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悲劇〈高校一年生連続惨殺事件〉  作者: (two)
第一章──最悪の悲劇──
11/19

生きる希望

 この話もやっと10部まで来ました!文字数もそこそこ増えました!

 この話も、今までの中で一番文字数が多く、深い内容になっていると思います。

 是非、ご一読下さい!

 二日目の朝、今日は土曜日だ。だが、外出する気は今日も起きなかった。

 家族や知り合いが死ぬ心の痛みって、こんなに辛いのかよ……。

 ベッドの中で、起きたばっかりの俺はそんなことを考えていた。

 時刻は7時を指していて、二度寝のタイミングを失った俺は朝食を摂ることにする。

 ぼやけた視界を擦りながら下に降りると、リビングに両親の姿はなかった。

 とりあえず俺は顔を洗い、テーブルの方に移動した。

 よく見ると両親の代わりに、テーブルの上には置き手紙らしき紙が置いてある。

『葬儀とかお墓とかの話をしてくる。外出する際は気をつけて。

            父さん   』

 響音のか……。

 そう思いながら俺はお湯を沸かしていた。

 トーストとコーヒーという簡単な朝食を用意し、俺はテレビの電源を付ける。

 すると、一昨日の響音の事件の様子が報道されていた。そりゃずっと続いてる事件だしな……。

 だが、俺はその内容を見たくはなかった。

 もういいよ……、そんな事件。

 どうせまた、証拠も何も掴んでないんだろ警察は……。

 しかし、どこのチャンネルに回しても響音のニュースばっかりやっていた。

 名前まで公開し、仕事のために淡々と記事の内容を喋る女子アナウンサー。

「───うるせぇッ!!」

 一人でそう叫び、テレビの電源を切ってからリモコンを乱暴に床に投げた。

 何かが欠ける音を立てながら跳ねるリモコン。しかし、俺の気分が晴れることはなかった。

 その勢いでトーストを口にねじ込み、コーヒーで流し入れる。全く食べた気のしない、むしろ吐き出したいような食事を終えて、俺は二階に向かった。

 すると、二階の一番奥の部屋に視線が止まる。

 ───そう、響音の部屋だ。

「でも……、」

 俺はあの部屋に足を踏み入れるのが非常に怖かった。あそこに何があるのか、何を訴えているのか。それを理解してしまいそうだからだ。

「……今日は止めよう。」

 そう言って、一番手前の自分の部屋に入る。

 今日はどうしよう、と考えたところで、テレビの下にあったゲーム機が目に入る。

 買ったのに全く手を付けなかったゲームでもやるか……。

 部屋のテレビの前に座った俺は、部屋の電気も付けずにゲーム機とテレビの電源を入れた。ゲームなんてやるのは正直久し振りだ。

「ホント、家では読書ぐらいしかしてなかったからなぁ……。」

 長い間使われず、埃を被ったゲーム機の本体。ジージーと派手な機械音を出して稼動を始めた。しばらくしてから、挿入したゲームソフトのオープニングが始まった。

 最初に操作方法のチュートリアルから始まり、終わったら最初の村に放り込まれる。

 家々を探索し、外に出てはゲーム内の魔物と遭遇し、戦闘を開始する。

 俺はその後、時間も、事件のことさえも忘れてゲームに没頭していた。

 コントローラーのボタンを連打する速度は徐々に速くなり、画面の中ではゲーム内の人間が素早く動き剣を振っている。

 楽しい……、RPGを進めていくってこんなにも楽しいのか……。


 カーテンも締め切り、電気も点いていない部屋。そこに佇む一人の少年の正面には、テレビ画面の光がぼんやりと反射するだけだった。

