エピローグ それは談られざる蛇の足
これにて第三話終了。空の巫女編が終わって第四話へと続きます。次回からはちょっとスケールが大きくなるかもしれません。
エピローグ それは談られざる蛇の足
あれから一月が過ぎていた。
森林の多くが焼かれ、食料は逼迫し、街は多少の混乱はあったものの何とか再建されつつある。
あの事件で死者は無かった。
誰一人死なず生き残った奇跡が人の手によって起こされたと街の誰もが知っている。
だからこそ、その立役者の演奏を一目見ようと大勢の人間が鐘楼の下に集まっていた。
一面の焼け野原で農作業をして戻ってきた人々がそこら中に腰を下ろし鐘楼の袂を注視している。
袂には二つの楽器が置かれていた。
フェノグラシアが保有する竜の落し物。
弾けるのはたった二人。
「そろそろか?」
鐘楼の上で鐘が鳴る。
それと同時に階段から一人下りてきた。
見た事もない黒い服に身を包み、小奇麗な成りをしていた。
そうやって顔を澄ましていれば何とも見栄えする。
透明な表情に心臓が脈打つのは何も女だけでない。
元々、それなりに美しい顔立ち。
細い体からは俗世から離れているような印象を受ける。
腕を胸に当て一礼すれば、その振る舞いの美麗さは古い巫女にも通じるような芯が通っていると分かる。
何処で仕込まれたのか。
そこにいるのが目を疑うような上流の人間だと誰もが本能的に感じていた。
そんな人間が目の前で見た事も聞いた事も無い楽器を弾くともなれば、辺りが静まりかえるのは道理。
静寂に耳を傷めそうな空気の中、弦が張られた小さな楽器が手に取られた。
最初の一音が緩やかに引かれ、空気に溶けていく。
そうして細やかな演奏会が始まった。
*
楽器の音色に酔いしれながら踊り出す男女は無数。
中心で休みなく楽器を弾き続けている姿に頭が下がった。
巫女の誰もがその日だけはと全員で宴に参加している。
二人の巫女が楽器を弾き続けるそいつの横で踊りながら笑い謡っている。
その光景に胸がチクリと痛んだ。
(それにしてもあいつのあの姿は何だったんだ?)
胸の痛みを無視する為にそんなどうでもいい事を考えてみる。
小さな少女となったリオーレンの賢者は次の日には元の男に戻っていた。
本人曰く。
【どこの変身アイテムなのか知らないがコレのせい・・・いや、おかげか】
そう言って指輪を片手で遊ばせていた。
どうやらソレを嵌めるとあの姿になるのだという。
元に戻ったそいつを見て同輩や後輩達や先達達がガッカリしたのは秘密の話。
元に戻して色々と女性としての喜びを教える為に仲間達がとても可愛い衣装を用意し、様々な画策をしているが、それがいつの話になるかは解らない。
【本日をもって貴方達のフェノグラシアへの同行を解くわ。今まで御苦労様】
二人の巫女と一人の賢者にマスターがそう言ったのは二日前。
帰りの竜も手配され、帰る期日も決まった。
ある程度の復興を行った後はフェノグラシアも次の『狂乱』へと向かう事になる。
そうして全てが夢のように過ぎ去るかと思ったら、次の夢のような話が待っていた。
演奏を聞かせると約束した。
そう言い張ってそいつは楽器を手にした。
フェノグラシアだけに贈られるはずだった演奏はマスターの計らいで街の中心で行われる事になり、こうして街全体で宴を催す事になっている。
「・・・・・・」
陽が沈み始めた頃、ようやく最後の音色が余韻として消えた。
街中で歓声が上がり、拍手の雨が降る。
全身を汗に濡らして最後の一曲まで引き終えたそいつの顔は少しだけ柔らかい気がした。
フェノグラシア全員が頭を垂れ、マスターが並び立つ三人に祝辞を述べる。
