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第四章 約束

第三話最終章です。エピローグと合わせてどうぞ。次回から第四話を投稿となります。誰でも感想が書けるようになったので気軽に投稿してくだされば、最終話である五話執筆の際に励みになるかと思います。四話が終わるまでは毎日投稿するのでどうぞよろしくお願いします。

第四章 約束


「ねえ、お母さん・・・」

「何?」

「竜にわたしたち食べられちゃう?」

「いいえ。きっと助かるわ」

「でも、となりのおじちゃんが言ってた・・・この数じゃこのまちもおしまいかもなって」

「あなたはどう思う?」

「巫女さまたちが助けてくれると思う」

「そうね。巫女様達がきっと竜を退けてくれるわ」

「お母さん」

「何?」

「わたしね。いつか巫女さまたちみたいになりたい」

「そう・・・きっと巫女様達もそう言って貰えたら喜ぶわ」

「本当?」

「ええ、きっと。だって、巫女の誰もがそうやって巫女になりたいと思って巫女になっているんだもの。自分を守ってくれた巫女を見て、いつか自分も自分を守ってくれた巫女のようにって、ね」

「お母さん?」

「ふふ。少し昔の事を思い出しちゃった」

「?」

「私は巫女になれなかったけれど、貴方ならきっと成れるわ」

「お母さん。巫女になりたかったの?」

「ええ、でも貴方が生まれて自分が巫女には成れないって分かったから辞めちゃった・・・」

「わたしのせい?」

「いいえ。私は巫女として沢山の人を守るより貴方一人を守る事の方が大事だっただけ。どっちも守れるぐらい器用だったら良かったんだけど」

「お母さん。ありがとう」

「―――ずっと傍にいるわ。貴方がいつか巣立つまで。立派な巫女に成りなさい。強くなくていい。大勢を助けられなくてもいい。ただ誰の目にも背中を映す巫女に。誰かの前に立てる巫女に。貴方が見た巫女達のように」

「うん!」

「良い子ね」

「お母さん。みんな死なないよね?」

「ええ。だって、フェノグラシアはお母さんがいたところだもの」

「そうなの?」

「そうよ。昔出て行く時フェノグラシアで一番偉い人に言われたわ。【これからは安心して生きるといいわ。貴方はもう私達が守るべき者なのだから。その子を大事になさいな】って」

「その人お母さんよりえらい?」

「とってもね。頭がツルツルピカピカで、優しいけど厳しくて、哀しい瞳をした人よ」



いつの間にか四日目の明け方になっていた。

朝食も手身近に済ませレオドセルの工事の進み具合の報告を受ける。

外にはもう朝日。

台の上には資料が散乱していたが気に掛ける余裕も無かった。

「報告します。堀は完成しました。水量はほぼ予定の値に達しております。土砂の防壁については作業工程が遅れており、半分は終わりましたが昼までには間に合わないかと」

「避難状況は?」

「東以外の全ての住人をレオドセルに収容。クォーネからの避難民受け入れ準備は整っています」

「あの子達の様子はどう?」

「はい。全員疲労はしてこそいますがそれ以上に気迫のようなものを感じます。先日、賢者様が疲弊していた者達を激励したらしく士気は上々かと」

「賢者様? 随分敬うようになったわね?」

「あ、いえ・・・」

目が泳ぐ年長の娘が困った顔で頬を掻いた。

「あの子達があんな顔で戦いを待っているのが珍しかったものですから」

「あんな顔?」

「いつもなら竜との戦いの前は怯えや不安が付きまとっているので喝を入れますが、今回はその必要も無いようで」

「巫女の顔でもするようになったかしら?」

「ええ。それを見ていたら【坊や】や【あの子】なんて呼び方は躊躇われてしまって」

「ねぇ。フェノグラシアにあの子が来てから私達は何か変わった?」

「私は・・・その・・・」

「何? 言い難い事かしら?」

「巫女が幸せになれるものだと初めて知りました」

「大概、異性と付き合えば女は幸せになるものよ?」

「そうなのでしょうか?」

「幸せそうで羨ましい?」

三十近くになる【古参】の娘は未だ恋愛経験が無い。

その点では世間で言うところの初心な乙女と変わらない。

しかし、その歳になるまでそんな大事な事を教えず放っておいた自分の失策を少し悔いる。

本来はもっと早く知るべき事柄なのは言わずもがな、なのだから。

「巫女と女を両立する事は無理だと思っていましたから」

「そうね。女としての幸せを取るならば巫女としての自分を諦める者が殆どだから」

「このフェノグラシアから出て行ったあの方が羨ましかった事は今でも覚えています。自分にもあんな生き方が出来たらと。まぁ、私には巫女これしかありませんでしたが」

「そうとも限らないわ。私達は自らを彫り続けている途中。最後の最後までその自分の姿がどう見えるのかは解らない。巫女それしかないかどうか判断するには貴方はまだ若いわ」

「マスターは・・・その・・・」

「私には巫女以外のモノがあったわ。このフェノグラシアを始めた時、私の周りには誰もいなかった。けれども、今は貴方達がいる。随分と娘達を育てたし随分と死なせもしたけれど、その事に決して後悔は無い」

「マスター」

もういい歳なのに泣きそうな娘の頭を撫でる。

背が足りなくなってしまった分を背伸びして。

「生き延びなさい。そして散っていった者の事をどうか覚えていて。私が望むのはそれだよ」

「はい。レーベン・ルイド・フォーティシコス・アンテラノード様」

撫でた手を両手で握られて、萎れた自分の手を誇りに思う。

最後になるかもしれない。

その覚悟と共に往く娘を撫でるに値するだけの人間であった事を。

「マスター!!」

部屋に飛び込んできたのは幼い方の娘だった。

「テオ様からご報告です! 東のクォーネで竜の大群を確認。現在、大量の避難民がこちらへ移動中。周囲の警戒を緊密に行うようにと。あちら側が現れた以上、こちら側の襲撃も始まるはずだと!」

立ち上がる。

軋む体の内側から弱気の声が聞こえてくる。

「私も出るわ」

愕く娘達を置いて廊下へと出る。

戦えないかもしれない。

しかし、指揮と盾代わりぐらいは何とかなる。

命一つ此処までやってきた。

次の世代へ何もかもを渡す時期に差し掛かっている。

背中を見せてやれるかもしれない最後の機会。

止める言葉を聞かず、無茶だと言う静止を振り切って、戦場いくさばに出よう。

あの若かりし日のように。

愛しい娘達に報いる為に。

きっと、あの【女】に会いに行ったのはただ一つ未練だったものを清算しておきたかったから。

こうすると分かっていたから。

(次の朝日を拝むまで持ちなさい私の体)

最後に娘達より前に出て背中を見せてやれるかどうかだけが心配の種だ。



レオドセルから百海里以内を覗き、東以外の地を隈なく探索する。

街の最も高い鐘楼の上。

全方位七十六枚の真円を展開。

堀の周囲に流れ込む水は澄んでいて海よりも『水閉』の精度は上がっている。

「来た。西北西に展開!!」

西北西に急激な変化。

浅瀬の川の下から小さな水の竜。

森林から地の竜。

遅れて空の竜が虚空から溶け出すように現れ、今までにない規模で膨れ上がり、移動し始める。

朝はちらほらとしか見かけなかった竜がもう巨大な群れへと化けていた。

周囲の竜に乗って待機する誰もに声を掛け、鐘楼の上から真円を連れて跳んだ。

空気中の水を固めて薄く薄く足場を創る。

瞬間的に現れるソレを跳びながら踏んで踏んで踏んで地面に降りる頃には外周の堀まで来ていた。

そのまま走る。

堀に溜まった水は十分。

水面を渡る。

『水閉』は水がある限り如何なる障害からも巫女を守る万能の一技。

水の巫女が力を使えば水に沈む事はない。

西北西の位置まで走って、上がる息を整える。

方々に配置した真円を通して状況を確認。フェノグラシアの残っている四隊の内、二隊は空に展開済み。

残りの二隊は避難民を街の中央へと誘導していた。

「ヤーちゃん!」

声と共に【鋼】が来る。

水底から、全てを押し退けて。

それは自分の為に遺された一振りの剣。

その切っ先に立つ。

剣は溢れ出し、やがて塔となる。

「ガトウは言ってた。貴方を知ってるって。私には解らないけど貴方は【ニホンが誇る希望のフチンカンだった】って」

真円の中で空の竜が一足早くレオドセルに近づいていた。

ゆっくりと手を彼方に伸ばす。

未だ肉眼には見えない竜に向けて。

「守ろう。みんなみんな。私達の手で!!」

遥か天を突くように光が奔る。

塔は倒れて、天を割くように三本の光は振り下ろされる剣となる。

真円の中で竜達が三つの光に分断されていた。

大きな水飛沫で雨が降る中、虚空の水を踏みしめて倒れた塔の一番上へと降り立つ。

晴れ上がった空には虹が掛かった。

巫女の空の竜がその中を飛んで行く。

死ぬ為ではなく守る為に。

「必ず耐え切って見せる!!!」

円の中で地の竜と水の竜が移動を開始していた。

自分が最後の砦。

そう分かっているから、動かず次の一撃に備えてジッと力を貯め込んだ。



「テオか。大和が動き出したな」

彼方から三本の光が立ち上る様子がハッキリと見えた。

レオドセルへ竜の進撃が始まった事が容易に想像出来た。

戦況は現状で五分五分。

引きながら戦っている分距離的にはまだ余裕があり、高速で迫ってくる空の竜をフェノグラシアが囲い込んでユネルがまとめて一撃で吹き飛ばす作戦が当たっていた。

地の竜と水の竜に関しては森を焦土と化しながら広範囲を砲撃で薙ぎ払う事で対応し、近づいてくる竜の姿は消えている。しかし、それが第一波を凌いだ程度の話だとは理解していた。

多く見積もっても五百七百程度の戦果。

後二千以上の後続が何処かに隠れ控えているのは確実で、避難民から離れないよう比較的近くで戦闘をしなければ急な奇襲で被害が出る可能性もあり、緊張を解けない状態だった。

「ユネル。テオが動いた。オレ達は次に来る地の竜と水の竜を撃破して後方へ下がる。レオドセルへの援護が可能な地点まで撤退だ」

「え、でも、賢者・・・それって・・・」

「空の竜に関してはその間フェノグラシアに一任する」

「・・・うん」

三分の一以上の距離は過ぎていた。

レオドセルまで残り六十キロ弱。

大和とドーラ列車砲の砲撃限界距離は四十数キロ。約二十キロの移動で互いの援護距離に入り、高速精密射撃で互いの窮地に対してカバーが効くようになる。その距離に入る事を最優先にする理由は単純に避難民の数の差とレオドセルの守りの要であるテオの体力的な問題。