 彼の目は既に『死んで』いて、恐らく何も映すことは出来ないだろう。

 現実──、事実──、真実──、現状──、   真相──。

 それら全てを拒絶し、それらを全く映そうとしない目を、人は『死んだ目』と呼ぶのだ。

 彼にもう生きる希望は無い──。それは、彼自身が一番よく分かっているはずだった。

 しかし、それを受け入れないのは、彼の目が死んでいるからだ──。

 現実から逃れようとして、必死に足掻き苦しんでいるからだ──。

 彼はもう、堕落している。

 妹と親友の死を理由に、自分に負の烙印らくいんを押しているのだ。

 だから───、


     *    *    *

 ───どこだか、知らない街。

 ───どこだか、知らないビルの屋上。

 その一番上に、あおく長い髪をした、一目で美しいと分かる青年が佇んでいた。

 彼はどこかうれいを帯びた蒼く透き通る瞳で、街のずっと奥、その地平線の彼方まで視線を伸ばしている。

 そして、ふぅ……と息を吐いた。

 その姿は美麗で、見る者全てを魅了する。そんな魔力を持っていそうだった。

 彼は息を吐いてから直ぐ、ひとりで小さく口を開く。

「だから───、君は誰も守れないんだ。」

 それは誰に向けたメッセージなのか、それはその青年にしか分からない。しかし、その声音はとても寂しそうな雰囲気だった。 

 ビルの屋上で、優しく流れていく風。それは青年の蒼色の長髪をサラサラと流した。

 ───短く、言葉を繋いでいく青年。

「……現実を見るんだ、君は。

 この世界は常に理不尽で、誰の為に回っているわけでもない。」

 青年の足元から黒く渦巻く影が現れ、その足元から包んでいく。

「……僕は君の、この世界に抗う君の姿が見たかったんだ。

 しかし、そんな現実すらも受け入れられないのなら───、」

 シュルシュルと───、青年の周りを足元から上へと影が包み込み、彼の体型や服装を変えていく。

 その影はやがて頭までもを覆い、その蒼い髪を黒く染める。長さも、腰まで伸びていた髪は肩の辺りまで短くなっていた。

 体型は、現在の高校一年生の平均より少し低いぐらいで、制服は───、

 響達の高校の制服と、全く同じだった。

 その姿は、この前に響と話をしていた自分を『影』と名乗る謎の同級生と同じだった。

 出来上がった『影』はニヤッと笑い、屋上の手すりの近くまで歩き出す。

「そんな現実すらも受け入れられないのなら───僕が、直接迎えに行くよ?」

 そう言って彼は、屋上から飛び降りて──、一瞬で消えた。


     *    *    *

 元から暗かった部屋が、外からの光を無くしよりいっそう暗くなる。もう夜だ。

 だが、その中でテレビの光だけが強く発光していた。音量も少しだけ出ていて、単調なBGMが静かな空間に流れる。

 俺はそんなテレビの画面から視線を離さず、コントローラーのボタンを押す指はもう感覚さえを手放した。

「……また、レベルアップだ。」

 俺は自分のアバターのレベル上げをただひたすらやっていた。3Dの画面を走り回り、モンスター達を剣と魔法で葬り去っていく俺の分身。

 そんなもう一人の俺が強くなっていく様を、データをインプットされた機械のように指を動かしながら眺めていた。……勿論、アバターネームは「ヒビキ」だ。

「───のど、渇いたな。」

 かれこれ9時間はゲームに入り浸っていて、昼飯も食べていなかった。しかし、空腹よりも先に喉の渇きが俺を襲った。

「よっこいしょ……っと。」

 俺はずっと静止したままだった重い腰を持ち上げる。そのままグッ──と身体を上に伸ばす。

