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第二章 覚悟

第二章 覚悟


声は低く伸びやかに。

乗せる言葉は密やかに。

外連味も鮮やかなバラードを。

内容は流行りでも何でもないアニメの劇中歌。

男が戦争から帰ってくると戦禍に見舞われ家も家族も消えていた。

残るのは思い出の中の笑顔だけだった。

そんな狙い過ぎな歌には鍵盤楽器の旋律。

懐かしい感触が腕の中に蘇る。

昔から習い事は一通りだった。

ピアノとバイオリンはベタだろう。

異世界にもピアノらしき楽器はあるらしい。

クラヴィコードっぽいソレと歌を終え、傍らのバイオリンっぽいソレに移る。

顎を付けてニスっぽい何かを塗られた弓を引く。

学校で音楽は常に5だった。

自慢にもならない話だ。

小さな頃からやらされていた習い事は中学を卒業すると同時に止めた。

それなりに上流な方で育ったとはいえ、別に好きでもないものをやり続ける熱意は無かった。

残ったのは錆び付いていく技術と音楽へのささやかな造詣。

もう奏でる事も無いと思っていた楽器は手の中にあった。

最後の一音を奏で切る。

――――――。

余韻の後には沈黙だけが残った。

「凄い賢者・・・」

何故か涙目なユネルは口元を抑えるとプルプルし始め、その横のテオは何か衝撃的なものでも見たように固まって目を瞬かせていた。

周囲を見回すと無言の観衆(巫女×数人)が涙ぐんでいる。

「賢者様。素晴らしい演奏でした!!」

年嵩の巫女の言葉と同時にドッと歓声が広がる。

(演奏技術は高等技能なのか?)

中世ヨーロッパ並みな生活水準では音楽など中々触れる機会は無いだろう。

あったとしても演奏技能を十数年も磨いた奴はその筋の人間ぐらいかもしれない。

プロには程遠く。

熱意も無い演奏にこんな反響があるのは選曲にも理由があるだろう。

現代アニソン異世界で大好評。

「賢者様に拍手!!」

バチバチと降る拍手の雨も激しく。

どうしてこんな事になったのか回想する。

切欠は竜の大群を退けた祝いの席を儲けようと朝食の席でツルっツルな大巫女が言った事に始まる。

突如として人間の至近に現れるようになった竜の異変。

そんな不安材料を頭の中から打ち消し、士気を高揚させる狙いでもあるのか。

内容は気を張り詰めさせ周辺の警戒をローテーションで行っている巫女達を代わる代わる引っ張り込んでお祭り騒ぎをやれというもの。

座興をやらされているのは「世話係=雑用」だからだ。

何をするのかと期待された目で見られ、朝っぱらから頭を抱える羽目になった。

座興に使えそうなものを船内で捜索する事三十分弱。

時折、弾ける人間が趣味で使用しているらしき楽器を食堂の片隅に発見。

許可を取り、引っ張り出し、調律が狂っているのは見ないふりをして、食堂の現場でミニコンサートとなった。

何やら超満員な上にキラキラ瞳を輝かせている地の竜の巫女と水の竜の巫女が「楽器弾けるなんて尊敬しちゃいます」的な盛り上がり方をするものだから、やる気はゼロに決まっている。

無難に一曲。

それで終わろうとしてこの有様だった。

「う・・・ぐす・・・く・・・うぅ・・・」

後ろからの声に振り返ると滅茶苦茶泣きながら悔しそうなフェルフラムがいた。

「涙脆いなおい?!」

「き、貴様の演奏など!! ぅぅ、その歌の内容がわ、悪い!? くぅ・・・た、戦いから帰ったら皆いないなんて・・・うぅう・・・悲し過ぎる・・・ぐす・・・」

呆れるのも程々に引き上げる事にした。

椅子から腰を上げようとした時、ゾロゾロと食堂に巫女数人が入ってくるのが見えた。

それと入れ替わりに今まで演奏を聴いていた巫女達がゾロゾロ出て行く。

「オレはそろそろ部屋に戻――」

ガシッと肩を掴まれる。

「ぐす・・・全員が演奏を聞き終わるまで此処を離れる事は許さん」

助けを求めて辺りを見回すとキレイな瞳をキラッキラにした二人の巫女が次の演奏を待っている状態だった。

(はぁ)

聞かせても問題ない曲を選ぶ作業を脳裏で始める。

この世界に無い単語が歌や演奏に混じらないようにとの配慮。

バルトメイラへ安易に持ち込むべきではない文化や言葉は無数にある。

たった一つの思想で世界は変わり得る。

それが切欠で世界が決定的に悪い方向へ傾いてしまう事がある。

そういったものに気を付けながらの演奏なんて胃に悪いとしか思えない。

しかし、そんなこちらの苦労は分からないだろう人間にそれを説明する気力もない。

「分かった。そんなにオレに苦労を掛けさせたいなら涙で溺れ死ぬまで続けてやる」

世界が泣いた。

今世紀最大の話題作。

涙なしには見れない。

等々のフレーズが似合う曲を選曲し、指に旋律を乗せた。

耳コピだというのに結構曲は覚えているものらしい。



微かに聞えてくる音色に耳を傾けながら椅子に座って次の目標である街への進路を確認した。

手慣の娘達しか入れない部屋。

中央の台に使い古した地図を広げる。

「西のワイベルトへの進路はそのままでいいわ。占術の予想では十日後だから、それまでは小さな群れを潰すのに専念して頂戴。後々を考えると戦力は最低でも五割を維持ね。いいかしら?」

【はッ、マスター】

返事だけは一人前の娘達に苦笑せざるを得ないが、偉そうに言うだけの力は今の自分にない。

「それとそろそろあの子に色々と訊きたいわね」

「あの子が何かを知っているとマスターはお考えですか?」

「あの賢者君が竜の異変に付いて何か知ってるとは思えないけどなー」

娘達の意見は至極当然のものだ。

このバルトメイラにおいて竜の事を理解しているのは巫女しかいない。

幾ら賢者と言われる程に頭が切れようと、たかだかアウタスの小僧一人が何か竜の重大な情報を握っているに違いない等とほざくのは大いに馬鹿馬鹿しい。

普通ならば。

「貴女達も物を見る目を養いなさいな。この竜へ真っ先に乗ってきたのは誰だったかしら?」

「あ・・・そういえば、凄い度胸」

気付いたらしい娘達に嘆息する。

まだまだ観察眼は養われていないと見てよかった。

「見知らぬ空の竜。しかも、これだけ大きなものの内部に物怖じせず入り込むなんてアウタスのする事? そもそも、最初にあの二人の巫女へ『大丈夫だ。さっさと乗れ』なんて言ってたのは誰だったかしら? 巫女に「竜が大丈夫だ」なんて諭す? それにこの竜内部でどうやって生活しているのかすらあの子は訊かなかったわ。それどころか催した時何処でするかとか、どうやったら食堂で火を使えるのかとか、普通は気になるはずなのに違和感の一つも無いような顔で大事な事を訊きもせず順応しているアウタスが普通? 」

「まぁ、確かに変ではありますが」

「それにこの音色。弾きこなせる人間がいるとは思わなかったわ。この私以外で」

【あ!?】

娘達が固まる理由はよく分かった。

「あの楽器は昔の竜の落し物よ。竜が落とした不思議な楽器。バルトメイラ中を数十年回った私が見かけたのはあれ二つきり。同じ物が何処かに落ちていてそれをアウタスが上手く奏でられるまで練習した事があるですって? 変な話ね」

娘達を見渡すと誰もが気付かなかったらしく顔を見合わせていた。

「あの子は普通のアウタスじゃないわ。あの婆は何も教えてはくれなかったけれど、たぶんは・・・この竜の異変に関わっているのでしょうね」

「マスターの勘でしょうか?」

「三分の一は勘よ。後の三分の二はあの極悪婆にあの子の事を聞いた時の観察から得た結果ね。この数十年間、私はあんなアウタス見た事も無ければ聞いた事も無いの・・・あんなに特殊な子は初めてと言えるわ」

