第二章 積まれゆく嘘
第二章 積まれゆく嘘
【ええええええええええ?! まさか賢者様。そういう気が?】
ひそひそ。
【く、もはや賢者様に近づけねぇ。オレはまだ普通でいたいんだ!!!】
ひそひそ。
【きゃ~~~~?! もう! もう!! 奥さん聞きまして!? 大巫女様のとこの賢者様ったら!!】
ひそひそ。
『何、だと!? それはもしやオレにも春が来た!?』
ひそひそ。
【待て、早まるな!? やらないかと誘ってみた瞬間にお前は魂の居場所を無くすんだぞおおおお!!】
【そ、それ以前に今の賢者様の状態ならば何も問題無いのではないか!?】
ひそひそとは言い難い声に頭痛を通り越して魂が抜け掛ける。
【ああ、でも!? 賢者様ってああ見えて耽美なところがあるから受け、かしら?】
【あんたねぇ!? ああいうのは燃えた時凄いのよ!! 絶対攻め、でしょう!!】
【ダメねぇ。アンタ達ああいうのはちょっと微笑ましげな感じに触れ合ってしまって、気恥ずかしくて離れるってのがいいんじゃない!! それ以前に今の賢者様の可愛らしさをどうにかして! して!!】
ッ。
【ねぇねぇ、けんじゃさまって【おとこずき】なの?】
ピシッ。
【あんた駄目じゃない?! お母さんが近付いちゃいけませんって!! あ、でも、私は大丈夫ですから!!】
ビキッ。
【じ、実は賢者様、女の子に興味がお有りじゃないんじゃいかって仲間内で話してたんです。実際はどうなんですか!!】
パリーン。
【ちょ、賢者様が何か凄く優しい笑顔で心の方が何か大変な感じに!?】
【だ、だって賢者様。お三方と閨を共にしているのに【まだ】だって噂で】
ガラガラガラガラ。
【あ、でも、この間ユネル様が言ってたよ。時々、好きって言ってくれるって。後、ちょっとだけ自分から触れてくれるようになったって】
ドッカーン。
【【【【【【きゃあああああ♪ 一体何処まで進んだんですか?!】】】】】】
ズドドドドドドドドドドドドドド。
【そういえばこの間はちょっとだけ沐浴を覗かれたとか?】
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド。
【ハッ?! まさか、どちらも、じゃ!? だからこそ、そのお姿に!?】
サラサラサラサラ。
【本当のところはどうなんですか賢者様!! それと、とりあえず私のお古を着てから一緒にお昼寝しましょう!!】
バルトメイラという世界にプライバシーという言葉を浸透させ、女性達に婦女子として日本の明治時代辺りの教育を施す事を真剣に検討し始めた頃、ようやく噂の弟ノール・ハルメルがやってくる。
やってくるというよりは慌てた様子だった。
それがどうしてなのか。
駆けてくるノールの後方にいる奥様方に問題があるのは自明の理過ぎて指摘すらしたくない。
「買うもの買ったらさっさと帰るぞ!?」
「は、はい。お姉様!」
【【【【【【きゃああああああ?! お姉様だって!!】】】】】】
「まだ女性の恐ろしさに幻滅したくないと思う心があるなら全力で走れ」
その場の空気に堪え切れなくなった。
追跡者となって追いかけてきそうな少女達を振り切り、街の外まで走る。
後ろから付いてくる吐息がやけに弾んでいる。
荷物を幾つか預けっぱなしにしていた事を思い出し、とりあえず麻袋を一つ手からもぎ取った。
「ぼ、僕がやりますから大丈夫です!」
「男らしさをアピールされても気持ち悪い」
「はう?!」
「はう?!とか言う男はもっと気持ち悪い」
「―――うぅ」
涙目で人の保護欲を掻き立てるショタ野郎を背に速度を落とす。
「お姉様にとっての男らしさって何ですか?」
「背中を見て大きいと思える奴を男らしいとオレは定義する」
「そ、それじゃあ、僕の背中はどう思いますか!!」
「人を一人でも背負ったら手折れそうな背中だな」
「これからの成長に期待です!」
「オレの方が背も高い」
「そ、それは嘘です! 僕の方がお姉様より高いです!!」
先に肩肘を張って背中を見せて歩こうとするノールに溜息を一つ。
「今はそういう事にしておいてやる」
「はい」
そのまま寺院に向けて歩き出す。
傍らを疎らな草を踏み締めて歩く姿。
慣れている様子は旅の長さを語っているような気がした。
(何だかな)
荒野は常と同じく乾燥した不毛の大地。
ユネル以外とこうして歩く日が来るとは思わなかった。
(オレも随分と変わった。いや、そう思う程度には此処に愛着が沸いたのか)
上を見上げる。
昼の月が薄らと蒼空に溶け込んでいた。
(オレの探すものもああやって消えてるのかもな)
他愛ない思考に笑みを浮かべて、前を向いた時だった。
「・・・?」
有って無いような道にいつもとは違うものを見つけた。
朝には無かったはずの代物。
仰々しい馬車が一台道端に止められていた。
馬車には一頭の馬も繋がれていない。
それが何を意味するのか。
簡単な理屈過ぎて素通りする事を決定する。
何やら珍しげな視線で傍らのノールが馬車を見つめていたが、すぐに視線を前に戻した。
明らかに巫女が載っていると思われる、どう見ても新しい事件の匂いを運ぶ、絶対何かあるだろう、そんな予感から抜け出せない出会い。
さっさと帰ろうなんて浅はかな考えは一発の銃声に掻き消される。
「―――――――」
愕いたノールは目を白黒させていた。
その様子に無事そうだとホッとして、その首を捕まえ、耳元に囁く。
「出来る限り早く走れ。走って寺院に付いたらユネル達を連れて来い」
ノールを自分の前に押し出して後ろを向く。
馬車の中から突き出された銃口に内心、溜息しか出ない。
こんな異世界に銃がある理由。
それは巫女に関連しているとしか考えられず、それが安易に発砲される事態が深刻なのは言うまでもなく。
今日が自分の命日だとすれば、納得はしないが理解は出来た。
本来、ユネルと共に来るはずだった買い物がノールの無茶な勢いに押される形で変わった形だった。
もしも、ユネルと共にいたならば、とんずらしていたのは確実で、『盤上の主』(プレイヤー)が母を送り込んだのはこの為なのかと天を仰ぐ。
直接的な臥塔賢知の排除が目的だったとすれば、まったくもってその策は大当たりだった。
「何を呆けているのでありましょうか。少し呼び止めただけでコレとは・・・・大巫女を継ぐ者の名が泣くのでは?」
「・・・・・・」
物凄い勘違いで銃を向けられているらしい状況に思わず嗤いが零れる。
新たな事件の序章は身に覚えの無い皮肉かららしい。
「随分と奇天烈な。その嗤いはどういう類のものでありましょうか?」
ぬぅっと馬車の暗い荷台から女が一人出てくる。
その姿に関して言えることは一つ。
埃の気配を漂わせた者という事か。
短く纏められた黒髪のあちこちに付いている装飾品がくすんだ黄金を思わせる。
女盛りの二十代後半の容姿に似つかわしくない鋭い相貌。
形容するなら猛禽類。
まるで荒野を往く為に在るような煤けたマントを着込み、その下には元は上質だっただろう綻んだ蒼い衣裳。
全てを総合すると場末の酒場にいそうな女丈夫というところだろうか。
しかし、【硝煙の匂いが似合いそうな】という要らない形容詞が付くかもしれない。
「どちら様だ? 名乗るべきは声を掛けた方からだと思うが」
「ふむ。一理ある。わたくしの名を名乗らせて頂けますならば、ラクォル・アルウェン・ディレクと御呼びを」
「それで、その煤けた巫女がオレに何の用だ?」
「お解りにならないようで。簡単な事でありましょうや。わたくしは貴女と貴方の他二人を籠絡したらしき不届きなる男を精査しにこの地を踏んだ」