「ああ~……、身体がガッチガチだ……。」

 そう言って、肩を回す。とりあえず下から飲み物を取って来ようと思って、俺は暗闇が包む部屋から廊下に出た。

 廊下の電気を付けると、勿論そこに人は誰もいない。静寂と夏の夜の涼しさがよく感じられた。

「………。」

 俺は無言で、階下へと続く階段を下る。両親はまだ帰ってきていないらしい。リビングも真っ暗だった。

「………。」 

 キッチンにある冷蔵庫を漁りながら俺が考えていたことは、この後のレベリングのことについてだった。  

 ……どこまで上げようかな。

 ……もうちょっと先まで進んでみようかな。

 ……今日は寝なくても、いいかな。

 そんな考えが、脳裏をよぎる。俺はその久し振りのゲームにハマり込んでしまった。

 ───学校も、もう行かなくていいだろ。

 そんな考えが、この日本という世界では通用しないということさえ、俺には判断することが出来なくなっていた。

 これが、不登校・引きこもり・廃人・ニートへの第一歩だ。と俺は感じていた。

「でも……、

 俺にはどうすることも出来ない……。」

 自分の事なのに、その言葉が何の意味も持たないことに俺は気付いていなかった。

 ──いや、むしろ気付かせてもらいたかった。誰もいないのに。

 冷蔵庫から1Lペットボトルのお茶を取り出し、今度は自分の部屋へと戻る。

 気を抜けば踏み外してしまいそうな暗い階段。電気は考え事をしていて点けるのを忘れてしまっていた。

 暗い階段を登り終えたら、次は廊下だった。俺は感覚だけで自分の部屋を当てて扉を開く。

 ……今日の電気使用料金、少な過ぎだろ──

 あっ、テレビ点けっぱなしだった。

 テレビ画面の光だけが淡く光っている部屋。しかしそんな部屋の中に人の気配のようなものが感じられた。

 ……誰かいるのか?

 扉を開いたままの姿で立ち尽くし、目の前の暗い部屋を凝視する俺。

 ──テレビ画面の光が当たる床、そこに二本の人の足らしきものが見える。

 ……人がいる!

「───ッ!誰だ!」

 俺は悲鳴にも似た叫びをあげながら、電気を点けるスイッチを手のひらで叩きつける。

 一瞬で部屋全体を明るく照らす、天井に張り付いた照明。それは、見えた二本の足の持ち主にも当たり、その正体をあらわす。

 それは、この場には不釣り合いで、科学では証明することの出来ない登場の仕方だった。

「……なぜ、ここにお前が。」

「ふふっ、

 お久しぶりって程でもないですね……。」

 ──ソイツは、余裕が感じられる台詞を吐きながら不敵に笑う。

 両目が隠れるまで伸びた黒髪、小さい背丈、どこか根暗そうな雰囲気を体内中から発している。自分を『影』と名乗る同級生が、そこに立っていた。

 俺は驚愕と言い知れぬ恐怖で声を上擦らせながら影に問いかける。

「ど、どうやって入ったんだ……。一階にいた時に誰か入ってきた気配は無かったぞ……、いや、その前に───、」

 何故、コイツは俺の家を知っているのか。勿論、昔の知り合いでもない。数日前が初対面だ。

「──そんなこと、今はどうでもいいじゃないですか~。今、一番重要な事は──、」

 そこまで言って、影は俺の直ぐ目の前まで歩いてくる。表情はいつもより暗く、どこか怒りのような感情まで感じた。

「──あなたは、例の事件に関わるのを、止めるんですか?」

 その口調は命令のようで、威圧的だった。俺は言葉に詰まり、一歩後ろに退く。

 だが、影は止まらない。

「妹と親友の死だけで、ゲーム廃人引きこもりにまで堕落してしまっていいんですか?あなたには悔しさとかはないんですか?犯人に一発殴ってやろうとかの復讐心は湧かないんですか?」