如何に巨大な竜の力を行使しようともユネル以上の体力を持たないテオの戦闘行動は長続きしない。

竜を全力で行使していられる時間はユネルで十二時間テオで三時間。

敵が波状攻撃の戦術を取ってくるとは思えないが油断は出来ない。

張り詰めたままでは休息も無意味に違いなく、一刻も早くカバーできる距離に陣取る事が互いの行動時間を高める点でも必要だった。

「賢者。来るよ」

ユネルが見つめる虚空には何も見えない。

しかし、その視線には確かに竜が見えている。

超人的な視力を誇るユネルはほぼ数十キロ先を見られる。

その視力の良さは戦闘中に遺憾なく発揮されていた。

「此処まで押し寄せてくるのにどれだけ掛る?」

「半刻ぐらい。空の竜はすぐにでも」

「空の竜に対しては今までと同じ戦術で行く。地の竜と水の竜を撃退したら後退だ。いいな?」

「うん。ねぇ、賢者」

「何だ?」

少し驚く。

戦闘中にユネルが何かを訊いてくる事は極めて稀な事だった。

「賢者って、女の子が好き?」

「ッ」

前を向いたまま訊かれた。

思わず吹き出しそうになったが近頃の自分の行動を鑑みて、言い訳がましい言い訳が脳裏で複数浮かぶ程にはそう訊かれる理由が分かった。

「どうしてそう思う?」

「だって、フェノグラシアの子達が賢者を見てると・・・その・・・」

色々と誓ったり感情を交わし合った少女達の姿が脳裏に浮かぶ。

あれ以降、何かと親しくなったのは間違いない。

思い出してみれば、会う度に頬を染められていたり微笑まれたりした気もする。

そんな事に構っていられない忙しさだったので考える事もなくスルーしていたが、それをユネルが見咎めていたとしてもおかしくない。

「オレはオンナノコだから好きなわけじゃない。誰だって嫌いな人間もいれば好きな人間もいる。フェノグラシアの連中とは親しくなったからそう見えるだけだ。それに好きにも度合がある。オレにとって一番好きなのは間違いなくお前だ。ユネル」

「あ、ありがとう・・・賢者・・・」

ユネルの耳が赤くなる。

(やれやれ)

自分が誰かに好きだと告白し相手の耳を赤くする。

まったくそれはファンタジーに過ぎ、リアルから程遠い。

人を愛する事。

そんな大袈裟な人生の修飾と一生関わりないと思っていた自分は一体何処に行ってしまうのか。

愛を語句として認識し、意味として理解し、定義として考察する人間こそ臥塔賢知ではなかったか。

実感の無い言葉。

他人を好くという感情はバルトメイラに来るまで自分の内側には見えなかった。

それがいつの間にか、本当にいつの間にか、胸の内に息衝いている。

「ユネル。いつかオレの家族の話を聞いてくれないか?」

思わず言った言葉は自分でも不意打ちに近かった。

「賢者?」

「長い話になるかもしれない。つまらないかもしれない。だが、お前に聞いて欲しい話がある」

「・・・うん。約束だよ?」

「ああ、約束だ」

臥塔賢知が生きてきた人生を、こういう人間に育ってしまった理由を、変えられない過去を、いつか話そう。

愛や恋を語るより先に人として解り合いたいと思うから。

全て打ち明けた先の未来は解らない。

ただ、そうして初めて自分の心というものを相手に委ねられるような気がした。

「賢者。そろそろ揺れるから少し下がってて」

「オレ達の撤退はこっちで合図する」

何となく思う。

愛は人を強くするのではない。

愛はきっと人を素直にするのだ。

それは心を柔らかくするという事。

傷付く事も受け入れる事も頑なな心では不可能なのだから。

「お前は前だけ見てろ。ユネル」

竜を目前に主の心を映すような輝きを吐き出し、ドーラ列車砲は咆哮した。



戦いが始まって数時間。

戦況は芳しいものでは無くなって来ている。

広場で街を取り仕切る人間から伝わっていく戦況は人々の不安を膨れ上がらせていく。

一重に暴動が起きないのは堀の周辺で未だに巨大な水の竜が遠方へと攻撃を加えているからに違いない。

街の鐘楼からは巨大な水の竜が堀を回りながら無数の光を遠方へと吐き出していく光景が見えた。

時間毎に交替しつつ休息と戦闘を繰り返す事数回。

疲労の蓄積で年少の者から倒れ始めている。

疲労を回復させ戦闘を持続させる為に一定時間毎に薬を服用させても限界は近い。

昼を過ぎた時点で約三名が気を失って軽傷を負い手当てを受けている。

東からの避難民の受け入れはほぼ半分以上終わっているが未だに完全収容まで至らず、後一刻半は掛る。

どうすればいい。

そう己に問う。

「・・・・・・」

マスターから戦いが始まる前に釘を刺された。

例え、どんな事になろうと戦うなと。

今戦えば経験の無い人間は確実に死ぬからと。

そんなのは数千という数の前に無意味な話だと喰い下がっても結果は変わらなかった。

(せめて、あいつさえ動かせていたら)

東に向かう直前、リオーレンの賢者という立場のそいつに戦いの列へ加えて欲しいと懇願した。

下げた頭の上に掛ったのは戦いへの参加許可ではなかった。

『戦いには加わるな。経験が無い人間は要らないどころか足並みを揃えられない点で迷惑だ』

歯を食いしばって、それが事実なのだと感じるからこそ、何も返す言葉は無かった。

『お前はやれる事をしろ』

去り際の言葉を残して消えた背中に追い縋らなかったのは今も懸命な判断だったと信じたい。

「おい。ねーちゃん。受付はまだか?」

「あ、はい」

レオドセル中央。

鐘楼が立つ広場で避難民の受付を街の側から任されていた。

無理やりにもぎ取った仕事を疎かにはしたくない。

そっと名前や性別、年齢を名簿へと書き込んでいく。

「ねーちゃんも災難だよなぁ。こんな場所でくたばるなんてよぉ」

「―――」

言い返せなかった。

誰だって愚痴の一つも零れる。

この状況で壊れそうになっているのは何も自分だけではない。

「次の方。どうぞ」

そう言った時だった。

不意に視界が陰った。

空を見上げる。

白い靄。

霧のようなものが辺りを覆っていた。

異常な事態へ次第にざわめきだす群衆。

思わず受付から出ていた。

「フェルフラム・トレッキア・フォーティシコス・アンテラノード様でしょうか?」

愕き振り返ると一人の壮年男性が歩いてくる。

その姿に覚えがあって、この街の街長だとすぐに思い出した。

「な、何の用でしょうか?」

「はい。リオーレンの賢者様よりお手紙を預かっております」

「え?」

『これは巫女様のお力です。大丈夫です。皆さん』

至る所で声が上がる。

「賢者様がこのような状態となった場合に渡すようにと」

受け渡された二つに折畳まれた紙を広げる。

すぐ読み終わり紙を服に仕舞う。

「すいません。やる事が出来ました。わざわざやらせて頂いた仕事なのですが、受付の後をよろしくお願いします」

「はい。承りました」

頭を下げる街長も見ずに駆け出す。

「あいつ・・・」

不意に脳裏に浮かんだのは手紙を街長に渡す際、自分の使命もロクに全うできない巫女へ仕事を割り振るように頼み込む男の姿だった。

想像はきっと当たっている。

『お前はやれる事をしろ』

「ああ、そうさせてもらう」

脳裏の声に心臓が鼓動を速めていく。

人垣の多さに舌打ちして『避空』を使った。

足元を思いきり蹴りつければ体が建造物の屋根を越えて行く。

一歩、二歩、三歩。

跳ぶ毎に距離は加速度的に増え、四歩目で街を飛び出した。

向かう先は巨大な水の竜。

テオ嬢の横。

光を吐き出し続ける怪物のような竜を前にして本能的に喉が干上がる。

それを押して竜へと着地した。

足元を吹き抜ける風。

それに驚いた様子も無く彼女は目前の虚空に無数展開し続ける真円を見つめ続けていた。

竜とその上部だけは霧が掛からず陽に照らされている。

「リオーレンの賢者。ガトウケンジの命により参上しました。共にこの戦いへ参列する事を許して頂きたい」

「ガトウが?」

「はい。手紙が届きました。内容は【霧が出たらテオの傍に付いて決して離れるな】と」

差し出した手紙をチラリと見て彼女は今まで見てきたどんな表情よりも少女らしい弛んだ顔をした。

ガトウ、過保護過ぎ。

そう呟いた彼女は手紙をそっと破った。

「フェルフラム。そう呼んでいい?」

「はい」

「何がやれるの?」

「竜による移動はフェノグラシア中で最速です。生身での回避についても」

少し考え込んでから彼女が首を振る。

「テオって呼んで。それと口調もガトウに言うみたいでいい」

「・・・それでいいのならそうさせてもらおう。テオ」

コクリとテオ嬢、テオが頷いた。

「とりあえずガトウの手紙の内容から見てフェルフラムの仕事は私の撤退や移動って事だと思う」

「撤退?」

「私はユネルみたいにずっと竜を出したままにしておけない。それにあんまり長くも戦えない。ガトウは一段落したら竜を引いて技だけで持ち堪えるようにって言った。だから、もう少ししたら一旦竜を消して街に戻る。レオドセル周辺の陣をそのままにしておけば竜も少しの時間は近づけないから大丈夫」

「この霧はやはり?」

「迷霧の陣。水の竜を海で惑わす時に使う」

「そ―――」

不意に霧の中に見えた影が何か考える前に手が出ていた。

そのままテオを抱いて跳んだ刹那だった。

轟音と共に何かがテオの竜へと直撃した。

「!?」

霧の中、落下しながらその惨状が見えた。

今までテオがいた地点が爆発に抉れていた。

「こんなのおかしい。陣を無視した?」

数秒の後に竜の上へ再び降り立つとゆっくりと霧が晴れていく。

「見えてるとしか考えられない。でも・・・」

険しい顔となったテオが腕を一振りした途端、霧が何処かへと流れ去っていく。

「フェルフラム」

「どうすればいい?」

至極冷静に答えられた。

いきなり力を破られたはずのテオにしても動揺は微塵も無かった。

こんなにも切迫している状況だというのに頭は完全に冷えている。

その理由が自分と同じなのだろう事が少しおかしくあり、同時に頼もしくもあった。

「私じゃダメ。どうしてか分からない。このままじゃすぐに押し込まれる。ガトウを呼んで来て」

「それだとこちらの守りが」

「いい。今のは霧で見えなかったから対応出来なかっただけ」

竜に付く筒の一つが上空へと一瞬光を吐き出した。

瞬間、何かが上空で爆発した。

「大丈夫。必ず来るまで持ち堪える」

「・・・了解した」

まったくもって馬鹿な話かもしれない。

一つ間違えば千の肉片となって飛び散る場所に立って、せっかく得た自分の守りをお使いに出す。

しかし、だからこそ、そんなテオだからこそ、あの男が最後の一線を任せているのだろう。

「ガトウ達は東に二十数海里の所。ユネルの後ろにいる」

「任せておけ」

「今、最後の避難民が十海里を切った。東に出てる巫女の誰も欠けて無い。きっと、大丈夫だから」

答えはしなかった。

ただ頷いていた。



「ユネル。大丈夫か?」

「う・・・ん・・・」

その答えには疲労が濃かった。

予想外にユネルの疲労度が増加していた。

辺りにはユネルに焼き払われた竜の残骸だけがあった。

一度四十キロ地点まで後退した後、空の竜の動きに変化が起きてから、ユネルへの負担は確実に増していた。

空の竜の殆どがこちらを迂回するような形で飛ぼうと進路を変えた。

今までのような避難民への直線コースを外れた竜が向かう先がレオドセルだと推測したのは当然の話。

遠方の竜を狙い撃ちする事となった。

こちらが後退するまで空の竜の攻撃を耐えきり限界に達していたフェノグラシアの巫女達に無理をさせて骨董品な複葉機やらプロペラ機やらを追い込ませ殲滅したのが数分前。

フェノグラシアの全員を帰投させる事となったのは避難民がテオの操る大和の射程圏内に入ったからだった。

遠ければ遠い程に砲撃の威力は落ちる。

更には数を落とす事も難しい。

砲撃限界距離はどちらもほぼ同じドーラ列車砲と大和からすれば二十キロ以内の敵は撃ち落としやすい。

(そうは言ってもこちらがもう一杯一杯なのは間違いない)