「?」

「アウタスはバルトメイラに突如として現れる。その年齢は老人から赤子と多種多様。そして、ある一定の年齢以上ならアウタスの誰もがバルトメイラにおいての基礎的な知識や仕事の知識を持っている。ある者は荷を効率的に運ぶやり方を知っているし、ある者は計算のやり方を知っている。でも、誰一人として【竜を退ける知識】なんて持ち合わせていなかったわ」

「で、ですが、それはバルトメイラに現れてから培ったものでは?」

ようやく気付き始めたらしき娘達に告げる。

「あの子がこのバルトメイラに来たのは、あの婆にも確認したけれど、ほぼ一年近く前。その間に竜を退けるだけの知識を得た? 馬鹿言わないで。そんなことが出来るなら誰も巫女なんて必要としてないわ」

娘達の動揺に精神修養も始めるべきかと内心気疲れする。

「あの子が『大狂乱』を治めたのは噂の流れ方からして現れて三カ月目ぐらいかしらね。その短期間で竜を退けるだけの知識を得たと考えるよりは『竜について予め知識が備わっていた』と考えるのが妥当でしょう」

「納得は出来ますけど」

「竜に対する警戒感の無さは現れた直後なら解る話よ。でも、一年近い時間が過ぎているのにも関わらず竜に一切の忌避感が無いアウタスなんて命知らずかただの馬鹿か。あるいは特別な何者かか」

「あのー命知らずかただの馬鹿なのではないでしょうか」

その答えに思わず笑みが零れた。

「可能性が無いわけではないわ。でも、馬鹿や命知らずに二人も巫女が惚れるものかしら」

顔を見合わせた娘達は無言で横に首を振った。

「その・・・あの子は私達の疑問に答えてくれると思いますか?」

「まぁ、答えてくれるとは限らないわね。でも、自分の世話をしてくれる子になら口ぐらい滑らせたりするかもしれないし、そこはフェルフラム次第かしら・・・」

「マスター。フェルフラムを世話係に付けたのはそういう理由で?」

「あの子と私達が会う前から楽しげな状態になっていたフェルフラムなら少しは芽があると思わない?」

「フェルは基本的に怒ってますよ。マスター」

「あら、疎いわね。怒っているだけならフェルフラムはあんなに取り乱したりしないはずよ。問題だったのはあくまで出会い方であって感情ではないわ」

「つまりマスターは心底にフェルがあの子を嫌ってはいないと?」

「報告は聞けば、あの子は怒っているだけ、でしょう? 強烈な出会い方をした男と毎日顔を突き合わせて生活したら、まぁ・・・十中八九怒りなんて消えて行くわ。それどころか怒りが消えた反動で考えなくてもよかった自分の心の動揺に気付き始める。そうすると? ふふ、どうなるかって? そんな、ふふふふふ」

思わずニヤケてしまう。

「楽しんでますね。マスター」

「フェルフラムは敏い子よ。自分の落ち度を自覚して反省すれば、自然といつもの自分を取り戻すでしょうね。その時、初めてフェルフラムはあの子との強い結び付き方を自覚する。そこから二人がどうなるかは流れ次第としても、あの子との関係が悪化するとは思えないわ。フェルフラムが『どれだけ』良い子か貴女達が知らないとでも?」

「え・・・まぁ、あの子は色々ありましたから」

「フェル。天然だからな」

「そうね。フェルちゃん本当は涙脆くて情に熱くて純粋で。これと決めたらテコでも動かない頑固さんだものね」

「あんなに誰かを不審な目で見るフェルフラムなんてあの時以来か」

「確かに出会った時以来でしょうね」

「この件に関しては私が預かるわ。何か気付いた事があったら報告して頂戴」

【了解】

娘達の返事に頷く。

「まずはあの子とユネル・カウンホータのお手並み拝見といったところかしら。次の街で補給を受けて群れの掃討に掛りなさい。力量があるかどうか確かめるわ」



夕方、補給の為にと街へと立ち寄る事になったフェノグラシアは大忙しの様相を呈している。

幾つか破壊の跡が残る飛行船は虚空に消され、竜の回復まで待つ事となり、多くの巫女が別班に分かれて補給物資の調達と野営の準備に取り掛かっている。

幕屋の巨大な芯を一人で張って驚かれているユネルは何故驚かれているのか分からず首を傾げ、テオは細々とした指示出しに力を発揮し、臥塔賢知は巫女の観察に忙しい。

「・・・・・・」

いや、巫女に観察される方も忙しい。

真横にいるフェルフラムの視線は半眼だった。

【次の犠牲者を品定めしているに違いない。このヘンタイめ!!】とでも思っているのかもしれない。

(それにしても縦社会にしては規律が緩いな)

巫女達の様子を見つめながら思うのはそんな事だった。

年嵩の者も年少の者も『バンド』というコミュニティー内部では規律で厳しく律されているのかと思ったが、和気藹藹とした空気はそんな予想を否定する。

最初にバンドへ抱いた部族という感覚は間違いではなかった。

規律や階級によって厳格な区別が成され、上の人間の命令には絶対服従といったような空気は物資の補給を行っている全員に無く、家族で軍隊ごっこでもしているような・・・独特の世界観が感じられた。

考えてもみれば巫女は全員が他人だ。

それでも家族である事は理解出来る。

血の繋がりは無くとも巫女という『属性』で繋がり、後進の者達へと自らの技術を練磨し伝えて行く機構。

バンドとはそういった技能的共同体に家族という感情を足して二で割ったようなものに見受けられた。

「ただ飯喰らいめ」

ボソリと喋られた痛撃に思わず胸を押さえようかと思ったが止めて冷静に反撃する。

「手伝わなくていいのか。ただ飯喰らいめ」

胸に何かがドスッと刺さったようなうろたえ方でフェルフラムが仰け反る。

「く、貴様に言われたくない!! 少しは働け」

「生憎と頭脳労働専門だ。オレの分は肉体労働担当なユネル君に任せているのでモーマンタイだ」

ヒラヒラとユネルに手を振るとまるで子犬の尻尾のようにブンブン手が振り返される。

その反動でユネルの持っていた大木に匹敵するだろう幕屋の芯がガックンガックンと揺れて巫女達が戦々恐々と逃げ出していく。

「男の癖に!」

「女の癖に男を凝視してるのはハシタナイな」

「貴様は女泣かせの極悪人だ!!」

「一応言っておくがそれはある種の男には褒め言葉だ」

「どうしてあんな情熱的な告白をされて遮る! 普通【オレもだ】とか【一緒にいよう】とか。そ、その言うものだろう!?」

どうやら睨まれていたのはそういう理由もあるらしい。

「オレがそんな人間に見えるのか?」

「見えない!」

真横の正論過ぎる馬鹿にグッタリする。

「なら、そういう事だ。人様の恋愛事に口を出す暇があったら自分の恋人でも作れ」

「私には貴様がお二人を不幸にするのではないかと思える」

「・・・・・・」

真っ正直過ぎて正論だ。

正論過ぎる。

不幸にするのではないか、なんてまどろっこしい。

実際、幾つかの出来事では不幸にしているに違いなく、悲しませてもいる。

「何故、お二人のどちらかに告白しない。どちらか選べば全部解決のはずだ」

「御尤も。それでお前はどちらかしか幸せにしないわけだな?」

「な・・・そ、それは・・・お二人だってその方が――」

「幸せのはず、か?」

「あ、ああ、ああ!! そうだとも!!」

意気込んだ様子のフェルフラムの顔はムキにこそなっていたが真剣だった。

返す言葉に迷い、迷うだけの余裕がある自分の愚かさに少し嫌気が差した。

「オレはそう思わない」

「何?」

「お前は選ばれなかった時の絶望が分からない。いや・・・選ぶなんて上等な選択枝を無くした人間の事も解らないな」

「な、何が言いたい!」

「簡単だ。今、片方の手を離せば片方が死ぬ」

「何を言っている?!」

「オレはユネルが好きだ。オレにユネルは掛け替えのないものをくれた。そして、テオは放っておけない。嫌いでもないし、女としての魅力もちゃんと感じてる。その点ではユネルと同様に好意に値すると思ってる」

