弱虫な自分
「生徒会長にお聞きしたいことが、あるんですが」
「何かな?」
あたしは、冷静に答える。
「単刀直入に聞きますが、暁くんと付き合ってるんですか?」
エッ…。
なんで、そんな事になってるの?
付き合うも何も、あたし、返事してない。
「どうなんですか?」
更なる追求に。
「なんで、そんな事答えなきゃいけないの?」
あたしは、落ち着きを取り戻しながら言う。
「学校中の噂です。なんでも、生徒会室で、暁くんに抱かれていたとか…」
「何を根拠に言ってるの?」
あんな時間まで、残ってる人が居たなんて…。
「どうなんですか?」
「どうって…言われても…」
困ったなぁ。
あたし、なんて答えたら良いのかわからない。
どうしよう。
「おいおい、そんな往来で何してる」
困ってるところに暁が、割って入ってきた。
「あらまぁ。珍しいな、未月が囲まれてるなんてな」
面白そうに言う。
元々の原因は、あんたなのに…。
なんて、心の中で、責任転嫁してもしょうがない。
「暁くん。生徒会長と付き合ってるって、本当なの?」
暁に向かって、さっきの質問を聞いてる。
暁は、困った顔をする。
そして。
「付き合ってなんかいないよ。ただ、オレの気持ちをぶつけただけで、返事は聞いてないんだ」
切な気な声で、暁は言う。
「なんだ。暁くんの一方通行なんだ」
ホッとしたような声。
なんで、ホッとするのよ。
ここで怒っても仕方ない。
「でも、ずるいよね。暁くんが、必至の覚悟で告白したのに、返事してないなんてさぁー」
ファンの一人の子が、嫌がらせみたいに言う。
なんか、あたし一人が悪いみたい。
そんな言い方、ないんじゃないかと思う。
でも、暁の気持ちに応えてあげられない。
しかも、暁の事どう思ってるかなんて、わからないあたしが、何言ったら良いのよ。
「生徒会長は、暁くんから逃げてるんだ」
そう思われても、仕方がない。
だって、自分でもそう思う時があるんだもの。
「未月を攻めない…、困らせないでやってくれ。オレの急な告白で、悩んでるんだから。これ以上、オレのために悩ませないでやって…」
暁が、ファンの子達をなだめる。
「でも。それじゃあ、暁くんが可哀想」
ファンの子が言う。
「いいんだ。オレの気持ちは伝えられたんだから、どんな返事もらっても、後悔しない」
暁が、強い口調で言い切った。
あ、これじゃあ、下手なこと出来ない。
あたしの想いは、どこへ行くのかな?
あたしは、それだけを気にしながら歩き出した。
そっと、足音を忍ばせながら…。
ガラッ…。
生徒会室の戸を開ける。
中に入り、折り畳み椅子に座る。
ハァ…。
あたしは、一体なにしてるの?
このままでは、いけない。
でも、わからないの。
暁への気持ちが、なんなのか?
どうしても、わからない。
あの子達が、とっても羨ましい。
だって、あんなにも堂々と暁に『好き』って、口に出して言えるんだもの。
あたしなんか、そんな勇気無いもの。
だから、凄くいいなぁって…。
今のところ、あたしに出来る範囲でなら、なんでもこなしていきたいと思ってる。
でも、それだけじゃいけないと思う。
「おーい、未月。居るんだろ?」
不意に入り口が開いた。
「ほら、迎えに来た。次の授業は、生徒指導の神谷だぜ。こんなところに居たら、まずいだろうが」
そう言って、暁があたしの方に近づいてくる。
「そうだね」
あたしは、そう言って席を立つ。
さっきのお礼、言わなきゃ。
「暁、ありがとね」
「お礼なんかいいよ。オレは、今までの借りを返しただけ。これからも、お前が困っていたら、助けたいと思ってる」
暁が、照れながら言う。
「未月って、以外と細いんだな」
それって、あたしが太って見えるってこと?
「それは、やばい。ダイエットしなきゃ」
小声で口にすると。
「そうじゃなくて、何て言ったらいいのか。ほら、いつも、オレを教室まで引っ張って行くから、筋肉があるのかと思えば、メチャクチャ細いから、ビックリした。それと同時に泣き虫だなぁって…」
エッ…。
泣き虫って?
「お前、自分で気付いてないのか?そんなに涙、流してるのに…」
そう言って、暁があたしの頬を伝う涙を指で払う。
でも、涙は一向に、止まらない。
可笑しいなぁ。
今日の、あたし、凄く変。
あたしって、こんなに泣き虫だったっけ?
「とまんねぇなぁ。なんで泣いてるかは知らないが、これじゃ、まるで、オレが泣かしたみたいじゃんか」
あたしの耳元で、暁が優しく言う。
なんでそんなに優しく出来るの?
