第一話 教会のある村
聖歌が始まった。ラーネはぼうっとしていて、始まったのに驚き、慌てて覚えている所だけを歌い始めた。
此処は教会がたった一つある村。小さな村で、村人も少ない事で、神官も五人くらいしかいない。ラーネは週に五度くらい早朝に教会へ行き、聖歌を歌う事になっている。勿論ある黒髪で薄いアイスブルーの瞳の“友達”の所為で。
ラーネは信者ではなかった。むしろ、神なんていない、と考える方であった。世界にはそういう人が何人もいて、神なんていないという事を主張する堂々とした集いまでもある。そういう集いはすぐに教会によって解散させられる羽目となり、それに参加した者達はブタ箱行きとなる。
「この惑星は神のくれた物ー」
ラーネの列はソプラノの列なのだが、思いっ切り低い声で歌う。隣で“友達”が苦笑いしながらも歌っている。勿論神官が此方をもの凄い形相で睨んでいるのは無視として。機嫌が良い時は勝ち誇ったような笑顔で睨み返すが、今日は得に寝起きが悪かったので無視した。全く、今日は寝相が悪くて寝癖もついて……。此処に来る前に急いで髪を川の水で洗って整えてから来たので、遅刻し、神官に怒られ更に機嫌が悪くなったのだった。
聖歌が終わり、他の人達が解散し始めたのでラーネも“友達”に連れられて解散した。
「ねえラーネ、今日は機嫌が悪いの?」
彼女が唐突に訊いてきた。ラーネは勿論機嫌が悪かったので少し冷たく、「……ティラ、機嫌が悪いの、そっとしておいて」と呟いた。ティラは口を尖らせて少し口の中でモゴモゴと嘆いたが、諦めたのかつまらなさそうに項垂れて頷いた。全く、なんで彼女は心が読み取れるのだろう。
外に出ると太陽はすっかり空にあがっていて、光が眩しかった。思わず自分の燃えるような赤い瞳を細める。目の前には草原が広がっていて、その前方には何も見えないほどに草原は広かった。草原には綺麗な花や鮮やかな緑の草がはえていて、とても綺麗であった。子供の頃は此処でよく遊んだもので、今もたまに遊んでいる。此処の花で冠を作ったりネックレスを作ったりして遊んだ。
「じゃあね」
ティラは控えめな微笑を顔にたたえ、手を振った。ラーネもつられて微笑し、手を振り返した。「……じゃあね」と口の中で呟きながら。
雨が降ってきた。それを幸に思うか不幸に思うのかは人の勝手だが、自分なりには幸である。農家の人も幸だろう。ラーネは雨が好きで、此処にはあまり雨が降らない。だからほとんどの人が幸に思うだろう。
「これも神のお恵みだ!」
誰かが嬉しそうに叫んだ。それがなんだか嫌だった。何故全て神絡みなのか、何故全て神のお恵みだというのだろうか。
では神様、あなたがいるのなら、何故人は死んだり傷ついたりするのですか?