 一方的な、影の責める言葉の槍が、俺に突き刺さる。アイツの言ってることに間違いはない、全くその通りだ。しかし──、

「……俺には、もう立ち上がる勇気はない。前を向くことも出来ない。──落ちぶれて、当然だろうが……。」

 俺は俯き、廊下と同じくらい暗い口調で言い放った。影はそんな俺のれ言、ともすれば言い訳に近い言葉を聞き、隠そうともせず不機嫌な顔をした。

「──意気地なしが……。」

 吐き捨てるように飛び出したその言葉は、俺にとどめを与えた。

 ……畜生、そんなの俺だって分かってるっつーの ……。

 俺はその場に座り込み、うなだれる。回復しそうだった精神は三度みたび、ズタボロにされた。

「──あなたの精神の回復は、『ゲーム』というペンキで塗りたくっただけの汚い回復です。そんなもの、ぶっ壊して捨てて下さいよ……。」

 さっきより暗く、強い怒りを放つ影は、足元のゲーム機を思いっ切り踏み潰した。

 バキッ──。空き缶のように簡単に潰れたゲーム機は、再起不能に陥った。

 テレビ画面はフリーズし、レベル上げ中だった俺のアバターはピクリとも動かない。

 そんなアバターと同じように、リアルの俺の身体もフリーズする。勿論、脳内もだった。

「……いいですか?」

 粉々になったゲーム機の残骸を踏みつけながら、影はゆっくりとそう言う。

 影の方にゆっくりと顔を上げると、目まで隠していた長い髪を左右に分け、影は鋭く俺を見つめていた。

 部屋の照明がその瞳に反射し、影の蒼い二つの宝玉が輝く。

 その顔は端正に整っていて、人間にはない美しさが感じられる。が、同時に影の攻撃的な瞳は、俺を射殺すかのように鋭い。

 彼の蒼く鋭い視線と、生気と希望を失った俺の視線が絡む。

 次に耳に届いた彼の声は、影のものではなかった。大人ではないが、若い男性の綺麗で低い声だ。

「あんまり『僕』を怒らせないで下さい、響。

 君には期待してるんだよ……。

 最高の……、『悲劇』をね───。」

 彼は薄く微笑み、意味不明な事を言う。

 ──コイツは、誰だ?影ではない?

 その時、驚きと不安で見開かれたままだった瞳が乾いた。俺は思わずまばたきをする。

 パチッと──、その一瞬。自分でも分からない程に短い時間で、目の前の男が消えた。

「……いない。」

 影ではないその男の姿が、ほんの一瞬の、まばたき一回分の時間で消え去った。俺の脳は目の前の不可解な現象に、ついていけなかった。

 ──どうやってここに現れたのか。

 

 ──最後の影ではないあの男は誰なのか。

 

 ──どうやって目の前から消えたのか。


 謎だけが残る。それは初対面の時だって同じだった。

「アイツは……、何者なんだよ……。」

 俺は文字通り頭を抱え、悩んだ。

 しかし、それで分かるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 俺は粉々になった機械の破片をほったらかしにして、ベッドに潜り、布団をかぶる。

 脳がさっさと機能の停止を望むかのように、俺は深い眠りについた。


 3日目、日曜日。

 目が覚めたのは午前11時を過ぎてからだった。しかし、布団から出る気が起きない。

「昨日、あんなことがなければ……。」

 あんな事と言うのは、ゲーム機を壊された事ではない。あの男が残した謎についてだった。

『 君には期待してるんだよ……。

 最高の……、『悲劇』をね───。』

 期待?何のことだろう。俺はアイツに何をすればいいのだろうか。

 それに……、今の状況だけでも俺は充分『悲劇』にっている。

 ──と言うか、何だよ最高の悲劇って……。

「考えても、無駄なんだけどな……。」

 そう、俺は結局アイツのことを何も知らない。最初会った時だって同級生なのかどうかさえ分からなかったのだ。

 ……アイツ、入学式の時からいたのか?

