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第一章 思慕

第三話一章の幕開けです。

第一章 思慕


窓の外に広がる想像を絶する雄大さに息を呑んだ。

薄暗い下界は砂漠から肥沃な森林地帯へと移り変わっていた。

遥かに続く大地と空の境目はもう少しで夜明け色に染まる時間帯。

飛行船内部の薄暗い廊下をゆっくりと歩きながら外の世界を目に焼き付ける。

まだバルトメイラに来て日が浅かった頃。

ユネルに巨大な山の頂点から世界を見渡す光景を見せられた事があった。

目の前の光景はそれに勝るとも劣らない。

人間は自然を美しいと感じる。

芸術の如き雲。

神を見出す巌。

尊い何かが住まう山林。

そういったものに心を引かれるのはDNAにその雄大さを刻まれているからだろうか。

「・・・・・・」

一瞬、持って行かれそうになった意識を引き戻した。

(質素だな)

見れば簡素な飛行船内部は極めて物品が少なかった。

廊下から見える部屋の殆どは仕切りもない共同部分のみ。

有るのは食糧と生活雑貨及び衣類など。

白ミリタリーな制服が使われている理由は極めて合理的理由らしく衣裳部屋には扉すらなく奥に無数の制服が吊られていた。

芳香を漂わせている共同の食堂の脇を抜ける。

各共同施設を見ながら思われるのは其処が何か昔懐かしい学生寮のような気配であるという事。

とても人の生活感が溢れている。

規律と規則と風紀に縛られながらも連帯と絆を思わせる雰囲気は船内の至る所で感じられた。

やがて、廊下の先に到達する。

少し手狭な部屋操舵室だろう其処には船長席と操舵席、計器類が五万とあった。

まったく使われた様子が無く、計器類は新品同様。

その割に席には長年使い込んだらしき風格があり、竜の有難味を享受しているだろう事が分かる。

乗り物には運転する者が必要だ。

だが、巫女の意志を反映して勝手に動く竜の内部ではそんな計器は要らない。

手を翳す。

意識的な反射で動かす。

もはや竜とは巫女達にとって手足の直線状にある代物であり、使用するというよりは無意識下で繋がっているというのが正しいのかもしれない。

【――――――】

ざっと三十人分の視線が振り向いた。

何とも言い難い頭痛。

巫女の共同体なのだから女性が主体であるのは予想できた事だった。

しかし、巫女の数が予想を遥かに上回っていた。

最初に寺院内部で見た者だけかと思えば、実際には数十人が飛行船内部で待機していたらしい。

よくこれだけの数が生活しているものだと溜息が漏れそうになる。

ブリッジは大家族大集合状態。

大勢の女性あるいは少女あるいは年端も行かない者達が制服で整列している姿は軍隊のようであり、何処かの未開の部族が集まっているような空気でもあり、場違いな客である三人を浮き上がらせて余りある。