「つ、つまり?」

「オレは二人にお前の言うような告白は現時点では出来ないし選べもしない」

「貴様は最低だ?!」

「そうだ。最低の屑だ」

「堂々と言う事かッ?!」

「ああ。オレは屑だし最低だ。だが、二股だろうがあいつらを悲しませようがオレはあいつらを許容する。オレはあいつらが気に入ってる。そして、それとは別にあいつらがどういう人間なのかをお前よりは事実として理解する。だから、オレは片方を見捨てない」

「お二人のどちらかが選ばれずに死を選ぶなんて、ふざけた言い訳が通るとでも思ってるのか!?」

「片方はその可能性がある。もう片方は竜と戦って死ぬかもしれない」

サラリと答えられた事が余程にショックなのかフェルフラムは身を寄せてこちらを見る。

「貴様、何故簡単にそんな事が言える! 貴様を慕っているお二人の事を話しているんだぞ!?」

「感情に流されれば物事は真実になる。物事を上手く運びたいなら出来る限り事実を並べるべきだ。今オレが言ったのは最悪の事態だが、その可能性がどれだけあるのかを検討すれば、どういう行動を取るべきかは朧げにでも解る」

「それでお二人が本当に幸せになれるとでも言うのか! お前の話が正当化されるとでも!?」

険しい視線は巫女ではなく一人の少女としてのものか。

それは本当の意味での敵意に近い。

「オレはあいつらに関して出来得る限り『危険』を取らない事にしてる。それがオレの考える『幸せ』の一つに該当するからだ」

「何だと?」

「お前の言う『幸せ』って何だ? オレが片方を選んで片方にお前の恋人にはなれないという言葉を吐けば、それで『幸せ』なのか? お前の語る倫理や常識が必ず絶対だとでも? 笑わせるな。幸せが何かなんて誰も答えられない難問だろう。百人に百通り。いや、もっと多いか」

「お前のお二人への態度がお二人を幸せにしているとでも言うつもりか!?」

まったくもって反論する余地の無い言葉だ。

「幸せは人の数だけあるかもしれない。だが、オレはそんなもの知らないし知ろうとも思わない。オレはオレが定義する幸せをあいつらに押し付けるだけだ。ただ、それは少なくともあいつらの意思を極端に捻じ曲げたりしない範囲で、という制約も付く。要はオレが考える人並みな幸せってやつを程々に押し付ける」

「貴様は何様のつもりだ!?」

「オレは臥塔賢知のつもりだ。オレの最大の長所はあいつらが『幸せ』であるなら程度こそあるが感情を無視出来る。傷付けられる。意思を二の次に出来る。あいつら以外の命ならほぼ無視も出来る。あいつらがやれない方法も取ると、こんなところだな」

久しぶりに良い嗤い顔を浮かべられている気がする。

「つまり、極論すれば、あいつら以外の人間を殺さなきゃあいつらが助からない事態になったなら本当に『やる』のがオレだ。勿論、それ以外の方法はギリギリまで模索するだろうが、時間や状況によってはそうなるだろう」

目の前の少女は息を呑む。

「―――自分が何を言っているのか分かってるのか」

「オレの命はその例外にない」

「・・・・・・」

「狂人でも馬鹿でも好きに呼べばいい。だが、オレの偽らざるモノがあるとすればそういう事だ」

「それが、お前の覚悟か?」

真面目腐った乙女の頬をムニュリと引き伸ばした。

「ふぬ!?」

「覚悟なんてのはお偉い物語の主人公がするものと相場が決まってる」

ビシリとデコピンを額に喰らわせた。

「貴様!? 何をするオイ!?」

「今のは全部が全部大嘘だ。オレは実は二人の乙女を誑かす悪い悪い極悪人で、お前の唇を不意に奪った罪人で、チヤホヤされるのが嬉しい優柔不断過ぎる歪んだ性癖の持ち主だ。勿論、お前の部屋に入ったのはお前の案外可愛らしい下着が目当てかもしれない」

「なッッ?!」

ドンと幕屋の柱がユネルの手で打ち立てられる音。

大きな布が幾層も重ねられていく。

これ以上、妄言に突き合わせるのも止めておくかと腰を上げて服の埃を払う。

「ユネル! テオ!」

呼べばパタパタ二人が同時に駆け付けてくる。

「何、賢者?」

「どうかした。ガトウ?」

「竜の討伐で色々試したい事がある」

幕屋の資材が複数積まれている一角へと歩き出す。

フェルフラムがその場から付いてくる事は無かった。

その顔が見られないのは自分の悪しさが身に染み過ぎたから。

内心、少しだけ自重した。



「ガトウ・・・ケンジ・・・か」

今は幕屋の資材に隠れて見えない男の名を思わず口にしていた。

「私は何を知っていたつもりだったんだろうな・・・本当に・・・」

最後こそ誤魔化していたが、そいつの、ガトウケンジの言葉には何よりも重いモノが籠っていた。

リオーレンに住む奇跡の大賢者。

そんな話に一方的に踊らされていただけではない。

人を見る目まで曇らせていた。

【オレの命はその例外にない】

そう言った時の瞳には何一つ動揺が無かった。

それどころか乾いた瞳には自身の命への言及なんて要らぬものだとでも言うような苦さすら在った。

自分の命すら二人の為なら【軽んじられる】という宣言に全身の産毛が逆立つような諦観を感じた。

誰かの命の為に命を投げ出す。

そんな事は人間なら出来てしまう事の内だ。

誰かを愛しているとか誰かを救いたいとか。

そういう想いの延長線上で成り立つ話だ。

けれども、そいつは根本が違う。

そいつが言ったのはそんな生温い話ではない。

そいつは自分の事なんて考えていない。

自分の命と他人の命ならば天秤に掛けようと思う人間だっているだろう。

しかし、そいつの言っている言葉は根本的に自分の命を等価とはしない。

自分の【命】と他人の【幸せ】を天秤に掛けるとそいつは言っているのだ。

自分の命は二人の幸せの為なら差し出す、と。

命の為に幸せを犠牲にするなら解る。

けれど、幸せの為に命を犠牲にするなんて話そうそうない。

それが覚悟なのかと訊いた時。

そいつは一瞬だけ可笑しそうに嗤った。

幸せの為の犠牲。

それは―――もう捧げられている―――とでも言わんばかりの嗤い。

もし自分が死んで二人が幸せになれると考えたなら、そいつはきっとあっさり死を選ぶ。

出会って月日は浅い。

それなのに断言出来る。

そいつの顔ばかりを注視していたせいか。

そんな風に思えてならない。

(貴様はどんな人生を歩いてきた。ガトウケンジ)