第三陣を迎撃し終えた時点で約二千五百匹。

休ませない限り、撃ち漏らしが発生する撃破数を超えている。

想定外の敵が確実に現れるだろう戦闘なのはたぶん間違いないのだ。

早々にレオドセルへと引き上げなければならないのは必定だった。

「ユネル。此処までだ。レオドセルまで後退する」

「賢者!?」

愕きの声には少しだけ咎めるような気配。

未だ避難民が完全にレオドセルへと収容されていない。

ユネルの瞳にはそれが見えている。

それを知りつつ撤退の号令を出される事はユネルにとって巫女の任を放り出される事に等しい。

「今、此処で退けないと思ってるなら自分の過信が過ぎる。お前の限界はまだだ。だが、その限界が此処で来られても困る」

「でも!」

「テオの射程圏内にいる以上、これ以上此処で気を張り詰めさせても無駄だ。時間は稼いだ。レオドセルへ避難民が完全に収容されるまでレオドセル近辺から支援した方が無難だ」

「・・・うん」

竜に背中を見せる事は屈辱ではない。

ユネルにとって本当に屈辱なのは自らが此処を避難完了まで支え切れないという事実に違いない。

ユネルが竜を消そうと手を上げようとした時だった。

その手がピタリと止まる。

「賢者」

「報告は正確に」

「今、知らない地の竜が沢山見えてる。凄い数」

今まで焼き尽くした山林の端々に目をやる。

襲ってきていた地の竜の殆どはオフロードバイクやオフロードカー関係。

水の竜に関しては水上バイクや小さなボートの類が全てだった。

数秒で事態の悪さが飲み込めた。

「!!」

ユネルがドーラ列車砲を駆動させた瞬間、列車砲至近で爆発が起こる。

砲撃。

至近弾。

勢いよく後退する列車砲を追うように砲撃が次々に着弾していく。

「竜を消して逃げたら間に合うか?」

「逃げる場所の近くに一斉に攻撃されたら避け切れないと思う」

列車砲が反撃の一撃を空へと撃ち上げる。

遠方へと分裂しながら着弾した無数の閃光が空を染め上げ起爆する。

「推計でいい。何匹だ」

「たぶん五千くらい」


―――溜息は吐かなかった。


「全部筒が付いてる奴か?」

「うん。空の竜みたいに早くはないけど、このままじゃ」

撤退は不可能。

今はドーラ列車砲が砲撃対象として存在するが、もしも巨大な的が無くなれば間違いなく目標は逃げている避難民に向く。

(ジリ貧か? 後二十キロを後退しながら戦い切るのはどう考えても無理がある)

冴えない遣り方ならば幾つか有る。

しかし、その方法を取るにはかなりの無茶が必要で状況の一切を悪化させかねない。

(戦車五千両。水辺に足を取られて移動は遅くならざるを得ない。森林地帯を越えるのは難しい。限られたルートを効率的に移動してもたかが知れてる。どちらも移動しながらなら砲撃はそう当たりはしない。足を止めない限りは一斉攻撃の餌食にはならない。状況的に撤退速度がネックか? 列車砲の移動速度はユネルが全力で動かしてもせいぜい三十キロ前後。あっちの方が速いが列車砲を囮にユネル単体ならどうにか・・・)

「ユネル。列車砲はこのまま此処に置いていけ」

「え?」

「列車砲を囮にして攻撃を引き付ける。その間にお前は脱出しろ。攻撃が逸れてる間、お前一人なら脱出も何とかなる。水路沿いに脱出して避難民に合流した時点で竜を消せば半壊程度で列車砲も回収可能なはずだ。後はテオに任せて回復に努めれば、まぁ・・・代わる代わるで何とか凌げる」

「賢者」

怒るのは最もだが余裕が無い。

「オレを担いで逃げ切れるなんて案なら却下だ。この森林地帯の地面の状況から言って移動速度は常の七割も出ない。列車砲の速度で直撃弾が未だに無いのはどちらも移動しながら攻防してるからだ。人間一人を担いでこの森林を抜けるお前の速度はどんなに高く見積もっても列車砲程の速度が出ない」

「賢者!」

「オレを生かしたいなら一刻でも早くレオドセルを守り抜いて竜を全滅させて来い」

「賢者が死んだら!!」

ユネルは振り向かない。

後退し砲撃し周囲からの直撃を避けながらの撤退はそんなに甘い行動を許さない。

「悲しむ前にやる事をやれ」

「どうして!!」

「気にするな。お前の――」

「あたしのせいだよ!! 賢者をあたしがこんな場所に連れてきた!! あたしが巫女じゃなかったら賢者はこんな事に巻き込まれてない!! 気にするよ!! 賢者はあたしの、あたしの大切な、大切な人だから・・・」

涙声が呟いた刹那、轟音。

列車砲が揺れた。

(直撃。さすがに距離が詰まってきたか)

「大切なら尚更だ。オレが大切だと言うならお前は生きてオレを迎えに来い」

「行かない!!」

「レオドセルが落ちるぞ? テオが死ぬな。それとフェノグラシアは全滅だ」

「行かないッ!! 絶対に行かないッッ」

「お前が此処で行かないならオレは勝手に死ぬ」

列車砲が傾いた方へと移動する。

ユネルの視界の端。

列車砲の上部の端。

一歩踏み出せば落ちる場所まで歩く。

「賢者!?」

「此処でオレに死なれたいなら此処にいろ。もしもオレを生かしたいならとっととグズッてないで行け」

まったくもっとマシな選択枝は無かったのかと自問するが答は一向に出てこない。

「賢者!! 自分が何してるか分かってるの?!」

「この世界で一番オレの事を知ってるのはオレだ。そんなオレを思ってくれてるお前がオレの考えを分からないと言うなら、それは誰にもオレの事は解らない。オレはこれでも一番生き残れる可能性が有る選択肢を選んでるつもりだ。人間一人なら竜も進行方向に居なければ通り過ぎるかもしれない。最も人間が多いレオドセルとは別方向に人間一人がいたところで攻撃をわざわざ加えるかは疑問だ」

「賢者の、賢者の馬鹿ぁああああああああああああああああああああああ!!!」

思いきり罵倒されるのが気持ち良く、笑い出したい気分に駆られる。

いつの間に自分はM器質を手に入れたというのか。

「それは一握りの男には褒め言葉だ」

ニヤリとすれば、ユネルの顔はクシャクシャだった。

まったくもって愚かな自分を好きにはなれない。

けれど、好きな女にそんな顔をしてもらえるだけで、生まれてきた甲斐はあったかもしれないと思えた。

そのまま顔も俯けられないユネルが何かをこちらに言おうとした時だった。

急激な引力を感じて視界が回った。

「!?」

何が起こったのか分からなくとも、視界が地上から遠ざかっていく。

「ユネル!!」

「ッッッ」

地上で今正に複数の直撃弾を喰らっていたドーラ列車砲の前方に巨大な土壁が形成された。

声にならない声が応えてくれたような気がした。

回る視界が安定すると暗色の鋼の上に体が押し付けられ、体に掛る圧力にやっと自分がどうなっているのか知る。

顔を上げれば其処に非常識な仁王立ちで機体の真上に立っている少女がいた。

その足は微動だにせず機体へと繋ぎ止められている。

『避空』による圧縮空気が機体へと人体を押し付けているらしい。

真横にはユネルがグッタリと気絶している。

竜の力を使った壁の形成やら今までの全力行動やら視界の回転やらでダウンしたようだった。

体に傷らしき傷が無い事にホッとする。

「一つ貸されておく」

空気で周囲を包んでいるらしく声はすんなりと通った。

「素直にありがとうと言えないお前は馬鹿だ」

返す言葉も無くフェルフラムを見上げる。

「レオドセルで非常事態だ。テオの霧による妨害が効かずその原因が分かっていない。テオからお前を迎えにゆくように言われた。危なかったか?」

「今にも自殺しなきゃならないところだ」

「貴様のような男を愛する女はきっと不幸だ」

「ああ」

「だが、きっと誰よりも自分を幸せだと勘違い出来る」

「何?」

「心の底から騙されて最後の最後まで自分が不幸だったと思いもしない。貴様はきっとそういう類のペテン師だ」

「照れていいのか?」

「褒めて無い」

「だろうな」

「ガトウケンジ。人を騙すなら最後まで騙し通せ。自分は貴様にならば全力で騙されてやる。竜に食われる最中だろうと決して疑う事無く信じてやる。だから、自分達に未来ぐらい見せてみろ」

茶化そうかと迷ったが止めておく。

「オレは生憎と嘘を吐いた事が無い」

「そうか。なら、貴様の言う本当とやらを自分は全力で信じよう」

「いつの間にそんな良い顔になった?」

「最初からだ。知らなかったか?」

顔は見えない。

しかし、その顔がどうなっているのかは見ずとも解った。

「オレの目が曇ってたらしい。お前は間違いなく巫女に向いてる」

「初めてだ。そんな事を言われたのは・・・」

「――――」

その声が思いがけず優しく響いて思わず照れる。

「?」

「何でもない。とにかくレオドセルへ帰還する。避難民の状況は?」

「今現在東の避難民はテオから五海里圏内にいる」

「テオは一度も休憩に戻って無いのか?」

頷くフェルフラムの言葉に続けて訊く。

「空の竜に関してテオが何か言ってなかったか?」

「テオは付近にいる竜が地の竜や水の竜だけだと言っていた。もう空の竜はほぼ撃退したと」

「なら、完全に残りは地の竜だけか。フェノグラシアの協力がいる」

「あの数をどうする?」

「検証時間が無くて不採用にした方法が一つある。それを少し捻ればどうにかなるかもしれない」

「実現可能なのか?」

「実現せずに死ぬか実現して生き残るか。どっちがいい?」

「全部こちらの働き次第と聞こえる」

「そう言ってる。今から素案を話す。やれるかどうかお前が判断しろ。フェルフラム」

「自分が?」

「時間が無い。テオの陣が効かない理由を付きとめて解決。それと同時進行で案の下準備をしないとたぶん間に合わない。期限はさっきの地の竜がレオドセルから4海里四方に入るまでだ。お前がやれないと判断した場合、別の案で凌ぐ事になる」