「不届きな男?」
まったくもって身に覚えがあり過ぎる言葉に嗤いが止まらなくなる。
「おとぼけめさるな。今回の件に付いて複数のバンド間から幾つかの諮問が【界統遺冠】に届き、今回の運びとなった」
「レガン?」
「まさか、大巫女とあろうものが教育を施していないとは何たる事かと。では、とりあえず説明を」
「優しいな。見ず知らずのオレにそんな事まで話してくれるなんて」
「幾分ねじ曲がった性根である事は大目に見ましょうや。【界統遺冠】とは【奉審官】を決める際に召集される巫女の意思決定最高機関。そして、わたくしはそこより遣わされた執行者。お分かりか? つまり、貴方達を誑かした不届きなる男が如何なる存在であるか。巫女にとってどんな者となるか。それを見極めに来たという事であります」
「それで? もし、その男が巫女にとってまるで役に立たない、それどころか有害だった場合は?」
「知れた事。我が力を持って排除するのみでありましょう」
「もし排除出来なかったら?」
「そのような妨害にあった場合、バンド間の協定により複数の実力者が投入される運びに」
何も気付かない猛禽のフリをした哀れな七面鳥にドッと疲れて嘆息する。
「嘘吐け。そもそも今は何処のバンドも狂乱の対応で手一杯だろう。それなのに一々こんな場所にまで実力者を派遣する余裕がその【レガン】とやらにあるわけがない。脅しならもっとマシなカードを切れ」
「何?」
急激に変わったこちらの対応に反応し切れないラクォルの隣まで歩いて馬車に腰掛ける。
「な!?」
愕きのあまり固まる女を横に考え付く限りの状況を並べて事態を整理してみる。
「つまり、あれだな? この間のワイベルト近辺で本当は壊滅してたはずのバンドが生存しているどころか人的被害も無かった事にレガンとやらが興味を抱いたと。それでその中心人物であるらしき男の事を調べる内に男が巫女を三人も籠絡してる事態を知って見極めに来た。もしも男が有用ならば、この【狂乱】が頻発し始めたバルトメイラの崩壊を止められるかもしれないと踏んだわけだ」
「貴様はユネル・カウンホータでは?!」
「誰がユネルだって? オレの何処があの超人に見える? 勘違いしたのはそっちだ。オレはまだ名乗ってもいないはずなんだが? ラクォル・アルウェン・ディレク」
咄嗟に銃が頭蓋に押し付けられる。
動揺したラクォルは解りやすい事この上無かった。
その顔には【図星】とか【何故その秘密を!?】とかそんな文字が垂れ流されている。
「言っておくがその銃は安全装置が無いからあんまり力入れるな。お前がまだ生きていたいと思うならな」
「貴様はッ、貴様は誰だ!?」
「オレか? オレはただのしがない」
『賢者~~~~~~~~~~』
ラクォルが遠方から響いてくる大音量に硬直した。
その瞬間、引き金が軽く引かれ、一瞬の判断で手で銃を額の方に逸らした。
意識が落ちる。
生きていれば次のステージに進めるはずだと、少し自分の命の使い道を自重した。
*
【つまり、この少女が風説の大賢者だと言うのでありましょうか?】
【まぁ、そういう事になるかねぇ】
【男だという話でしたが?】
【噂は噂だろう? そんな事をほいほい巫女が信じるもんじゃない】
【・・・後ろの方々の視線を外して欲しいのですが】
【無理じゃないかい? もし婿殿が死んでいればアンタは今頃塵も残ってない。あまり物騒な竜の落し物を使うもんじゃない。心に刻んでおくんだねぇ】
【容体は?】
【家に滞在しておる医術師様に何とかして頂いたよ。幸い出血が多いように見えたのはケガが額だったかららしい】
【【界統遺冠】からの要望は確かに伝えました。これから此処にしばしの間滞在する許可を頂きたいのですが如何でありましょうか?】
【後ろで絶対反対って顔の巫女が三人いるんだが。まぁ、いいじゃろう。だが、此処にいる間はその物騒なものは持ち歩かない事。いいかい?】
【はい】
【それじゃあ、もう遅いからお前達も切りのいいところで切り上げて寝るようにのう】
意識が本格的に浮上した。
今までの会話から随分と事態は切迫したらしい事が読み取れたがとりあえず置いておく。
瞼を開けると其処には今にも泣き出しそうな顔の巫女が三人、もう泣き晴らした紅い目のショタが一人、それから医術師を名乗る母が一人仮眠していた。
「賢者?!」
今にも大騒ぎしそうなユネルを諫める。
「頭に響くから静かに」
「良かった。ガトウ」
泣き始めるテオの頭を撫でた。
「心配させるな。馬鹿」
馬鹿なのでフェルフラムに笑って返すと横にいたノールが手を必死に握り締めてくる。
「お、お姉様。本当に良かったです」
「いや、良くない。事態がまったく解決してないどころか悪化してる気配しかしない」
身体を起こそうとして慌てて全員から止められた。
それを押して起き上がる。
ズキリと痛んだ頭蓋に罅は入っているのだろうかと思い、椅子で腕を組んで寝ていたディリカ・ハルメルの方を向くと、目が合った。
「オレの状態を教えて欲しい」
「頭の骨には異常ありません。ですが、起きる事は医術師としてお勧めしません」
「だが、大事な用がある。どれぐらいなら起きてて大丈夫なのか教えてくれ」
「半刻。それ以上は医術師として許可出来ません。どうか身体を大事になさってください」
「分かった。半刻したらあのラクォルの所に向かえに来てくれ」
「賢者!? だ、ダメ!? 絶対絶対ダメなんだから!!」
ユネルの言葉に他の一同が頷いて引き止めてくる。
「別にあっちには問題無い。問題だったのはどちらかというとオレの方だ。少し驚かし過ぎた。これからしばらくいる間お前らの批難の視線を浴びせておくのも忍びない。オレの事に関してだから言っておくが、あいつをこれからオレの事で攻めない事。約束出来るな?」
「うぅ」
ユネルの顔が迷い歪んだ。
「オレの知ってるユネル・カウンホータは誰とでも仲良くやれる人間だと思ってたんだが間違いだったか?」
「ずるいよ。賢者」
「それも含めてオレだ。それにオレはあのラクォルに少し感謝してもいいと思える」
「え?」
「オレがもし死んだらきっとお前達が泣いてくれる。身を持って実感したのはオレにとって嬉しい誤算だ」
「賢者・・・」
怒れず、泣けず、哀しみを堪えてユネルが見つめてくる。
「行ってくる」
クシャクシャとその髪を撫でて、部屋を後にした。
付いてこようとする全員を部屋に押し留めて廊下に出る。
寺院に余っている部屋はそう多くない。
すぐに目的の部屋が見つかった。
扉の向こう側から灯が漏れていた。
ノックする。
どうぞ、という声に遠慮なく扉の中に入った。
「なッッ?!!」
絶句する猛禽類を前に埃っぽい部屋の椅子に腰を下ろした。
寝台だけは清められている部屋の中、そっと窓を開けて部屋の灯を消す。
「今、訊かないと答えないだろう事を訊きに来た」
何とか自分を取り繕ったらしきラクォルが厳しい顔を作る。
「その傷を押してまで訊く事があると言うのでありましょうか?」
「掠り傷だ。こんな些細なケガで機会を逃したら馬鹿みたいだろう?」
「ガトウ・ケンジ。質問を受ける前に一つだけ訊きたい」
「何だ?」
「彼方にとってあの三人の巫女はどういうものなのか」
「何て返せばいい?」
「ふざけないで貰いたい」
「オレはあいつらを愛してる。以上」
ラクォルが目を見開いた。
雲間から漏れた月明かりが良く顔を映し出す。
「惚気がこれ以上聞きたいなら続けてもいいがどうする?」
