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悲劇〈高校一年生連続惨殺事件〉  作者: (two)
第一章──最悪の悲劇──
12/19

知るべきではない真相

 いやー、学業との両立って本当に難しいですね。

 家に帰ったら眠りについてしまうことが多いので中々執筆することが出来ません(汗)

 更新は遅れてしまいますが、それでも読んで頂けると嬉しいです。

 それでは本編をどうぞ~。

「───分からん」

 4日目の月曜日、俺はまた学校を休んだ。

 だがそれは、精神がまだ回復していないわけではない。むしろ全回復でやる気まで貰った。

 勿論──、響音のあの遺書によって。だ。

「アーケンって……、一体何なんだ!?」

 俺は響音の遺書を読んでから、父親の書斎にずっともっていた。『アーケン』と呼ばれていたリーダーが、一体誰なのかを突き止めるためだ。

 しかし、どの辞典や書物を探しても、アーケンなどという単語の意味は見つからなかった。

 ネットで見つかった情報は、とある小説に登場したという宝玉の名前と、ポケットから出て来る魔物の名前だという事だけだった。

「詰まったな……」

 俺は読んでいた本を閉じ、溜め息混じりの独り言をいた。使えそうな情報が欠片も得られていないからだ。

「アーケン……、アーケン……」

 ボソボソと、ただその単語だけを連呼してみる。だが、何も思い付くことなどない。一人の時間が無慈悲に過ぎていくだけだ。

 全く意味の無い言葉、というわけでもなさそうだった。その意味についてが全然分からないのだが。

 俺は、仕方なく最後の可能性を使うことにした。

「……まだ、ヒントを残してくれているかもしれない」

 それは勿論、響音の部屋の事だった。

 俺に『アーケン』の情報をくれた、響音の遺書。まだ続きがあるのではないだろうか。

 そんな一縷いちるの望みに賭けて、俺の足は二階の奥にある部屋へと向かう。ちなみに、父親の書斎は俺のすぐ隣の部屋だ。

 俺は昨日も訪れた部屋の前で、覚悟を決めた。

 響音が何らかのヒントを残していなかったとしたら……、俺はもうリーダーの詳細を解明することは不可能になるだろう。何せ、打つ手はもう打ち尽くしたのだから。

 二回目の、鈍い音を立てて開く扉。昨日も入った空間。俺の再訪を、響音の部屋は一応受け入れてくれたみたいだった。

 朝の光が、カーテンが閉まっているため当たらない。探しにくくしないように、俺はカーテンを開いた。

 眩しい陽光が俺の網膜もうまくを一瞬で焼き付ける。それに耐えきれず目を閉じて、視線も逸らす。

 書斎も少し薄暗かったため、光に目が慣れていなかったのだろう。今は大丈夫だ。

 どこかに……、あるといいんだが。

 そうして俺は、一時間程かけて部屋中を探し回った。

 一度見た所まで隅々と、置き物の裏までしっかりと確認すると、ようやく発見出来た。

「ここか……」

 それは机の裏、更に奥の隅っこに貼ってあった。

 なんだ……?探してほしくなかったのか?

 ここまで必死に隠すようにして貼られた紙を、俺は疑問を持ちながらも剥がす。

 折り畳まれたメモ用紙の紙は、やたらと多く文字が透けて見えていた。

 ……何が書いてあるんだ?

 そう思いつつも、俺は静かに紙を開く。  


『 ハロー、お兄ちゃん!

  この手紙にまで手を付けてるってことは、『アーケン』の意味を必死で探し回ったってことだよね?

 でも残念!その言葉自体に意味は無いよ!

 『アーケン』はそのまま読んでいい言葉ではない!

 だからネットでも、ホ●ットとかポケ●ンの情報ぐらいしか見つからないんだよ!』


 真ん中の黒丸はこれでもかと言うぐらいに強く、深く塗りつぶされていた。

 あと、『!』使いすぎだろ。響音らしいけど。


『 多分、おとうさんの書斎とか探し回ったんだろうけど、それじゃあ見つかるわけはない。

 何しろ、必要なモノなんて頭ぐらいだからね!

 だから!迷いに迷いまくって迷い込んだお兄ちゃんのために!