「了解した」

空の日は傾きつつあった。

全てを決するまでそう時間は多く無い。

(ここからが正念場か)

内心の弱気を手の汗と共に握り潰した。



もう耳に音が殆ど聞こえていなかった。

大規模な群れを撃破する度に零れ落ちて周辺に辿り着く少数の地の竜が掘りに飲み込まれていく。

それらを撃退しているフェノグラシアの誰かが何かを叫んでいる。

大事な事かもしれないし、そうでないかもしれない。

解っているのは今竜を戻せば大規模な群れを至近に呼び込みかねないという事。

レオドセルが遠からぬ先に崩壊するという事。

衝撃と爆風が立て続けに全身を吹き抜けていく。

『水閉』によって厚く創った水の壁が衝撃や熱を吸収・蒸発して防ぐ。

反撃として小さな筒から光を迸らせる。

中心を穿たれて地の竜が爆散する。

それでも次々にフェノグラシアの取り零した地の竜の攻撃が襲ってくる。

一面に見えるのは爆煙。

自分の竜が燃えていた。

攻撃する為の筒が五割破壊され二割動かない。

遠方の地の竜を数えるのは止めている。

砲撃で群れを引き裂いているはずなのにその群れの空白地帯を更に大きな群れが飲み込むように埋めていく。

水が湧き出すような光景。

閃光が至近で起こった。

思わず倒れそうになった体を片手で起こす。

まだ動けるか確認する。

水壁が赤く染まり、不意に日が落ちている事に気付く。

随分と減ってしまった真円を再度確認。

その瞬間、顔が思わず綻ぶのが自分でも解った。

竜の群れに集中する余り見逃していた光景。

もう少しすれば、彼が帰ってくる。

『――――――!!!』

誰かが何かを言っていた。

気が緩んだのかもしれなかった。

目の前で何かが起きて、吹き飛ばされた。

起き上がろうとして、起き上がれなかった。

でも、攻撃を止めるわけにはいかない。

腕を翳す。

初めてその時、自分の腕が目に入った。

いつの間にか服が真赤になっていた。

思わず真円が崩れ、揺らいでしまった心を立て直す。

再度、真円を創る。

三枚が限界。

攻撃の方向を変えずに撃つ。

「ごほ・・・」

体が軋んだ。

「ぅ・・・」

彼はきっと遠くて、まだ帰ってこない。

彼が帰ってくるまで護り切ると誓った以上、まだ斃れるわけにはいかない。

真円の中で一匹の竜がこちらを向いているのが分かった。

その筒は真っ直ぐにこちらを捉えていた。

その方向に動かせる筒が無かった。

竜を動かすのも間に合わない。

「ん・・・」

彼が写った真円を思わず見つめていた。

「ガトウ」

とても世話になってしまったと思う。

救われ過ぎて迷惑を掛けたと思う。

けれど、そのおかげで自分はこれ以上は望むべくも無い幸せのまま逝ける。

(ありがとう)

瞳を閉じる。

轟音を聞いた。

―――――――――?

それは不意打ち。

顔を上げれば遠くにいるはずの彼と目が合った。

彼の後ろには空の竜が一匹。

何かが砕け散る音がした。

彼が竜から放り出されるように目の前に落ちてくる。

その勢いのまま彼は目の前まで滑ってくる。

そっと体を抱き上げられた。

「まだ、やれるか?」

「――――――」

どれだけの奇跡を積み重ねれば世界はこんなにも輝いて見えるのだろう。

「やれるなら頷け。やれないなら首を横に振れ」

彼の言葉は簡潔で感情なんて見えない。

しかし、ただ腕が全てを教えてくれていた。

「だいじょうぶ・・・まだやれる」

胸が苦しくなる。

「なら、働いてもらうぞ。まずは竜を消せ。街まで後退する」

炎の熱さも構わずに、赤く濡れても構わずに、彼は私を抱きしめて、腕を震わせ、傍にいる。

約束どころか。

何も言わなくたって、傍にいてくれた。



大通りの一角にフェノグラシアの本部が置かれていた。

事態の悪化に歯止めが掛からない状況。

今まで代わる代わる出ていたフェノグラシア全隊を総動員し周辺の竜を掃討するよう言いつけ最後の準備に入り、テオの数百キロ範囲の探査で『ソレ』が見つかった。

半ば意識が途切れているテオを傍らの救護の人間に任せる。

無理に力を使わせた代償はテオの生命力。

半身に渡る軽度の火傷、裂傷、擦過傷、その他諸々を受けながらもここまで耐え切った頬を手の甲で撫ぜる。

(テオのおかげで避難民は辛うじて収容し終えた。敵の親玉も見つかった。後は生き残るだけだ)

テオが意識をあやふやにしながらも維持している『水閉』の真円を見つめて、今回の狂乱の中心らしき機体を睨み付ける。

高度約一万二千。

レオドセルから百五十キロ地点。

それは周回していた。

記憶の片隅を総浚いしてそれの情報が引っかかる。

(自衛隊哨戒機P‐3Cオライオン。いや、次世代型のP‐Xだったか?)

P‐3C対潜哨戒機。

航空自衛隊において未だ現役の哨戒機。

その当時、冷戦真っただ中の太平洋周辺でソ連の原潜に対し絶大な抑止力を誇った代物。

太平洋の安定が冷戦下でもギリギリの線で保たれていたのは監視者として、その機体を日本が保有していたからに外ならない。

そのP‐3Cが現役から退くにあたり造られているのがPatrol aircraft-X。

P‐X。

テスト飛行しているのは知っていた。

バルトメイラから一度日本へと戻されてから興味の対象としてあらゆるミリタリー情報を集めていた時、目に止まったのを覚えている。

(こっちの位置情報は全部筒抜けか。妙に竜の統制が取れてたのはこいつのせいか?)

砲撃音。

「フェルフラム」

レオドセルの街の一部が爆砕される音が断続的に聞こえる。

そんな街の様子に動じる事もなくフェルフラムが立ち上がった。

「自分にやれる事はあるか?」

「これに映ってる竜を出来る限り早く破壊して来い。手段は問わない。お前にして欲しい事はそれだけだ」

「了解した」

まったく簡潔にフェルフラムが頷き、その場から『避空』で街の外へと跳んでいく。

作戦も何もあったものではない。

しかし、それ以上に言い様がないのも事実だった。

テオとユネルでは百五十キロ先の高空を狙撃するのは不可能。

フェノグラシア全体で周囲の竜を撃退させている以上、それ以上のオーバーワークはフェノグラシアのギリギリで保たれている戦線を崩壊させかねない。

レオドセル付近に近付いてくる竜は幾ら倒しても切りがないが反面少数で今ギリギリ支えていられる。

その敵の数が増えつつある今包囲されるのは時間の問題。

本隊である戦車の群れはテオの力で見る限り、五千どころではなかった。

テオが受け持っていた方角からも数千両以上の戦車が向かって来ていた。

状況は絶望的。

二方向会わせて一万以上。

地球の軍隊でも此処まで壮観な光景は見られない。

今はドイツでも退役したレオパルト戦車がズラリと並ぶ光景に眩暈がした。

(ミリタリーなヲタ連中なら狂喜乱舞しそうな光景だな)

見れば街の端でフェルフラムの待機させていた竜が浮かび上がる。

【あるはずの無い機体】が加速していく。

純日本製次世代戦闘機開発に掛る先進技術のテスト用機体。

先進技術実証機(Advanced Technological Demonstrator-X)

名を【心神】。

未だ現代日本で開発途中であるはずの武装の無い幽霊ファントムが飛んでいく。

「・・・・・・」

フェルフラムに拾われた当初は解らなかった竜の姿を改めて見つめた時、思わず渋い顔になったのは仕方ない。

それが自国の戦闘機の雛型であるならば尚更だった。

今まで竜が現在までに開発され使用されてきた乗り物だけを模していると思っていた。

その思い込みが崩れ、未だ現物が無いはずの機体まで出てくるというシナリオ。

(ドーラ列車砲。大和。原潜。空母。タイタニック。レオパルト戦車。P-XにATD-Xだと? 何処の誰の趣味だ)

バルトメイラに存在する竜。

それがどうして現実世界の乗り物を模しているのか。

最もな疑問に一石を投じるだけの衝撃。

問いへの回答は未だ明示されていないが、その核心へと近付いている事がヒシヒシと感じられた。

いや、核心の方から近づいてくるからこそ【この状況】なのかもしれない。

絶望的な戦力差を見つめながら嗤う。

「賢者?」

「がと・・・う?」

全てを仕組んだ何かに教えてやりたかった。

此処に在るモノを。

人と人が出会う奇跡を。

如何なる力も及ばないものがあるという事を。

「ユネル。テオ。これから簡単な説明をする。この方法が成功するかどうかはお前達次第だ」

同時に頷く巫女達へ最後になるかもしれない説明を急ぐ。

地の竜、水の竜、空の竜。

その全ての巫女達が力を合わせる夢物語。

成し得るかどうかは解らない。

ただ何もしないで待つよりはマシかもしれない。

そういう類のファンタジーを騙る。

「この方法は機会が限られてる。たった一回、一度だけの・・・」

世迷言が事実になるまで賢者役を降りられないと思う自分は好きになれる気がした。



空で展開していた娘達の竜の上で指揮を執りながら何とかレオドセル周辺の竜を全て退けたのも束の間。

地の竜の大規模な群れを遠目で確認した。

近づいてくる群れの先行している少数を叩き、周囲の安全を確保したのはいいものの、ジリジリと押し込まれている事を感じて全員をレオドセルへと引き返させた。

限界。

それ以上の戦闘は死者を悪戯に増やすだけだと長年の経験から解っていた。

「賢者様からの書面です」

レオドセルへと降り立ったところで街の使いから手紙を受け取る。

戻ってきたばかりの娘達が倒れるように道端へ体を投げ出し意識を失っていく。

手紙を広げて読み、深く深く溜息とも感嘆とも付かない呼気が漏れる。

(可能かどうかはこちら次第。逆転か犬死か。まだ力を使う気力があるなら中央へ集合・・・・・・賭けてみましょう。その分の悪い博打に)

手を打てば救護の人間に介抱されていた娘達は一人も欠ける事なく目を開けた。

「後一刻もすればこのレオドセルは竜の群れの攻撃範囲に入るわ。此処が貴方達の腕の見せ所・・・と言いたいところだけれどリオーレンの賢者様に感謝なさい。最後の一手があるそうだから」