「いや、もうこれ以上訊く事は無いでありましょう」
「なら、こちらから訊かせてもらおう」
月明かりが射している間にどうしても確認しなければならない一点をただ疑問にしてぶつけた。
「後、この世界にはどれだけの時間が残されてる? お前達はどういう選択をした?」
驚愕。
沈黙。
煩悶。
「――――――」
長い葛藤が表情からは見て取れた。
どうしてその事を知っているのか。
知っているならばどうするべきか。
答えるべきか。
そう顔には書いてある。
答えるならば必要最低限の情報を与えてくれるに違いない。
「バルトメイラ各地で【狂乱】が多発し始めたのが一年と半年前。それから狂乱の数が確実に増え続けている。この状況に対し【界統遺冠】は秘密理に各常設バンドの大巫女達に幾つかの案を提示した。完全にバルトメイラが狂乱に飲み込まれる前に幾つかの地域を放棄して住民の移動を開始してはどうかと」
「理解した。つまり、移民計画を立てたわけか。打倒な判断だ。だが、それだけじゃないはずだ。どれだけの民を守り切れるか解らない以上、巫女の数に比例して住民を【選別】したりしなかったか?」
「貴様は何処まで。それは界統遺冠の中でも極一部の者達にしか知らされていない事実だというのに」
慄く猛禽が七面鳥にしか見えなくなる。
アメリカ辺りなら恩赦を受けていそうな、という但し書きが付くかもしれない。
「ただの大いなる屁理屈だ。そういうのは結構珍しくない。このバルトメイラが甘くない事は先刻承知済み。そして、幾つかの事実と幾つかの推論と幾つかの経験を合わせれば楽に想像出来る」
ラクォルへ畳み掛ける。
「という事はだ。バルトメイラの中でも敏感な連中はもう気付いてるのもいるな」
「何だと?」
「簡単な話。具体的な話は漏れてなくても雰囲気を察した連中は安全地帯に逃げ込み始めたかもしれない」
「雰囲気?」
不吉な話をしている自覚があるのか。
ラクォルの表情が強張る。
「鈍い連中まったく気付いてない連中はともかく、世間の雰囲気に敏感でバルトメイラ中の情報をそれとなく見聞きしている奴には具体的な情報が無くとも逃げ出してるのが少なからずいる」
「何を馬鹿な・・・」
「オレを治療した医術師は今までバルトメイラ中を流れていたらしい。なのに、どうして今更こんな辺鄙で竜の多い地域に腰を据える事にした。これがどういう事か考えればおのずと回答は見えてくる」
「誰がそんなことだけで推論を立てるでありましょうや」
「人間を舐めるな。真実なんてのは一握りの人間が隠蔽したところで誰かが気付く。そして、お前が所属しているレガンとやらが事実をどれだけ隠そうと想像力が人に在る限り、隠せる事態にも限度がある」
「全て無駄だと?」
「無駄じゃない。一々住民に不安を与えて暴動を起こされても面倒だ。ただ、やり方が遅過ぎる」
ラクォルの顔に射していた月明かりが雲に隠れた。
「そんな方法は誰にだって思い付く。そして、だからこそ堅実だ。でも、それじゃあ【誰も】救われない」
「貴様に何が分かると言うのでありましょうや!!」
激昂したのはどうしてだったか。
顔がどんな風に歪んだのか分からない。
全ては闇の中。
「オレが代案を提示してやってもいいがどうする?」
「何を?!! 貴様がこの状況をどうにか出来るとでも!?」
「出来るかどうかは運次第。やれるかどうかはお前ら次第。そういう案ならある」
「ッ」
訊かざるを得ない。
この全てが看破されている状況ならば、目の前の七面鳥は訊かざるを得ない。
まったく荒唐無稽な話だろうとも、この得体の知れない者ならば何か変えられるかもしれないと。
その希望に漬け込んだ一世一代の博打が吉と出るか凶と出るか。
「全てはただオレが今までやってきた事のやり直しだ。時間と労力を掛けられるならば、お前らの案よりは確実に多く人間を救おう。狂乱に人類が飲み込まれるのが先か。人類が狂乱を堰き止めるのが先か。お前はどっちだと思う? ラクォル・アルウェン・ディレク」
そうしてペテンを始める。
誠実さとは無縁、ただの男の意地で、半ば自棄になってみれば、世界の破滅程度多少はどうにかなる気もした。
それから数日後。
「というわけで、今日からバンドのお手伝いにバルトメイラ一周旅行へ行ってみよう♪」
「「「・・・・・・」」」
物凄い視線の圧力に耐え切れず土下座する。
「こういう事になりました。ごめんなさい」
ラクォルをペテンに掛けて三日後。
そういう事になっていた。
「どういう事なのか説明して賢者?」
不機嫌なユネルがジィィィッと見つめてくる。
「貴方、誰? 私、貴方みたいな軽い人知らない」
完全に臍を曲げたテオがそっぽを向く。
「この二日間。あの女と何をゴソゴソと話していた。ガトウケンジ?」
青筋の浮いた笑みを浮かべるフェルフラムが拳を鳴らした。
「何と言う事でりましょうや!?」
三人が同時に後ろを振り向く。
寺院の前には巨大な空の竜【F-15】が三機置いてあった。
それぞれに巫女が待機状態でコックピットの上に堂々と立っている。
「これが音に訊く【戦いたくない】とか言い出す若い巫女なのかと。ああ、わたくしも時代を感じずにはいられないでありましょう」
フラフラと芝居臭さ全開のラクォルがヨヨヨと泣き崩れる。
あまりの大根役者振りに【こいつ使えねぇ】との言葉を飲み込んで立ち上がり、寺院の前で茶番を楽しそうに見ていたオババに事前の根回しの通り、三人へ説明してもらった。
「つまりじゃよ。婿殿が本当に有用な人材である事を証明しろと『界統遺冠】が言ってきた。これを証明する為には婿殿とお前達が自力でそれを証明せねばならない。丁度、近頃は狂乱が多い。それを一緒に行って倒してくれば認めてやってもいい。そんな話じゃなかったかい?」
「そんな感じだ」
「「「――――――」」」
三人の巫女からジットリとした視線で見られる。
賢者の事だから他にも何か隠してる気がするとか。
ガトウの事だから絶対他にも色々隠してるはずとか。
ケンジ、貴様の事など全部まるっとお見通しだ!!とか。
そんな視線だったがラクォルがさっさと竜に乗り込みノールとディリカが残りの竜に乗り込むと黙っているわけにもいかないようだった。
「どうして医術師様が一緒なの賢者?」
「お前らにケガされたら治す奴が必要だからだ」
ユネルの追及を逃れてフェルフラムに催促すると、仕方なさそうにフェルフラムが腕を上げた。
同時に空の彼方から風を切る音。
虚空から一機の機体が滑走路も無い荒野へとランディングし始め、十数秒後には目の前に止まった。
現代日本で未だ制作中の最新鋭の技術実証機【心神(ATD‐X)】。
現実には無いファントムの上にフェルフラムの巫女としての力【避空】で全員が乗り上がる。
圧縮空気を扱うフェルフラムの力によって常よりも固く肉体を機体に固定された。
「まぁ、婿殿との幸せな未来を築く為だ。行っといで。土産は忘れんようにのう」
あっさり送り出すオババに三人の巫女はやはり不機嫌顔なまま、少し頬を染めた。
*
理由が分かり切っているフェルフラムの虐め(空気が高空でとにかく薄い)を堪え切った後、目的地へと辿り着いたのは昼近く。
遥か西方の街の名は【フォレイオム】と言った。
バルトメイラのほぼ中央に位置する貿易の要衝らしい。
通常の街が数百メートルから一キロ程度の規模であるバルトメイラにあって直径三キロ以上に及ぶ其処は都市と言うに相応しい威容を誇っていた。
常駐する巫女の数は通常の十倍だという。
