

 そう考えたところで、校門の前まで辿り着く。

「───あれ、響さん?」

 すると、後ろから予想していなかった人物に声を掛けられる。振り向くと、腰まで届く長い黒髪を揺らし、一通の手紙を手に持った女性がいた。

 香苗だ、こんなところに何をしに来たのだろう。あと手に持っている手紙が気になり、話しかける。

「………香苗?」

 「はい」と頷く彼女の額からは汗が垂れ、困ったような驚いたような表情をしていた。ただ暑いだけかもしれないが。

「こんなところで何をしているんですか?」

「それはこっちの台詞せりふだ。香苗こそこんな暑いところに何をしに?

 それと、香苗が今持っているその手紙は何だ?」

 少し分が悪そうな顔をする彼女。

「これは……今日、ポストに入ってたんです」

 そう言うと、香苗は渋々その手紙を俺に差し出した。静かに受け取り、開く。

 パソコンで打たれた綺麗な文字、折り畳まれたその紙は招待状のようだと思った。


『これが最終局面ラストステージ、俺達の死に場所だ。

 俺はお前に復讐するのを楽しみにしていた。ずっと待っていた。

 あの時から、俺には触れていけなかったのだ。俺を傷付けてはいけなかったのだ。

 【ノアザミ】の花言葉に乗っ取って、お前に裁きを与えてやる。   黒縁 香苗よ。 』


 俺は、校門から見て左方向にある体育館まで走り出していた。あの時の光景がフラッシュバックしたのだ。


「好き……うん、そうだね。良い花だよねって思うよ」


 あの日、悠が言った言葉だ。

 ───まさか、悠!?

 と言うか、なぜ香苗が───!?

 俺は全速力で体育館に続く通路を走り抜け、扉の前まで到着した。

 勢い良く、自分の到着を彼に知らしめるため大きく扉を開く。


「………来たぞッ!」

 

 【ノアザミ】のもう一つの花言葉。

 それは───『報復・復讐』だ。

 ラストは体育館で迎えます!

 ということで、次話で第一章完結となります。

 あ、エピローグもありますけどね(笑)

 それでは、次回も楽しみにして頂けると嬉しいです!ご指摘・ご感想もお待ちしております!

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