ざわつく事もなく、死を瞳に映して、娘達がこちらを見つめていた。

その貌に陰りはない。

疲労に全身が震えていても瞳には不屈なるものが籠っている。

「貴方達の力が必要だそうよ。存分におやりなさい」

『はい。マスター』

揃う声に背を向けてレオドセルの中央へと歩みを進める。

起き上がり付いてくる娘達の足音に誇らしさを覚える。

足音は決して萎えてなどいなかった。

道を進むと人垣が割れていく。

誰もが疲れた顔をした人々。

その絶望的な悲観する表情が変わっていく。

堂々と虚勢なく、淡々と疲れも見せず、巫女が歩いている。

それだけで人々は希望を胸に灯す。

道の先、鐘楼の袂。

二人の巫女と一人の賢者が寄り添っていた。

どちらの巫女も意識が無いようにその男へグッタリと寄り掛かっている。

巫女達の体を抱き止め、正面に浮かぶ四つの水の真円を見つめる瞳には諦めたような気配は無かった。

「両手の花を街の人間に見せつけて楽しいのかしら?」

目の前でそう訊けば、渋い顔をされた。

「休めと言った途端に崩れ落ちて此処まで運ぶのに苦労した身にもなれ」

「その子達の傷の具合はどう?」

「傷の手当は終わってる」

「それなら屋内で休ませた方がいいでしょうに」

「屋内じゃ真円が維持するのが大変らしい。街で一番安全で開けた場所が此処しかなかっただけだ」

「そう。それで私達はこれからどう行動すればいいのかしら?」

「この場で待機。時間になるまでは体力の回復に努めろ。どうせ今のままじゃ何も出来やしない」

「だそうよ。では、休みましょう」

鐘楼の周りにゆっくりと腰掛け楽にする娘達が二人の巫女達の周りに自然な形で屯する。

「もっと広がって座ったらどうだ?」

隣で愚痴る声に笑ってしまう。

「空で戦うのは体が冷えるわ。こっちの方が温かくて良い感じよ?」

「そんなに気安い性格だったか?」

「さぁ、どうかしらね。久々に前線で戦って気分が若返ったような気もするわね」

「年寄りの冷や水は体に良くないな」

「それなら若者の早死も老体には良くないわよ」

「後悔してるなら聞いてやる」

「何をと答えさせてもらうけれど」

「オレが賢者じゃないのは見てれば解ったはずだ」

「ええ、そうね。坊やは賢者って柄ではないわ。でも、賢者なんてものよりは余程役立ってる」

「・・・・・・」

「あんな数を目前にして未だ一人も欠けていない事は貴方のおかげ。この街に全ての避難民が集えたのも。もし、私達が無策であの数に挑んでいたなら結果は知れていたでしょう」

「此処で瓦礫に埋もれて全員死ぬとしてもそんな事が言えるか?」

「言えるわ。そうならない為に貴方は待っているのでしょう?」

「オレ達が抵抗可能かどうかはフェルフラムに掛ってる」

円の一つが指差される。

その中で戦う術無き娘が一人、空を舞っていた。

「死なせるつもり?」

「巫女に向いてないと戦場に出さなかったのは竜のせいか?」

「あの子の竜は戦う為の力を持っていないわ。持っているのは速さと動きの良さだけ。そんな子に自分が何者かも定めていない子に、戦わせる道理はない。狂乱に出ていけば待っているのは死だけだもの」

「フェルフラムの精神面の問題は解決されてる」

「現実的に言ってあの子の竜は戦えない。もしも戦いようがあるとするならば、突撃する事だけよ」

「大巫女も大した事ないな」

「何が言いたいのかしら?」

「それを一度でもフェルフラムに言ったか?」

「そんな事・・・あの子は竜を受け継ぐのではなく自らの血によって新たに自らのモノとした。それはつまりあの竜以外に使える竜を持たないという事よ」

「お前の竜は役立たずだから戦えはしないってハッキリ言ってやれば良かった。そうすれば勘違いする事も無かった」

「勘違い?」

「曖昧に言葉を濁しているからあんたは見誤った。フェルフラムは竜の事に関しては一切の不安を持ってない」

「あの子がそんな事を? どういう事?」

言われた事がどんな意味を持っているのか不明瞭過ぎて訊き返す。

「フェルフラムは自分自身に問題があるから戦いに出して貰えないと思った。それは確かにその通り。精神的な面であいつはそういう脆さを抱えていたんだろう。だが、それ以外の部分、自分の巫女としての力は使えると思ってたし、竜に関しても自信を持ってた。勿論、その竜も含めて自分のマスターが巫女に向かないと言っているはずだと思い込み悩んだ」

「あの子の竜が戦えるはずは・・・」

「考えが古過ぎる。思考が硬化してる。そんな常識捨てろ。あんたはあいつの何を見てた?」

「私は・・・」

「オレはあいつに出会った時、自分がどうして生きてるのかと不思議に思った。 そして、あんな高空から降ってきてオレを潰さずに自分の体を支えるなんて曲芸をやったフェルフラムは力のある巫女だと感じた」

「『避空』を使えば誰でもそれぐらいはできるはずよ」

「圧縮した空気を使うただの避空じゃ減速までに時間が掛り過ぎる。オレに向かってきたフェルフラムはオレに衝突する寸前まで減速した様子も無かった。数秒の時間でオレを殺さずに避空で勢いを殺すにはただ空気を下に排出するだけじゃ無理だ」

「なら、あの子はどうしたと言うのかしら?」

「さぁ? ただ本人は咄嗟にどうしたらいいのか考えたそうだ。たった数秒で思考し、目的を達成する方法を考え、実行する。その才能は確かにあいつの中に息衝いてる。あいつはあんたが思うよりもずっと前を進んでる」

「何の証拠も無く信じられるなら苦労しないわ」

「あいつの竜は確かに武装が無い。弾を吐き出す筒も無ければ敵に向かっていって爆発するもんも積んでない。だが、それ故に機敏でどんな竜よりも速い」

「攻撃手段が欠けていれば意味が無いでしょう」

「巫女は竜を戦わせてこそ、なんて説法なら止めておけ。あいつはそういうのじゃない。あいつはどっちかと言うとテオに近い。いや、テオが護りならあいつは攻めか」

突如、回りの円の一つが輝きを放った。

あの幼く脆く儚かったはずの娘が、その竜が大勢の巨大な竜の間を抜けていく。

次々と爆発していく竜達を置き去りにして娘の竜が輝く翼のようなものを幾つも連れて飛んでいく。

「どういうこと!?」

「フェルフラムはオレを此処へ連れてくる際にテオの救出も行った。その時、あいつはテオに迫った攻撃を避けるでも迎撃するでもなく、防ぎ切った」

「?!」

「そうだな、あいつは・・・竜よりも自分の方が強い巫女だ」

愕然としながら円を見つめる。

「竜の力はあいつにとって自分を自在に移動させる方法にしか過ぎない」

どんな攻撃方法で竜を破壊しているのか理解出来なかった。

「それにしてもF-117・・・ステルスを団体で地獄行きにする戦力って何なんだろうな」

呆れた様子で感嘆の溜息が吐かれる。

帰ってきたら今までの事を謝らなければならないようだった。



急がせるだけ急がせて空を往く。

与えられた任はただ一つ。

あの円に映っていた竜を討つ事。

予想進路は織り込み済み。

いつもより乾燥している空は雲も無く、日を落とそうとしていた。

「!」

それが見えたのはあの竜へと後少しで追い縋ろうという時。

黒い竜達の群れだった。

今の今までまったく見えなかった竜が小さな雲の中からいきなり飛び出してくる。

(あの竜を守ろうと?)

接触まで数秒。

無視すれば追われる身となり余計な時間が掛りかねない。

竜を加速させる。

『避空』で準備に入る。

ただ一瞬の交錯のみでケリを付ける方法は頭の中に描かれている。

想像するのは剣。

自らの前に立ちはだかる見えない壁を突き抜ける。

竜に割られ後ろへと流れゆく風を想い描く剣へと詰め込んでいく。

それは昔、注意された事。

あまり多くの風を避空で押し込めてはいけない。

押し込めれば押し込めるだけ風は熱くなり、最後には避空を割って破裂する。

それを誰も試していない事を不思議に思って、悪戯で火傷した。

解った事は単純だった。

風を押し込めて生まれる熱はやがて陽炎へ、陽炎を越えて輝きへ、最後には陽光に劣らぬ光になる。

竜が移動する度に後ろへと流れていく風を一つ残らず詰め込んだなら光が生まれるのは数秒で十分だった。

「消え失せろ」

視界が回転する。

風は縒り合わせられ螺旋を描き、竜の尻尾のように幾本も幾本も細い糸のような剣を生む。

回りながら進めば黒い竜達はもう撫で切りにされて通り過ぎた後。

同時に何かが追ってくる気配。

音だけで解った。

時折、強い空の竜が積んでいる筒だった。

当たった味方が爆散するところは何度か見ていた。

「――――――」

当たる寸前に剣を『避空』の力から切り離す。

急激に制御を失って解けた剣は集めていた風を解放する。

後ろからこちらを吹き飛ばす勢いの爆風。

それに煽られた竜を立て直した時にはもう圧迫感は消え去っていた。

赤く染まり始めた小さな雲の群れの最中に輝くものを見つける。

(見えた!)

竜が一匹、近づいてくる。

心臓は早鐘を打ち始め、耳元が痛む。

喉が干上がり体が強張る。

怖かった。

失敗したら、巫女に向いてない、経験は一欠片もない。

次々に溢れてくる不安。

もしも自分が失敗すれば、誰かが死ぬかもしれない。

いや、かもしれないではなく死ぬ。

(そう、解っている)

送り出してくれたあの男は余計な事は何も言わなかった。

頑張れとも言わなければ失敗するなとも言わない。

ただ、やってこいと言った。

それはなんと信頼を預ける言葉だろう。

たぶん、この竜の討伐が失敗すればレオドセルにいる全員が竜の餌食となる。

そんな事は承知で言葉には飾り気もなかった。

『これに映ってる竜を出来る限り早く破壊して来い。手段は問わない。お前にして欲しい事はそれだけだ』

フェルフラムという巫女にも成り切れていなかった女が初めて巫女として思う。

その言葉に応えたいと。

初めて巫女として望まれたフェルフラム・トレッキア・フォーティシコス・アンテラノードは巫女としてその信頼おもさを全うしたいと望む。

「『避空』」

竜との交差まで数えて十二。

巨躯を駆り猛然とこちらへと唸りを上げて向かってくる竜を睨み付ける。

十。

腰を入れ。

八。

泰然と構え。

六。

心を凪ぎ。

四。

風を掴み。

二。

腕を掲げ。

零。

「【泡砕ほうさい】」

竜が止まった。

風は遷ろう事なく目前に迫った巨躯を拉げさせていく。

滔々と流れゆく風を空に一刻留めれば、それは泡の如く竜を包む。

空に抱かれるように翼を畳まされ、竜は自らの終わりを知る。

やがて玉卵と化し、竜は儚く弾けた。

「・・・・・・」

旋回した時にはもう背後の竜は幾万の輝きとなって落ちていくところだった。



(気圧を一気に高めて粉砕した?)