そんな街の端に整備されている空の竜の着陸施設に驚いたのは、現代には及ばずともほぼ平らな滑走路という代物を発見したからに他ならない。
時代で言うと中世ヨーロッパ頃の技術力しか有さないバルトメイラにあって、そんな大規模な事業を行うだけのマンパワーと資金が通う場所は明らかにバルトメイラ文明中心地の一つだった。
着陸した四機の竜が珍しいのは勿論、巫女以外の人間も竜から降りてくる事態に好奇の視線を受けながらラクォルの書類審査を待つ。
ノールとディリカ・ハルメルに付いては一般の書類審査が夕方まで掛るらしく、涙目のノールが遠い場所で椅子に座りながら手を振っていた。
書類審査をやっている時点で通常の街とは比べモノにならない差を感じた。
巨大な街の外壁や街の内部を覗きながら今までの不機嫌も何処へやら。
目をキラキラさせた三人の少女達がウズウズと期待に胸を膨らませている姿に思わず笑みが零れる。
「今日は宿に付いたら自由行動だ。好きにしていい」
「ホント!? それじゃあ賢者も一緒に行こう」
「悪いがオレは仕事だ」
ユネルの誘いを断ると後ろから声が掛る。
「ガトウが自分から仕事をしたがるなんて変」
テオの直感的な感想は的を射ている。
無論、変呼ばわりされようが、予定は変更されない。
「貴様が何を企んでいるか知らないが、あの女と関係があるのは理解した」
勘のいいフェルフラムが書類審査を終えて戻ってくるラクォルと交互に見つめながら断言する。
どうしてこういう時だけ勘が鋭いのかと言い訳を数通り考えて、本能の赴くまま回避行動を取った。
「実は挙式に付いて色々と決める事がある」
「きょしき?」
ユネルの?マークに続きテオもフェルフラムも同時に?と頭に疑問符を浮かべる。
「オレを認めた暁には【界統遺冠】が三人分の式代と諸々を用意してくれるらしい」
「は?」
寝耳に水らしきラクォルが唖然とした顔をするが「きょしき」の意味をちゃんと脳内検索し終えた少女達が同時に顔を暴発させた。
「け、けけ、賢者それって!?」
「ガ、ガトウ?! どういう事!!」
「貴様は何を言っているガトウケンジ?!」
三者三様の慌てぶりに自分まで赤くなりそうになりながら、
「嘘だけどな」
「「「・・・・・・」」」
しらっとぶち壊した。
飛んでくる拳と足と肘。
意識が飛びかけながらも何とかその場を凌ぎ切ったのは昼過ぎの事。
世の中には吐いてはならない嘘というのもあるらしい。
*
三人の少女達が肩を怒らせながら街中へと消えていく。
その後ろ姿を眺めながら上質の布が使われた寝台に腰掛けた。
「あんな・・・女なら誰でも怒るでありましょうに」
「これでしばらくは何があろうと戻ってこない。一々訊かれても面倒だし、聞かせても面倒になる」
「彼女達を信じていないのでありましょうか?」
「信じてる。だが、知らなくていい事は知らずにいてもいいとオレは思う。そもそも世界が滅びますどうしよう?なんて意見を求めるわけにもいかない。適材適所だ」
ラクォルが何か納得出来ない顔をして席を立つ。
「では、案内を」
そのまま導かれるままに宿を出た。
街の広さは大きな外国の市中を思わせた。
広大な土地に石製の建造物が立ち並ぶ。
多くの店が露店ではなく建造物内部へ居を構え、資本主義の一端が産声を上げているようにも思えた。
道を複雑に折れながら歩く事三十分。
その場所に辿り着いて自分達がどういう場所を歩いてきたのかも分からない事に気付いた。
バルトメイラにおいて大都市と言えるだけの広大な街の中にも関わらず。
其処には一切の音が入り込んではいない。
四方を壁で囲まれ、光も真上にぽっかりと空いた空間から入るもののみ。
(都市の合間に出来る【不活用領域】を上手く使った迷路みたいなものか)
「何を呆けているのでありましょうや」
気付けば、壁の一部には人が一人通れる程度の暗い階段へ続く道が開いていた。
ラクォルに続いて階段を降りる。
二十メートルも下るとひんやりとした空気が充満していた。
「ラクォル・アルウェン・ディレク。只今戻りました」
ラクォルの目の前には古びた木製の扉が一つ。
僅かに階段上部から入る光が扉の古惚けた質感を演出し、まるで怪しいものを売っている店にでも来たような感覚に襲われる。
―――ギィ。
そんな音がして扉が開いた。
誰が開けたかは見えない。
その暗い室内は外から覗けなかった。
「こちらへ」
ラクォルの背中へと続くと背後で扉が閉まる。
完全に暗闇に閉ざされながらも人の気配を感じて、辺りを見回す。
「で、ここがお前の連れてきたかった場所か?」
明かりが一斉に点いた。
目を細めて、今まで瞑っていた片目を開ける。
すぐに慣れた片目にしっかりとラクォルが映る。
周囲には複数の椅子とテーブル、ラクォルと同じような格好をする女達を見つけた。
その瞳がどういうものかを知る故にグッタリと寝込みたい気分になる。
地下に造られたにしてはやけに大きな天蓋や古びた調度品の数々。
更に本棚や酒瓶が並んだ棚が煩雑に壁へ押し込めらた部屋は強いて言うなら酒場と魔女の家を足して二で割ったような如何わしさだった。
蝋燭が幾つも灯る室内で恐怖を振り払う。
「初めまして巫女様方。オレの名は臥塔賢知。リオーレンの大巫女に世話になっている【男】です」
胸に手を当て礼をする。
そうして顔を上げると、其処には最初に感じた値踏みする視線は無かった。
弁えているのか。
それとも呆れているのか。
どちらにしても何かしらの結果が出てしまったのは感じられた。
そのまま歩いてラクォルのいる席へと近付く。
「座っても?」
「貴様はこの状況でよくそんな事が言えるでありましょうや」
「何か問題でもあるのか」
「誰にも知られざる秘密を看破した貴様がこの場に来たからにはどういう事になるのか欠片でも考えなかったと?」
「殺されようが口を封じられようが脅されようが喋れなくなろうが腕を落とされようが、オレは基本的に変わらない」
「・・・・・・」
「呆れたか?」
ラクォルがまったくもって呆れた視線で、僅かな畏怖を封じ込めて、鼻を鳴らす。
「口先だけの者が何と見られるか知りながらソレを貫くとは呆れる以外にどうしろと」
「オレが此処に来たのはお前みたいな下っ端と話しながら何かするのが面倒だからだ。さっさと上の連中を出すか。この件の責任者を出すか。どちらにしろ早くしろ。こう見えて忙しい」
「何が忙しいのかと」
「オレに惚れてる三人の巫女が首を長くして待ってるからな」
「よくもそんな戯言を・・・」
苦々しい顔をしながらも気を取りなしたようにラクォルが声を上げる。
「何方かヴァルセア様を此処へ」
ラクォルに反応した数人の内の一人が今まで気付かなかった壁に埋もれたドアを開けて入っていく。
すぐに出てきた一人が頭を垂れて、ドアの内側からゆっくりと出てきた老女の介添えをした。
やってくる老女に椅子がすぐ用意された。
老女が椅子に座り込む。
「普通の声で話せばいいか?」
ラクォルに訊いた瞬間、老女が地面へ突いていた杖でゴスリと脇腹を打ってくる。
その意外な重さに脂汗を浮かべるわけにもいかず。
「十分に聞こえてるようで何よりです。奉審官様」
ボソボソと何かを喋った老女の声を介添えしている女が意訳する。
「ラクォルに訊いたのかと言われています」
「いえ、今まで二人奉審官に会っているので、雰囲気からそうではないかと思っただけです」
またボソボソと老女が何かを言うとまた意訳された。
「声があまり良くないので私がお言葉を告げさせて頂きます。よろしいでしょうか」
「構わないと」