考えても答えは出なかった。

それを知りたいなら直接本人に訊くしかない。

「行くか」

遠方で笛が鳴る。

竜の群れの討伐へ赴く時間となったらしい。

そいつの姿を視線で探して、

「・・・・・・」

自分の行為に思いきり舌打ちしたい気分に駆られた。



空の竜の巫女。

その凄まじさは筆舌に尽くし難い。

ある意味、超人的身体能力を持っているユネルに匹敵する。

彼女達は極限状況を生き抜いている。

彼女達は立っている。

何処で何の上に?という疑問はこの際言わぬが花だ。

空の竜の巫女なのだから空の上で竜の上に決まっている。

至極簡単な話。

速度がマッハとか出る戦闘機のコックピットは伽藍の哀愁を漂わせている。

風防の上に彼女達は立っていた。

戦闘もそのスタイルなのだという。

「シュールだ」

高空の恐ろしさは色々とある。

まずは気圧が低い。

沸点が低い。

温度が低い。

酸素が少ない。

ほぼ人体には致命的というか優しい環境ではない。

更に言うと時速数百キロなど軽く出る戦闘機の『外』は空気抵抗、つまり摩擦の真只中。

雨、風、雲、それは時に大自然の恵みでありながら、実際には空を飛ぶ物体には恐ろしい牙だ。

時速が数百キロで雨粒に当たり続けた肉の形や温度がどうなるかなど知りたくもない。

巫女達が虚空から溶け出すように現れた【戦闘機りゅう】の真上に竜の力【避空ひくう】で跳び上がり、そのまま竜の群れへと向けて飛び立っていく。

どうやら【避空】は空気のような気体を圧縮する力らしい。

ユネルやテオは大地と水の力を使うので同じようなものだろう。

折りしもその威力はフェルフラムの絶叫と共に身を持って体験している。

空気砲。

フェノグラシアの巫女達に幾つか質問した時に判明した攻撃方法はそう呼ぶのが相応しい。

空の竜の巫女はたぶん空気を圧縮したモノを身に纏い身体を高空で維持している。

更にはそれで全身の至る場所を抑え付ける事で機体の高速運動中での高Gによるブラックアウトを防ぎ、高空での低酸素状態を酸素ボンベよろしく防いでいる。

多分に命綱な技能は切れた瞬間、死に直結する。

その事実から何故フェノグラシアが空の竜を使う集団なのか理解出来た気がした。

通常の巫女はほぼ一子相伝という形で後継者に技能を伝える。

しかし、そんな非効率的な教授手段では高等技能であるところの【避空】にもし不備があっても対応に支障を来たす。

たった一人の弟子にたった一人の巫女では本当に技能が大丈夫かチェックするにしても鍛えるにしても地や水の巫女より時間・手間が大幅に掛る。

場所が空の上という事を考えても多人数で指導する方が安全なのは言うまでもない。

つまり、空の巫女は技能の習得が極めて危険故に集団の力を用いていると考えられた。

(実際、凄いとしか言いようがないな)

ゴォオオオオオなんて戦闘機のタービン音は空の竜からしない。

そもそも竜の移動には通常の内燃機関が使われていない。

竜はただの乗り物ではない。

地の竜に関して言えば、ほんの数ミリだが宙に浮いている。

水の竜にしても後ろのスクリューが回っている以上の速度が出るっぽいのでスクリューの意味はそんなにない。

竜そのものが何らかの能力を持っているのか。

あるいは巫女の超常的な力ある種のESPでも使っているのか。

少なくとも現代の科学の基礎知識では運動エネルギーの出所を推測するのが難しい。

「賢者。そろそろ?」

「ああ」

「ドーちゃん」

原野に微かな地鳴。

それは地面の底からやってくる。

不意の揺れと同時に立っている地面がせり上がった。

「ふぁ!?」

後ろで存外可愛らしい声でフェルフラムが慌てているがそこは無視する。

土は何かに弾かれるように地面へと落ち、ビルの如き鋼が姿を表した。

地の竜においてたぶんは最大。

旧ドイツ軍の戦略兵器。

ドーラ列車砲。

その砲撃は街の一区画を崩壊せしめ、数十センチ程度のコンクリート壁などまったく意に介さず貫通する。

そんなものが竜として力を発揮したらどうなるか。

無論、一対一ならば言うまもでない。

五百匹程度なら許容範囲。

そこから先、千や二千という値になって初めて撃ち漏らしが発生する。

「こ、これが!? こんな竜がいるなんて・・・」

驚愕のあまりオロオロしているフェルフラムは放っておく。

ユネルの後ろ。

テオの手に握られていた革袋から水が撒かれる。

「『水閉』」

小さな声が波紋となって水を震わせたかと思えば、それはそそり立ち、形を整え、宙へと浮かんでいく。

ユネルを覆うように真円のレンズが無数に展開した。

水によって光を屈折、歪曲、収束する『水閉』が遥か遠方の光景を映し出す。

月明かりの下、照り返した鈍色の輝きがまるで運河のように流れている。

それはまさしく複葉機りゅうの群れだった。

「テオ。竜がユネルの射程に入るまで後どれだけ掛る?」

「半刻くらい」

「ユネル。このまま待機だ。不意の襲撃に備える。テオは全方位の警戒」

「うん」

「分かった」

冷たい風が吹く。

用意にしていた毛布を二人に掛けた。

「後はお前達次第だ。オレはこれから街の方に行ってくる」

「行ってらっしゃい。賢者」

「行ってらっしゃい。ガトウ」

背中が冷たく感じないのは声のおかげなのかもしれない。



そいつがその場を後にしてから誰も口を開かなかった。

「・・・・・・」

沈黙に耐え切れなくなったわけではない。

竜との本格戦闘までの間に少しだけ、そう少しだけ聞きたい事が出来た。

「その、お二人にお聞きしても良いでしょうか?」

「「?」」

自ら切り出した以上、もう後には引けない。

思い切って訊く。

「あの男とお二人はどのように知り合ったのですか? いや、その、先日色々と訊きそびれてしまって今更気なり出した次第なのですが」

しばしの沈黙。

最初に答えてくれたのはユネル嬢だった。

「賢者があたしの前に現れたのはあたしが祭壇に竜の様子を見に行った日。賢者は竜のお腹から出てきたんだ」

「竜・・・の?」

ゆっくりと語り出される話はまるで何かのお伽噺。

あるいはまるで酷く出来の悪い詩のような、そんな物語だった。

物語の筋はこうだ。

祭壇へと現れた竜から突如として吐き出されたのは一人の少年だった。

その少年に助けられた巫女はその奇縁から共に暮らすようになった。

少年は普通では考えられないくらいに豊富な知識を持っていた。

少年の頭の良さに感心して巫女は少年を賢者と呼ぶようになる。

やがて、巫女と共に竜の討伐へ同行するようになった少年の言葉は大きな意味を持つようになった。

竜を退ける手伝いをしたいと言い出した少年のおかげで巫女は大事な人達を一人も失わずに済んだ。

けれども、少年は自らの居場所へと戻らなければならないと言って、竜の祭壇で姿を消す。

少年は竜に乗って元の居場所へと戻っていった。

「賢者が消えてからずっとあたし泣いてた。でも、それじゃ賢者に笑われちゃうなって、そう思ったから立派な巫女になろうって誓ったの。いつか賢者が返ってきたら絶対驚かせてあげるんだって」

「それではあの男は貴女の前から一度消えているのですか? なら、今傍にいるのはどういった事情から」

「賢者が消えてから半年くらいして、いつもみたいに祭壇に行ったら賢者が寝てて・・・驚いちゃった。その時、賢者はあたしに【あたしを幸せにするのが自分にとって大問題だから帰ってきた】って・・・好きだって・・・」

嬉しそうに茫洋とした視線を過去へ投げ掛けている少女は微かに笑んだ。

話の突飛さに対する意見や訊ねたい事、全てがその笑みを前に口の中へ消えた。

「ガトウ。全然今と変わってない」

テオ嬢がクスクス笑っていた。

荒唐無稽な話に対する意見など無いかのように。

自分の想い人の恋物語に微笑んでいた。

「――――――」

聞き流せる話ではないはずなのに、どうしてそんな風に笑えるのだろう。

「今の話を何とも思わないのですか?」

「ガトウはユネルが好きだっていつも言ってるから・・・」

哀しむ必要も無いと言わんばかりの笑顔にハッとさせられる。

その笑みはテオ嬢が好きな男のものと少し似ていた。

「ガトウの話ならこれくらい荒唐無稽でも私驚かない。ガトウが普通のアウタスじゃない事くらい一緒に住んでれば解る。今日も楽器が弾けるって知って吃驚した」

気を取り直して、テオ嬢に相槌を打つ。

「じ、自分もあの男がアレを弾けるとは思いませんでした」

「ガトウが何処から来たかなんて私は別にどうでもいい。ガトウはガトウ。変なアウタスとかリオーレンの賢者である前に私やユネルの大切な人。それだけ・・・」

深い慈愛を湛えて妖精のような少女はそう言った。

惚気を聞かされているような気分。

たぶん半分以上そうだろう。

自分まで恥ずかしくなった気がして熱くなった頬を片手で抑えた。

「私にはあんな男の何処が良いのか解りません」

「ガトウ。凄い変人だから」

ユネル嬢が苦笑する。

「賢者、頑固だし、時々あたし達に分からない事言うし、どんな事思ってるのかあんまり言ってくれないし、人見知りだから。知らない人から見たらそうかも・・・」

「ガトウ。恥ずかしがり」

「でも、変なところで凄く堂々としてたりして」

そいつの偏ったところを言い合ってはお互いに頷き合う姿はまるで実の姉妹のようで、恋に競い合っている中なのかと疑わしくすらあった。

「それでは・・・その・・・」

「私の方?」

テオ嬢の言葉に頷く。

「私は死のうとしたらガトウに助けられた。自分が死ぬかもしれないのに夜の冷たい海に飛び込んでガトウは私を引き上げてくれた。死んでたはずの私を生き返らせて【オレが助けた心持ぶんくらい死ぬな】って。それが最初」