 しかし全く思い出せない。どうしてもアイツのことを考えてしまい、でも記憶に残っていなかった。

「……、一階に下りよう。」

 よくよく考えてみれば、俺は昨日の昼から何も食べていなかった。胃にぽっかりと空洞が出来たような感覚に襲われる。

 そりゃそうか、何も入れてないんだもんな。

 俺はゆっくりと立ち上がり、ベッドから下りる。着ているのは昨日と同じ、白地のシャツと特に特徴もないただのズボンだ。

 昼の高い気温、外に出てないため俺は分からないが、恐らく夏の蒸し暑さで多くの学生や社会人が苦しめられているのだろう。

 照りつける陽光が差し込む廊下、そして階段。昨日の夜の雰囲気とはガラッと変わっている。

 リビングまで下りると、カーテンは閉まっていて誰もいなかった。両親はどこにいったのだろう。

「さて……、何か簡単に食べれるやつは残ってないかね。」

 俺はキッチンに行き、冷蔵庫、棚などの物色を始める。所々に食材が置いてあり、ただ単品では戴けない物ばかりだった。

 理想はカップ麺とか、冷凍ピザとか、レトルトカレーとかかな~。

 しかし、キッチンには手頃な食べ物が何も無かった。理想がぶち壊された瞬間だ。

 マジかよ……、何も食べられないじゃないか。

 ──あ、でも……、

 俺は冷蔵庫の中から挽肉を発見した。

 ん……、あと玉ねぎもあるな……。

「これだけあれば、一人分のハンバーグを作ることが可能だな……。」

 俺は心に思ったことを呟き、料理の準備に入る。ハンバーグは俺の中で一番得意な料理で、響音も気に入ってくれていた。

 ──響音の最後の晩餐だって、俺のハンバーグだったしな……。

 俺はあの日の夕食を思い出す。話して、笑って、美味しく料理を食べていたあの日を。

「今となっては、俺一人だけどな。」

 俺は挽肉と玉ねぎ、その他の調味料を混ぜてこねながら、淡々と独り言を発していく。


「あの時は、本当に楽しかった。」


 一人分の量をこね終わる。


「響音と二人だけで過ごす時間は充実していた。」


 ハンバーグの形を両手で整える。


「小さい時からいつも一緒で、明るいお前と楽しく遊んでたな。」


 それはいつしか、この世にはいない彼女へ語りかけているかのようになる。当然、返事が返ってくることはない。

 ハンバーグも綺麗な楕円だえん形になったところで、ようやくフライパンで焼く。


「お前がいない今……、俺はどうやって生きていけばいいんだろうな?

 教えてくれよ、響音……。」


 俺は迷いと孤独と絶望で、涙が出そうになった。火加減を調節し、ひたすら待つ。

 カーテンの閉まったリビングは、薄暗く、隙間から溢れる光しか部屋を明るくする光源がない。

 焼き上がったハンバーグは、いつも作っているのと同じだった。昼から食べるものかどうかはよく分からないが、皿に盛り付けた後、食卓に座る。

「……いただきます。」

 適当にソースも作り、適当に皿に盛り付けられた料理。

 一人分を作ったらこんなものだろう。他に振る舞う人もいないしな。

 フォークが皿を叩く静かな音しか、リビングには響かない。俺は薄暗い部屋で、テレビの電源を入れてみる。

『───とうとう、9人目の被害者が出てしまいました。この連続惨殺事件はいつまで続くのでしょうか───。』

 ……また、人が殺されたのか。

 しかし、今回の被害者は俺達の高校の生徒ではなかった。正直、俺と関わりの無い相手なら誰が殺されようが興味は無い。

「だが……、まだ終わらない。」

 俺はここでも、嫌な勘が働いていた。これも根拠は無い、だが、そう思ってしまうのだ。

「恐らく……、あと──一人だ。」

 ただ、何故か、確信だけはあった。

 その一人が、俺の知り合いなのかどうかは全く分からない。どっちにしろ、無力な俺には助けることなんざ出来るわけがない。

「……今まで、そうして生きてきたからな……。」

 俺はテレビの方に視線を向けたまま、ボソッと呟く。

 テレビの中の女子アナウンサーは、淡々とニュースの内容を読み上げる。

『今回は、バラバラになった遺体の横に犯人のものと思われる紙切れが置かれていました。』

 ──犯人が?……警察に向けた犯行声明文か何かだろうな。

『……その紙切れにはただ一言で──、』


     *    *    *


「もう終わりか、超天才。」

 俺はメンバーの中で下っ端だった一人をズタボロにした後、そう呟いた。

 それは金曜に学校を休み、土曜は全く外に出て来なかったアイツに向けてだった。

 原型を失い、血溜まりに浸っている人間だったモノの横に、殴り書きしたメモを落とす。

「……響、お前はそれでいいのか?