 私がヒントをあげちゃいます!(拍手)』


 いや、拍手いらねーだろ。前置き長いし。


『 と言っても、もう大事なヒント書いちゃったから。私。これで話は終わりね。』


 ……は?

 俺は手紙を持って突っ立ったまま、その内容に目を見張っていた。身体は動かない。

 ……もう書いた?嘘だろ?


『 嘘なわけないじゃーん、もーちょっとよく読んでみなよ?天才なんだしさ!』


 こんな時にまで……。どれだけ用意周到な手紙なんだ……。

 しかし、『もう書いた』と言われてしまえば、俺はもうその前の文を解読していくしかない。響音の言うとおり、この天才な脳をフル回転させよう。

 何回も、響音直筆の文章に目を通していく。一言一句漏らさず、一つの文章の意味ですら見逃さずに読み解いた。

「──ああ。モロ書いてたな、お前。

 とっても無駄使いしたよ、俺」

 無駄使いというのは、もちろん頭の事だ。

 こんなの二度見すれば完璧に分かる。なんだ、響音ってば超優しいんだね。

 そう思った俺は、最後に書いてあった文章にも目を向ける。


『 じゃ、私の手紙はこれで全部だから。

  もう部屋を探しても無駄だよ!私の下着とかぐらいしか出ないんだからね!』


 いや、興味ねぇから。

 それでも、響音の手紙が終わってしまうのは、少し寂しかった。

 つっこみ所が多過ぎて多少は面白かったからな……。

 しかし、響音の文章はまだ続く。


『 あ、もうひとつ!

  えーっと、やっぱりこういうことは言いたくないんだけど、

 ─と───と─か───、から絶対に目を離さないでお………って、まぁ大丈夫か!