ラクォルが何かヒヤヒヤした様子でこちらと老女のやり取りを見ていた。
「『お前がラクォルが言った風説の大賢者か』」
「その通りです」
「『私達のやり方に異を唱えたとラクォルの手紙で知った。本当か?』」
「その通りです」
「『お前が気付いた事実をどう扱おうと勝手だが、【界統遺冠】が間違っているという意見はどういう意図で発言したものなのか知りたい』」
「単に貴方達のやっている事の結果が予想出来たのでそう言っただけです」
「『予想とは』」
「簡単に言えば、貴方達のやり方ではバルトメイラのアウタスもインナスも十分の一も救えない可能性が大きい」
「『予想は予想でしかない』」
「だが、少なくともそんなありふれたやり方に賛同は出来ない」
「『何故?』」
「幾ら優秀な人材のみを集めて守り切ろうと、そんな集団は決して長持ちしない、という事です」
「『詳しく話して欲しい』」
「如何なる集団にも当て嵌まる事ですが、集団が大きくなればなればなる程、集団には多様性が求められる」
「『多様性?』」
「つまり、優秀なものだけでは駄目だという事です。優秀なだけの集団なんてやがて崩壊してしまう。この場合の集団は人間なわけですらから、助かった後の社会が崩壊するのに時間は掛からないと申し上げてます」
「『どうしてそんなことが分かる?』」
「どんなに優秀な集団も常に劣等な因子を抱える事で次の段階に移行していく。それはつまり人間の悪い部分を克服する力です。そういうものが無ければ、やがて人間は滅びる。優秀であるが故に変わらない事は、劣等であるが故に変わっていく事に劣る。人間は常に進歩していなければならない。そう思っているので」
「『優秀な人間を集めれば、お前の言い分が間違いなのはすぐに証明されるだろう』」
「ええ、その通りです。ですから、どうぞ好きなだけ選別してください。貴方達の正しさで選別され切り捨てられた人間がどう思うか知りませんが」
「『脅すつもりか?』」
「脅すなんてとんでもない。ただの事実です。世界は善きも悪くも強くも弱くもあるからこそ、美しく、儚く、尊い。それすら忘れた人間の末路は如何なるものか。どうして誰が優秀で誰が劣等だなんて決め付けているのかと思っただけですから」
「『ならば、お前にはこれ以外の案があるのか?』」
「無いならこんな穴倉まで来ません」
「『それを示してみろ。もしも、それが出来ないのなら此処で消えてゆけ』」
「示すにしても長い話になります。それにどんな話をするにしろ本当に為せるどうかは僕ではなく貴女達次第です。僕には何の力もない。ただのしがない巫女の紐なのもので」
「『三人の巫女を紐にする【男】の話ならば、どれだけ荒唐無稽だろうと聞くぐらいはしてやろう』」
「あまり長く話をすると間違えたり矛盾したりするかもしれないので紙に書き出してきました。幾分か練っている最中ですから完璧でも無ければ完全でもありません。もし良ければご意見を伺いたいと思うのですが?」
「『この奉審官にそこまでの口を叩くとは馬鹿で愚かで間抜けにも程がある若造だ。しかし、その蛮勇に免じ、幾らでも貴様の無力さを叩いてやろう』」
「よろしくお願いします。ヴァルセア様」
「『貴様の名は?』」
「臥塔賢知」
「『私の名はヴァルセア・リヒトリト・アリューゼン・ゲイルン』」
「どうぞ、これからも末永く」
「『その気持ち悪い喋り方を直してから言え。小僧』」
横眼に魂の抜けた様子のラクォルがガクガクと震えながら会話を聞いていた。
たかだか皮肉の応酬でその在り様とは、やはり見た目とは違い七面鳥なのかもしれない。
*
夜、帰ってくると何故か賢者が疲れた顔で寝台に横たわっていた。
まるで、オババに苛め抜かれたような感じで、何があったのか訊いてみる。
「単にオババ並みにオババな奴がいて、オババ的発想でオババのような罵倒をされて帰ってきただけだ」
「う、ぅううう、賢者がオババを好きなっちゃった!?」
「凄い発想だなオイ!?」
「それで、そのオババ的な人とはどうなったの?」
「何とか合意にまで持って行った。最後には他の連中も乗り気みたいだったし、何とかなるか」
「他の連中?」
「お前は知らなくていい。というか、ここはオレの部屋であってお前の部屋は別にあるんじゃなかったか?」
「賢者と一緒に寝ちゃ、だめ?」
「今日は後ろの二人に言われてもダメだ」
「ふぇ!?」
後ろを向くとテオとフェルフラムが笑っていた。
「あ、えっと、その、どうかした?」
「ユネル。抜け掛け?」
テオに右肩を掴まれる。
「三人部屋を取ってあるらしい」
フェルフラムに左肩を掴まれる。
「け、賢者ぁあああああ」
ズルズルと引きずられてその日は三人で眠った。
*
明日の打ち合わせをしなければと三人の巫女の部屋の横。
一人部屋に出向いていた。
ノックをしてドアを開けると怪訝な顔をされる。
「何だ? 何か用か?」
「それがあんな事をした人間の言う事かと」
「あんな事?」
「ヴァルセア様に対して何という無礼な口を。あの場で死んでいてもおかしくなかったというのに・・・」
促されて椅子に座ると蝋燭の灯る音。
一つ切りの明かりの下。
寝台へ横になったままの様子に胸の底からよく解らない感情が浮かび上がってくる。
「貴様を紹介したわたくしがどういう事になるのかと考えもしなかったのでありましょうや」
「どうなったんだ?」
言葉に詰まった。
「?」
「あのような不出の傑物を見つけてきたと」
「褒められたのか? 良かったな。というわけでオレは寝る」
「寝るな!?」
思わず寝台の上に髪飾を投げていた。
「冗談は三割ぐらいだが?」
「本当に寝るつもりで?!」
「今日は疲れた。お前も疲れた。後は寝るだけだ」
「何を言うかと思えば!? これから貴様の案が使えるモノとなるように詰める作業をしなければならないと奮起したわたくしの気持ちを踏み躙るというのでありましょうか!?」
「根を詰めようが何をしようが人間なんて滅びる時は滅びる」
「そんなに軽く!? やはり貴様には真面目さが足りない!?」
「真面目にやったって駄目な時は駄目だ。オレもあそこで少し死ぬかもしれないとか考えたから間違いない」
「何を!? あんなに自信ありげな貴様がそんなわけ!!?」
「ある。あんなのは少し屁理屈を捏ねて、その気にさせただけだ。これから実際に案が動けば現実の壁って奴が五万とあるのは目に見えてる。お前がどういう形であの案を受け取ったかは知らないが、あれはあくまで理想だ」
「理想?」
「オレは結構いい加減な奴だ。別に本当に世界が救いたいわけじゃない。それが一番オレの希を叶えるのに近い道だから選んでるだけに過ぎない」
「希とは?」
「あいつらを幸せにしてやるって事だ」
「三人の巫女達をでありましょうか?」
「少なくとも、世界が破滅するなんて時にあいつらは笑ってのんびりしてられない。だから、解決しようってそれだけの話だろう。理解したなら今日は寝ておけ・・・オレは・・・もう・・・ねむ・・・」
話の途中だと言うのに寝台に横たわり、そのまま眠ってしまった。
「何という」
呆然とする。
「いい加減過ぎる」
見た目は儚い少女。
だというのに、中身は男そのもので。
「貴様は一体・・・」
巫女達への想いに溢れていて。
「何なのでありましょうか」
寝顔を見る。
幼子のように無垢な顔には常の皮肉と嗤いが無い。
こんな歳のこんな子がどうしてこんな【形】をしているのか。
それを想像するだけで不可解になる。
手で触れる。
まるで氷のようにその肌は冷たかった。