なんか、不思議だよ。
ここまで、男の子に優しくされたの初めて。
「なぁ、どうしたら、その涙止まるんだ?」
暁の困った顔が、凄く可愛くて、つい吹き出しちゃった。
「なんだ?今度は、泣き笑いか?」
暁の、ビックリした顔。
こんなにも、気にしてくれてるなんて、思ってもいなかった。
あたしの一喜一憂で、暁が振り回されているなんて、知らなかった。
今のあたしは、他者から見ると幸福者なのかもしれない。
「未月。オレ、お前を守ろうと思う。お前は、細くて、頼りない。そんな未月を守ってやりたい!」
暁が、真顔で言う。
「ありがとう。その気持ちだけで、嬉しい」
あたしは、とっびきりの笑顔を返す。
「それじゃあ、オレ、先に教室に戻るな。一緒に戻ると、怪しまれるから…」
照れながらそう言うと、暁は、出て行った。
暁……。
暁、もう少し待っててね。
もうすぐ、わかる気がするの。
あなたに対する思いが、なんなのか……。
それまで、待ってて欲しいの。
あたしの我が儘かもしれないけど…。
その日の放課後。
あたしは、沙夜を屋上に呼び出した。
「未月。生徒会は、いいの?」
沙夜が、心配そうに言う。
「いいの。あたしが、こんなんじゃ、決まるものも決まらない。だから、今日は、中止にしたの」
「そう、ならいいけど…。さて、本題に入りましょうか?」
沙夜が、切り出した。
「未月が、悩んでるのは、暁の事で、それが、一部の生徒の間で、噂になってるって事かな?」
沙夜が、楽観的に言う。
「それで、未月は、どうしたいの?」
「あたしは、暁の事をどう思ってるか、それだけを知りたいの。このままでは、埒が明かないでしょ。だったら、今のうちに返事しておきたいの!」
あたしは、はっきりと言う。
少し、考えてから沙夜が。
「未月。暁の事見てて、どう思う?客観的に見てさ」
って、聞いてきた。
「うーん。ほっとけないって感じかな」
「私もね、拓也を見てるとほっとけないの。あいつ、頭は良いくせにいざとなると、全然ダメなの。私、思うんだけど、未月の中で、暁は大きな存在になりつつあるんだと思う。それが、未月自身が持ってる想いだと思うよ」
沙夜が、自分の事のように言ってくれる。
沙夜の実体験が、そう言わせてるんだね。
沙夜は、あたしにとって、親友以上だよ。
そんな沙夜と幼馴染みでよかった。
「ありがとう、沙夜。何となくわかってきたよ」
あたしは、沙夜の手をとって言う。
「そう…。でも、あせらずにゆっくりだしなよ。本当の想いに気付くまではね」
沙夜が、優しい口調で言う。
あたしは、頷いた。
「さーてと、帰ろうか?」
「そうだね」
あたしと沙夜は、肩を並べて歩きだした。
あたし達が昇降口に行くと、暁と拓也が待っていた。
「あっ、拓也。待っててくれたんだ」
沙夜が、嬉しそうに拓也の方へ駆け寄っていく。
本当に幸せそう。
あたしは、暁の方を向く。
暁もあたしの方を見ていた。
視線がぶつかる。
あたしは、目をそらす。
ほんの一瞬の事だったけど、胸が、ドキドキ高鳴り出す。
今もそう。
ただ、見られてるってだけで、心臓が高鳴ってる。
そんなに見ないで…。
今にも、胸が張り裂けそうだよ。
どうしよう。
止まらない。
「ねぇ。久しぶりに四人で帰ろうよ」
突然、沙夜が言い出した。
たぶん、あたしの為に言ってるんだと思う。
けど、あたしは、その優しさに甘える事が出来なかった。
「ごめん。生徒会の仕事で、やり残した事があるから、先に帰っていいよ」
そう告げると、踵を返して、走り出した。
暁と居るだけで、苦しくなりそうで、その場から逃げ出したのだ。
ただ、それだけ……。
苦し紛れの言い訳。
とっさに思い付いたことを口にしただけ。
暁には、悪いと思ってる。
だけど、今は、暁と顔を会わせたくない。
そう思ったら、走り出していた。
ねぇ、こんなあたし嫌いだよね。
誰も、好きになってくれないよね。
言い訳しか出来なくて、素直になれなくて…。
こんな自分を好きでいてくれるなんて、信じられない。
でもね。
こんなにも息苦しくなったの初めて。
だけど、どうしてなのか見当がつかない。
もし、これが恋だとしたら、皆こんな思いしてるわけ?
それなら、恋なんてしたくない。
あたしは、廊下を走りながら、そんな事を考えていた。