「・・・・・・」

何故死のうとしたのか。

さすがにそうは訊けなかった。

ただただ気持ちだけが伝わってきた。

「ッ、ユネル!」

テオ嬢の声にユネル嬢がすぐさま反応する。

見れば、形成された水の真円の一つに巨大な輝きが幾つか光の照り返しで確認出来た。

「新手!? まさか、そんな?! 占術の結果では群れは一つのはず!」

急いで知らせねばと竜の上から飛び降りようとして服の端をテオ嬢に掴まれ止められた。

「大丈夫」

何が大丈夫だと言うのか。

真円に映った輝きは時折見た事があった。

巨大な鳥とも見紛うその姿は白く禍々しい。

二つの翼の直系は普通の空の竜の何倍にもなる。

大きさだけならば随一で一度街へと落ちれば街そのものが滅びる事もある。

そんなものが十数匹。

馬鹿でも解る程に致命的な物量だった。

幾らフェノグラシアの巫女の数が多いと言っても、一度に相手が可能な物量には限度がある。

比較的小さいとはいえ、一群への対処を行っている最中にこれだけの大物が群れを成して出てくるとなれば全力で戦う以外道はない。

「テオ。他には?」

比較的落ち着いた声のユネル嬢に思わず後方の街へ避難を呼びかけるべきですと進言しようとした時、地面が動いた。

乗っていた竜が咆哮する。

「まだ。ガトウの言ってた通り」

「うん。解った。ドーちゃん。撃って」

その静かな声が紡がれた刹那、目の前が真白く染まった。

あまりの輝きに目が潰れるかと光を腕で遮る。

光が静まった後、視界の明滅を頭を振って打ち消す。

遥か遠方へ真昼の陽のような輝きが昇っていくところだった。

僅かな時間を置いて、その輝きが今乗っている巨大な地の竜から吐き出されたモノだと理解した。

テオ嬢が浮かべた水の真円が一瞬だけ明滅したかと思うと後には何も残っていなかった。

いや、少しだけ目を凝らせば地表へと翼の残骸らしきものが落ちて行くのが分かった。

(――――――なんてデタラメな)

たった一撃。

たった一撃でフェノグラシアがそれなりの数の巫女で迎え撃たなければならない相手を、群れの単位でしかも有り得ないような遠距離から撃ち落とした。

その事実に胸底が凍て付くような戦慄を感じる。

「ユネル。次が来た」

「うん」

「!?」

更なる輝きが複数の真円に映り込んでいた。

その真円の方角はバラバラ。

しかし、二人の声には怯えも焦りもありはしない。

「テオ。一番近い順から並べて」

テオ嬢の指が複数の真円を掻き分けると近い順から円がユネル嬢を中心に距離を変えた。

「ドーちゃん。行くよ」

踊るように回りながら巨大な地の竜はその筒を上下左右へと振り、続けざまの輝きを吐き出していく。

その方角が近い円の順からだと気付いた時には辺りに静寂が戻り、円の中で輝きが無数に咲き乱れていく。

遥か遠方で上がる僅かな光の粒が攻撃の結果を教えてくれた。

「大丈夫ユネル?」

テオ嬢の言葉にユネル嬢が何でもないように頷く。

「賢者に力を温存しておくように言われてるから。あっちの方は?」

「善戦してる。問題無い」

「・・・・・・」

それから二刻半程で同輩達が戻ってきた。

群れの掃討から戻った仲間達に戦いに参加するはずだった二人がどうして戦いに加わっていなかったのかと訊かれ、まともな答はついに返せなかった。



「部下が戦ってる最中に酒とは気が緩んでるな」

外に開けた幕屋の一つに入った時、大巫女は空へと昇っていく輝きを食い入るように見ていた。

その片手のグラスにはたぶん葡萄酒の類。

緊張感が足りないと思わず刺した釘に何か言い返されるかとも思ったが、それよりも輝きが気になるのか空を見つめたまま、グラスの中身が一息に飲み干される。

「娘達が戦い散っていくかもしれない場を素面で見ていられるものですか。それよりもあの子の輝きは貴方のせいかしら?」

「オレのせいなら何か問題でもあるのか?」

「無いわ。けれど、あの婆よくもこんな隠し玉を育てたものね」

「ユネルは肉体的にも巫女的にも超人だ。あのオババのお墨付きだからな。間違いない」

「ええ、間違いないでしょうとも。あれだけの光を撃ち放って尚竜を戻さない。普通なら考えられないどころか異常と言うべきよ。普通の巫女があんな事をしていたら死んでても驚かないわ」

「ユネルはリオーレンで戦い続けてきた。聞いた話だとユネルがリオーレンを守護するようになって以来、リオーレンは一度もバンドに依頼を行ってない」

「ふふ、あんな竜の多い片田舎で何をしているかと思えば、あの婆もあれで巫女としての自覚はあったようね」

「オババが巫女として何か問題でもあるような言い方だな」

「有りも有り。大有りよ。人の多い場所にこそ、あの『女』は力を尽くすべきだったわ。けれども、あの『女』は私の前から消えた」

「過去に何かあったのか?」

「坊やに聞かせる類の話ではないわね」

「なら、この坊やに寝物語でも一つ聞かせてくれ」

「普通、大きな街には力の強い歴戦の巫女を宛がうのが慣例よ。時折、大きな街で今までの巫女の死亡や後続の巫女の未熟から新しい巫女を誘致したりする事があるの。そんな時、大きな街は何かと待遇が良いからと複数の巫女がその街に入ろうとする事もある。私が力で負けたにも関わらず『こんな騒がしいところはねぇ』とか言ってあの女は早々にリオーレンへ消えた。解るかしら? この屈辱」

「そんな根深いものをサラッとオレに流すな」

「訊きたいと言ったのはそっちでしょうに」

「もう歳なんだから穏やかに暮らしたらどうだ? 屈辱を感じるより有意義な余生を送れる」

「ふふ、私は屈辱に誓ったわ。この借りはあの女より多くの命を救う事で返そうって」

「その結果がこのフェノグラシアなのか? それはまたあのオババにバルトメイラ中のアウタスは感謝するべきだな」

女の情念の深さに半分呆れる。

「あの子が救うより多く娘達に救って貰わないと」

本当に根深い話をする大巫女の顔は微笑んでいるように見えた。

「礼を言わなければならないわね」

「言われるような事をした記憶が無い」

「もしも、あの子がいなかったら街が滅んでいたでしょう? あの輝きをあれだけ連弾するなんて。後で何匹やったのか教えて頂戴。それ相応に持て成すわ」

「今まで持て成されて無かったのか?」

「心から、と付け足すのを忘れていたかもしれないわね」

「とりあえず部屋が三つ在ればいい」

「それは却下」

「一応理由を聞いておくべきか?」

「止めておいた方が無難ね」

「そうしておく。それじゃ代わりに一つ答えて欲しい事がある」

「何かしら?」

「どうしてフェルフラムに個室が宛がわれていたのか知りたい」

「―――訊いてどうするつもり?」

「アンタや他の連中がフェルフラムを特別扱いしてるのは観察してれば解る。解らないのは理由だ。そして、オレにフェルフラムを付けたのはその特別な理由とやらが関わってるからじゃないかとオレは睨んでる」