真円の中、巨大なP-Xが僅か数秒で内側へと機体を丸く拉げさせられていた。

避空によって球形へと圧縮された空気が莫大な圧力となって機体を内側へと破壊し、急激に高まった気圧の解放と共に崩壊しつつある機体がバラバラに飛散する。

その避空の強さも然る事ながら一瞬でP-Xの機体を圧壊の牢へと閉じ込めたフェルフラムの手際に関心した。

全ての敵を屠り終えた【心神】が進路をこちらへと向け旋回する。

「良かった・・・姉様・・・」

「フェルちゃん」

「あの子が・・・ね・・・」

いつの間にやら周囲でギュウギュウ詰めになって真円を見ているフェノグラシアの巫女達から口々に安堵の声やら涙声やらが漏れる。

ドーン。

かなり近くの建物から爆発音と粉塵が上がった。

早百発近くとなるだろう砲弾が落ちるせんじょうのど真ん中。

緊張感も無い巫女達にグッタリしながらテオに告げる。

「陣を展開だ」

「迷霧の陣」

数十分の休憩で幾分か顔色が良くなったテオの呟きと共に街の周囲にある堀が爆発的に霧を発生させ街の周辺数キロを完全に覆い隠していく。

同時に砲撃の音が街から遠ざかり、周辺の避難民に安堵が広がった。

「フェノグラシア総員は街の外周へ均等に散開。各自、後は説明通りの役割を期待する」

動きも良く前方に即座に隊列を作った巫女達が敬礼と共に頷いて散っていく。

(これで後は竜の包囲が完了するまでにテオとユネルの力がどれだけ回復するか)

「賢者。フェルフラムさん凄いよね」

「まったくだ」

「ガトウ。その・・・手を・・・握っていい?」

「どうぞ」

「テ、テオがいいならあ、あたしも!!」

「好きなだけ」

「「~~~♪」」

「周囲の視線が気にならない巫女という人種がオレは羨ましい」

「「~~~♪」」

「聞いてないしな」

近頃、色ボケリア充具合が相当だと思う。

街の住民や避難民の【こんな時に女とイチャ付いてるよ】的な視線を受けるのが平気になった自分ほど恐ろしいものはない。

とりあえず命があるだけマシな状況。

事実、最後になるかもしれない瀬戸際にあって大切なモノを傍に感じたいと願うのは人として当然かもしれない。

死の間際に立とうと呑気に笑えて色ボケていられる二人の巫女の腕が僅かに固く、思わず天を仰ぎたくなった。

手を離して左右の頭を撫ぜる。

「「・・・・・・」」

言葉にならないものを態々言葉にする必要性はあまりない。

こうしているだけでも伝わるものはある。

「間が持たない。オレの初恋の話でもするか?」

だが、それで足りないと思うのが自分の性なのかもしれない。

「ふぇ!? け、けけけ、賢者!?」

「な?! ガ、ガガガ、ガトウ!!」

唐突な話に思わず驚く二人の巫女を置き去りに色々と懐かしい過去を話し始めてみる。

「オレが初めて恋をしたのは確か―――」

「何でそんな事言い始めちゃうの!?」

「今凄く真面目なところだったのに!!」

慌てる顔も面白く、思わずクツクツと笑みが零れる。

「七歳の頃だった。そいつは当時のオレにとってかなり刺激的な奴だった」

「し、刺激的・・・」

ユネルが思わず身を乗り出しそうな勢いでゴクリと唾を飲み込み、

「かなり・・・」

横のテオが顔を赤くして次の言葉に身構える。

「オレはいつもそいつと一緒だった」

「一緒!?」

「だ、誰!?」

「オレにとってそいつはお気に入りで何度も何度も抱いて寝たっけな」

「だ―――!?」

「な、何度も?!」

「当時は風呂も一緒に入ってたくらいだ」

「お風呂!?」

「私達には駄目って!!」

「暫くの間そいつと一緒だったが、ある日そいつはオレの前から消えた。オレはその日初めて夜眠れなかった」

「あうぅぅぅ。あ、あたしと暮らす前にそんな事が・・・」

「ガ、ガトウ・・・その頃から変だったの?」

「とりあえず続きが聞きたかったら全部終わらせてからだ」

四つの真円が街の東西南北を見せていた。

複雑に光を屈折させ、街の頭上に中継点の真円を幾つか置いた空からの監視映像。

竜の群れレオパルト戦車の軍団が迷いながらも街の周辺を完全に埋め尽くしていく光景に見入る。

「完全に包囲された瞬間からが勝負だ。テオ、ユネル。任せたぞ」

「賢者の話を聞くまで絶対あたし死なないから」

「私も。ガトウの話の続き、聞きたい」

「オレは鐘楼の上に行く。合図と同時に行動開始だ」

共に頷き合い誰ともなく手に手を重ねる。

「行くぞ」

手を握り、離し、自らの持ち場へと背を向ける。

足音は迷いなく共に遠ざかる。

街の鐘楼へと昇り最上階に付くと街の全貌が見てとれた。

街の半分以上が瓦礫となり、避難民と住民は街中心に固まっている。

街の先、蠢く戦車の影が最後の防衛ラインである堀へと近付いていく。

四方に続く避難水路と堀が一体となった防御陣地は容易に突破出来ないだけではなくテオが最大限に力を発揮する為の下地としても機能を果たす。

周辺の水辺と直結しつつ力の全てを四方に行き渡らせて守りを厚くするのが本来の役割でありながら、陣地は攻撃の基礎的な役割も持っているのだ。

戦車の姿が堀の外に広がる霧から見えた。

鐘に続く大きな綱を思いきり引く。

鳴り渡る鐘の音が全ての合図。

乗るか反るかの博打にも等しい戦いが始まる。



鐘の音を聞きながら隣り合う仲間を見つめる。

街の端。

円を描くように等間隔で配置に付きながら避空を使う。

いつも押し込めている風とは違う感触。

それはとても重たくジリジリと体の芯から力が抜けていく。

【ねぇ、あたし達結構楽しい人生だったよね?】

仲間と配置に向かう道すがらそんな話をした。

死ぬかもしれない。

それはとても当たり前な前提の話。

命を賭して守る者の言葉。

【けど、まだやりたい事一杯あるし。精一杯生きないとね】

本音は誰だってそんなものかもしれない。

同期に入ってきた仲間の三分の一は竜との戦いで消えた。

遺体も見つからないような死に方ばかりだった。

空で爆散した者もいれば、地上の水底に沈んだ者もいた。

フェノグラシアの誰も口は出さないけれど、誰もが死んだ者の分まで精一杯に生きる事を己に課している。

命は落とそうと遺志を繋げていくという想いが生者を生む。

どんなに哀しくとも進んでゆく以上いつかは死に直面する。

その時、泣いてばかりでは情けない。

巫女ならば笑って逝かなければと己の理想を胸に持つのは皆同じ。

【みんなの分まで、ね?】

避空に押し込められた水の冷たさにも胸の熱は冷めないと思えた。

水は宙を駆け、やがて街の頭上へと溜まり膨らんでいく。

やがて、水に流れが生まれる。

街を押し潰すように集められていくのは堀の水だけでは無かった。

周辺の風が渇いていく。

街の上に集められていく水が目に見えて巨大化していく。

避空へと取られる力が幾分か減る。

水が自在に流れを生んで回っていた。

貪欲に水気を求めているのか。

街を覆わんばかりにそれが立ち上がる。

水の塔。

そう呼ぶに相応しい威容。

霧の中からでもきっと見えるだろう姿に感嘆を覚える。

(後は・・・)

街中から二つ目の塔が立ち上がるのを目にした。

巨大な筒は地の竜のもの。

輝きが迸った。

水の塔に地の竜から放たれる光が飲み込まれていく。

爆音。

霧の中から光を目印に幾度も幾度も攻撃が降り注ぐ。

雨霰あめあられと降り注ぐ破壊の雨が地の竜の周辺を打ち砕いていく。

それでも水の塔へと光を放ち続ける地の竜は決して逃げなかった。

恐ろしくないわけがない。

逃げ出したいに違いない。

それでも不動を貫く姿に拳を握った。

(絶対、死なない。死なせたりしない)

水を集め続ける。

供給し続ける。

やがて、水の塔は膨らみ膨張していく。

何処までも何処までも天を貫くように白く変色していく。

それでも地の竜から放たれる光は止まない。

それどころか輝きは強く眩くなって、暮れていく世界を照らし出していく。

空から霧の中へと突き進む影を見た。

フェノグラシアの全員が支援の途中。

もし飛んでいる味方の竜がいるとするならば、それはたった一人。

空中で僅かな輝きが奔った。

地の竜の光に掻き消されるような小さな光。

それが虚空で何かとぶつかった。

物凄い速度で飛んでくるはずの攻撃に攻撃を当てて相殺する。

そんな神業を成し得る人間は一人しかいない。

地の竜を守ろうと影が霧の中へと急降下していく。

霧の中で爆発が起こる。

小さな影が再び空に舞い上がっていく。

「マスター」

街を旋回しながら霧の地上と空を行き来し乱高下を繰り返す荒々しい姿。

どんな地の竜にも追い縋り撃破してきた総撃破数七千を超える超人。

急降下爆撃を得意とする大巫女。

反撃の雨の中を決して臆する事なく地上へ向かう勇姿に涙が滲んだ。

(必ず、やり遂げてみせます)

生きて今一度会う為に、己の持てる力の全てを『避空』へと注ぎ込んだ。



「スツーカ? あの婆か。皮肉にも程がある」

ユネルの竜が放つ輝きの中で僅かに視認出来る影の形は見間違えようもなかった。

大戦時にドイツで使用されていた爆撃機。

スツーカ。

とある英雄によって駆られた機体が十機もあれば師団も壊滅すると言われた名機。

ドイツと敵対する軍の戦車部隊が英雄の乗ったスツーカに悪夢のような損害を受けたのは有名な話だ。

(飽和蒸気に更なる熱を加えて加熱蒸気へ。避空による気体圧縮で膨張を抑え込んで展開。いけるか?)

