婚約の条件
走り回ってる内に、六時半を回ってしまった。
大急ぎで、講堂に向かう。
講堂では、役員達が生徒に仮面と花を一人ずつ渡していた。
生徒も役員も、正装している。
そんな中、あたし一人が制服のままだ。
「会長、着替えは?」
入り口で聞かれて。
「挨拶が終わった後に着替えるから…」
直ぐに言い返し、ステージ横に行く。
何て。
ドレスなんか、持ってきてない。
それどころじゃなかったから…。
そんなあたしに誰かが、包みを渡してきた。
誰なの?
仮面で顔が隠れてるから、わからない。
不思議に思ってると、パーティーを始める時間になってしまった。
「まずは、会長から一言」
あたしは、ステージの上に立つと。
「大成功の内にフィナーレを迎える事が出来て、本当によかったです。これからも勉学に励み頑張りましょう」
一気に言い切った。
ステージを降りると先程渡された包みをもって、外に出た。
あたしは、近くの教室に入るとその包みを開けた。
その中には、スカイブルーのドレスが入ってた。
今のあたしの心境と似てる。
あたしは、そにドレスを身につける。
サイズは、ぴったり。
一体、誰なんだろう?
こんな、大人っぽいドレスをくれるなんて…。
あたしは、不思議に思いながら、そのまま講堂に戻った。
入り口で、仮面と花を受けとる。
中では、ダンスが始まっていた。
あたしは、そそくさと隅の方に行く。
すると、後ろから。
「僕と一緒に踊っていただけませんか?」
って、声がかかり、振り返ると手が差し伸べられていた。
「あたしでよければ」
あたしは、彼の手に自分の手を重ねた。
彼は、スマートのエスコートしてくれる。
優しい笑顔。
あたしは、そう思いながら中央へ…。
曲は、ワルツ。
あたし達は、時間を忘れて踊った。
その時。
証明が落ちた。
「ここで、生徒会からのサプライズ。入り口で渡した花を好きな人に渡してください。仮面をしてても、好きな人は、わかりますよ」
スピーカーを通して聞こえてくる。
本当は、あたしが言うはずだった。
時間を忘れて踊ってた自分が、恥ずかしい。
「それでは…」
そこで、声が途切れ、証明が付く。
「未月。そのドレス似合ってる」
さっきまで、一緒に踊ってた彼が言う。
エッ…。
まさか…。
「暁なの?このドレスも…」
小声で聞いてみた。
「うん。オレが見立てた。未月に合いそうなのを買った」
暁が、照れ臭そうに言う。
「ありがとう」
「未月の事、好きです。オレと付き合ってください。結婚前提で」
暁が真顔で、しかも語尾は小さかったけど、あたしにはちゃんと聞こえた。
「喜んで、お受けします」
あたしは、飛びっきりの笑顔で答えた。
すると暁は、あたしを引き寄せて思いっきり抱き締めてきた。
「ちょっと、苦しいってば…」
あたしが、暁に言うと。
「これで、堂々と未月に抱きつけると思うと、嬉しくて」
「これから、いつでも出来るじゃない」
「ここで、見せつけといた方がいいだろ」
何て、ふざけて言う。
実は、あたし達の回りは、暁ファンに囲まれてます。
その中心にあたし達が居るみたいな。
「でも…」
何て、あたしが言うと。
「でもじゃない。オレは、未月以外興味ないし」
って言い、あたしの唇に暁のそれが重なる。
「キャー」
回りからの黄色い声。
暁は、そんな事お構い無しに続ける。
全く。
他の人の迷惑を考えないんだから…。
「本当は、未月とオレ、婚約してるんだ」
本当に堂々としっかりした声で、暁が言う。
「うそー!」
大きな声。
あたしは、ファンの子達の顔を見渡す。
そこに、暗くなってる利恵の顔があった。
公になっては、暁と居られないもんね。
ちょっと、意地悪かもしれない。
けど、今まで散々意地悪されてるから、ちょうどいいのかな。
なんて、思ってしまう。
でも、利恵の暁に対する想いは、本物だったって、確信が持てる。
「未月。なに、ボーとしてるんだ」
暁が、不思議そうに言う。
「何でもないよ」
そう言いながら、暁の方を向く。
「オレ等、邪魔そうだから、外に行こ」
そう言うと暁は、あたしの腕を掴んで、歩き出した。
「もう、強引なんだから…」
何て言いながら、嬉しさが込み上げる。
本当は、早く二人っきりになりたかった。
暁に伝えたい、言いたい事があったから…。
「暁」
あたしは、前を歩く暁に声を掛けた。
「なんだ」
「ありがとう。こんなあたしを好きになってくれて…。それから、ごめんなさい」
ごめんなさいの意味は…。
一杯困らせた事。
あたしの勝手な行動で、モヤモヤさせて、我が儘にもこうして付き合ってくれた。
そんな、暁が好き。
「何?お礼言ったり、謝ったりしてるのさ」
暁が、あたしの方を向いて言う。
「オレは、オレがやりたいようにやってるだけだ。未月にお礼言われる筋ないぜ」
真っ直ぐに見つめてくる。
「でも…」
「心配するな。オレは、お前の為なら何でもする」
って、言ったところで。
「本当に何でもするんだな?」
声が、聞こえてきた。
あたし達は、その声がした方を向いた。
そこには、お父様が立っていた。
「はい」
暁が、はっきりと返事をする。
「では、私からだそう。うちは、一人娘だからな。私の後をついでもらうべく、勉強をしてもらう」
お父様が、暁に言う。
勉強って…。
「お父様…」
「なァに、簡単なことだよ。水瀬…敢えて、暁君と呼ばせてもらう。暁君が、未月の婚約者としての条件に大学卒業後に私に就いて勉強して欲しい。ただそれだけだ」
って、お父様が言う。
エッ…。
暁と顔を見合わせる。
「それと婿養子になることが、条件だ」
お父様が、笑顔を見せる。
「わかりました。その条件でお願いします」
暁が、お父様に頭を下げた。
「それから、結婚は暁君が一人前として、私が認めた時にという事で」
「はい、オレ…僕、未月さんの為にも頑張ります」
暁が、はっきりと返事をする。
「頑張れ」
お父様は、それだけ言って行ってしまった。
「暁」
「うん?」
「本当によかったの?」
「いいんだよ。これで、親公認のフィアンセになれるんだし、それに、オレが未月と離れたくない。ずっとそばにいたい」
大きくゴツゴツした手で、あたしの頬を撫でる。
気遣わしげな仕草。
暁の優しさ、温もりが伝わってくる。
こんな人、他には居ない。
あたしの事をこんなに愛しんでくれてる。
世界中探してみ、居ないよ。
たった一人。
巡り会う事が出来たんだ。
って、この時のあたしは感じた。