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プロローグ

此処から第二話を投稿します。地の竜の巫女に続き水の竜の巫女の登場です。

昏龕世界バルトメイラ『Sprinkle Day Closer』

                                          

プロローグ


遥か古の時代から人間には常に恐怖の対象が存在する。

それは時に環境であり、時に物であり、時に獣であり、時に同じ人である。

長い人間の歴史の中で人は恐怖無しには生きて来なかった。

恐怖は何処までも広く多く対象を内包しながら歴史に息付いている。

他人、家族、派閥、人種、宗教、政治、国家、世界、あるいは火、武器、兵器、概念、etc。

恐怖無くして人類に進歩は無いのかもしれない。

そんな大そうな話でなくても身近に恐怖は幾らでも転がっている。

好き好んで見るホラー映画。

わざわざ乗ってしまうジェットコースター。

突如としてシャットダウンされるパソコン。

落語で言うところの饅頭怖い等。

知らない場所に連れて行かれるというのも身近な恐怖に違いない。

「・・・・・・」

琥珀色の水面から齎される明かりが街を染め上げていく。

見知らぬ土地。

見知らぬ街。

小高い丘に聳える小さな石碑には矢印が一つ。

街への道を示している。

絶景を前にして妙なるさざなみの音に耳を傾け心安らかにと願っても恐怖は消えなかった。

「ああ、湊街怖い怖い」

「あの、賢者。どうして魚が死んだような目でそんな事言ってるの?」

傍には彼女。

彼女とは巫女。

巫女とはこの場合即ち大巫女の孫娘ユネル・カウンホータに外ならない。

「ああ、巫女が怖くない怖くない」

「賢者?」

ナチュラルに頭の心配をされているような視線を感じて天を仰いだ。

「行くぞ。ユネル」

歩き出す先には少しずつ石畳が敷かれ始めている。



宿屋に着いた時にはもう夜になっていた。

一室を取っての宿泊。

(そう長くなかったな)

旅路という程に旅はしていない。

それどころか一週間の林間学校とか運動部の夏合宿に近い。

何の話か。

簡単に言えば【見聞でも広めておいで】と孫娘の祖母である魔女ルックなオババに慰安旅行を提案されたのだ。

(オレも馴染み過ぎだ)

異世界バルトメイラ。

鋼の竜が世界人口の半分以上を占めるアウタスと呼ばれる人種を消していく世界。

同じ竜を駆り竜を撃滅する巫女という存在。

そこに現れた地球の少年。

勿論、お約束の通り巫女に少年は恋をした。

恋をしてお約束の通りに巫女の少女と別れた。

(元の世界に戻って、死に掛けたと思ったらまた異世界に来て、少年は巫女の少女と結ばれましたとさ♪ ちゃんちゃん。とかで終わってたら楽なんだがな)

「少し狭いね。賢者♪」

「狭いな」

寝台で横になりながら、後ろから掛る声に淡々と返して思う。

「うん♪」

物凄く蕩けた笑みの少女とまともに顔を合わせられない。

「えへへ」

「とりあえず寝ろ」

そもそも告白したのは良いが、それ以上どうしろと言うのか。

「うん。えへへ」

「お願いだ。マジで寝てくれ」

未だ少女ユネル・カウンホータと接吻すらしていない現状で甘過ぎる旅行の機会なんて貰っても困る。

困る以外の選択肢はない。

(お願いだからニコニコしながら背中におでことかくっ付けるな。そっと腕を回すな。夢心地でグリグリ体をすり付けるな。如何にもバカップル的発想な手の繋ぎ方とか何処で覚えてくるんだ? ああ、ダメだ。何がダメかって? 全部ですよ母上)

天国の誰かに話しかけていないと理性はそれなりに危機的な状況なのは間違いなかった。

祖母から言われた長い休みを利用して行われる遠征。

大規模な竜の活動『狂乱』が終わった後に訪れる平穏な日々。

一年の半分以上を竜に怯えて暮さなければならない土地も数週間だけ竜が出ない時期というものがあるらしい。

異世界に戻ってきた少年をまるで風船を掴む子供みたいに離さない少女は本当に四六時中離さなかった。

いつまでも何も言わなければ付いてくる。

寝台から始まって朝の身支度、さすがに手洗いにまでは付いてこなかったがそれ以外は全て一緒という状態。

巫女の仕事が暇という状況もそれに拍車を掛けていた。

一緒に食事をして一緒に街に出かけて一緒に遊んで一緒に買出しをして一緒に帰って一緒に水浴びをしようとする巫女をにこやかに撃退して一緒に寝る。

仲の良い夫婦ですらここまでしないだろうというベタベタ加減。

うんざりしないのは惚れた弱みだとしても自分の理性と自制心に負担は掛りっぱなし。

甘い雰囲気に流されたならどんなに楽になれるだろうとか考えている時点で思考は凍結しなければならない。

(別に流されても困らない。それなりに現実で自分の問題は清算してきた。それなりに苦労もした。幸せになろうがバカップル化しようが異世界で結ばれようが誰も文句なんて付けない。オレ以外はな)