「大丈夫、賢者?」

「ガトウ?」

これだけの視線を前に平然としている神経の太さというか巫女という生物に畏敬を覚えるが、冷や汗が滴り落ちそうな顔を強張らせないだけで精一杯だった。

全身を舐めるように品定めされている気分。

というか確実に品定めされている。

【この得たいの知れない男使えるの?】

そんな声が脳裏で聞こえてくる。

使えなかったら即日ポイッと空から投げ捨てられるかもしれない。

それがただの被害妄想だとしても単一傾向のコミュニティーに異物が入ればどういう扱いになるか。

どんな世界だろうと共通の気がする。

ただ確実に分かっているのは名無しの烈火さん(仮名)が周囲の女性達も首を傾げるぐらいに敵意剥き出しでこちらを睨んでいる事だけであり、状況は芳しくない。

「!!!!!!!」

とりあえず視線の激しさはアーイキャーンフラアアアアアアイと蒼い空に帰りたくなるレベル。

そんなことを考えているとカツカツと音を響かせて目の前まで名無しがやって来る。

「まず始めに言っておく。自分は貴様の如き輩を歓迎しない。貴様が今後この我が家において不埒なる行為に及んだ場合、命は無いと思え」

軍隊式な視線ガンも激しく言い放たれる。

まるで凍てついたツンドラを思わせる風情。

【ツンはあるけどデレは無いね。あははははははははは】

笑って肩を叩けば一秒以内に上空から落とされるだろう断固とした意志にボケるのは止めておいた。

この手のタイプは呵責無く有言実行を旨とする人間が多い。

冷静に分析して脳内検索を掛ければ、そんなキャラへの軽口は死亡フラグ満載である。

「どっちかと言うと不埒な行為を行ったのはお前であってオレじゃない」

事実のみをぶつけてみる。

「貴様!?」

最初から喧嘩腰で少女から接せられるというのは何とも新鮮な感じがして慣れない。

「それとオレは貴様でもない」

重要なのはスタンスの違いと意見の対立をハッキリと教える事。

「貴様なんて貴様で十分だ!」

それで多少の摩擦で相手が暴発する事はない、はずだ。

臥塔賢知ガトウケンジだ」

少なくとも何も知らずに異文化交流するよりは事前に思い知らせておいた方が何かと良い気がする。

異星人の姿を知らない人間がいきなり異星人と出会ったら化け物呼ばわりだろうが、異星人の姿を知っていれば化け物ではなく異星人呼ばわりはしてくれるだろう。

「貴様に名乗る名は無い!!」

「あら、何の騒ぎかしら?」

大巫女がドアを開けて入ってくると【いえ、何でもありません】とソソクサ少女は先程までいた位置に戻っていく。

一斉に背筋を伸ばした数十人の女性達が視線すら揃っていそうな具合で大巫女の前に整列した。

「こほん」

それからの数分間、大巫女による現在の状況説明が為された。

大規模な『狂乱』発生を占術で確認。

地の竜を扱う大巫女に協力を要請。

孫娘であるユネル・カウンホータを招聘。

今後の日程は次の目的地に着き次第に発表。

「―――その子が以下の理由により、我々に同行する事となった地の竜の巫女ユネル・カウンホータよ。そして、その世話係二人が共に暮らす事になるわ」

今まで前を見ていた女性達が一斉に踵を揃えて此方を向く。

拳を胸に当て頭を下げて礼の姿勢が取られる。

恐ろしく息の合っている光景。

後ろのテオとユネルも一瞬たじろいだ気配が伝わってくる。

「三人への以後の対応はそうね。フェルフラム。貴女に一任します。いいわね?」

フェルフラムと呼ばれたのは白過ぎる少女。

名無しの烈火さんその人だった。

「は?」

思わず振り返って大巫女を見た『フェルフラム』(本名)が思わず間の抜けた顔をした。

「どうしたのかしら?」

「い、いえ!? な、何でもありません! その任務謹んで拝命します!! マスター」

「結構。それでは各自持ち場の配置に戻るように。解散」

殆ど条件反射なのかもしれない敬礼が一斉に返される。

空の大巫女が少しニヤリとこちらに笑みを浮かべると数人のお供を連れてその場を出て行く。

後に残された巫女達の空気が一瞬で軟化したのが分かった。

それはもう何と言うか【あーあの先生の前だと緊張すんだよねぇ】的な今時の高校生のような感じだ。

差し詰め大巫女は校長といったところなのかもしれない。

事実、数十人の内の半数以上が若年者で固められている。

二十代から十代の女性が大半で三十代から四十代までの層は数人のみ。

後進の巫女達を多く乗船させているのかもしれない。

巫女が現役として活躍するのは十代からという事は知っている。

それを考えれば十代二十代の巫女は正に巫女見習的な立ち位置なのだろうと知れた。

「!!!」

思考から抜け出すとまた激しい視線。

フェルフラム。

マスターと呼ばれた大巫女からの指令を分かりやすく省略すれば【貴女、世話係の世話係だから】という巫女のプライドをチクチク刺激するもの。

それだけでも十分に睨まれるだけの理由だ。

「?」

更なる視線を感じて辺りを見回せば、好奇心にウズウズしているらしき少女達やら女性達やら多数。

「(=゜ω゜)・・・」

「(・ω・)・・・」

「(゜∀゜)・・・・」

眺めてくる者。

観察してくる者。

笑い掛けてくる者。

その他にはフェルフラムと交互に見返す者。

何かにピンと来たらしくヒソヒソとフェルフラムに話し掛ける者。

(客寄せパンダの気苦労が分かる気がする)

