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邂逅

*R15表現含みます。

*残酷シーンあります。

「はあっ、はあっ……」

 真夜中にも関わらず、煌めく虹色の光が弾ける街。ざわめく人影。着飾った女達の甘い香り。

 ――その全てから逃れるように……一人の男が暗い路地を彷徨っていた。


 男は薄汚れたコンクリートの壁に背中を預けた。右手で汗を拭うその顔には、追われる者の焦燥が浮かんでいる。

 左手をよれよれのズボンのポケットに入れる。ある。男はほっと息をついた。


 依頼主から指定された場所まで、あと1ブロック。男は辺りを見回した。時折サーチライトが入り、積み上げられたダンボールやゴミ箱の影を動かしていた。こんな裏通りには、人影もない。

(あと少し……これさえ渡せば、こんな街からおさらばでき……)


「――そこまでです」


 穏やかな声が路地に響いた。男の呼吸は一瞬、止まった。先程とは違う汗が、背中を流れるのが判った。身体が……動かない。


「只のチンピラにしては上出来です。ここまで辿り着いたのですから。しかし……」

 こつこつと足音が背後から近づいてくる。男は生唾を飲み込んだ。手が微かに震えている。


「ここから先には行けませんよ? ――この私が見つけた以上は」


 男はゆっくりと振り返った。大きく見開かれていた瞳に映ったモノ――


 ――サーチライトに煌めく、プラチナブロンド。夏の空のような、青い瞳。天使のように、美しい顔立ち。

……そして、右手に握られている、黒い拳銃。


(死……神……っ!!)

 男の絶望を読み取ったかのように……天使は慈悲深く、微笑みを浮かべた。


***


「――?」

 リンはゴミ箱から顔を上げた。水分を含んだ空気が、重だるく纏わりついていたが……

(なに……この感じ……)

 嫌な、気配がする。リンは右手に握っていた金属片を、左手に持っていた袋に入れ、口紐を絞った。汚れたキャップ帽の縁を下げ、顔を見えにくくする。

(今日はここまでにしておこう……)

 ジェイ達が待ってる。急がないと。

 リンが路地奥に足を向けた瞬間――右手の細い路地から、くぐもった悲鳴のようなものが聞こえた。

「な……っ!」

 リンの目の前で、何かが路地から吹っ飛んで来た。

「きゃ……!!」

 リンの身体は、ダンボールの箱の山へと飛ばされた。温かい何か、が身体にのしかかっている。

「……っ」

 必死で横にずらすと……ずるり、と温かなモノが滑り落ちた。手に生温かい感触。リンは顔を強張らせた。


 ――血の、匂い


(……この人っ!?)

  リンは慌てて、大きな身体の下から脱出し、うつ伏せに倒れている男の頸動脈のあたりを右手で探った。

(だめ……脈が、ない……)

 まだ身体は温かい。死亡してからさほど時間は経っていない。リンは男の全身をくまなく見回した。

 薄汚れた、よれよれの上着に……穴が開いていた。

(この傷口……火薬の匂い……レーザーじゃない、拳銃……!?)


「……こんなところに、子ネズミがいたとは」

 男にしゃがみ込んでいた、リンの背中が強張った。背後から感じる……圧倒的な、気配。

(……こいつ……!)

 おそらく……このヒトを殺した、犯人。


「ゆっくりと……こちらを、向け」


 リンは顔を強張らせたまま、ゆっくりと右手を向いた。黒い皮靴が見える。少しずつ、なぞる様に視線を上に動かした。

 

(――!?)

 リンは大きく目を見開いた。


 ……天……使……?


 暗い路地裏に立つ……背の高い男。薄っすらと光るプラチナブロンドに……青い瞳。まるで宗教画に描かれているような、美貌。

 一瞬――背中に白い翼が見えた、気がした。


(!!)

 リンの視線が男の右手を捉えた。まだ煙が出ている黒い物体。硝煙の匂い。

(やっぱり……)

 リンの青い瞳は、怒りに燃えあがっていた。右拳を握りしめる。


 サーチライトがまた、路地裏に入り込んで来る。リンと男の間に、光の帯ができた。


 ――ぼろぼろのキャップ帽の下から、真っ直ぐに男を睨みつけるリンに……男の口元が少し歪んだ。


「――っ……!」

 リンは左手に持った袋を男に投げつけた。金属片がサーチライトの光に煌めく。一瞬男の瞳が細くなった。


 咄嗟にリンは立ち上がり、逃げようとしたが――後ろから、大きな手で抱き止められた。

「放し……てっ……!」

 もがくリンから、帽子が地面に落ちた。リンの身体は半回転させられ、男の身体に抱き寄せられた。リンは手足をじたばた動かしたが……男はびくともしなかった。


 リンの顎に、男の左手が添えられる。そっと顔を上向きにされた。リンは間近に見る男の瞳を怯まずに睨んだ。


 ――リンを見る、男の顔は……強張っていたが、その目は不穏な光を宿していた。


「……っんん!!」


 リンは目を見開いた。いきなり――唇を奪われて、いた。喰われる感覚。手を男の胸に当てて、離れようとしても……離れない。


 舌が唇を割って、割り込んでくる。慣れない感触。身体が強張って動かない。怯える舌を捉えられて……吸われた。

「……!!」

 反撃に舌を噛み切ってやろうとした瞬間――後頭部に衝撃が走った。リンはゆっくりと意識を手放した。

 ずるずると床に座り込んだリンの身体を、天使がひょいと自分の肩に担いだ。


 ――そして天使は、そのまま、路地裏の闇へと姿を消した。

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