 いいや!心配しないで!じゃあね!  』


 その肝心な部分は、ペンで上書きされてしまっていた。やっと見える文字だけでは全然意味が分からない。

 ……いいか、響音が大丈夫だって言っているんだし。誰のことかは全く分からないが。

 考えを割り切った俺は、問題の『アーケン』解読に思考を移す。

 響音の最後の手紙を手に持って、昼の明るさを持ったその部屋を出る。

 とりあえず、自分の部屋で考えるか……。

 廊下に出た所から真っ直ぐ進み、階段手前の扉の前で止まる。何かを考える時、とにかく一人で自分の部屋に入るのだ。

 まぁ、今は家のどこにいようと俺一人なんだが。

 部屋に入ると、元々カーテンが開いていたらしくて、とても明るかった。

 妹と同じで、簡素なベッドが部屋の右端にあり、その正面に構えているテレビ、その横にパソコン付きの俺の机が置いてあった。

 一昨日壊されたゲーム機の破片も、もう片付けててた。もう、俺には必要ない。

 何だかんだ言って、俺を元に戻してくれたのはアイツ、『影』だった。どうやって来たのかも帰ったのかも謎だが、とにかくアイツは俺を現実に引き戻してくれた。

 後で会ったら礼を言おうか、ゲーム機を壊してくれたことじゃなくて。

 そんな事を考えたのち、俺は机の側の椅子に腰掛ける。『アーケン』の解読については、響音のヒントのおかげで大体分かった。


『 でも残念!その言葉自体に意味は無いよ!』

『アーケンはそのまま読んでいい言葉ではない!』

『 何しろ、必要な物なんて頭ぐらいだからね!』


 これだけあれば充分だ、本当に響音には感謝している。

 ──わざわざ響音が、知っているはずの犯人を書かなかったのには理由があると俺は考えていた。

 それは、犯人が証拠を残していない、言わば『完全犯罪』だからだ。

 恐らく、俺に言っても確定的な証拠を掴むことは出来ない。むしろ俺が混乱するだけだと計算したんだろう。本当、何も考えていないようで結構鋭い妹だよな……。

 思考を巡らせ考えていた俺の脳に、バチッと電撃のようなものが走る。その電撃は、一つのひらめきだけを残して過ぎ去った。

 一瞬だけ痙攣を起こし、目を見開いたまま硬直する俺。

 ひらめいたのだ。さっきまで知恵を振り絞って考えていた単語の、解読法だ。

 俺は口角を少し上げて、ニヤついた表情を自然と作ってしまった。

 ……そうか、その方法があったよな。

「よし、それじゃあその方法で───」

 そこで、アーケンと書かれた紙に目を落とす。

「!?」

 俺は再び、その黒色の瞳を剥き出しにして驚愕した。俺の脳内には、予想していなかった人物の名前が浮かび上がったのだ。

「……そんな、バカな……」

 俺はヨロヨロと後退し、机から離れる。

 後ろに退しりぞいた片足が、ベッドにぶつかりバランスを崩す。もちろん俺は後ろに倒れた。

 途轍とてつもない脱力感に襲われ、虚ろな目でただ眼前に広がる天井を眺めている。

 脳内は情報の処理を受け付けていない、全てがごちゃごちゃになっていて、考えたくない。

 ──だって、アイツが『リーダー』なんて、おかしいだろうがよ……。

 俺の頭に浮かび上がった方法では、その人物の名前しか出て来ない。

「なぁ……、」

 子供の頃からずっと一緒で、暇だった日はよく遊んでいた───

「茜……」

 俺は右腕で両目の辺りを覆い、振り絞った声で呟く。

 その、現実を。

 俺の推理は、間違ってはいないはずだ。

 でも、間違っていてほしいと、俺は心から望んでいた。

 何せ、もし茜が『リーダー』だったとしたら、この事件の犯人は──、


「……大介になってしまう」


 俺と、幼馴染みの茜、そして親友の大介。この三人は同じ中学の同級生だった。

 ……つまり、茜は他の人間を引き連れて大介への虐めをしていたのか?

 いや、そんな動機を俺は知らないし、考える可能性すら見えない。

「クソッ……ッ!」

 俺は目を覆っていた右腕を離し、ベッドに叩きつけた。ダメだ、何も分からない……。

 俺の表情に苦悩の色が浮かぶ。別の可能性を考えて、真犯人を見つけ出すのだ。

 色々考え、悩み、この頭脳を回転させる事だけに身を焦がした。

 だが、どれも筋の通らない憶測ばかりで、何の根拠も見つけ出せなかった。

「……ハァ、……ハァ」

 部屋が暑いのか、俺の身体が熱いのか。額から一筋の汗が静かに流れる。

 ──分からない、──分からない、

 ──出てこない、──出てこないッ!

 頭を抱え、ベッドの上でうずくまる俺。

 俺は何か大事な事を見逃していて、それに気付けていないのだ。

 本当はわかっているはずなのに、それを受け入れていない。

 『その情報』だけは、影の言葉をもってしても、俺は拒絶してしまっていた。

 とにかく、茜に電話をしてみるか……。

 絶対あってほしくないが、もう大介に襲われている可能性だってあるのかもしれない。

 まぁ、決め付けてしまうのも良くないんだけどな……。

 そう考えた俺は早速、枕元に放置してあった携帯電話を開く。家にいた時は全く見ることのなかった携帯の画面から、あの幼馴染みの番号を探す。

「……あったあった」

 見つけてから直ぐに発信のボタンを押す。ちなみに俺はスマホは持っていない。

 ガラケーのみだ。茜はスマホだけど。

 コールが数回、耳元で鳴る。その間の短い時間でも、焦燥と不安で押し潰されそうになっていた。

 すると、不意に鳴っていたコールが消えて、数日ぶりの女子の声が聞こえた。

『……響?』

 その声からは不安や心配の色が見られた。

 まぁ、学校休んだからな。土日挟んだけど。

「ああ、俺だ……。

 ───茜、お前いま無事か?」

 いきなりの質問に、茜は一瞬「え?」と言ったように聞こえた。

『無事かって?何言ってるの響、私は元気に学校に登校してるっての!