「リオーレンの大賢者ガトウケンジ。奉審官の孫娘ユネル・カウンホータ。街を守りし東天の巫女テオ・アルン・フェーダ・トーメルテム。貴方達三人の偉業は例え時が経ち忘却されようと決して消える事なく、我らフェノグラシアの中に息衝いてゆく事でしょう。この日、この時をもって失われぬ誓いを。貴方達にもし禍あるならば何時如何なる時も馳せ参じ力となる事を・・・レーベン・ルイド・フォーティシコス・アンテラノード」
「ありがたく。ユネル、テオ。行くぞ」
頷いて、そいつは颯爽と街に背を向けた。
慌てたようにこちらに頭を下げて、二人の巫女がそれを追っていく。
「―――」
どうすればいいのかなんて解らなかった。
ただ、伝えなければ後悔する気がした。
「ケンジ!!」
そいつの歩みが止まる。
「ガトウケンジ。貴様を、自分は・・・忘れない! 貴様の生き方!! 確かに、自分の胸には届いたぞ!!」
「ああ」
振り返らず、そいつは腕を上げて去っていく。
男の生き様とはああいうものなのか。
それともただガトウケンジという人間だからこそなのか。
「いつかまた会おう!! 貴様の耳にも届くよう自分も精進する!! だから、それまで死ぬな!!」
何故か目の前が霞んだ。
哀しい事は何もない。
苦しい事は一つもない。
別れは鮮やかで心地よくすら感じている。
自分が泣いているのだと、どうして泣いているのかと、理由も解らず何故か顔は笑っていた。
【お前も頑張れ。フェルフラム】
そう聞こえた。
沈みゆく夕日に消えていく背中。
やがて三人を乗せた竜が空の彼方に消え去った。
でも、その方角から顔を逸らす事は終に出来なかった。
「寂しいものね」
初めて顔を横に向ける。
「マスター?」
「娘が巣立っていくのが分かる瞬間が一番。でも、同時に嬉しくもあるわ」
「み、みっともないところをお見せしました!!」
急いで顔を拭おうとするとそっと止められた。
「恋を、していたのでしょう?」
「え・・・あ、じ、自分は・・・そ、そんな・・・」
抱き締められた。
「フェルフラム。貴方は今この世界で巫女が一番知っていなければならないものを知ったのよ。だから、その涙は拭わなくともいいわ」
そんな事あるわけないといつもの自分なら言えたはずだった。
こんな自分の未熟な思いを曝け出すなんて恥じだと思っていた。
哀しくなんてない。
苦しくなんてない。
ただ、それはどうしようもなく、身が引き裂かれそうなくらい、寂しいだけだ。
「じ、自分は・・・自分は!!!」
しかし、口は一言も繕う言葉を吐けなくて、ただ震えて嗚咽した。
「そういえば、まだ教えていなかったわね」
「な、何をでしょうか?」
「フェノグラシアの教え。その最後は一人前にしか教えないのだけれど・・・まぁ、いいでしょう」
そっと立たされる。
目の前に立つ人の瞳がこんなにも優しく細められるのだと初めて知る。
嘗て巫女として選ばれた日、そんな風に見つめられていた事を今更になって思い出す。
「フェノグラシアに連なる巫女が守らなければならない最後の掟。それはね?」
レーベン・ルイド・フォーティシコス・アンテラノード。
空を司る大巫女。
バルトメイラにただ三役の奉審官が悪戯っぽい笑みで言った。
「どんな事があっても自分の獲物は逃がさない事よ。竜にしても男にしても自らの全力を持って仕留めるべし、なんてのもう古臭いかしら?」
「あ、え、そう・・・なのですか?」
おかしそうに本当におかしそうに頷かれて何も言えなくなる。
「フェルフラム・トレッキア・フォーティシコス・アンテラノード」
「は、はい!!」
「貴方は大切な私の家族。大切な私の娘よ。でも、もう【此処】から速やかに巣立つ事を命ずるわ。自分の好きに生きなさい。その為の術と力はもう貴女の中に在る。巫女として、ただ守りたいモノを守る為、世を渡りなさい。それが母としてマスターとして貴方に下す最後の命令」
「な、何を言われて・・・」
年嵩の姉達がいつの間にか自分を囲っていた。