 自分の部屋で寝たきりがいいのか?

 今残ってる『アーケン』は、お前の知り合いであるアイツ(・・・)なんだぜ?」

 場所は、俺が今殺したコイツの学校の近く、数年前に機能を停止した古い病院の廃墟だった。適当に手紙で呼び出し、少し雑談をした後にナイフを刺した。

 薄暗く、割れた窓ガラスの隙間から差し込む日射しが、ほとばしる鮮血を輝かせる。

 アイツの苦痛に歪んでいく様を、俺はたっぷりと堪能した。

 しかし、それと同時に何か物足りなさを俺は感じていた。何だろう、これではただの人殺しじゃないのか?

 常識のある普通の人が聞いたら激怒するような、不思議な疑問を俺は抱いていた。

 ……やはり、俺を止めようと躍起になってくれる奴が必要だな……。

「ははっ、響……。見事立ち直れるように頑張れよ、応援してるぜ?」

 俺は挑発的な独り言を、遠いアイツに向けて言い放つ。口元からは乾いた笑みが漏れた。

 そして俺は、その場をあとにし、証拠隠滅の作業に出る。

 ──今の警察なんて余裕だ。俺を止められないだけでなく、むしろ俺が動きやすいように空回りしてくれる。そりゃ9人も俺に殺されるわな。

 数分でナイフの処理を終え、現場の痕跡も消す。だが、俺に元々知識があったわけではない。突然頭に流れ込んできたのだ。

 俺は前を向き、少し意気揚々とした声で言った。


「あと一人……。

 『アーケン』、響、そして俺の『駒』……。

 それが、次の主演達だ──。」


 そして、この物語がフィナーレを迎える。


「お前らへの復讐が、お前らと俺の人生が、最期の舞台で終わるんだ!」


 これまでの、操り人形になったかのように人を殺していく作業は終わるのだ。次は俺の意志で、俺の思い通りに終わりを迎えられる。

 ……それが、何よりも幸せに感じた。


     *    *    * 


「もう終わりか、超天才……。」

 俺は、薄い長方形の箱から聞こえた言葉を、静かにオウム返しする。その言葉は、間違いなく俺に向けられた言葉ものだと思った。

 それは、俺に対しての哀れみ、そして失望が表されている。少なくともそう感じた。

 だが……、


「なんでお前らは、俺に事件の事を考えさせるんだよ……ッ!」


 ある男は『期待している』と言い、また事件の犯人は『もう終わりか』と言ってくる。常識では考えられない異常な行動だ。

 俺にはもう、何も無いっていうのに……。

 『人の死』に直面するという事とは、その人の全てと向き合うという事だ。

 その人の人生が全て終わり、魂を虚空こくうの彼方まで分散させる。その様を見届けるというのは、とてもこくで、精神面へのダメージが凄く大きい場合が多い。

 それは、今の俺の状態と同じだった。

 たまたまその場所に居合わせてしまって、全く関わりの無い人間が死んだ場合では、衝撃とダメージの度合いが違う。

 確かに、全く関わりの無い人間でもショックを受けて立ち直れなくなる人もいる。しかし、それほど無惨むざんな死に方ではない限り、話のネタにする人の方が多いのかもしれない。