意固地になるような事ではないと感情は言う。

告白されて告白して両想いなのは確実で、馬鹿みたいに悲恋っぽい別れ方と感動の再会というものもしたのだから、それ以上はもう十八禁展開に雪崩込もうと普通の話だ。

そう『普通』の話でしかない。

しかし、理性は囁く。

【この世界には特別な理由が無ければ戻ってこられなかったはずだ】と。

どんなに幸せを享受しようとしても、理性の声が心の何処かに魚の小骨よろしく引っかかる。

それに現実での倫理感からすれば、付き合うのもイタス事をイタスのも許容範囲ではあるが、この異世界バルトメイラではそれ即ち【結婚】という事になる。

だから、時間が欲しかった。

現実での結婚という響きは臥塔賢知にとって冗談のレベルであり、一生そんなことあるわけ無いと思っていた。

異世界においてもそれは変わらない。

本当に大切な女性と出会おうが何を言おうが倫理感は変わらない。

臥塔賢知はこの世界において女一人幸せに出来る経済力も無ければ地面に足が付いている人間でもない。

異世界でそんな話をするのはお約束に反する話かもしれない。

それでも安易な結婚を考えはしなかった。

自分に自信を持つ事。

経済力を持つ事。

異世界では特段そんなものは必要ないのかもしれなくとも、男の見栄かもしれなくとも、その見栄無くして、真後ろで幸せそうに寝息を立て始める少女を幸せにしてやれないと理性は断じる。

(重要なのは小骨を抜く事。そして、オレが地に足を付ける事・・・か)

考えは常に後ろ向き。

最悪の事態を考え切り抜ける。

それが臥塔賢知の根本的に変わらないスタンスに違いなく。

「・・・眠れん」

そっと起き出して、身支度を整え宿を出る。

結局、目の下には嘗てとは別の理由で隈が出始めていた。



潮の香りに誘われて闇に沈む街を往く。

海の方へは下り階段が続き、微かな朧月が石段の陰影を刻んでいる。

目ぼしい目印は一つだけ。

湊に一つ切りの燈台。

煌々と燃える灯は夜の海を往く船を守っている。

湊の端まで往くと桟橋が幾つか目に付いた。

「?」

小さな人影を見つけて首を傾げる。

こんな時間に人影が桟橋にいる理由。

それこそ色ボケな空気から逃げてきましたなんて事は自分以外には在りえない。

ボチャンと桟橋から音。

人影が消えて『海女もこんな夜に海に出るのか凄いな。あははは』と通り過ぎるわけにもいかず。

「さて、帰るかって超言いてぇ」

全速力で駆け出して桟橋から海に飛び込んだ。

自殺者。

現代日本の病理がこんな場所にもあるにはある。

現実がファンタジーがそれ以前にオレ泳げた?という思考が、水泳とも呼べない無様なもがきの中で消えていく。

酸素が途絶えて少しずつ混乱が脳裏を満たし始める。

(落ち付け。暗い。底は見えない。だが、まだ目の前にいるはずだ)

理性。

断固として理性。

数メートル泳いで何もなかったら諦めて桟橋の橋脚を使って上に戻ると決める。

体感感覚で一メートル二メートル三メートル四メートル。

五メートルが限界だと判断して、最後の一メートルを沈降し、手が何か柔らかいモノに当たった。

そして、下からゴボリと空気。

溺れて力が入らなくなった体と判断し、とにかく触れた場所から全身の何処かを掴んで上へと昇る。

体に絡みつく海水は服と共に重い。

それでも人間の体は水に浮くように出来ている。

決してパニックにならないよう心を静めて体の力を抜き、腕に力を込める。

五秒、十秒、どれだけ息を止めたか分からなくても、朧月夜の光が確かに近くなる。

そして一分三十秒後。

「―――?!ッッッがはッッ、はッッ?! すぅ――はぁ!?」

海面まで上がる。

重い腕の先の体を同時に引き上げる。

朧月が雲間に消えて確認は難しい。

片腕で桟橋の上に這いずるように登り、片腕に掴んだ体を引っ張り上げた。

体を仰向けにして頭と胴体を確認。

いつだったか習った人命救助講習の通り、大声で呼び掛ける。

声は無し。

意識も無し。

脈を探っても無し。

胸の辺りを探ってゴチャゴチャした装飾があるの確認して破る。

露わになる胸元を手探りで触って心臓の真上に当てる。

勢いよく両手で押した。

本来、あまり強い力で押すと肋骨が折れる可能性があったが気にしてはいられなかった。

うろ覚えに三度のマッサージ。

そして、顔を探って唇を探し、内容物が無いか指で確認して開き、人工呼吸。

実際、人工呼吸は今どき殆ど人命救助でやらない。

相手に病気があった場合移る可能性もあり薦められない。

要らない豆知識を頭の片隅に放る。

死ぬような目にあって、死んでしまっては話にならない。

何度も何度もマッサージと人工呼吸を繰り返す。

「――がッ?! かはッ!!? ごほッ、ひぅ――」

何とか四分以内の蘇生、脳に送られる酸素の低下からダメージを逆算しても、ギリギリ大丈夫なはずだった。

「ぐッ?!」

グラリと傾いで頭が助けた救助者の胸に落ちる。

そこには心臓の音が確かにあった。

相当に無茶をした代償か。

体が今更悲鳴を上げ始め、力が入らない

「生きろとは・・・言わない。だが、助けたオレの心持分くらい・・・死ぬな」

人の気配がした。

近づいてくる影が大声を上げる。

(ここらで一杯お茶が怖い・・・ああ、まったく・・・)

意識は其処で途切れた。

少しだけ立派な気分を味わうのは悪くなかった。

感想を随時受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。

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