 と言うかむしろ、私は響の無事を心配してたんだけど!どうなの?』

 良かった……、いつもの茜みたいだ。今いる場所も学校みたいだし、下校以外では恐らく襲われる可能性も低いだろう。

「ん?ああ、俺は大丈夫だよ。

 ……もう、立ち直れたから」

 俺が声のトーンを落としてそう言うと、電話の向こうから聞こえる声のトーンも落ちた。

『……そう。響音ちゃん、本当に残念だったよね。殺されちゃうだなんて、私だってショックだったもん……』

 そうだよな、家がそこそこ近い俺と茜が遊んでいるところに、響音が入ってくることも多かったもんな……。

「その気持ちだけで充分だ、茜が背負う必要なんてないよ」

『うん、ありがと……』

 両方の気分はすっかり落ちてしまった。今はまだ授業合間の休み時間なのだろう、電話を掛けるタイミングを間違ってしまったと今更後悔する。

「明日からは学校に復帰できると思う。いつもの時間、いつもの場所で待っていてくれないか?」

 少し躊躇いがちに提案すると、次に返ってきた言葉はとても明るかった。

『──了解!じゃあ、明日ね!』

「あ、ちょっと待て」

 思い出した事があり、呼び止める。

『ん、何?』

 かろうじて通話を切らなかった茜から、少し驚いたような返事が来た。

「──今日、大介来てるか?」

『……うん、来てたよ?』

 少し間があった。そう古くもない記憶を辿っていたのだろう。それでも確認は取れた。

「そうか、ありがとな。じゃ」

 そう足早あしばやに言って、通話を切った。

 ……明日以降、茜から目を離してはいけない。勿論、大介もだ。

 絶対にあの二人が事件と無関係だという証拠を、俺が掴んでやる。

 当初とは全く違う目的になっているような気もするが、そんなこと今はどうでもよかった。

 俺は携帯電話を片手に持ったまま、ベッドの上で深い眠りに落ちてゆく。

 消えかける意識の中で、茜と大介がこちらを見て嘲笑うような笑みを浮かべている

 

 幻覚を見た───。


       *    *    *


 夜中に雨が降ったのか、道すがらに視界に入るアサガオからは水滴が零れる。

 踏んでいるコンクリートの大地も、どこか湿っていて、空気を冷やしていた。

「外に出るのさえ、久し振りだな」

 俺は登校の途中、一人でそう呟いた。

 聞いている者など誰もいない。そこら辺を歩く猫や飛び回るスズメ達ぐらいだろう。

 だが、もう一人いたらしい。

 後ろから肩を叩かれ、声を掛けられる。

「おっはよ~!短期間の引き籠もり生活はどうだったのかな?響君?」

「おはよう、茜。……あと、もうちょい言葉を優しく包んでから話せ」

 朝から少し不機嫌になったが、彼女のこんな態度にはもう慣れてしまっている。

「ああ、ごめんごめん。でも、響がこうして学校に来れるようになって、私は嬉しいよ!」

 こっちを向いて、笑いながら話す茜。なんとなく頬が赤くなっているようにも見えた。

「悪いな、心配かけちゃって。でももう大丈夫だ、茜も気にしなくていい」

 俺も気分を上げて話をしたかったが、上手くいかない。言葉全体のトーンが少しずつ落ちていく。茜もそれを感じ取ったようだった。

「うんうん、そうする!よし、話を切り替えよう。例えば、響が来てなかった間の学校の話とか!」

 声の調子を明るく変え、元気に話し出す彼女。無理しているようにも見えなかったが、本心にも見えなかった。

 俺達はそのまま通学路を歩きながら、茜は話し、俺はただ聞いていた。


 ──数学担任の教師がやたらと機嫌良く授業をやっていたこと。


 ──大介も、凱人かいとが死んだショックで落ち込んだ日が最初はあったらしい。

 と言うことはやはり、凱人の死は運命によって決まっていたものだったのだろう……。

 

 とにかく色々な事を聞き、笑いあった。こんな些細な事でさえ、俺はなんだか幸せのような物を感じていたのだった。

 少し肌寒く感じる固い道路。

 走る車も時折ときおり目に入り、俺と茜は横に並びながらも、それをかわす。

 30分程歩いた所で、俺達と同じ制服を着た人達が見え始める。

 二人仲良く話しながら歩いている男子生徒。

 自転車に乗り優雅に走り去る女子生徒。

 そんな人達を横目で見つつも、話題は尽きない俺達。結局、校門をくぐり同じ教室に入るまで愉快な会話を続けていた。

 

     *    *    *


「お久しぶりだね、響君!