 だが、それが───関わりのある人間だったらどうだろう。何度拾い集めようと足掻あがいても、飛び散った魂の欠片は戻らない。

 その死に方はどうであれ、それは自分自身の『死』と同等であると思う。無論、話のネタになど出来るわけもない。

 だが、浮き上がり天に吸収されていく『魂を拾い集めることさえしない』ということは───、


「……その人間の死を、泣いて見過ごして、忘れようとしてる事と一緒だ……!」


 俺は椅子から立ち上がり、いつの間にか食べ終わっていた料理の皿を片付ける。

 もう、決心は付いた。それはアイツらの言葉でじゃない、俺の意志でだ。

「とにかく……、今やらなければならない事をしよう……。」

 そう言って、俺は二階に続く階段を上る。向かうのは勿論、あの場所だ。

 二階の廊下に出て、真っ直ぐ奥に歩き、自分の部屋の前も通過する。向かっているのはそう、一番奥の部屋だ。

「俺はもう、昨日までとは違う……。」

 この前まで俺の侵入を拒んでいたかのような部屋は、むしろ手を振ってこちらを呼んでいる感じがした。何も嫌な感覚は無かった。

 その、『響音の部屋』と書かれた木の板がぶら下がる扉の前に俺は立っていた。

 ここには、事件に関わる何かがあるはずだ……。響音が残したかった何かが……。

「───入るぞ……。」

 恐る恐る部屋の扉を開ける。鈍い音を立てて回るドアノブ、開いた扉を前に押すと、その部屋が姿を現す。

 カーテンは閉まっていて、電気も点いていないため光が当たらない部屋。そこには机とベッド、簡素なクローゼットぐらいしかなかった。あんまり女子っぽい部屋ではない。

「ここが……。」

 俺が響音の部屋に入ったのは響音が小学生のとき以来だった。

 テレビも無いし、ここでやることなんて無いんだけどな。遊んでたのは庭かリビングぐらいだ。

 しみじみ昔の事を思い出してから、俺は探索を開始した。何か響音のメッセージのような物が見つかるといいんだが……。

 だが、日の暮れる時間になっても何か見つかる気配が無い。部屋が暗くなってきたため、今は電気が点いている。

「──ッ、響音は何か残してはいないのか……?」

 俺の頭に、そんな疑問がぎる。確かに根拠は無い、しかし響音なら残していると考えているのだ。

 ベッドの下、クローゼットの奥、机の引き出し、色んな場所を隅々まで探した。しかし、これといった物は見つからない。

「やっぱり駄目か──、ん?あれは……。」

 俺の視線の先、そこには先ほど探した机があり、その上に写真立てが置いてあった。

 ──満開の綺麗な桜の木をバックに、幼い俺と響音が幸せそうに笑っている写真。

 それは、響音の小学校入学式の時の写真だった。俺はその時が凄く嬉しくて、響音と一緒に学校に行けると思ったら幸せな気持ちになれた。

 ……懐かしい。

 俺は目を細め、哀愁に満ちた表情を浮かべた。あの頃は本当に幸福を感じていた。

 ふと、机に置かれたその写真に手を伸ばす。その拍子に、写真立てが下に倒れた。

 パタン──と、静かに落ちた写真立ての裏には折り畳まれた紙が挟まれていた。

「……これは!」

 俺は瞬時にその紙を手に取り、焦った手付きで折られた紙を広げる。広げた紙には、確かに響音の筆跡で綺麗な文章が書かれていた。


『やぁ、お兄ちゃん。あなたがこの手紙を読んでいるということは、もう決心が付いたのか引っ越しの準備でもしてるかって事だと思います。私は前者だと嬉しいです。

 さて、お兄ちゃんは私が死んだ今、生きる希望を失っていることでしょう。でも、そんな事は誰でもそう。お兄ちゃんだけじゃないよ。

 でもね、私はお兄ちゃんに生きてほしくて、わざわざアイツに殺されに行った。もちろん、死ぬべきなのは私だから。

 だから、私が命をしてまで救ったあなたの大切な命。───ムダにしないでね?

