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夜の街

 ――カラン……


 琥珀色のバーボンに溶けかかってる氷が、ランプの灯りを受けて虹色に光った。


「……その話は、本当か?」

 カウンターに腰掛けた俯き加減の男が、向いに立っている、マスターに声をかけた。

「……ああ。確かな筋の情報だ」

「へえ……あの『死神』が、ねえ……」

 男の黒い瞳に、面白がるような色が浮かんだ。

「なんでも、この街中連れ歩いてるってことだ。ストリート・チルドレン保護プログラムの一環らしいが……よっぽど気に入ってるんだろうな」

 男は、残りのバーボンを一気にあおった。

「……お代わりは?」

 マスターの問い掛けに、男は首を横に振り、席を立った。ズボンから、皺の入った紙幣を取り出し、カウンターに置く。

「釣りはいらねえ。……面白い話のお礼、だ」

「ありがとうな……『三つ目』」

 男はにやり、と笑い……そのまま店を出て行った。


***


「……隙が、ない……」

 リンは自分の部屋から窓の外を見ていた。この教会は古くからの建造物らしく、歴史を感じさせる佇まいだが……。

(赤外線に夜光カメラ、耐レーザ―光防壁……最新鋭のセキュリティ施設、よね……)

 うかつに外に出たら……警報が鳴り響くだろう。

(ビッグ・ジョー……よく窓から入り込めたわよね)

 多分抜け穴があるんだろうけれど……生憎とリンには判別できない。

 リンはハンガーにかけてある、シスター服を見た。襲撃を受けたあの時……確かに、レーザ―光が腕を掠ったのに、火傷一つ負っていなかった。

(耐レーザー光防護服……)

 シスター・アンに言ってみたところ、彼女はにっこり微笑んで言った。

『そうよ、神父様が本部に提案して下さったの。それまでこの教会でも、集会や見回りの時に撃たれるシスターが後を絶たなかったから……』

 ミカエル神父が制服を強固なものに変えてからは、死者は出ていないらしい。

『教会は、ほら、中立の立場をとるでしょう? そのせいで、マフィアとかから睨まれることもあるの』

 でもね、とシスター・アンは誇らしげに言った。

『ミカエル神父様は、相手が誰であっても、正しいと思った事は貫き通されるのよ。怪我をしたマフィアの一員を保護した時も、敵対するマフィアから身柄を引き渡すよう脅されたけれど……最後にはマフィアが引いたのよ』

 ……それは、あの男が暗殺者だからじゃないのかしら……そう思ったリンだったが、口には出さなかった。


 ――誰も自分の味方はいない。唯一判ってくれそうなのは、ジェイだけだけど……

(巻き込んだら……殺されてしまうかも、しれないから……)

 やっぱり、自分で隙を見つけるしかない。リンは思いを張りめぐらせた。


 ――今晩も、ミカエル神父は外出している。今の時刻は、もうすぐ12時になろうというところ。

(いないからって、不用意に外に出られない……し……)

 夜、外出するミカエル神父の後を追おうとした事もあるけれど……すぐに見つかって、抱き締められてしまった。


『悪い子ですね……そんなにお仕置きされたいのですか?』

 耳元で囁く、低くて甘い声。背筋が寒くてたまらなかった。

(あの、過剰なスキンシップはなんとかならないの!?)

 誰にも相談できない。だって、皆は『天使の神父様』の側面しか知らないから。

(ビッグ・ジョーに言っても……無駄よね)

 多分、面白がられて終わる。絶対。


 はあ、とリンは深い溜息を洩らし……窓を閉めて、ベッドへと横たわった。


***


「――!!」

 声にならない悲鳴が……哀れな獲物から洩れた。ゆっくりと、音もなく倒れていくカラダ。

 いつもと同じように……『仕事』は終わった。『死神』は、暗い路地を通り抜け……表通りへと姿を現した。


 『死神』は、ふっと空を見上げた。細い三日月が、彼を嘲笑う口のようにも見えた。


「……あら、神父様じゃない?」

 夜の帳を纏った女たちが、次々甘い声をかけてくる。白い手が、腕に纏わりついて来た。

「ねえ、お店に寄って行って? たまには神父様と飲みたいわ」

 猫の様な青い瞳で見上げる女を見て、ふっ……とミカエル神父は笑った。そっと腕を女の手から離す。

「……残念ですが、見回りが残っていますので。業務中はアルコール禁止です」

 えーつまんなーい、と囁く声を置き去りにし、ミカエル神父はその場を立ち去った。


 ――自分を見る目は、いつも同じ。


 死に際の恐怖に駆られた目か……誘いをかけてくる色の目。そう……ビッグ・ジョーや僅かな人間を覗いては……ずっと長い間、その二つの視線しか、浴びて来なかった。


 ……だからこそ……リンに会った時、『純粋な怒り』を込めた視線で睨まれた時……歓喜が身体を駆け巡った。


 ――ようやく、出会えた。やっと……自分の手の届くところに。


 今もリンは、ふーっと逆毛を立てている子猫のように、自分に逆らい続けている。力では敵うはずもないのに。細くて小さい身体のどこに、逆らう気力が残されているのだろう。


 ――そんなリンが可愛くて仕方がない。気がつくと、手を出していて……またリンが真っ赤な顔になる。それを見たくて、わざと抱き締めたりも、している。

 初めて抱く……感情と言う名の、訳のわからないモノ。

(……これが……『彼』が言っていた、感情……?)


 『仕事』に忠実である事。それが何より最優先、だ。そのように生きてきた。だから、『神父』の時も、『死神』の時も……ただ、職務を全うしているに過ぎない。だが……


(リンの事は……想定外、だ……)

 ……いや、想定内か。『彼』の。


 いつまで纏わりついてくるのだろうな、『お前』は。


 ミカエル神父は、『彼』の姿を思い浮かべながら、ネオンの明かりが煌めく街の表通りを歩いて行った。

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