ユネルの砲撃が止まった。

輝が失せ、空に夜の帳が一気に落ちる。

鐘楼の頭上に聳え立つ塔が変容した。

水の塔は崩れ、蒸気の球へ。

蒸気の球は内部を対流させながら巨大な環へと変化し、ユネルからの熱の供給を止められながらも圧力を増大させ、蒸気の環は直径を広げていく。

完全にテオの制御から離れた輪が炸裂する寸前、一斉に街周辺の霧が晴れた。

堀の周辺へと展開していた竜達のバラバラだった砲身が街に向けられていると確信する。

思いきり綱を引いた。

二度目の鐘の音と共に蒸気の環が解放された。

加熱蒸気の解放と同時に避空によって生み出される風が蒸気を外側へと広げていく。まるで雲海の如く広がっていく蒸気が通り抜けた後、一瞬の間があった。

ジリジリと焼けつくような焦燥。

加熱蒸気がモノを焼くのは周知の事実。

しかし、科学実験が好きなわけでもない素人が検証もせずに行う作戦には死が伴う。

うろ覚えの知識で練った策が最初から無駄だったとしたら、死んでから謝ろうと内心弱気がもたげた時。


―――世界が燃え上がった。


同時に堀や避難水路が凍っていく。

樹木は加熱蒸気の高熱で発火し、水気のある場所では水の気化熱で冷却現象が起こって急激に温度が下がり氷が張った。

炎の勢いが強まり、街の周囲は堀を挟んで地獄のような光景となっていく。

しばらく雨に恵まれなかった森は堀に水を奪われ乾燥していた。

蒸気によって更なる乾燥が行われ発火すれば森林が燃え広がるのは道理。

地面の氷に映る赤い炎は夜空と地上を紅く赤く染め上げていく。

「これでやっと―――!!?」

安堵した刹那、五感がほぼ全て死んだ。

たぶん、砲弾が鐘楼に炸裂した。

意識が薄れていく。

加熱蒸気の熱で砲身はいかれているはずだった。

砲撃そのものが不可能となっているはずだった。

炎に呑まれ倒れてくる樹木で見動きは不可能。

上がり続ける内部の温度に機器が故障すれば完全に終わりだと、そう思っていた。

(こんな、ところで)

ファンタジーはそうそう甘くなかったらしい。

迂闊だと自らを嗤う事すら無く。

意識が途切れるまで次の砲撃音が聞こえない事だけが救いだった。



気付けば空は蒼く。

一面の雪景色が広がっていた。

此処にあちらの事情を持ち込んでも無駄な事は分かっている。

故にどうなったかについては気にしない事にした。

もしも、どうにかなっていた場合はこのまま死んでもいい。

ただ、どうにもならなかった場合は後悔してからどうにかしよう。

それがどんな代償を伴うものだとしても。

やれる限りの事をしなければ後悔すら出来ない。

全てを白く覆っていく雪の中で彼女はいつもの如く立っていた。

「相変わらずか?」

「何か失礼な事を言われている気がします」

その通りなので言い返す事もなく雪の積もったアスファルトに立つ。

道には一本の華。

胡蝶蘭。

フェルフラムと同等の姿を模る彼女の顔はいつものように華に隠れ見えない。

「世界には奇跡が必要だ」

「いきなり詩人ですね」

笑い声。

「そう考えた奴がいて、その実行者が必要とされたとオレは推測する。オレは奇跡の実行役。そして、あいつらはオレがいなければ本来報われぬまま終わるはずだった。違うか?」

彼女がはらはらと舞う華を指先に乗せて溶かしながら、無言でこちらを見つめる。

「この推測はバルトメイラに対するオレの感じた違和感や今までの情報とオレが必要とされた状況から導き出した。オレはそもそも【物語の主人公】には不向きな人間だ。それがこのバルトメイラで賢者なんて立ち位置に置かれた。不自然だ。不自然過ぎる。不自然じゃないわけがない」

「それは随分と自分を低く見積もっていますよ?」

「オレは目の前で起こった全ての事件が偶然で片付けられる範囲にないと断じる。IFの話をするなら、オレが来ないバルトメイラでは少なく見積もっても万単位の被害が出たはずだ。ユネルとテオ。二人が死んでいた場合の被害予想は想像に難くない。それはオレが必要とされた理由に為り得る」

「全てが【はず】です」

「オレは今まで二つこのバルトメイラに呼ばれた理由を考えた。勿論、一つは竜による被害を減らす駒としての役割。もう一つは巫女を救う為の役割。どちらかか、あるいはどちらもか。理由としては妥当だ。だが、今回この場に来て三つ目の理由が浮上した」

「一応聞いておきます」

「お前を救う為だ」

「――――――」

彼女の口元は微笑んでいる。

華が降り積もる肩もそのままに彼女はこちらに背を向けた。

「両手に花束を抱えたくなったとは知りませんでした」

否定しない声は僅かに皮肉げでいつもと変わらない。

「口説かれてるつもりなら嗤ってやる」

「どうしてそんな奇妙な事を言い始めたのか訊いても?」

「お前がオレよりコミュニケーション下手そうだからだ」

「言っている意味が解りません」

「オレは二度ある事は三度あってもおかしくはないと思う。だが、二度ある事が三度あったなら其処に必然があるかもしれないと疑う人間だ。オレにとってバルトメイラも【此処】も大差無い。誰かに呼ばれて来たとすれば、どうしてこんな場所に来る必要があるのかと思考して当然だ。何故オレは此処でお前と話さなければならない?」

「それは・・・」

「オレに対してお前が話さなければならない立場にいるとするなら最初の一回で済ませば良かったはずだ。バルトメイラへの片道切符を渡すにしても、オレの命を救うにしても、オレ自身に一々話す必要はない。勝手に裏から手を回せば済む話だ。死に掛ける度に出会わなければならない理由でもあるなら別だが、オレ自身にはそんな理由が一欠片もない」

笑みがやっと止まった気がする。

「こういう生死の境。夢のような場でなければ会えない存在だとするならば説明は付く。お前は此処にしかいないのかもしれない。そう仮定すれば、オレが此処に勝手にやってきているという解釈ならば、この状況を理解は可能だ。だが、それにしても一々会って話さなくともいいはずだ。なのに、お前はオレに興味を持って近付いて話し掛ける。自らを明かさずに語りかけてくるその理由は何だ? まさか、ただの好奇心や好意なんて言うつもりか」

「貴方が、私が全ての元凶だと疑っているのは解りました」

声に固さは無い。

「お前が何かしらの力を持つ特別な存在なのは容易に想像が付く。だから、オレはお前を特別扱いして話してきた。だが、オレは自分の事を話さない奴に気を許すような人間じゃない」

言われた事を正確に理解したのか。

溜息混じりに答えが返される。

「ただの好奇心や好意的な感情から貴方に接しても、私が何も明かさないなら、それは無駄という事ですか?」

「物解りが良くて助かる」

「逆に特別な理由から接しているなら、その理由を教えろとも聞こえました」

「その通りだ」

「一つ訊きます」

「どうぞ」

「三度出会っただけの人間に貴方は【私を救ってくれ】と言えますか」

「言えない。そんな恥ずかしい奴は死んでしまえ」

「私がそんな人間に見えると貴方は言ってます」

「なら、それはそういう事だ。きっと、そう見えるんだろう。人間かどうかは知らないが」

「失礼な事を言っている自覚は?」

「勿論、あるに決まってる」

「後ろを向いてください」

「ああ」

言われた通りにすると彼女の足音が背後まで近付いてくる。

今まで一度たりとも近づいてこなかった彼女が傍にいる。

「奇跡が必要だと考えた人がいたと仮定して、それを貴方が実行させられているとして、その奇跡が仮にこの場にいる【私】を救うという戯言だとして。貴方はその奇跡の代価を望みますか?」

背中に感触。

背中合わせになったヒトは今までよりも近く、何よりも温かく感じられた。

「時と場合による」

「では、貴方の考える理由全てが奇跡が必要とされる理由に当て嵌まるとしたら?」

「とりあえず1番と2番の理由は解決するまで関わる。だが、3三番の理由は1番と2番が終わった後に回してから考える。代価を受け取るとするなら3番だけだ。少なくとも1番と2番はオレ自身の希でもあるからだ」

「この善人」

何か諦めたような、あるいは拗ねたような声音で毒付かれる。

それは初めて彼女に人間味を覚えた瞬間。

「オレとお前の善人の定義が違う事は理解した」

「貴方は何処の聖人ですか?」

「聖人の定義も違うらしい」

「貴方がどうしようもない悪人なら良かった」

「実はオレ巫女に二股掛けてるんだよ!」

「誇れる悪事の小ささに驚きます」

なんだってーと驚いてくれたなら、とりあえず友達に為れる気がしたが儚い夢と散る。

性質たちの悪い善人は自分が悪人だと思っているから始末に負えません」

「その言い分からして甘い。善人と悪人なんて紙一重だ。心底憎い人間を殺してくれるならどんな悪人も聖人に見える。逆にどんな善人も敵を守るなら最低の屑だ」

背中から不意に熱が消える。

その熱に惜別の念を覚えて、振り返えろうとして止められた。

腕を掴んだのは細い手。

背中に今一度当てられたのは小さな頭だった。

「私の落しモノを探してくれますか?」

「この世界には落し物をした人間が一杯とかの話だったか?」

「小さな巫女はいつだったか落としてしまったんです。一番大切なものを」

「見かけたら拾っておく」

背中の感触が消える。

振り向けば背中が見えた。

「お渡しします。それ」

追おうと出かけた足に何かが当った。

拾い上げればそれは小さな鉛色の指輪だった。

「薬指に嵌めない事を前提に借りておこう」

思わず立ち止まった彼女がクスクスと笑う。

「ちなみにオレの性質が悪いのは教育上の問題だ。それとただの善人もただの悪人もいない。いるのはどちらかが誇張されている人間でしかない。オレにとっての悪人は他人に自分のねがいを押し付ける奴の事だ。その点においてオレは間違いなく悪人だろう」

「でも、貴方は優しいじゃないですか。こんな訳の解らないモノに何の疑問も持たず背を向けられる。それは誰にでもやれる事じゃありません」

「どんな世界も人が想像する以上には出来てない。未知はいつか既知に塗り変わっていく。オレはお前を知っている。その限りにおいてオレは危険を感じない。それだけだ」

「あの子達を抱き締めてあげてください。貴方ならきっと抱きしめられるはずですから」

人の顔を一番苦くする言葉を残して彼女の背中は遠ざかって行く。

いつの間にか雪は止んでいた。

空を見上げれば垂れ込めた厚い雲は無く。

ただ地平まで白と蒼の世界が続いていた。



レオドセルへと帰り付いた時にはもう全てが終わっていた。

周辺から広がっていく黒煙と全てを燃え上がらせる火の手。

地の竜の全てを飲み込んで森林は火葬場そのもの。

レオドセル上空で竜から降りると街の惨状に心臓が縮んだ。

半分以上が瓦礫の山だった。

街の中心部。

鐘楼の袂へと行き着いて、血の気が引く。

大勢の人間が鐘楼の残骸に群がって掘り起こそうとしていた。

辺りにはケガ人を運び出す者ばかり。

亡骸に縋って泣いている者がいない事だけが慰めにもならない慰めだった。

その中心で今も瓦礫を持ち上げては放り出している二つの背中を見つける。

一人は包帯だらけの手で血と砂が混じり合うのも構わずに何度も何度も周囲の細かい破片を取り除いていた。

一人は憔悴し切った顔を泣きそうに歪めて男手十人でも持ち上がらないだろう破片を退かし続けていた。

「―――!!!」

何があったのか察して余りある。

夢中で走って、そのまま作業に加わった。

何も言わずただ掘った。

状況を説明させる時間も惜しかった。

一秒でも早く助けたかった。

(ガトウケンジ! 貴様はこんな所で死ぬべきではない!?)