「で、では、其処のお二人は部屋に案内しますので。自分に付いてきてください」

フェルフラムの険しかった顔がユネルとテオへ一転して向けられる。

とても好意的な笑みだった。

「・・・・・・」

今まで臥塔賢知に向けられていた視線を真近に見ていた二人がビクッと身を竦ませた後、何度も人形のように首を振る。

ミリタリーな視線で自分達も迎えられるのだろうか。

そう思っていた少女達はその壮絶な変わりように驚いた事だろう。

まさしく嫌われているのは臥塔賢知のみ。

それ以外の同性にはとても友好的なフェルフラムだった。

「あ、賢者も一緒に」

「ガトウはどうすれば」

「後でこちら側で対処します。まずはお二人のお部屋へ」

「「・・・・・・」」

何か言いたげな視線ではあったが言い含めておいた通り、フェルフラムの案内で二人はドナドナ連れられていった。

そのまま一人取り残される。

二人の口から自分に対する文句が一つも出なかった事に内心ホッとする。

飛行船乗船前夜。

二人の少女に様々な知識と教えを詰め込んだ。

自分の地上テリトリーではなく別の場で戦う為に必要だと思われる事。

生活の場が移るのだから郷に入っては郷に従えという鉄則。

それから臥塔賢知がどんな目にあっても庇わないように等々。

どうして最後のような教えが必要なのか?

命を掛ける場で背中を預け合う関係となる人間との間に無駄な溝を作らない為、と言えば聞こえはいいが、要は二人の少女達との特殊な関係性故の問題だった。

アウタスで多少知恵がある男と二人の巫女。

まぁ、単に【このリア充が!?】と某掲示板で叩かれそうな関係はバルトメイラ内ではかなり特殊な部類だ。

そもそも巫女という特権階級の人間がアウタスの小僧一人に対して特別な感傷やら何やらを感じているというのはそれだけで醜聞の類だろう。

別に非難されるのを恐れているわけではなく、そういった『今までの』バルトメイラでならばそうそう無かった関係が安易に結ばれているように見えるというのが問題なのだ。

普通の巫女というものがどういうものなのか。

実際に三人の巫女しか会った事が無い臥塔賢知にすればよく分からない。

だが、オババの言葉に寄れば普通の巫女は特権階級として個人主義的な側面を持っているのだという。

それはつまり家族などの血縁を持つ事が非常に稀である事を指している。

巫女は自分の後継の巫女を自らのいる地域から選抜する事が殆どで、血縁のインナスへと巫女の役割を譲渡するのは極々限られた話なのだという。

その極々というのは本当に優秀な巫女が自分の血筋を残して巫女の任を継がせる場合だ。

その場合も恋愛ではなく優秀な血筋の者を紹介してもらうような措置をその地域の権力者層から受ける事で子供を儲ける。

つまり、二人の巫女に手を出したアウタスの男というカテゴリーな馬鹿がいるとすると必然的に珍しい。

そんな男が巫女の共同体『バンド』へと同行する。

明らかに問題が持ち上がる。

『バンド』はそういった問題を問題視するだろう有識者と繋がりがある。

狂乱バースト』という巫女一人では太刀打ちできない現象に対抗しているのだから、支援を各地域の有力者から受けているのは当たり前の話だ。

そんな後援者達に今回の話が安易に広まるのは頂けない。

どんなに大賢者だの何だのと噂され持て囃されようが所詮はアウタスの小僧。

妬み謗りがこちらに向かってこないとも限らない。

それが自分だけに向かうならばどうという事はないが、そんな人の負の情念とかに弱そうな二人の巫女にまで何かあっては事だ。

(それだけならまだマシだ。だが、この状況・・・何が起こるか)

物語はいつだって容赦なくイベントを投下してくる。

フラグの量は十分だ。

見逃しているだけでバルトメイラにはもう何かしらの大きな変化が起きているかもしれない。

竜が現れる環境が変化してきている事はその始まりか一部なのではないかと最近は疑っている。

(これからオレがどんな選択肢を選んでいくかでバルトメイラ全体に影響を与える可能性が否定できない)

それがただの勘違い野郎の戯言ならば問題ない。

しかし、そうでなかった場合には困る。

だからこそユネルの招聘に際してテオも連れてきた。

誰もがきっとその事に何の関心も寄せてはいないが、ユネルのみで対応できない竜の異常な行動にもテオがいればある程度の対処が可能と感じている。

切り札と言うべきかもしれない。

あるいは『最初から誘導されてきた結果』とも言えるかもしれない。

バルトメイラにおいて世界の根幹に関わっているらしき臥塔賢知は・・・たぶん、この世界においての重要な因子と相対的な関係を構築させられている。

近頃、このバルトメイラに召喚された理由をそんな風に感じる。

ヲタク的な予想として、そのファンタジーな回答は事実を掠めていてもおかしくないと思える。

(そもそもバルトメイラが何なのか。未だに解明出来てない。此処は地球なのか。どうして人間が住んでいるのか。どうしてバルトメイラは過去に文明が崩壊した歴史を持つのか。どうして竜は地球の乗り物なのか。どうして巫女は竜を扱えるのか。どうしてオレが此処に呼ばれなければならなかったのか。どうしてユネルやテオと出会った時、世界の根幹に関わってるらしき存在と夢で邂逅するのか)