 体調はどう?もう大丈夫なの?」

 これまた久し振りの教室に入り、さらにさらに久し振りの顔を見る。

 その薄い眉を少し歪ませて、めっちゃ心配そうにこちらを覗き込んでくる男子生徒。

 俺より背か低いため、自然と上目遣いになる。全然アリだが。

「お久しぶり、おはよう、悠。心配かけたけど、もう大丈夫だから」

 俺が机に鞄を置いてそう言うと、悠の顔がたちまち明るくなり、見てて気分の良くなれる笑顔に変わる。

 ……ああ、この笑顔も4日振りだな。

 土日を挟んだため、結局会えなかったのは金曜と月曜だけなのだが、それでも何だか新鮮に感じる。

 ──恐らく、今が普通の生活に戻ったからだろうな。

 いや、決して気を抜いているわけではないんだけど……。

 俺は朝の挨拶を交わした時から、茜の周りについて気を配っていた。

 誰か、茜を監視してる奴とかがいるかもしれないからな。

 朝は特に何も起こらなかったが、犯人がいつ行動を起こすのか俺が分かるはずもない。

 とにかく、いつでも茜に気を張っとく必要があるだろう。

 横に座る茜に視線を送ってみるも、笑顔で友達の女子生徒と話しているだけだった。

 ちなみに、朝に登校してきた俺に話し掛けてきたのは、悠だけではなかった。

 そんなに会話したことのない、ちょっとイケてる感じの男子生徒。

 もはや会話した記憶すら出てこないような眼鏡の女子生徒。地味目だ。

 誰も彼もが「大変だったな」だの、「良かったよ復活できて」などといった言葉を掛けてくれる。まぁまぁ悪くはない。

 朝のHRでも、担任の教師から一言掛けられた。「どうも」とだけ返して話を戻したが。

 朝のHRが終わってからは、いつもと同じで退屈な授業が始まった。

 授業は2日空けたが、特に困る部分もなかった。塾には通っていないが、家での勉強はかなり進めているからな。

 暇だったため、何をするためにこんな場所に来たのか、何度も俺自身に自問自答していたが、

「仕方ないだろ、家にいてもすることがない」

 としか答えなかった。

 退屈な時間はゆっくりと過ぎていき、昼間の冷たい風に流される。

 開け放たれた窓の外に顔を移すと、薄暗い雰囲気が感じられた。

 太陽は散らばる雲の塊によって覆われ、その光と熱を地面に落とさない。

 殆ど意識を宙に手放して、頬杖をつく俺。教師はちらちらと視線を向けてくるが、気付かないフリをした。

 昼休みになっても、俺は机に突っ伏したまま過ごした。そんな俺に声を掛ける奴なんているはずもなく、そのまま寝ようとした時──

「ねぇ!響!」

 突然、頭上から声を掛けられる。そして思い出した、俺がやらなくてはいけない事を。

「……何だよ?」

 俺は薄目だけ開き、頭を上げる。俺の前には、やはり声の主である茜が立っていた。

 だが、その後ろに立っていた人物を見た瞬間、俺の中で戦慄が走る。身体は凍ったように動かなくなった。

「よう、響!もう体調は大丈夫なのか?」

 軽く右手を上げ、明るく声を掛けてくれる親友。その姿は凍った俺の身体を溶かすが、同時に心臓の鼓動を少し速くする。

「な、なんで……別のクラスのお前がここに?」

 咄嗟とっさにそう訊ねると、大介は不思議そうに首を傾げて答えた。

「……何言ってんだ、俺は前から響のクラスにお邪魔してるだろうがよ」

 苦笑を湛えながら、諭すような口調で大介に言われてしまった。

 そうだ、俺は動揺してつい変なことを……

「ああ、悪い。忘れてくれ。……それで茜、俺に何か用があったのか?」

 大介の前の人に目を向ける。茜は「うん」と頷いて話の本題を説明しだす。

「えっとね、明後日の木曜日さ、この東高の『創立記念日』だっていうのは知ってるよね?」

 知らない。俺は表情だけでそう告げた。

 正確にいうと、目を見開いて、口をポカーンと開けた感じだ。

 そんな俺の様子を見て、茜は嘆息を漏らす。

「はぁ~……やっぱり?まぁとにかく、明後日はそれで皆休みなの!」

「ほうほう」

 適当に相槌を入れた。

「それで!お前の気分転換のために、皆でお出掛けしようぜって話だ!」

 ……は?