神が何だか憎く思えてくるような気がする―――自分自身で思考を打ち消した。駄目だ、とまらなくなってきてしまう。
「ラーネぇ、草原行こう!」
外から不意にティラの能天気な声が聞こえた。「良いよー」気分は直ったのでそう答えた。思いっ切り木造の玄関扉を全開にし、そのまま走ってティラの元へ行く。雨はただの小雨で、何だか水浴びをしているようで気持ちよかった。
草原へ行った。草原の草花は滴がついていて、いつもより増して綺麗になっていた。「何するの?」
「冠とか」
「へえ」と適当に相槌を打って話を促す。「何の冠?集めるよ」そう訊くとティラは少し考え、「スラームと、ラーヴェルかな」と呟いた。スラームは綺麗な黄色と白の花で、ラーヴェルはツルのある長い草である。
「じゃあ探してくるね」
ラーネの視線はくるくる回ったりしながらのまま、そう言い、草原をうろちょろし始めた。
辺りを一端見回すと、黄色い花びらの影が草から覗いていた。早速スラームをゲット!と思い近づいて花を見てみると、ユラームという黄色と黒の花であった。溜め息をついてまた探し始める。
探し始めてしばらくたった頃、手中にはスラームが五本、ラーヴェルが七本くらいあった。材料は十分集まったので、早速冠作りに入った。
「うわ、ラーヴェルが絡まる!」
「そこ切った方が良いよ」
ラーネが作業を初めて十秒後、ラーヴェルの先が絡まった。ラーネが途惑っているので仕方なくティラが手を伸ばし、絡まった所を切り、その先の作業を始めた。「あ、ちょっと」言い掛けたがラーネはそこで口をつぐみ、その作業をじっと見た。器用にラーヴェルで丸形を作っていき、そして冠の土台が出来上がった。これにスラームを飾っていくのだ。
「此処からなら出来るでしょ」
ティラが偉そうに胸を張って土台をラーネに押し付けて地面に置いていた自分用の冠の材料を掻き集め、土台を作っていく。ラーネは微笑して、「ありがとう」と小さな声で言った。ティラは土台を作るのに夢中らしく、今の言葉を聞いていなかったようだ。自分も気を取り直してスラームを土台に丁寧に飾っていく。ティラの事をちらりと盗み見ると、ティラはもう土台を作り終えて、スラームを飾っていくという最終段階に入っていた。
「出来たー」
最後の自分用のスラームを飾り終え、ラーネは溜め息と共に脱力したように微笑いながらティラの方を見るとティラは悪戦苦闘中で、スラームを少し飾った土台と睨み合いをしていた。ティラには決断力がないに近いので、いつもこういうときは遅くなる。
しばらくたって、「完成ー」とティラが額に滲み出た汗を拭きながら満足したような顔で言った。冠はというと、全く駄目だった。良く考えるとティラは手が器用なのだが、センスがなかったのだ。
「どう、これ」
ティラは笑いながら冠を頭に乗せてみせた。ラーネはあくまでもお世辞で「似合うよ」と笑ってみせた。「そうでしょぉ?」と彼女は浮かれて言った。こうなると彼女は止められない。
今日、一人で旅行に行く。
そう決めたのはあまりにも唐突過ぎたかもしれないと考えた。だがそう考えたのは列車の中だったので、もう遅い。
何故自分一人で旅行に行くのかというと、祖母に言われたからである。「もう年長なのだから、一人旅行でもしにいきなさい!」と軽く背中を叩かれながら言われたので、逆らう事も出来ず、渋々一人旅行する羽目になってしまった。行き場所は“雪の丘”という此処から半日で行けるという近い場所であり、毎日毎日雪が降っている丘があるらしく、そんな名前らしい。そして自分も雪を見たことがないので、ずっと前から行きたかった場所である。
だが、列車の中はつまらなかった。一人で、話し相手もいなくて、ただ列車の窓からただの荒野を見ているだけ―――というのは詰まらない。することがないので余計にむずむずしたりしてきて、外の空気を吸おうと列車の窓を開けた。列車はとても速いスピードで走っているので、外かはごうごうと強い風が入ってきて、周りの人から怪訝な視線を浴び、赤面になりながら慌てて窓を閉めた。
といったって、することがない、とまた考え始めた。ティラを内緒で連れてくれば良かった。だが、直ぐばれてしまうからどうせカンカンと祖母は怒って説教するだろう。全く、一体どうすれば良いのだか。そう思った時、すぐ横の通路に人影が現れ、その人影を見た。「あ、切符……」通路には車掌が腰を低く屈めて若干笑っているような顔で此方を見た。慌ててポケットから少しよれた切符を取り出し、車掌に見せた。車掌は今「本当に」笑い、前の座席へと歩いていった。身を乗り出し、車掌を目で追ってみる。座席に座っている人達は皆切符を見せ、車掌はまた一つ前の座席へと歩いていき、「連結器有り」という文字の書いてある張り紙のある扉を開けて、出て行った。
「ふうん……」
ラーネは扉に少し興味を持ち、座席を立ってその扉の前まで行き、ノブを回して扉を開けてみると、そこは外で、連結器があった。扉を閉めるとガゴン、という重い音がした。
囲いから身を乗り出して前方を見ると、“雪の丘”が見え始めてきていた。