「馬鹿ねぇ。フェルフラム。マスターは行ってきても良いよって、そう言ってるのよ」
「ふふ、中々良い子に目を付けたと褒めてつかわすフェルフラム♪」
「大丈夫。巣立つ前に色々ああいう男を落とす手管教えてあげるから」
「そう、もうフェルちゃんも年頃なのね? 姉さんちょっと嫉妬」
【フェル姉様!!】
歳下の後輩達が駆けよって来る。
「頑張ってください!! 私達応援してます!!」
「あ、いや、お前達、こ、これは!? 自分はそんな事をするなんて一言も!?」
「きゃあ~~~フェル姉様素敵~~~♪」
「ね、やっぱり私の言った通りだったでしょう? フェル姉様が男性に興味を持つなんてこれはもう恋だって」
「お、おい。お前達!?」
誰も聞いていなかった。
「ささ!! フェル姉様。仕度は私達に任せてくださいませ。ちゃんと必要なものをご用意しますので、出立までは沢山あの方のお話を聞かせてください。是非是非これからの参考にしますので!!」
「あ、こらお前達勝手に、人の話を聞け!?」
そのまま大勢に囲まれて、あっという間に連れていかれそうになる。
「マスター!? ど、どうにかしてください!」
「ふふ、出立まではその子達に色々教えてあげなさいな」
「マスター?!」
「フェルフラム。これからの貴方を私達に見せて頂戴」
思いもしなかった事を言われ驚きながらも、何を言う間もなく、ただ心だけが伝わってきて、私は小さく頷いていた。
「・・・はい!」
*
フェルフラムが小さな妹達に連れられて行った後、残った娘達と談笑する。
【マスター。それにしてもよくあんな嘘思いつきましたね】
【あら、本当よ。あれ】
【へ? あたし達そんな事は一言も聞いた覚えがないんですけど】
【自分達が一人前だとでも思っていたのかしら?】
【え? そりゃ・・・まぁ、マスターからすれば力なんて微々たるものですけど・・・】
【姉としてフェルちゃんが羨ましい】
【そう思うならお前達も良い男を見つけて早く巣立ちなさいな】
【出会いが無いです。マスター!】
【出会いは自分で作るものと相場は決まってるわ】
【う、行き遅れは嫌ぁ】
【あたし達が大人の色香で落とせば、い、イチコロです。きっと!】
【・・・あの日選んだあの子があんなに成長するとは私の目もまだまだかしらね】
【フェルフラムを巫女に選んだ日なら私も覚えてます。そういえば沢山の子の中からどうしてフェルフラムを選んだんですか。マスターは?】
【言ってなかったかしら?】
【はい。まったく聞いた覚えがありません】
【あの子、一人だけ空を見ていたわ。あの日、巫女に成りたいと思って来ているはずの誰も見ていなかった空を。それで興味が出てきて、そこら辺の子の親だと偽って話を聞いてみたの。どうして空を見ているのかって】
【そうしたら?】
【あの子はこう答えたわ。空が飛べたら遠くに行って色んな人とお話出来るんじゃないかって】
【巫女に成りに来たんじゃないんですか?】
【あの子はただ親が連れて来てただけ。あの子の家族の誰かが巫女に選ばれようと来ていただけであの子は別に巫女になりたいと思っていたわけじゃなかったのよ】
【それが理由ですか?】
【ええ、だって素敵だと思わない? 空の竜の巫女が遠くに行くのは誰かを守る為よ。でも、あの子はそんな事とは関係なく誰かと出会う為に空を見上げていた。巫女の力なんて無くともあの子はきっと遠くに行こうとした。その先に出会う人がいると信じて。巫女には思いつきもしないわ。誰かと出会う為に空が飛びたいなんて】
【昔からフェルは天然だったのか?】
【フェルちゃん。私達よりずっと素敵な女の子になるわね】
【こっちはもう○○歳だけどな】
【あぅううううううううううう】
【さぁ、そろそろ明日に備えて眠りましょうか】
【マスター。そんな事言ってフェルフラムの部屋に行こうとしてません?】