 いきなり話に入ってきた大介の言葉に、俺は理解が遅れた。

「お出掛け……?どこに?」

「えーと、近くの植物公園とかか?」

 なるほど、悪くはないんじゃないだろうか。

 正直、創立記念日のことは全然知らなかったし、茜と大介を同時に監視できるならそれでいいと思った。

 何より、『気分転換』という理由が一番嬉しかった。そんな事を考えてくれていただなんてな。

「ああ、分かった。後で詳しい日程を教えてくれ。……ありがとな」

 俺がそう言うと、茜と大介はどこか照れたような顔になる。

「い、いやぁ~私は別に……」

「そうだぜ、お前に元気を出してほしいだけなんだからよ!」

 俺はやはり、どこかの過程で推理を間違えたんだと思う。ここまでしてくれる親友達が、まさかあんな恐ろしい事件に関与しているはずがないんだ。そう信じた。

「あ、そうだ。どうせならアイツも誘おうぜ」

 そう言って大介は、ちょうど教室前の廊下を歩いていた男子生徒の名前を呼ぶ。

「お~い、悠!ちょっとこっちに来てくれよ!」

 俺達に気がついた悠は、小走りでこちらに近付いて来る。勿論、笑顔だ。

「どうしたの、大介君?あと茜さんと響君も!」

「おう、悠さ。お前、明後日ヒマか?」

 うん!と大きく頷く悠。その肯定を見取って、大介も歯を見せて笑みを作る。

「よし、じゃあ決まりだな!お前も来い!」

「全く説明はされてないけど、りょうか~い!」

 この二人、こんなに仲良かったのか……?

 俺は目の前で繰り広げられたやり取りを見てそう感じた。大介とか、女子以外の転校生には興味無いって言ってたのに……。

 その怪訝けげんそうな俺の表情を見てか、悠と大介が説明をし始めた。

「大介君には、転校当初ぐらいから仲良くしてもらってるんだよ!響君と同じくらい!」

「そうそう。響は、悠とよく一緒にいるしな。俺も声を掛けてみたら結構気が合う奴だったんだよ」

 そうだったのか、まぁ悠の友達が増えるのは良いことだと俺も思うしな。

 ……明後日は楽しくなりそうだ。

「じゃあ、この4人で!明日までにはちゃんとした計画を立てて来るね!」

 茜がそう締め括り、話は終了した。それぞれも俺の机の周りから立ち去っていく。

 取り残された俺は、少し考えて、もう一人会っておかなければいけない人の所に行くことにした。


     *    *    *


◦───1年C組 教室


「香苗さん?ああ、ちょっと待ってて」

 名も知らないC組の男子に声を掛け、あの日置き去りにしてしまった女性を探してもらった。

 教室の外の廊下でしばらく待っていると、いつもの黒髪ロングにおっとりとした表情の香苗が姿を見せた。

「お久し振りです、響さん。」

「久し振り、……この前は置いて行っちゃって悪かった」

 挨拶と同時に、謝罪の言葉も混ぜた。すると、香苗の方もなんだか申し訳ないような表情に変わる。

「あの日の事は、私も少し後悔してるんです……。

 私、響さんに何か失礼な事言っちゃったと思うんですよね。あんまりよくは覚えていないんですが……」

 後悔……?失礼な事……?

 そして、あの日の記憶を呼び覚ます。

 そういえば、俺のポケットに入れられた小型の盗聴器を破壊してくれた時から、香苗の様子はいつもと違うものになってたな……。

 あと、変な事も言ってた。まるで俺の心の中を全部覗いているかのような事を。

 しかし、香苗が言ってくれなければ俺は何にも気付く事は出来なかった。

 響音こそ救えなかったものの、何も分からず、何も知ろうとしないまま失ってしまうよりは全然マシだと思っている。

 だから……、不快になど一切感じていない。むしろ感謝すらしているのだ。

「香苗は……気にしなくていい」

 というむねを伝えると、香苗は安心したようにそこそこ大きな胸をなで下ろし、安堵の溜め息をく。

「よかったぁ~……私、響さんにもう嫌われたんじゃないかと思って夜も眠れなかったんですよ~」

 それは流石に誇張が過ぎるだろう、そう思った俺だった。

 だが、彼女の本気で安心している様子を見ると、何だか疑う気になれない。

 というか、本気だったら本気で俺の方がドキドキしてくるんだが───!?