答を求めてはいない。

それはその内に回答が出る気がする。

厳然たる事実として、臥塔賢知が積み上げたフラグの量は多い。

それらがやがてイベントを連鎖的に引き起こしてくれるとも思える。

異世界で美少女巫女と交流。

恋愛を経験。

別れを経験。

世界の根幹と交信。

現実への帰還。

異世界への再度召喚。

第二の巫女テオとの遭遇。

事件解決と共に傍らへテオを置く必然。

そして地の竜、水の竜と来て、空の竜の巫女と接触。

RPGでもやっているとしか思えない。

重要な出会いがある度に竜の異常な行動に巻き込まれている。

第三の少女である【フェルフラム】は災厄への呼び水かもしれない。

そして、そうであるならば、これから何かが起こらないわけがない。

「貴様! いつまでボーッとしている!! 貴様の部屋に案内してやる!! 解ったなら付いて来い!!」

外界を見下ろしながら思考のドツボに嵌まっていたらしい。

辺りを見回すと好奇心満々な女性陣に回りを取り囲まれていた。

その人垣の外からの声は間違いなくフェルフラムのもの。

ユネルとテオをさっそく部屋に送り届けたのだろう。

一応、二人に言っていた通り、こちらにも構ってはくれるらしい。

人垣が左右に割れた。

「貴様にも部屋を用意した。フェノグラシアの寛大さに感謝しろ」

「ありがとう」

間を置かず、とても感情を込めて感謝を捧げてみる。

その方が何かと嫌らしい。

「な、な、あ、当たり前だろう!? 貴様はこの竜に乗れただけで感謝するべきだ!!」

怒っている人間から真摯な感謝を受けてたじろぐ姿は中々可愛らしくはあった。

これだけ解りやすいうろたえ方。

周囲の女性達のニヤニヤとした視線。

(弄られキャラなのか?)

あるいは何かと純真なのか。

物語ではよくある話だ。

自分の属するコミュニティーが女性しか居なくて男性嫌悪が強いとか。

男性から好意的な視線を受けた事がない純粋培養乙女様とか。

アリガチ過ぎて欠伸が出るより先に物珍しさが勝る。

「さっさと来い!」

「了解。フェルフラム・・・ちなみにフェルフラム何某だ?」

「置いていくぞ!?」

頭から湯気が出そうな勢いでフェルフラムがその場からズンズン遠ざかっていく。

後を追う。

後ろからの女性達の視線は正にドラマでも見ているような【面白い事になりそう。うふふふ】というものだった。



飛行船内部は基本的に下部へ全ての生活居住区が設けられている。

上部は全てガスを充満させている場で当然の如く立ち入りは禁止らしい。

勿論、竜である以上、本当にガスが浮かせているのかは怪しいのだが。

「此処だ」

部屋は後方の最下部近くに設けられていた。

「・・・・・・」

設けられていたという表現を用いたのには当然の如く理由がある。

何か木の板で廊下の端が遮られていた。

その板にはバルトメイラの文字でたぶん「賢者」とぶっきら棒に書かれている。

「な、何か文句があるのか!?」

半眼でジットリした視線を女性に注ぎたくはないが、犬の小屋より始末が悪い。

「こ、これでも譲歩したんだぞ?! 貴様は自分の部屋にまで押し掛けるつもりか!!」

「?」

言っている意味が良く解らず首を傾げる。

「一人部屋は本来姉様達に与えられる特権で数は多くない。お二人にはちゃんと一人部屋が開いていたがお前の分はない。でも、それではマスターから頂いた任務に支障を来す。故にちゃんと此処にお前の部屋を設けた! 自分の部屋の横だぞ!? この譲歩を見ても貴様は自分にそんな視線を向けるのか!」

「一人部屋以外でも良いから普通の部屋にしてくれ」

「な!? 貴様はか弱い妹達や自分の同輩達まで狙って!?」

ややこしい話を脳内フィルタでスルーする。

つまり、この船にはもう余った部屋が無い。

一人部屋以外には大部屋ぐらいしかない。

フェルフラム的にはあんな事をした危険人物は大部屋に往かせたくない。

ならば、自分の部屋しかない。

しかし、そんな事は却下である。

だが、責任を果たさなければならない。

だから、仕方なく自分の部屋の傍に部屋っぽいものを設営した・・・らしい。

見ればやっつけ仕事な板は何処かに放置されていたらしくボロボロだった。

慌てて描いたらしい文字はよれよれになっている。

「毛布四枚で手を打とう」

「い、いいだろう。それぐらいはな」

何か罪悪感的なものを感じているらしく、フェルフラムは微妙に罰が悪そうな顔をした。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