【フェノグラシア総員に告げるわ。今日は小さな娘の大きな旅立ちを祝って質問攻めとするように】
【マスター。その素敵な提案に私達は乗ります!!】
現金な娘達を引き連れて一時の楽土を目指す。
それはいつだったかあの【女】が言っていた。
【自分の在り処なんて自分で決める。それが巫女じゃないかい?】
そういう類の話なのかもしれない。
*
「………………」
久方ぶりの我が家というか異世界風寺院。
ようやく戻ってきた家は微妙に懐かしい。
時間帯は夜明け。
隣では三日三晩を竜の上で過ごしたとは思えない二人の巫女。
何回かの休憩を挟みながらの家路は長かった。
乗っている竜が何処かで見た事のある自衛隊の輸送機であるのは別にいいが、一晩中振動で眠れなかった目にクマが浮かぶのは頂けない。
フラフラと頼りない足取りになりながら門を潜り、中央の噴水にでも顔を付けて目を覚まそうかと近付いた時だった。
噴水の縁に手を掛けた瞬間、水面から何かが飛び出した。
ビッショリと体が濡れる。
顔の水気を拭うと其処に在るはずの無い人間を発見した。
「少し冷たいが気持ちいいな。あいつが来る前に身を清・・・」
首がブリキの人形よろしくギギギギギと音を立ててこちらを向いた。
「感動の再会に水を差して悪いが何か着ろ」
とりあえず自分の制服の上を羽織らせた。
彫刻の如く固まっているのはフェノグラシアのフェルフラムさん。
「――――――」
その姿態は女性としての肉付きは薄いものの優しげな曲線を描き、青年男子(賢者系)にも十分に魅力的に映るだけの力がある。
白い肌に誂えたような白い髪。
キラキラと輝きを零しながら透明に輝く様はアイドルも裸足で逃げ出すに違いなく。
簡単な説明をすれば、まったく一切絶対に完全無欠に何も身に付けていない全裸となったフェルフラム何某が綺麗に固まった彫刻よろしく凍り付いている、という事になるだろうか。
ただでさえ寝不足で鈍い頭の働きが更に鈍くなる。
本能的な部分が理性を押し退けて、未だ目を瞑るとか後ろを向くだとかの行動を起こせない。
ボンヤリと眺めているには丁度良い彫刻だったが、その拝見料はお前の命だと言われそうな気がする。
「あ、は、う、あ、ふ、うああああああああ?!!!」
涙目で恥じらいのあまり頬を真赤にして、美しい少女はこちらに手を向けた。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
何やら初めて会った日より凄絶な擬音が脳裏でリピートされる。
連続して放たれる空気の波はもはや空気砲というよりは波動砲的何かにも思えた。
全身の筋肉が解されるというかバラされる感覚にもはや命があるのか無いのか分からない。
そのまま倒れるかと思ったが後ろに優しく柔らかな感触。
二人の少女が抱き止めてくれていた。
呂律も回らないだろう口で感謝を伝えようとして気付く。
少女達の口元は笑っているのに目が笑っていなかった。
「賢者とお話したいな。あたし」
「ガトウ。変態?」
ゾクリと泡立つ肌が緊急警報を発令する。
Mに目覚める前に永遠の眠りを体験するかもしれない危機。
しかし、そんな危険地帯から抜け出す方法が無かった。
「オレのせいじゃ」
何とか言い訳しようとした口がそっと人差し指二つで止められる。
「賢者のせいだから(にっこり)」
「ガトウのせいだから(にっこり)」
ズルズルと家屋という処刑場の中へと連れられていく間に、一応の礼儀としてフルフル涙目でこっちを見つめながら上着をギュッと着こんでいるフェルフラムに言っておく。
「ようこそフェルフラム。オレ達の家へ」
「賢者・・・」
「ガトウ・・・」
結局、お説教は壮絶だった。
*
その声に思わず震えた。
恥ずかしさや憤りがまるで氷のように溶けていく。
それはどうしてか。
簡単な話だった。