 自意識過剰であるかもしれないが、俺の中ではそんな感情が溢れ出して止まらない。

 俺は極力きょくりょく、その妄想じみた感情を押し殺して言葉を発する。全然ワクワクなんてしていない、平常心を保つんだ。

「は──ははっ、そんなことあるわけないじゃないか。冗談も大概にしたまえ、はっはっはっ」

 後半は殆ど負けた。

 今まで微塵も使ったことない喋り方をした。

 「はっはっはっ」なんて高揚感が滲み出てきたかのような笑い声だ。

 情けない……俺……。

 それでも別段気にした様子もなく、香苗は話を続ける。 

 本当にマイペースな女性ひとだな……と俺は心の底から実感した。

「冗談じゃないですよ~、本当に、響さんの事を考えると何だか胸が苦しくなって……。

 嫌われたくないって思ってたから、響さんと会えない間はずっと悩んでたんです」

「………」

 正直何を言っているのかはよく分からなかった。どうしちゃったの、この娘?

 俺は唖然としたまま固まっていた。香苗は不思議そうに首を傾げて、時折、俺の胸をつついてきたりする。

「えーっと、香苗さん?それってもしかして……」

 俺が驚愕の束縛から解き放たれ、ようやく口を開き、話の核心について訊ねようとする。

「えーっと……」

 少し迷ってから、香苗が話し出そうとしたとき、


 キーンコーンカーンコーン♪


 無情にも、昼休み終了の鐘が鳴る。それを聞いた香苗はいつもの笑顔で話を中断した。

「それでは、響さん。また後で──」

「え?おう……」

 香苗はその細身をひるがえして、自分の教室の方を向く。彼女の長い黒髪も、その流れに沿ってなびいた。

 その様は、見惚れる程美しい。周りに広がったその香りは、咲き誇る綺麗な花々の香り(もの)よりも甘美かんびに感じる。艶のある黒髪は、振り子のように何度も左右に揺れ動いた。

「最初会った時から思ってたけど、香苗って本当にお嬢様みたいだよなぁ……」

 ぼそっとそんなことを呟き、C組教室の前を立ち去る。

 午後の授業も超怠だるいっての……。

 頭の後ろで腕を組み、文句を垂れながら廊下を歩く。

 恋を知らない、単純で勤勉なだけの男が。


     *    *    *


 響が教室から立ち去った後、香苗はある大きな考え事をしていた。


 ──響さん、4日振りに会ったけど全然変わりないようで良かったなぁ……。色々あったんだろうけど。

 自分の方が辛いはずなのに、私の事まで心配してくれているなんて……。


 彼女の頬は薄く蒸気し、心臓は素直にその運動を速くする。少し苦しそうな面持ちだ。


 ──本当に優しい男性ひと、もっと前からこんな風に話をしたかった。

 初めて会った時からそうだった、貴方は私に親切に接してくれた。

 ……一番最初の出逢いは、どちらも名前すら知らない時だったけどね。視線を向けていただけ。

 それでも、貴方はまだ気がついていない。

 私はもう気付いてる、貴方の正体を。

 そして、自分自身に訪れるであろう『悲劇』も。

 私は貴方に、浄化してほしい───。


 窓の外を眺め、午後の授業を聞き流す。

 本当の恋を知った、純情で天然な女が。

 はい、かなりややこしい展開になってしまったと思います。メッチャややこしいです。

 回収してるようでしてないものが多く、エンディングも迫っているというのに増えていく伏線。

 ……大変ですよね。

 それでも何とか納得のラストに出来るように頑張ります!

 今回のお話でも、ご指摘・ご感想をお待ちしております。ここまで読んで下さってありがとうございます!

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