婚約者
学校に戻ったあたし達は、言葉を交わす事なく教室に戻った。
「遅くなってすみません!」
あたし達は、そう言いながら後ろのドアから入った。
クラス中が、こっちを向く。
いらぬ注目を浴びてしまう。
「お前らな、今頃戻ってくるなよ」
担任が、苦笑してる。
「本当に、すみませんでした」
あたしは、もう一度頭を下げた。
「沢田。気分はもう良いのか?」
心配気に聞いてくる担任に。
「はい。すっかり、よくなりました。」
明るい声で言い返した。
その時、暁と目が合う。
「余り心配させるなよ。理事長先生も心配してらしたぞ」
お父様が…。
また、急にどうしたんだろう?
「よかったじゃんか、未月」
沙夜が、小声で言う。
よくないよ。
だって、今まで、一度もあたしの事なんか、眼中になかったのに、今頃になって何故?
「二人共、席に着け」
担任に言われて、自分の席に座る。
でも、ホントなんで急に…。
わかんないよー。
もしかして、お父様どこか悪いんじゃ…。
「……以上だ。気を付けて帰れよ」
話が終わるとクラスの皆は、それぞれ動き出した。
そんな中で。
「沢田。理事長室に行きなさい」
と言われて、あたしは理事長室に向かった。
あたしは、理事長室の前で躊躇した。
入って良いものかと…。
中から、話し声が聞こえてくる。
迷っているうちに内側からドアが、開いた。
出てきたのは、お父様だった。
「何をしているんだ。早く入りなさい」
そう言って、あたしの腕を引っ張った。
中に入ると応接用のソファーに誰かが座っていた。
どうやら、うちの生徒みたいだけど…。
「理事長良いんですか?あたしなんか居て。何なら、出直してきます」
あたしは、そう言ってドアに手を掛ける。
「良いんだ。今日は、プライベートなんだから固い言い回しなんかしなくて言い。それに、お前が居ないと話が進まないんだよ」
と、お父様が言う。
「お前は、向こう側に座りなさい」
あたしは、お父様に言われた通りに座る。
プライベートにしては、ちょっと変ではないかしら……。
「…で、話ってなんですか?」
あたしは、お父様の方を見て言った。
「実は、お前のフィアンセにお前の目の前に居る水瀬暁くんを選んだ。水瀬君も是非にと言ってくれた。水瀬君の家は、実業家でな、お前に一番あってると思うんだが、未月はどう思う?」
あたしは、思わず顔を上げた。
理事長室に入ってから、全然顔を上げてなかったから相手の顔を見てなかった。
あたしの前には、真顔で座ってる暁が居た。
「どうって?」
あたしは、躊躇った。
さっき、あんなにはっきりと答えが出たのにいざって時に言えないなんて、情けない。
「好きとか嫌いとかあるだろ」
苛立ち気にお父様が言う。
そうだね。
あたしは…。
思いっ切って言ってみた。
「暁…。水瀬君、覚悟して聞いてね。あたし、さっきまで本当に悩んでた。水瀬君の事どう思ってるか、わからなくて…。だけど、少しずつなんだけど、気持ちがはっきりしてきたの。朝は、水瀬君の事で胸がつかえて、苦しくて、泣いたの。だって、あたし、暁の…水瀬君の事、好きだから、水瀬君の事を考えると苦しかったの…」
あたしは、一気に言った。
顔が、火照ってきたのもわかる。
お父様の目が、点になってる。
無理もない。
だって、話していなかったから…。
暁から、告白されてることを…。
「ほんと?」
暁が、半信半疑で聞いてきた。
今まで、散々逃げてたから、無理もない。
「本当だよ。嘘なんか、言わないよ」
あたしの返答に暁は、微笑みを浮かべる。
放心状態のお父様が、あたし達のやり取りを見て。
「一体、どうなってるんだ?」
訳がわからないって顔をしてる。
あたしは、そんなお父様に説明した。
「…と言う事は、お前達は、両想いって事なんだな」
お父様が、呟いた。
「そう言うこと!」
「ですが、一つ問題が…」
ゆっくりと、暁が口を開いた。
「問題とは?」
お父様が、不思議そうに聞いてきた。
「オレ…僕のファンクラブなんですが、もしこの婚約の事を聞き付けたら、未月に被害が及ぶかもしてないのです」
暁が、真顔で言う。
「君は、未月を守る自信が、無いのかね?」
お父様の質問に。
「自信は、あります」
暁は、即答する。
「ですが、自分が居ないときの事を考えると、公にしない方がいいかと思うのですが」
一日一緒に居る事は、出来ないもんね。
心配してくれるのは、嬉しいけど…。
あたし、そんなに弱くないけど…。
「それに、未月さんは、自分で何でも解決しようとするので、僕のところまで届かないんです」
暁が、あたしの方を見る。
仕方ないじゃん。
今まで、誰にも守ってもらったこと無いし、自分でやらなきゃって、思い込んでたんだから。
それに、暁に守ってもらおうと思ってない。
「そうだな。未月は、自分で解決したがるふしがある。たまには、頼ってくれた方がいいよな、暁くん」
「そうなんですよね。少しでも頼りにしてくれたら、男冥利に尽きますけどね」
二人の視線が痛い。
「そんな目で見ないでよ。頼りにしてないわけじゃないんだよ。なんか、自分で解決しないと気がすまないの!」
あたしは、語尾を強めて言う。
「たまには、甘えてもいいんだぞ」
お父様の言葉を不思議に受け止めながら、甘えるって、どうい風にすればいいのか、わからないの。
それに、迷惑掛けてしまいそうで…。
怖いんだ。
「そんな顔するな。オレが、必ず守るから」
暁の頼もしい言葉。
「…という事で、婚約の事は、ここだけの話な」
強調して言う、お父様。
「沙夜にも?」
「沙夜ちゃんか…」
お父様が、少し考えてから。
「彼女にだけ、話してもいいだろう。お前の良き理解者だからな」
って、言ってくれた。
よかった。
沙夜に、あしたにも話そう。
「この事、お母様も承知してるの?」
「している。暁くんの事、気にいってるからな」
お父様が、微笑んだ。
暁と、視線が絡まる。
あたしは、彼に笑顔を見せる。
彼も、微笑んでくれた。
暁が、傍に居る。
それだけで、あたしの心は満たされていく。
「そろそろ、帰ります」
暁が、そう言って席を立つ。
自分の腕時計に目をやる。
十八時を過ぎていた。
ウソー。
もうこんな時間なの?
生徒会の方、どうしよう。
動揺してるあたしに。
「生徒会の方は、休みにしておいたから、今日は、もう帰りなさい」
お父様が、ゆっくりと言うのだった。