「女は嘘を付くかもしれないわよ?」

「なら、オレが観察しても何一つ情報が得られない顔をするといい」

「・・・初めてだったのよ」

「?」

「あの子があの年頃になってから敵意を剥き出しで誰かを非難するなんて」

「あんな事があれば普段と違った行動くらい取る。それだけの話じゃないと?」

「フェルフラムは良い子よ。今は良い子過ぎるくらい。でも、巫女に向かないわ。部屋があるのはそういう話よ」

「巫女に向かないのは性格や心情がか? それとも巫女としての資質の問題か?」

「貴方ならその内気付くでしょう」

そう言われた直後、遠方に月明かりの照り返しを見つけた。

竜の討伐を終えて戻ってきた巫女達の帰還。

その様子に大巫女が目を細める。

「あの子達と貴方の分の幕屋は出来てるわ。今日はもうお休みなさい」

溜息を吐く気にもなれず、その場に背を向ける。

背後の老婆の思惑など詮索するだけ無駄だろう事は会話からほぼ解ってしまった。

何か知りたいなら自分で探せという簡単な話に落ち付いた以上、これ以上は無駄になる。

少し立ち止まって振り向く。

「二つだけ忠告しておく。これから娘を失いたくないならユネルを混ぜない戦いは極力避けろ。占術の結果はあまり当てにするな。以上だ」

何か聞きたそうな気配は無視し、一仕事終えただろうユネルとテオの元に急いだ。



「ねぇねぇ、フェル姉様どうしちゃったのかな?」

「あんなに怒ってるの初めて見たわ。わたし」

「うん。ホントどうしちゃったんだろうね。あの賢者って人のせいなのは分かるけど」

「そりゃそうじゃない。だって、フェル姉様の初めて奪っちゃったんだから」

「でも、でもフェル姉様があんな風に怒るなんてあたし達知らなかった」

「フェル姉様はいつだって私達に笑いかけてくれてたから」

「フェル姉様。あの人が何か言う度に怒ってる気がする」

「何か・・・変・・・だよね?」

「誰が失礼な事したってあそこまで怒ったりしなかったもん」

「もしかして恋?」

「そ、そんな風にも思えるけど。でも、何か違う気がする」

「あの賢者って人。フェル姉様の事見て面倒そうな顔してた」

「あ・・・そのせい」

「フェル姉様って昔はいつも・・・そういう顔してる人に怒ってたって大きい姉様達が・・・」

「でも、そうだとしたら。賢者って人はあんまり悪くないんじゃ」

「乙女の唇を奪ったんだから、あれくらいの仕打ち受けて当然だよ」

「それは・・・そうだけど・・・」

「大丈夫だよ。きっと」

『まだ寝てないのか?』

「「「「「「フェ、フェル姉様ッッ!?」」」」」」

『まったくお前達は・・・明日は早いのだからな? もう寝るのだぞ。いいか?』

「「「「「「は、はーい!」」」」」」

『おやすみ。それと今日はよく頑張ったな。偉いぞ』

「「「「「「あ、ありがとうございます。フェル姉様!」」」」」」



久しぶりに夢を見た。

それはとある少女の物語。

『お父さん。お母さん。何処に行ったの?』

少女はとある森に迷い込んだ。

『怖いよぉ・・・お父さん・・・お母さん・・・』

父と母が少女を疎み、森へと捨てたのだ。

『お前のような子が何故巫女に・・・本来はこの子のはずだったんだぞ』

少女には妹がいた。

『何でお前なの? この子じゃ駄目だなんて・・・本当に・・・どうしてなのかしら』

妹は少女よりも賢く強く何よりも手の掛からない子だった。

『何でお姉ちゃんなの? 私じゃ駄目なの・・・ねぇ、代わってよ。お姉ちゃん・・・』

少女は森を彷徨い歩き、やがて見知らぬ街へ辿り着いた。

『怖い・・・怖いよぉ・・・お父さん・・・お母さん・・・』

少女は泣いた。

泣いて泣いて世界を見上げた。

『あれ・・・何?』

巨大な天まで届くだろう塔。

永遠に続くとも思える街並み。

夜に昼の如く照らす輝き。

――――――無数の竜の群れ。

『うぁ・・・食べられちゃう・・・お父さん・・・お母さん・・・』

人が竜に飲み込まれていく。

人が竜に食われていく。

しかし、少女にとって何よりも怖いのは人が竜に自ら喰われていくという事。

『嫌・・・いやぁ・・・』

少女は走り出す。

全てから逃げるように。

全てから遠ざかるように。

何もかもを恐怖に塗りつぶされて、走る走る。

『はぁ・・・はぁ・・・ん・・・く・・・』

目は霞み、耳は遠くなり、口はカラカラで、足は棒のよう。

それでも少女は走った。

大好きな家族の元へ。

大切な家族の元へ。

森を駆け抜けた。

けれども、そこに待っていたのは罵声。

【面倒そうな】父親の、

【面倒そうな】母親の、

【面倒そうな】妹の、

家族達の瞳。

『どうして戻ってきたの!? あそこにいなさいと言ったでしょう!?』

少女は見た事を話した。

竜に食べられてしまいそうになったのだと話した。

『なんて子だ。そんな嘘まで吐いて!』

少女は訴える。

『嘘じゃないよ。ホントだよ!!』

少女は泣いて訴える。

帰ろう。

家に帰ろう。

お父さんもお母さんも一緒に帰ろう。

『お前がいる限りこの子は巫女になれないんだ! さぁ、森に戻れ』

少女は訴える。

こんな場所にいたら竜に食べられてしまう。

怖い。

早く帰ろう。

『何んて子・・・何でお前みたいな嘘つきが巫女なの!? この子の将来をどうしてくれるの!!』

ごめんなさい。

そう泣いて、少女は訴える。

『お姉ちゃん。消えてよ。私が巫女になるんだから!?』

少女は泣いた。

泣いて縋る以外無かった。

それでも失いたくなかったから。

例え、どんなに責められても、たった一つしかない自分の居場所だったから。

『逃げよう。お父さん。お母さん。早くしないと竜が来ちゃうよ!?』

罵声、罵声、罵声、罵声。

崩れていく家族の形。

そうして、時間は来た。

『早く森に戻――――』

突然やってきた暴風は竜の巨体が巻き起こしたもの。

目が一瞬だけ合う。

【お父さんだったもの】が竜に巻き込まれ消えた。

『き、きゃゃぐじゅが、ぱ―――――』

突如やってきた閃光は竜の目が輝いた証。

叫ぼうとする【お母さんだったもの】が竜の下敷きになって紅い染みと化した。

『た、たす――――――――』

手を伸ばそうとする【妹だったもの】が竜に跳ね飛ばされる。

『あ――――――――――――――』

キラキラとソレが振りまく紅い紅い飛沫が雨のように体を濡らした。

『ああ・・・・・』

少女はあっという間に一人となる。

竜達がまるで何事も無かったかのように遠ざかっていく。

そう、まるで襲う事すら【面倒】だとでも言うように。

『あ・・・あ・・・あ・・・・・・』

少女は何もかもから置き去りにされていた。

全ては少女が何かするよりも早く終わっていた。

『――――――』

ブツリと場面が切れる。


暗転と再開。


森ではなく今度は空の上にいた。

桃色の壁紙が貼られた部屋。

白い服の女性達に少女が取り囲まれている。

その瞳には傍の女性達が写っていない。

何を呼びかけられても無反応な幼い心は全てが磨耗していた。

やがて、少女の傍から誰もいなくなった時、少女は不意に誰かを探し始める。

何度も何度も探しては何度も何度も涙を浮かべる。

雄叫び。

獣のような慟哭。

驚いた様子の女性達が部屋にやってくると少女の声はピタリと止まる。

静まり返った部屋で少女は一睡もせず女性達を見つめている。

そんな事が何度繰り返されたか知れない頃。

女性達にも疲れの色が見え始める。

おざなりな世話になりがちな女性達を責める者はいない。

眠れぬ日が続けば誰だろうとそうなる。

ある日、少女は女性達に面倒そうな顔をされた。

少女の中の一線がフッツリと切れた。

突如として泣き叫び始めた少女に困惑する女性達の間から一人の老婆は歩み寄ってくる。

棒立ちの女性達の間を抜けて泣き叫ぶ少女の前に立った老婆は言った。

【貴女は家族よ。家族なら家族に迷惑は掛けるものだわ。だから、泣きなさい。貴女の涙が枯れたらまた来るわ】

少女は泣き叫んだままだった。

しかし、泣き疲れて眠りに落ち、再び起きた時、老婆は確かに少女の傍にいた。

【貴女、巫女に向いてないわね。巫女は激しく泣かないものよ。泣くのならもっと御淑やかにメソメソなさい】

少女の瞳に初めて誰かが写った瞬間。

老婆は叱るように撫でるように少女の頭に手を当てた。

時は流れる。

少女は老婆から叩き込まれる言葉の全てを暗記した。

【貴女はもっとハキハキ物を言いなさい】

【ちゃんと自分の事を律しなさい】

【やっぱり空の竜の巫女なら速い竜が良いわね】

【他人に優しく自分に厳しいが理想かしら】

【養いなさいな。労わる心を】

【笑顔を忘れては駄目。それが女の武器よ】

【忘れないで。貴女は一人じゃないわ】

【大切な家族なのよ】

こんな自分なら良いだろうか。

これなら褒められるだろうか。

これで認められるだろうか。

そう思いながら、少女は自らを形作っていく。

物言いは簡潔。

自らを律し、私事は必要最低限。

誰よりも速い竜を手にし。

他に優しく自己に試練を課す。

常に心を磨き。

笑顔を絶やさず。

絆を信じ。

家族に倣う。

(だが、そんな嘘がいつでも通るわけじゃない)