初めて自分の心を知る。

今まで感じてきた哀しみに同じ思いは一つとしてない。

半身を引き裂かれるような胸の苦痛。

それは仲間を失った時とは違う痛み。

「賢者ッッッ」

悲痛な声を耳にしながら指の皮が捲れるのも構わずに誰もが一心に辺りの瓦礫を退け続ける。

やがて声が響いた。

【見つけたぞぉおおおおお!!】

思わず全員で其処に走った。

転びそうになるのも構わずに走って、それが少女だと知る。

今にも手折れそうな線の細い少女が瓦礫の中から血だらけで発見されていた。

一瞬で状況を把握して同じ場所へと戻った。

瓦礫を何度も何度も退けて何度も何度も退けて、何度も何度も退けて、退ける瓦礫すらなくなって、それでも諦め切れず、何度も何度も砂を浚い辺りの瓦礫を転がし、跡地が無くなるまでやり続けて、周囲に止められる。

全力でその止める誰もを振り払った。

「ッ!?」

体が急に崩れ落ちて、自分達が限界をとっくに超えていたのだと知る。

同じように崩れ落ちて、名前を呼びながら瓦礫に向かおうとする二人を見て、本当に馬鹿な話だと思う。

本当の本当に何て馬鹿な話かと思う。

こんな結末をあんまりだと思う。

こんな事を今更になって気付くなんて酷い話だと思う。

フェノグラシアの【巫女フェルフラム】はリオーレンの【賢者ガトウケンジ】がいつの間にか好きだったのだ。

あの皮肉と嗤いの内側に秘められた本当は優しい人柄にいつの間にか惹かれていたのだ。

嗚咽ばかりが喉を震わせて、まともに呼ぶ事すら出来なくて。

【私】は初めて好意に値する男の名を呼んだ。



起きたのは泣き声が五月蠅くて仕方なかったから。

頭痛と体の痛みに限界を試されているような状態ながらも不思議と命は繋がれている事を感じた。

まったく皮肉な事に左手の薬指にあの指輪がガッチリと嵌っている。

「まだ寝ていて?! あ、ちょっと!?」

泣き声が五月蠅過ぎて寝ていられる状況ではない。

手当してくれていたのだろう救護の人間を振り払い、肌寒く感じて、自分が包帯しか巻き付けていない事を認識。服を探して、辺りにあった襤褸布を幾枚か纏う。

無理やり寝台に体を押し込めようとする大人達に叫ぶ。

「退け!」

自分でも思わない程に冷たい声音になった。

大人達が驚愕したように固まるのも尻目に歩き出す。

鐘楼まで歩いて十秒。

大人達は涙を禁じ得ず、その光景を見ていられないとでも言うように視線を逸らし俯けていた。

倒れながら泣き声を挙げて何度も何度も名前を呼ぶ少女達。

呼ばれる身にもなって欲しい。

現代でそんな事が起こったら悶死するか恥死するか。

ロクでもない精神的ダメージに殺されるのは確実。

「退け!」

睨み付けると人垣が割れていく。

やはり何か驚愕したような顔で道を開けてくれる。

スタスタ歩いて三人の後ろまで往くとその三人の惨憺たる状況が見えた。

指の皮は捲れ、顔は涙でグシャグシャ、服は破れ埃に塗れ、体は疲れに震えて進む事も叶わない。

一言で評してみた。

「いつの間に芋虫プレイに目覚めたんだ?」

一言になっていないのはいいとして、振り返る三人に溜息だけが出る。

「「「!?」」」

馬鹿馬鹿しいまでに滑稽な絵面になっている。

我ながら死の淵から戻って来過ぎだった。

「みっともない顔になってるぞ。涙ぐらい拭け。馬鹿じゃないのか? 自分の指ぐらい大切に扱え。他人の心配をするよりまず先に自分の心配と自分の守ったモノの心配をしろ。それ以前にこんな大勢の前でそんな体たらくを見せるのは巫女としてどうなんだ? 少しは自分の行動を顧みろ。もっと簡単に瓦礫ぐらい退かせるだろう。力が無いなら五分十分休んでからやれば良かったとか思わないか? 人間には限界がある。巫女だろうがそれは同じだ。街の連中に任せて少し休んでから力を使った方が効率的なのは明白。そもそもこんな所で油を売ってる暇があったら警戒を継続しろ。炎に巻かれたとはいえ、あくまで攻撃手段を奪うだけの話で、まだ動けるかもしれない。生き残った竜の掃討を行う下準備くらいしておけ。それと堀で熱はこっちまで届かないとはいえ、煙はそうじゃない。煙害・・・多量に煙りを吸うと病気になって死ぬ事もある。とっととフェノグラシアの連中を集めて周辺の煙対策をしないと煙で死ぬ事になるぞ。解ったか? 解ったなら返事!」

「「「………」」」

無言で何か信じられないものを見るような視線を向けてくる三人にグッタリする。

「お前らがそんなんだから安心して死ねないオレは死の淵から戻ってきたわけだが文句あるか? 文句があるなら聞いてやる。この街に関する件の事後処理が全部終わった後でな」

「賢者・・・なの?」

「それ以外の誰なんだ? 目でも悪くしたか?」

「ガトウ・・・?」

「一緒に死んでやると言ったはずだ。オレが先に死んだら約束は守れないな」

「貴様は・・・ガトウケンジ・・・なのか?」

「やりとげたなら報告ぐらいしろ」

「「「………」」」

ガバッと抱き付かれた。

「賢者! 賢者! 賢者ッッ!!」

「―――ガトウ!! ガトウッッ」

「貴様は、貴様はッッ、この!!」

力が入らないせいか頼りなく体が三人分の圧迫に悲鳴を上げ始める。

「ケガ人を殺す気か!?」

「ご、ごめん!!?」

ガスンと馬鹿力の頭突きが頭に追突。

「ガ、ガトウ。ご、ごめんなさい」

と言いながら包帯の巻かれた未だ痛む胸にグリグリと顔を擦りつけられ激痛。

「わ、悪い!?」

そう思っているなら握り潰しそうな勢いで腕を掴むべきではない。

「随分と楽しそうな事をしているわね?」

声に振り向くと老婆が一人杖を付き、幾人かに支えられながら歩いてくるところだった。

「ユネルを守ってくれた事、感謝する」

「感謝されるのは貴方以外にいないわ。リオーレンの大賢者様」

周囲のフェノグラシア全員と周囲の街の人間全員が何故か驚いた表情でこちらを見つめてくる。

「感謝したばかりで悪いが人を持ち上げてる暇があるなら煙害対策に協力しろ。風向きに関係なく今のままなら煙に巻かれて此処にいる全員が肺をやられるぞ。とりあえず力を使えるフェノグラシアの全員を動員する。生き残ってる竜の数も確認しなきゃならない。やる事は山積みだ」

「間違いないようね。そんな姿になっても全然中身が変わってないわ」

「襤褸切れしかなかったんだからしょうがない。まともな服があるなら貸せ」

「気付いていないのかしら? まぁ、その姿もお似合いよ。もしもあの婆にその姿で放り出されたら、いつでもフェノグラシアにいらっしゃいな」

「?」

「か、可愛い・・・賢者様」

「?」

「こ、これは奇跡・・・なの?」

「?」

「はぅ!? こんな新しい妹が来たら姉さんはもう!! もう!!」

何を言われているのかまったく理解できず己の姿に何か違和感でもあるのかと見つめた。

「………」

掌が何故か小さかった。

手足は細く華奢だった。

皮膚は薄く白く眩かった。

何より世界が低かった。

今までの自分ならばあり得ない身長の低さに軽く眩暈を感じた。

「テオ。水で鏡を」

「え、あ・・・これでいい?」

テオが空気中の水分で等身大の鏡を形作る。

その中に映る三人の少女に抱き付かれている少女はまず間違いなく自分では無い。

黒髪は美しく流れ。

愛らしい顔は物凄い勢いで嗤いに震え。

全身から脂汗が滴り落ち、本人の意図に反して微妙に色気を醸し出していたりする。

簡単に言えば、見知らぬ黒髪の十二歳程度の少女が水鏡の中で三人の少女に抱き付かれていた。

「・・・・・・」

指輪を見つめる。

失われ欠けたものを補完する術。

それはきっと彼女の姿を借りるという事。

小さな巫女は昔こんな姿の人間だったという事。

命と姿を借り受けたならば文句の一つも出はしない。

ただ、実質的な生活にどれだけの影響があるか考えたら、衝撃的な心持になる。

(今時のアニメで女体化するキャラがロクな事にならないのは自明の理。あの女朗)

アイデンティティを粉々にしかねない自分の姿態に脂汗が止まらない。

「ど、どうしてそんな姿になっちゃったのかは解らないけど賢者が生きてるだけであたし嬉しいよ!!!」

「そ、そう! ガトウはどんな姿になってもガトウ!!!」

「かわ、ごほん。その姿も凛々しいぞ!!! ガトウケンジ!!!」

三者三様の慰めらしき言葉にグッタリ寝込みたい気持ちに駆られた。

「まぁ、いい」

三人の巫女を振り払って大巫女の前に立つ。

「全部生き残ってからだ。今から方策を検討する。各自それまで休憩。力の回復に努めろ。まだやれるか?」

「当たり前よ。この老体には無理でも私の娘達にこの程度で音を上げる人間は誰一人いないわ」

「なら、手伝ってもらおう。死ぬような努力をして死んだら話にならない」

世界は未だ夜明けに遠い。

燃える地上に照らし出された空は炎獄。

歩く場所は平坦ではない。

それでも生きているならば道を創り出すのが人間というものなのだろう。

心を決して自らの前に立つ誰もに告げる。

「オレが今から提案するのは誰も死なず誰もが生き残れる、かもしれない道だ。もしも賛同してくれるなら、その手を足をこの案に貸して欲しい」

巫女達の答は簡潔にただ頷く事で返された。

街の人間達の声が次々に上がる。

いいよ。

やろう。

一緒に。

必ず。

生き残るんだ。

まだ死ねない。

賢者様に続け。

巫女様に包帯を。

「何てファンタジーだコレ」

笑みが思わず零れる。

まったくもってファンタジー世界の人間は熱過ぎた。

だが、こんなファンタジーの住人達を、お人好しな人々を、悲壮で気高い巫女達を、少しでも救えるなら、自由業な賢者も悪くない。

己が何者かも定められなかった人間には過ぎた称号だとしても悪くは無かった。


その日、一つの伝説が生まれた。


吟遊詩人達はこう謳う。


【斯くて賢者は伝説と為り、街は今も続いている】と。

連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしく。

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