 ちょっと書きすぎたかな、本当は朝の内に全部終わらせたかったんだけど……。


 とりあえず、言いたかった事だけ書きます。



 お兄ちゃん、私はあなたの事を、家族以上に愛していました。──さようなら。


     あなたをずっと見ています、響音より』


 手紙を持つ俺の両手は、小刻みに震えていた。俺の生気が戻った瞳にも、涙が溜まる。

 妹直筆の手紙に、ゆっくりと涙が落ちて、斑点模様を滲ませた。その数は次第に増えていく。

 それでも涙は止まらず、震える両手を強く握り、顔を手紙にうずめる。

「───ありがとう、ぅぐっ、ありがとう……。」

 俺は嗚咽混じりで、感謝の言葉を繰り返す。

 響音は最期まで、俺の事を信じて、──愛してくれていた。その事実が、俺の中にある後悔の念を増大させる。

 ……俺が悪い、俺だって響音を守りたかった、命を救ってくれてありがとう……。

 様々な感情が脳内に流れ込んでくる。

 数分、とにかく長かった。その間、俺は一人でひたすらむせび泣いていた。

 ようやく感情の整理がついてきた頃、俺は再び手紙に目を通す。


『そういやだけど、まだ事件を追うって言うなら、私がヒントをあげるね?

 今、お兄ちゃんが立っているであろうカーペットの下を見てみてね!』


 俺は確かに、机の下に敷いてあるカーペットの上に立っていた。

 ……めくれってことか。

 そう思い、俺はカーペットから足を離して捲ってみる。

 すると、あらわになった床に折られた紙が落ちていた。今度の紙は小さい。

「……もしかして、犯人が書いてあるのか?」

 響音は犯人のことを知っている。その上で会いに行き、殺された。

 俺は少し緊張と怯えで顔を強ばらせながら、少しずつ紙を開く。

 そこには、ただ簡潔に───、


『残りは一人、私達のリーダーの名前は、

 

           アーケン       』


 ……アーケン。聞いたことない名前だ、外人なのか?俺の頭には謎しか生まれていない。

 赤く充血した両目で、注意深く紙を観察する。が、特に仕掛けがあるわけでもなかった。

「アーケン。その単語についてちょっと調べてみよう。」

 外は真っ暗で、時刻はもう午後8時だった。

 こんな時間まで探していたのか……、でも収穫はあった。

 ───それは、失われた自信と、生きる希望だった。


「響音……、たった一人の、かけがえのない大切な女性に助けられたこの命。」

 絶対に───、無駄にはしない。


 そう心に誓った俺は、二枚の紙を持って響音の部屋を出た。

 そっと静かに部屋の扉を閉め、俺は前を向いて歩き出す。


     *    *    *


 絶望への足跡は、順調に刻まれつつあった。

 名も無き森の奥深く、太陽の日射しも当たらずひんやりとしている。

 不規則に群生する木々、その間をするすると動き回る虫や蛇。その様子はまるでジャングルだった。

 そんな木々の中に、さびれた小さい小屋があった。木の板と錆び付いた鉄板を貼り付け、申し訳程度に取りつけられた扉は錠が外れている。

 中は仄暗ほのぐらく、何かが腐ったような酷い腐敗臭がする。どこか陰湿な雰囲気が漂っていて、ボロボロの床には錆び付いた斧や今は使われていない鉄具などが転がっていた。

 無論、人など全く来ないようなその場所に、何故か相応ふさわしいと思えてしまう物が存在している。

 ギシギシ──と不愉快な音を立て、所々に穴の空いた床から6Cほど浮遊している足。

 左に──、右に──、時々ぶつかったりする四本・・の足。それは不気味ではあるが、その場に不釣り合いという感覚は抱かない。

 天井にぶら下がり、すでに息をしていないその二つの肉塊は、隙間風に吹かれて踊り狂う。

 

 ───それは『悲劇』の再開を、心から喜んでいるかのように───。

 はい、謎が増えるだけでまだまだ全然解決しません。でも、次の話から明らかになる所も多分あると思います。多分。

 結構ナーバスな響君を書いていたので、ちょっと僕自身も生活の中でナーバスになることがありました。怖いです。

 ここまで読んで下さった方々、ありがとうございます!ご指摘・ご感想をお待ちしています! 

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