少女は立派な自分に為れた気がした。

けれども、少女の本音はいつだって隠れている。

自分を律し切れない。

自らの竜に震える。

自分に甘く、他人に厳しい。

磨いても磨いても心は曇るばかり。

笑顔を絶やさない事に疲れ。

絆が不安を呼び。

家族が、怖い。

【どうして自分には配置が無いのですか。マスター】

少女は自らの母同然の老婆をそう問い詰めていた。

その顔の色は蒼白で悲痛。

【今の貴女が巫女に向かないからよ】

【どうして自分には戦いのご命令が無いのですか】

【今の貴方じゃ出ても死ぬだけだからよ】

【どうして自分を・・・巫女にしようとしたのですか】

【自分で考えなさいな】

【・・・・・・分かりました】

ザラザラと砂嵐が視界を占めていく。

最後に見たのは涙すら流せなくなった少女が一人、空を眺めている光景だった。



頭の中の螺子を何回か巻き直した直後、目覚めの儀式が始まった。

「貴様ぁああああああああああ!!?」

覚醒よりも早く体が引き起こされ、揺さぶられ、怒声が叩き付けられる。

薄目を開けると今にも憤死しそうな勢いで紅い頬の少女フェルフラム何某が怒っていた。

「やはり!? やはり目的は自分の唇だったのだなッッッッ!!」

溜息を吐こうとして―――とりあえず揶揄する事にした。

そっと頬を左右に引っ張る。

「ひゃう!?」

驚愕に固まったフェルフラムに告げる。

「寝相が悪いと色々大変だな。胸元が見えてないか?」

「ぴッ?!」

あまりの声の高さにまるで雛を想起する。

フェルフラムが思わず胸元を隠した瞬間、その魔手から脱出する事に成功した。

そんなに都合良くラブコメ展開があるわけもなく。

勿論、胸元なんて最初から開いていない。

「だ、騙したな!? 貴様という奴は何処まで破廉恥な男だ!!」

フルフルと乙女っぽく涙目でフェルフラムが怒りに震えている。

(寝てる間に何処か触れたのか。難儀だな・・・ッ・・・!?)

気付いてしまった。

背中に異様な寒気が到来する。

朝だから寒いのは当たり前なんて話ではない。

凍える者は察し退避する事を一次とする。

その姿のまま幕屋から逃げ出そうとして、ガッシリと両手を掴まれた。

どちらも別の手。

片方はホッソリとした今にも折れてしまいそうな手。

片方はスラリとした優しげで女性らしい手。

ギチィイイイイイイイイイイイイイイ。

「賢者♪」

「ガトウ♪」

振り返る前に目の前のフェルフラムに告げる。

「とりあえず表に出て待ってた方がいい。不満や抗議は後で聞いてやる」

背後の冷気を察したらしきフェルフラムが今までの赤い顔から一転、顔を青ざめさせて、幕屋から外へと逃げ出していく。

「「・・・・・・」」

無言から始められる説教。

二の腕の痛覚が【もう目が醒めたからお願い止めぇえええ】と訴えている。

朝はまだ始まったばかりだった。



朝の騒動が治まった頃、そいつはグッタリした顔で朝食を食べ、自分と共に幕屋に戻る事になっていた。

「・・・・・・」

目の前にはまるで日干しのようなだらしない姿のそいつが額に手を当てて呆けている。

「・・・・・・」

幕屋で二人きりなのはフェノグラシア全体で沐浴をしているからだ。

ユネル嬢とテオ嬢は近くの泉まで同行し、今頃汗を流しているはずだった。

「・・・・・・」

朝の騒動でもはや立つ気力も無くしたそいつに今ならば追撃を掛ける事も可能かもしれない。

そう思っているのに上手く口は開かない。

言葉が喉まで出かかって消えた。

思い起こせば、自分は朝起きた時から歯車が狂っていた。

前日、また四人で固まって寝る事となり、妹達を寝かしつけて戻れば誰も起きてはいなかった。

そうして三人の頭辺りで寝ていたのに、朝には何故かそいつの上に寝ていた。

「~~~~~~」

自分の顔が赤くなるのを自覚する。

寝相が悪い方ではない自分があんな状態になるまで起きなかったなんて在り得ない。

そいつの陰謀に違いない。

感情は目の前の呆けた男をぶちのめせと催促してくる。

「・・・・・・」

そいつの欺瞞を聞いたはずなのに、そいつの愚かしさは聞いたはずなのに、手が出ない。

理性は囁く。

何を知っていたつもりだった。

あの話を聞いて何とも思わないのか。

この男の振る舞いにもそれなりの理由があると。

「・・・・・・」

どうしてこんなにもままならないのか。

(初めての相手、だからか?)

朝、目覚めて最初に見たそいつの顔が忘れられない。

幕屋の隙間から溢れた光に照らされていた顔は哀しさではなく諦めでもなく孤独でもない・・・不思議と温かさを感じさせるものだった。

一筋頬に伝っていた涙は何故か誰かの為に流されているのだと思えた。

「一人芝居ってのは楽しいのか?」

「!?」

ハッと意識が戻る。

「無意識に身振り手振りで心情を表現するのはいいが、あんまり他の連中の前でやらない方がいい。変人扱いされたくなければの話だが」

そいつの半眼の視線が突き刺さる。

「き、きき、貴様が言うな!?」

思わず頬を張ろうとして振りかぶった手がそいつの頬に当たる寸前で止められる。

「ッッ~~~~」

手と手が触れ合う。

そいつの手の温度の低さがひんやりと心地よ―――頭が真っ白になった。

「暴れるな!?」

「貴様が! 貴様が悪い!! 自分は貴様が来てから変になってばっかりだ!?」

「それはお前の脳内乙女分とかの問題でオレのせいじゃない!」

「乙女とか言うな?! 何で貴様はそんなに!!」

そのまま揉み合いになる内、どちらともなく片付けた毛布に倒れ込んだ。

「「―――」」

動けなくなる。

そいつの体はひんやりしていた。

この冷たさが心配でユネル嬢とテオ嬢は共に眠っているのかもしれない。

「―――昨日」

「?」

「貴様とユネル嬢の出会いを聞いた。ユネル嬢もテオ嬢も貴様を心から思っていた。貴様はあんなにも思われているのに、不実なものしか返せないのか?」

腕が離される。

そいつは立ち上がると幕屋の芯に寄り掛かって座った。

深く深く溜息が一つ。

前髪に隠れた瞳は見えない。

ポツリと声が響く。

「お前が好きだ」

「?!」

「愛してる」

「!!?」

「ずっとずっとお前だけだ」

「な、な―――」

「お前以外の何も要らない。死ぬまで一緒にいよう。一緒に暮らしてくれないか。オレにはお前が必要だ」

「ば―――」

「オレはお前を離さない。どんな時も傍にいる」

「き、きききき、貴様?!! 何を!?」

「オレにはそんな言葉が不実に思える」

「何を言っ、え?」

「修飾は要らない。オレには出来る事と出来ない事がある。仮に【お前が好きだ】はそのままの意味で使えるだろう。だが、【お前以外の何も要らない】なんてオレは言えない。オレには確固とした優先順位がある。【お前を最優先にする】とは言えても【お前以外の何もかもを捨てられる】とは言えない。【死ぬまで一緒にいよう】は努力目標であって口説き文句にはしたくない。それ以前にオレは【お前が死ぬまで一緒にいる】とは言えない。オレが確実に言えるのは【死ぬまで一緒にいられるよう努力する】とかだろう」