(男のようでいてもやはり体は・・・)
考えは男のようだが、体は少女そのもの、子供に間違いない。
何故、こんな性格になってしまったのだろう。
「―――貴様は本当に何なのでありましょうか?」
結局、その部屋から出て己の部屋へは帰れなかった。
もしかしたら愛に餓えているのかもしれないなんて、そんな事を思ってしまって。
少しは子供らしい己を知って改心するかもしれないと、その子を抱いて眠った。
その冷たい身体を温めたいと、そう思ってしまったのだ。
昔、子供達にそう出来なかった日の事が思い出されて。
だから、その行動には別に他意なんて無かった。
*
【な、なんだとぉおおおおお!? この我があああああ!!!】
【か、勝った!!】
【愛と勇気の勝利さ】
【信じる力を嗤った奴に負けはしない】
【良かった。これで世界は助かるよね】
【おい!! しっかりしろ!! 死ぬな!? 死んじゃダメだ!!】
【嘘・・・でしょ!?】
【お願い・・・ウソって言ってよ。ねぇ!!】
【彼女は世界の為に身を・・・】
【そんな!? 一緒に・・・帰って・・・また暮らそうって言ったじゃないか!!】
【く、止めよう。その子はもう】
【うぁああああああああああああああああ?!!!】
【ごめん。わたしが守れなかったばっかりに】
【オレがあんな傷を負わなければ!!】
【ごめん。ごめん。ごめん!!】
【こんなのってありかよ・・・ありなのかよぉおおおおおおおお!!?】
【ぅ・・・ぐす・・・】
【・・・?】
【うぅ、ぅううううう】
【みんな・・・どうした・・・の?】
【き、奇跡だ!!?】
【オレはもう、お前を・・・離さない】
【え? え? どうしちゃったの?】
【信じる力が奇跡を起こす。これはそういう話って事さ】
何の話だったか。
――――――――――もう思い出せない懐かしい馬鹿話を見た。
微妙に古い本を夢を見た。
あれは何歳の時に見た本だったか。
(そう、確か・・・この話は・・・)
途中で眠気に思考が中断する。
(何だコレ・・・柔らかくて・・・気持ちいい・・・)
ふかふかの寝台の良さは現代にしかない特権だとばかり思っていた。
妙に柔らかな寝台は昔を思わせて懐かしくなる。
(もう少し・・・)
伸ばした手は柔らかな枕を掴んでいるらしくフカフカだった。
枕に顔を埋める。
ホッとする温かさにもう少しだけ包まれていたくて身を任せる。
いつも少女達が乱入してくる寝台では味わえない睡眠。
もし、何かと蓄えが出来たらまず最初にこういう枕を買おうと決める。
「ふぁ・・・」
あまりの心地良さに思わず食んだ絹は柔らかかった。
唾液で汚れているかもしれず。
それを見られたら恥ずかし過ぎて死ねるだろう。
だが、それでもやはり三代欲求には勝てない。
「ん・・・ぁ・・・ふ・・・ぁ・・・」
甘い声は自分のものなのか。
そうだとしたら随分とだらしないと思うものの、やはり自分を起こす程の問題には思えず安らかに二度寝、出来なかった。
「?」
寒気と共にゆっくりと瞼を開く。
白い絹は何故か僅かに温かな血の色を通わせていた。
食んでいた絹には今も薄らと唇の痕が付いている。
あまりにも胡乱だった自我が急激に戻っていく。
月明かりではない暁の光が目覚めを優しく演出してくる。
窓はもう開け放たれていて、涼やかな朝の空気を部屋へ満たした。
「ああ、お目覚めになりましたか。ガトウケンジさん」
窓を開けた本人ディリカ・ハルメル、本名臥塔璃歌が少しだけ頬を赤くして微笑ましそうに笑っていた。
「・・・・・・」
寝台の上を見る。
ラクォル・アルウェン・ディレクが胸元も露わに半裸で寝ていた。
その二つの双丘には幾つかの食み痕。
その表情は悩ましげに甘く歪んでいて、一気に頭から血の気が引く。
「賢者?」
「?!」
振り向く。
其処にはドアを開けて固まっているノールが目を開けたまま気絶していて、その後ろから中を覗き込んだ三人の巫女達が【とても優しい微笑み】を浮かべていた。
「その、こう言っては何ですが。もし乳房がお好きなのでしたら私が母親役を・・・・・」
致命的に噛み合っていない馬鹿な状況で致命的に最後の一線を踏み越えた発言。
内心、母上は昔から何も変わっていないサディストなのではないだろうかと、ちょっとだけ涙目になる時間が欲しい感じに混乱し始めた脳裏がシャットダウ――――――。
何をされたのかまったく覚えてないそれ以降の時間を、たぶん人生で二度と思い出す事はないのかもしれない。
*
気付けば、何故か昼過ぎの昼食時に何処かの店でノールと二人切りになっていた。
「あ、やっと戻ってこられたんですね。お姉様!」
「何が、あった?」
「す、すみません。お姉様が少し廃人みたいな状態だったので、少し風に当たらせないといけない気がして、勝手に連れ出しました」
「廃人、だったのか?」
「はい。その、もう帰ってこられないかと思いました」
「そうか」
「はい」
「何も訊かない方がいいか?」
「はい。何も訊かない方がいいです」
「そうか」
「はい」
「というわけでオレは用事があるので失礼する」
「何がというわけでなんですか!?」
思いきりツッコミを入れてくるノールがガシッと服の袖を掴む。
「今日はラクォルに色々と案内させるはずだった。時間は有限。やらなきゃならない事は山積みだ。宿に戻る」
「あ、それならラクォル様から伝言が」
「それを早く言え」
「あ、はい。ラクォル様が言うには【貴様のような者に乳房を食まれてはもう嫁の行き手も消えたでありましょうや。かくなるうえはわたくしの全力を持って貴様を永遠の闇に葬る準備を!!】」
「殺害予告だからソレ!?」
「いえ、続きがあります。【く、だが、貴様を亡き者にする前にやらせなければならない事が多過ぎるでありましょう。もしも、悪いと思うならば界統遺冠の為に馬車馬の如く働けと!!】」
「そんな事が聞きたいわけじゃない」
ノールの頭を片手で掴み力を入れる。
「はぅ!? ラクォル様からのさ、最後の伝言が。【今日の案内は中止し、夜にある夜会への出席を。指定の店で会に必要な品を受け取るように】との事です」
ノールの頭を離す。
「最初からそこだけ言えばいいと思わないか?」
「ラクォル様が凄い形相で必ず伝えろって・・・」
涙目のノールの話にドッと疲れが出て、椅子にへたりこむ。
「で、店については聞いてるか?」
「あ、はい。お姉様を其処に連れて行ってラクォル様の名を出せばいいらしいです」
「じゃ、行くか」
「はい!」
ノールの嬉しそうな顔にはハッキリと【これって恋人みたいです!?】というニュアンスが出ていて、本当にどうしたものかと頭痛がした。
水を差すのは簡単でも、水を差すだけの理由が無い。
せいぜい今の内に楽しませておこうと冷徹に断ずる。
その内、本当にガトウケンジが男だと気付けば、自分の今までの行動に煩悶する日が来るだろう。
ノールが先行しながらフォレイオムの事を話し出す。
フォレイオムの貿易品について。
出身地の様々な商人達の事。
医術が発達した都市である事。
旅をしてきた自分が今まで歩いてきたバルトメイラの中でも三番目に大きな場所であると嬉々として語るノールの言葉は旅をしてきた実感に溢れていた。
やがて、メインストリートに面した商店建ち並ぶ一角にその店を見つけた。
店内は外からは見えない。
ただ、扉に彫られた彫刻の精緻さと旧さが周囲の店とは一線を画した雰囲気を醸し出していた。
「こ、此処のはずです。間違いありません。聞いた名前と同じです」