面倒そうな顔をされなかったからだ。
受け入れてくれたような気がしたからだ。
「婿殿は?」
振り返ると大巫女様がいた。
「は、はい。お二人に連れられていきました」
「ふむ。こんな別嬪の体を見たにしては安い拝見料じゃないかい」
「え・・・あ・・・」
着替えを慌てて噴水の横から取る。
「それであんたの気持ちはまだ変わらないかい?」
「はい。此処に置いてください」
「いいじゃろう。その思いがあるなら身柄を引き受けよう」
「あ、ありがとうございます。必ず弟子として」
「いい。そんな事を言ってるんじゃない。ワシはただ住まわせるだけ。後は自分の力で何とかしてもらう。力を競う相手が二人も居れば高め合う事に支障はないじゃろう。ほほほほ」
「はい!」
「まぁ、色恋を競うなら話は違うかもしれんが」
「な!? そ、それは・・・その・・・」
何もかも見通されたような気がして紅くなった顔を伏せる。
「婿殿は罪作りにも程がある。可愛い孫娘だけに飽き足らず二人も誑かして連れてくるとは。ああ、まったく立派過ぎて厭味も出んあり様じゃのう」
「じ、自分はそんなつもりで来たわけでは!?」
「んん? 素直に成れん内は婿殿も振り向いてはくれんと思うが」
「で、ですから自分は!!」
「そこは体で何とかなるかねぇ? ユネルもテオもまだ体は見せていないと言っておったからのう」
「ごほッ?!」
「大巫女から最初で最後の指南をするとすれば既成事実に勝るものはない。つまり、やったもの勝ち?」
あまりの言い分に何か言おうとして、自分の心を顧みて、言葉はたった一言となる。
「・・・はい」
頷いてしまう辺りもう自分の心がそいつに毒されてしまった事を自覚させられた。
「よろしい。素直な若者程にたの、応援したくなるものはない。あの本当に男なのか疑わしくすらあるへたれな賢者殿に女を教えるのは一体誰になる事やら」
大巫女様の後ろ姿が建物の中に消えていった。
体を拭こうと布を取った時、体に掛っている上着が擦れた。
「ん・・・」
濡らしてしまうのを承知で少しだけ上着に身を埋めた。
温かく感じるのは体温が残っているような気がするから。
胸に去来する全てを仕舞い込んで空を見上げた。
空は晴れ上がり、夜明けの紅は全てを染め上げて、世界は炎のように燃え盛る。
嫉妬の炎に焼かれ家からようやく出てきた情けない男がこちらを向いた。
着替えたばかりこちらに安堵したような顔。
「・・・・・・」
この想いを封じる術は無くて。
全てを満たす答が口を開く。
それはきっとどうしようもなく自らを苛む言葉。
でも、羞恥も憤りも過去も未来も何もかも呑み込んで、自らの醜さを曝け出し、潔く叫ぶ。
目の前の男が自分にそうしてくれたように。
自分もそいつにそうして接していきたいから。
「ガトウケンジ。自分は貴様が好きだ」
吹き抜ける風が声を浚っていく。
「ん――――――」
「――――――?!」
「「あああああああああああああああ!!!」」
とある明け方の事、その男に【私】は熱く口付けした。
宣戦布告は巫女の流儀で御淑やかに成される。
「オレはお前が受け入れられるような悪人じゃない」
「前提が違う。ガトウケンジ」
「?」
「自分が貴様を受け入れられる善人なだけだ」
「―――それはまた大きく出たな」
「言っただろう? 貴様に心の底から騙されてやると」
仕方なさそうな溜息混じりの笑み。
「なら、この間の事は訂正しよう。フェルフラム・トレッキア・フォーティシコス・アンテラノード」
「?」
「オレはお前に今、興味津々だ」
どちらともなく差し出された手を取って、互いに浮かべる表情は贋物。
「惚れたか? 偽賢者殿」
だが、其処には確かに。
「気を付けよう。生まれて此の方、愛には飢えてる方だ」
いつか望んだ未来が、決して揺るがない想いと共に紡がれ始めている。
FIN