貴様は何を言っているんだ。

そう言えなかったのはそいつの口元に自嘲の笑みが浮かんでいたから。

「オレはオレに言える事しか言えないし言いたくないし言わない。可能な事としたい事と出来ない事は可能な限り区別するのがオレだ。言いたい事が分かるか?」

「それは理屈だ」

クツクツとそいつが笑う。

「本当にな」

「逃げてるだけだ。そんなのは」

「そうだ。オレはいつだって逃げ道を作ってる」

「偉そうに言うな!?」

まったくそいつは尊大に言う。

「ちなみに言っておくがオレの、じゃない。どちらかと言うとあいつらの、だ」

「?」

「逃げ道って言い方が嫌なら代替物とかでもいい」

「何が言いたい」

「簡単に言えば代わりは探せばいる。そういう事だ」

「代わりだと」

「オレはあいつらにとってのあらゆる【逃げ】を模索してる。あいつらが逃げてもいい状況。あいつらが逃げてもその役目を肩代わりさせられる機構。あるいはオレ以外の男にあいつらが逃げる可能性とかな」

「な!?」

「オレより良い男が相手なら、あいつらは今より幸せかもしれない」

「それは・・・」

「そうだろう?」

「お、お二人は貴様を・・・貴様だけを見ているんだぞ!!?」

そんなのは目の前の男からすれば自明のはずで、だからこそ、そんな言葉が目の前のそいつから出る事が信じられなかった。

「オレの代わりにあいつを惚れさせる奴。オレの代わりにあいつに戦い方を教える奴。オレの代わりにあいつらに説教する奴。それがいたらオレなんか要らないと思わないか?」

「お前は自分が何を言ってるのか―――」

「十分理解して言ってるに決まってる」

「そんな・・・」

あまりにも、あまりにも、その言葉は受け入れられるものではなかった。

怒りが全身を巡ったように熱くなる。

「オレが言う逃げ道はそういう事だ。いつでもオレの代わりが用意出来るようオレは努力してる。限界はあるかもしれないがしないよりはマシだと思ってる」

「貴様、本気なのか!?」

「人間に他の代わりはないとお前が言いたいならそれは確かにそうだ。だが、それは役目というものを考え無い場合だろう。人との関わりの中で生まれる役目ならば【代わり】が無いとは言えない。巫女という役割だって同じだ。今、このバルトメイラに存在する巫女は極論すれば、最も初期にいた巫女達の代わりだ」

「屁理屈だ!!」

「ああ、だが、オレにとっては事実だ」

息が上がる。

目の前の男の間違いを正したくなる。

しかし、何が間違いで何が正しいのかを言い合うだけ不毛なのだろう事は分かった。

目の前の男の言葉には致命的に【感情】が足りなかった。

「貴様もお二人も代わりなんてない。貴様はあのお二人に代わりがいるとでも言うのか?」

自分は一人しかいない。

その自分を大切だと言ってくれる人もまた唯一の存在。

どうしてそう思えないのか。

「オレにもお前にもあいつらにも役目上の代わりが無いわけじゃない。巫女としてなら代わりは出てくるし、人の関係なら家族や恋人は実際そうするかは置いておいても作れはする」

「それではもしもお二人がいなくなったら貴様はもう一度お二人と同じような関係を他の人間と結ぶのか?」

「在り得ないとは言わない」

思わず幕屋の芯に拳を叩き付けていた。

そいつは顔の横の拳に微動だにせず続ける。

「お前は純心一途に居もしない人間を思い続ける事に弊害を感じたりしないか?」

「お二人の前でその言葉を吐いてみろ。自分は貴様を絶対に許さない」

「ユネルの前じゃ一度吐いた気がするから許さなくて結構だ」

「貴様!?」

「オレは別にあいつらに代わりがいても軽んじたりはしない。お前が思ってるような意味でオレがあいつらの代わりを探す事もない」

「だが、代わりがあると貴様は言っている。貴様は・・・貴様は普通じゃない! どうしてそんな事が軽々しく言える!?」

そいつが平然とのたまう

「オレはあいつらの為に命を二束三文大安売りするぐらいの芸はやれるが、それだけだ。オレ一人分の命で誰かの幸せが購えるなんて、そんな【温い話】をオレはこのバルトメイラに期待してない。オレには限界がある。オレに不可能な事なんて山程ある。そんな時、オレ以外の誰かがあいつらを幸せにする可能性は捨てておきたくない」

「そんな可能性・・・」

「この問題は巫女全般に言える。個人としての巫女にもだ。オレは自分が死んで残った人間が幸せになれないとしたら、他の誰かに残った人間を幸せにしてもらいたいと思う」

そいつの言いたい事は解った。

巫女は常に死と隣り合わせで生きている。

自分が居なくなった後の事を巫女は常に頭の片隅で考えている。

自分が居なくなった後の不安から自分の後釜を見つけておく事は巫女にとって珍しくも無い。

役目上での事だけであれば。

「大切な人を自分で幸せにしたいってのは欲だ。普通はそれでいい。それが正しいと誰もが思ってる。だが、それで通らない事態だってある。オレはオレ自身があいつらを幸せにする事に固執しない。オレ以外の男の方が何かとオレより上手くやるなら、あいつらが見合いなり結婚なりして幸せになったって別に構わない」

「貴様は!?」

殴りそうになって、そいつの視線に怯んだ。

「それがオレの覚悟だ」

最も大事なのは二人の幸せであって、それ以外ではない。

ならば、それ以外は何だろうと切り捨てる。

それが自らであろうとも。

例え、自らの手で二人を幸せに出来ないとしても。

二人が幸せならば別にそんな事は大した問題ではない。

それが覚悟。

「・・・・・・」

そんな覚悟に報いはない。

そうなってしまったら、それはあまりにも無残だ。

それなのにそいつの視線は透明で、自嘲も皮肉も無い頬笑みがその顔には浮かんでいた。

「恋物語はいつだって努力とか愛とか勇気とかでどうにかなる。当事者達が幸せで終われる。でも、オレにあるのはこんなちっぽけな覚悟だけだ」

今話しているのも報い無き行動だ。

こんな話をしてもそいつに何の利益もない。

それどころか目の前の【面倒そうな女】の不興を買って不利益極まりないはずだ。

それなのに、その【面倒そうな女】に問われた覚悟を伝えたくて、そいつはきっとこんな話をしてくれていた。

「さっきのお前の質問にオレはこう答えよう。フェルフラム」

そいつが立ち上がって幕屋の扉を開く。

「オレはあいつらに不実なものしか返せない。だが、この不実さが・・・あいつらを必ず幸せにすると信じてる」

それはまるで道化師のような言い分。

それはまるで大間抜けの告白。

不幸を幸いと言い替える修飾誤字。

呆れたっていいはずだ。

怒ったっていいはずだ。

(なのに・・・どうして・・・)

振り返った顔にそんなものを覚えないのか。

それどろか。

胸は今までにない速度で早鐘を打ち始めて。

(~~~~~!?)

そろそろ帰ってくるだろう二人を迎えにゆく背中に問い掛けた。

「どうして!! どうして自分にこんな話をした!!」

思わず訊いたのはどうしてか自分でも解らない。

ただ、少しだけ考え込んだ後、答は気楽な声が返された。

「お前が気に入ったからだ。フェルフラム」

歩いていく背中が幕屋の中から見えなくなる。

「あ・・・」

体から力が抜けてへたり込んだ。

不実を認め、受け入れ、その上で二人を幸せにすると言ったそいつの顔が未だ瞼に焼き付いている。

あんな言葉は誠実と綺麗事で飾った人間には言えない。

己の醜さや卑しさを隠して人は生きている。

それを何の躊躇も無く曝け出す潔さ。

それは賢者の選択か愚者の戯言か。

「何が、気に入っている・・・だ・・・」

何故か、吐き捨てるように言ったはずの言葉は胸に痛かった。

随時感想を受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。

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