怖気たノールが居心地悪そうに尻ごみする。
小心者にはハードルが高い名店なのは一目で分かった。
「待ってろ。すぐに済ませてくる」
「ぼ、僕も一緒に!!」
「こういう時ぐらい大人しく待ってられる奴への好感度は高いな」
「ちゃんと待ってます!!」
「よろしい」
半ば呆れながら、ノック用の鉄輪を三回打つ。
すぐに扉の半分が内側へと引かれた。
「どちら様で?」
「ラクォルに言われて来た。話しは通ってるはずだ」
「ラクォル様からご用件は承っております。どうぞ中へ」
そのまま薄暗い店内に通される。
中は遥か図上の天蓋から落ちてくる光で思っていたような湿っぽさや埃っぽさは感じられなかった。
店内にはカウンターが一つ。
その中には年配の女性が一人。
「ラクォル様から承っております。では、寸法をさっそく」
「は?」
何か細い包帯のようなものを手に店員が近づいてくる。
「此処は何の店だ?」
カウンターの女性が含み笑いをした。
「御存じない? ふふ、ラクォル様もお人が悪い」
言っている間にも包帯が体のあらゆる部分に巻きつけられ測られていく。
自分で言っておきながらもう此処がどういう場所か見当が付いた。
「本来は巫女様御用達なのですが、ラクォル様たっての願いとあらば聞かぬわけにはまいりませんね」
「それでこれから作ってどれぐらい待たされる?」
「いえ、元々ある物を手直しするだけですので半刻もあれば。とっておきをご用意するようにと承っておりますのでどうぞ、ご期待を・・・ふふふ」
店員がボソボソとカウンターの女に耳打ちし、女がさっさと店の奥へと引っ込んでいく。
それから約三十分後。
女は手に軽そうな箱を持って出てくる。
「今日は生涯忘れられない日になりますわ。きっと」
妖しい笑みが不吉過ぎた。
そのまま箱を持って店を出る。
とりあえず、どういうつもりなのかとラクォルを問い詰める事だけは決まっていた。
*
帰るとさっそくラクォルに不敵な笑みで箱の中身を着るよう言われた。
中身を見て顔が引き攣ったのは一瞬。
これからどういう事になるのか予想を付け、衣装を纏い、用意されていた外套を上から羽織る。
部屋の外に出ると朝に廃人を作った少女達がムスッとした表情でいた。
「誤解なのは理解してて、思いっきり不機嫌なわけか?」
「「「・・・・・・」」」
「悪かった。ラクォルの姦計を見破れなかったオレが悪いな」
「思いきり人を悪者扱いしているでありましょうや!!」
ラクォルのツッコミに動じるわけにもいかず。
三人の前に立って、頭を下げる。
「け、賢者。別にそんなことしなくていいよ」
「うん。そういうことしなくていいから。ガトウ」
「止めろ。そういうのはお前らしくない」
こちらの顔を上げさせた三人を見ると、もうそこに不機嫌顔は無かった。
「と、とにかくラクォルさんが何処かに連れて行ってくれるって事だから、賢者もほらもうそんな顔しないで」
その場の空気を変えるようなユネルの笑みに頷く。
「それで、これからこんな格好させて何処に連れていく気だ?」
「来れば解るでありましょう」
一人いつもの格好でラクォルが歩き出す。
それに付いていくと宿の一階で夕食を取っているノールが思わず付いて来ようとしてディリカ・ハルメルに止められていた。
「貴様が今日行くはずだった場所を思えば、貴様にもこれから行く場所くらい予想出来るのでは?」
「・・・そういう事か」
「貴様がどういう行動を取るか楽しみにしておくとだけ」
「「「?」」」
疑問符を頭に浮かべる三人の巫女を置き去りにした会話を繰り広げながら数分。
取った宿はメインストリート中央近く。
その場から都市中央まで歩いた。
市政を統括する役所が設けられている巨大な建造物の前には身なりが裕福な人々が大勢いた。
巨大な扉が開かれ人々が飲み込まれていく。
その波に乗って扉の前まで往くとラクォルの姿を認めた門番が深く頭を垂れた。
扉を素通りすると内部の様子が浮かび上がる。
巨大な蝋燭が壁際に並び、多くの富裕層が立食式のパーティーと洒落込んでいた。
三人が今まで見た事も無いのだろう光景に目を丸くする。
【本日はお集り頂き誠にありがとうございます。今日この孫の誕生日を皆様と共に―――】
会場の一段高い場所で椅子に座している少女が一人。
その横で声を張り上げているのは周囲の話を聞く限り、街長らしかった。
挨拶が終わると同時に外套を着込んでいた誰もが脱いで壁際の使用人達に渡し始める。
「賢者。これって・・・」
「金持ってる連中が集まるのはよくある話だ」
「凄い」
それなりに裕福な場所で育ったテオも驚いては辺りの光景を見回し始める。
「縁の無い世界とはこういうものか」
フェルフラムがその豪奢な世界を前にして少し冷めた目をした。
「これから街長と孫への挨拶を。列に並べば挨拶出来るでありましょう」
ラクォルが気楽な調子で言う。
その内心はたぶん意趣返しで清々しいのかもしれない。
「で、どうして三人を連れてきた?」
「新たな巫女を街長に何の予告も無しに狂乱へ投入するのはさすがに信頼を落とす事にもなりかねない。ですが、挨拶を済ませて頂ければ何の問題も無いかと」
そういう話らしかった。
「ユネル。テオ。フェルフラム。先に挨拶を済ませてこい。オレは後で行く」
「賢者はどうするの?」
「少しな。また後でだ」
ラクォルが不敵な笑みのまま三人を連れて外套を預けに行く。
三人が外套を預けるとその周囲が僅かにざわついた。
文句無しに美少女と言える三人の巫女達がこの世界では珍しい色鮮やかなドレスを着ているとなれば、男達がざわめかない方がおかしい。
ユネルは深紅。
テオは蒼穹。
フェルフラムは純白。
後で何か言葉の一つも掛けなければと思いながら、外套姿で会場を歩く。
至る場所で聞かれる商談やバルトメイラの状況はあまり良いものではかった。
やがて、三人が街長と孫の前へと並びラクォルからの紹介を受けた。
その光景に釘付けとなった会場は次々に噂話を始める。
あれは何処の娘だ。
あれは巫女だ。
あれは何処の巫女だ。
あれは界統遺冠が連れてきた巫女らしい。
「あの、そこの方。踊っては頂けませんか?」
振り向けば、身なりの良い男子が一人。
十四歳程の顔が優しげに笑っていた。
たぶん、初めて会場に来た自分よりも年下の【オンナノコ】に対して紳士的な気持ちから近づいたのだろう。
かなり顔が引き攣りそうになるが何とか思い留まった。
「・・・・・・」
僅かに頷く。
脳裏ですぐにこれからどうするかが決まった。
相手を待たせ、外套を脱いで使用人に渡す。
その瞬間、女性である使用人が一瞬で顔を強張らせる。
心情を顔には出さず相手の前に戻る。
会場が静まっていた。
それはそうだろう。
この中世ヨーロッパ気分が味わえる世界において、こんなドレスを着ている十二くらいの少女がいたら誰でも目を見張らずには要られない。
背中が完全に露わになり、尾てい骨の上近くまで素肌を曝し、胸元は隠れているものの、大胆なスリッドが太ももを見せる黒のドレス。
現代でも中々お目に掛れない衣装はもうこの世界でエロの領域かもしれない。
顔を思わず真赤にした年下の男が物凄い真剣な葛藤の末にこちらを見据えた。
そんなに努力が必要なら止めればいいのにと思うものの、こちらも止めるわけにはいかず、注目を集めるように、ドレスの裾を摘まんで一礼する。
ダンスはまるで洗練されていない世界。
この世界の民族舞踊色が強いダンスなんてする必要は無かった。
基本はボックスだが、踊るくらいは嗜みだ。
相手が合わせる努力をすれば、足を踏まれる程度は許容範囲。
踊りは楽しむもの。
昔、夜会に急遽出席する為数回ダンスを習った講師はよくそう言っていた。
ダンスに合わせるかのように音色が響く。
フルートらしき楽器。
太鼓らしき楽器。
奏でられる音がムーディー過ぎるのを除けば、それなりに洗練された音楽。
昔、バルトメイラに来たばかりの頃、ユネルとハイペースな民族舞踊を踊らされた事が脳裏に蘇った。
数分で音が止み。
相手から離れて一礼する。
踊っている間には気付かなかった事に気付く。
会場が鎮まり返って、視線がこちらに集中していた。
予定よりも集めてしまった視線は予想外。
それでも、その雰囲気ならば行ける気がした。
「あの!!」
先程まで踊っていた相手の声を無視して、街長と孫へ続く列へと近付く。
雰囲気に流された人垣の列が割れた。
一直線に続く道を歩く。
愕きに目を見開いている街長と孫娘を前に片膝を折る。
「この度のお祝い事におかれましては街長様とお孫様に謹んで祝福を申し上げます」
「あ、ああ、ありがとう。その、済まなく思うのだが、私は貴女に見覚えが無い。貴女はどちらの方だったかな?」
気配に呑まれた相手ならば、それが例え誰だろうとペースはこちらのものだった。
うろたえる街長が雰囲気に呑まれている内にさっさと続ける。
「お初にお目に掛ります。私の名はガトウケンジ。本来はリオーレンの奉審官様にお仕えしているしがない学徒です。今回この地へは界統遺冠へ出向している巫女様達のお世話をする従者として参りました」
「奉審官!? リオーレンと言えば。まさか?! 巫女と共に【大狂乱】を退けたという・・・貴女はあの・・・風説の・・・」
街長の態度が変わった事で周囲の反応も一瞬で変わる。
「はい。時折、私の事をそう呼ぶ者もおりますが、この身は奉審官様に仕えているだけの凡俗。どうぞ気兼ねなく」
「い、いや、いや! そんな大それた!? お顔を上げてくださいますか!! 風説等と!! リオーレンの大狂乱、東のアランデトラを襲った大津波、西のワイベルトを消滅せしめんとした二万の竜、その全てを退けられた貴女を誰が呼び捨てになど?! まさか、このように麗しい方だとは・・・」
どよめきが広がっていく。
顔を上げて、椅子に座る孫の片手を取り、口付けする。
「―――――?!」
「どうかこれからも貴女の身に幸運がありますよう」
立ち上がり、一礼して背を向ける。
当面の後ろ立てを確保する第一段階はそうしてようやく一区切り付く。
段を下がり、会場の中央まで来た時、囲まれた。
それぞれがフォレイオムにおいての重鎮らしき目を付けていた男達だった。
商人の命は人脈と信頼。
それをよく理解する者程に行動は速い。
まるで大物に見えているだろう小娘を前に礼儀を忘れないだけの謙虚さを残して、笑顔で近付いてくる。
「風説の大賢様に会えるとは光栄の極み。どうかこの卑しい商人の名を聞いて頂けないでしょうか?」
「はは、そちらが卑しいと言うのならこちらはもっと卑しくなってしまうではないですか」
「いや、賢者様。こちらの方は十分に立派なのですよ。この街の貿易を一手に引き受けている方ですから」
ガヤガヤと喧しくしながら、目が全然笑っていない男達の牽制試合を眺めているわけにはいかなかった。
「皆さんは商人の方ですか?」
恰幅のいい男の一人が進み出る。
「はい。フォレイオム商会の者です。賢者様」
「こんな小娘に対してそんなに畏まる事はありませんが?」
返せば男がこれは一本取られたと大笑いに笑う。
それに追随する男達も含めて、まったく腹の読め過ぎる狸だった。
それでいて真実、その瞳は商売人の色をしていた。
何もかもを見通されている。
そんな事は承知で話し掛けてきているに違いない。
「御謙遜を。街長様が言われた事。この場の誰もが承知しております。その英智、竜を退け、あらゆる難事を克服せんとする。救われた街で貴女の名は正にあらゆる巫女を凌ぐ。そんな貴女だからこそ、我々が貴女を侮る事はない。もしも何か入用ならば、なんなりとご用命を・・・」
「生憎と私の一番欲しいものは商人には手に入れられないものかと思います」
「はて? そんなものがこのバルトメイラにあるのでしょうか。賢者様」
惚けた恰幅のいい男の目は笑っていない。
「例え、どんなに金を積まれても。例え、どんな権力を持とうとも。人の善意は買えないでしょう?」
男達が一瞬、ほんの一瞬だけ、生の表情を見せて、大笑いしながら答える。
「それはいや、一本取られましたかな。ははははは」
「そうですなぁあ。これは正にその通りだ。はははは」
男達が少しは真面目になった事を確認して本題を切り出す。
「これから商売が厳しくなっていく事をお解りの方がいたら、どうか覚えておいてください。人の善意は善意でしか買えないという事を」
男達の目だけが真剣味を帯びる。
「商売とは人がいてこそ、金とは使う者あってこそ、それを見誤らないならば、どうかこれからも他が為に【信頼を得る仕事】をしてください」
頭を下げて、その場を後にする。
名前を最後まで聞かなかった男達から声は掛からないかと思っていたら、大声が上がる。
【もしも!!】
立ち止まる。
その声は恰幅のいい男の声だった。
【何かお困りのことがあったらどうぞ遠慮なくご相談ください!! 我が商会は多くの方からの信頼を背に商売をする者達です!! 如何なるご要望だろうと、それが例え善意であろうとも、私達はきっとそれを得るだけの仕事をお約束します!!】
僅かに振り向いて頷く。
そうして、やっと会場でやらなければならない事は終わった。
思っていたよりも、善人が多くて助かる、そんな夜会の終わりだった。
*
会場の扉の前で男達に群がられる事もなく待っていたラクォル+三人と合流して宿へと向かう道すがら、何かを言われるかと思ったら、まったく何一つとして文句は出なかった。
宿の前まで来ると不安になる。
文句すら言われない事の方が不安とはMかと内心で自嘲の笑みが浮かぶ。
「何か文句の一つも無いのか?」
ラクォルがその言葉にまったく興味が無いのかスタスタ先に宿へ入った。
残った三人が一斉にこっちを見る。
「賢者って、賢者だよね♪」
笑ったユネルの唇に不意打ちされ、頬を捉えられた。
思わず下がろうとすると後ろに回られていたらしく、テオの腕に体を捕まえられた。
「ガトウは、やっぱりガトウみたい」
後ろを振り向こうとした反対側の頬に更なる追い打ち。
「貴様が何処でも貴様なのは今更な事だ」
よく解らない事を言って、正面から顔を両手で触れられ、額へと柔らかい感触。
「何して!?」
夜中とはいえ、道にはまだ人がいた。
「ただ賢者にこうしたかっただけ・・・」
「そう、ガトウにそうしたかっただけ・・・」
「ガトウケンジという大馬鹿者にはこれくらいが丁度いいと思っただけだ」
三者三様の笑顔がとても深く胸に染みて、どうしていいか分からなくなる。
少女達を置き去りに宿に逃げ込もうとして、足を止める。
「「「?」」」
不思議そうな視線を感じた。
「・・・・・・」
本来なら、きっとこんな事は恥ずかしくて言えない。
身体が女のものだからか。
覚悟はあっさりと決まった。
振り向かずにドアを開ける。
「そのドレス。とても似合ってる」
結局、深夜に眠れないのは煩悩のせいかと座禅して、夜は更けていった。
随時感想を受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。