会話が途切れる。

しかし、いつまで経ってもフェルフラムは立ったまま。

「配置に付かなくていいのか?」

「自分の任務はお二人と貴様の世話だ。貴様が同輩や妹達に手を出さないか見ていなかったら任務は果たせない。そもそも貴様、あのお二人に此処で何かしてみろ。ただではおかないぞ」

それは世話というより監視の間違いなのでは?とのツッコミは無しに何となく思った意見を述べてみる。

「お前、仕事とか割り振られて無いな」

「ぐぬ!? 何故、貴様はそんな事まで知って!? ハッ?! まさか、貴様は自分を調べて、また狙う――」

「気は無い。そもそもお前を襲ってオレに何の得があるのかと」

「貴様は乙女の唇を奪う事に歪んだ喜びを覚える人間で――」

「は無いと言い張るつもりだ。そもそもオレのせいじゃなくてお前が下方不注意で空から落ちてくるのが悪い」

「そ、それは・・・だ、だが貴様が自分の~~~を奪ったのは間違いない事実だ!!」

不審者を見るような視線で見られた。

反論は出来ない。

一応、乙女の唇を奪ったのは事実だ。

「それは悪かった。謝罪しよう」

「ッ、今更そんな殊勝な事を言っても自分は騙されないぞ!?」

騙す必要があるのかどうかと言い合うのも馬鹿らしい。

その場に腰を下ろした。

床は冷たい。

夜は底冷えの恐怖に怯えなければならないかもしれない。

内心の恐怖に蓋をする。

「とりあえず毛布四枚。大至急だ。色々と話し合う必要があるが、まずはそれからだ」

「・・・分かった・・・言っておくが此処からいなくなるな。貴様が何か人には言えないような事をしようとして消えた場合、自分は貴様を見つけて何をするか分からない」

どれだけ危険人物扱いなのかともうグウの音も出ない。

壁に身を預けてヒラヒラ手を振った。

何度も振り返るフェルフラムはそのまま廊下の曲がり角へと消えて行く。

(これからどうするべきか。なんて考えるまでもないか)

やる事は決まった。

何よりも優先するべきはまずフェルフラム何某とのコミュニケーションと生活の向上だった。

廊下に併設された嵌め殺しの窓を覗きながら時間でも潰そうかと空を見下げた時、気付いた。

ブゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。

キュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン。

カツーン。

金属が貫通する音と共に窓の横に穴が開く。

とっさに廊下からフェルフラムの部屋へと退避して扉を閉めた瞬間。

キュガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!

そんな上空数千メートルで聞いてはいけない音がした。

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。

ウィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。

風音と警報。

このまま部屋の内部にいるのは危険だが、部屋から出るのはもっと危険なのは間違いなく。

今見たモノの正体に頭を抱えたくなった。

「今どきクラシックな複葉機」

戦闘機は何処かの空飛ぶ豚が出てくるアニメの中で見たようなものばかりだった。

突如として現れたクラシックな戦闘機の大群との大空中戦。

弾丸の貫通してしまう空飛ぶ箱の中でアーメンハレルヤナムアミダブツと祈る事になるのかとげんなりした。



空の竜を撃退し終わった後。

夕食を取るといつの間にか夜になっていた。

「・・・賢者。本当に大丈夫?」

「ああ」

いつの間にか。

賢者やテオと空を泳ぐ竜に乗って旅行する事になっていた。

「本当?」

「ああ」

バンドに呼ばれるのは初めての事だ。

少し緊張したけれど、賢者やテオと一緒にいると考えたからか。

ちょっとだけ気が抜けてしまっていたのは否めない。

賢者は相変わらず全然竜を怖がらなくて、こんなにも大きい竜に躊躇わず誰よりも早く乗ってしまった。

手招きされて、こっちは巫女なのに何を躊躇っているのかと恥ずかしく思った。

そんな初めての空を行く旅。

横には賢者とテオ。

それからフェノグラシアのフェルフラムさん。

部屋の寝台は一人だけしか寝られない。

全員が眠る場所が確保出来ないからと全員床に寝ていた。

寝られるようにと毛布を敷き詰め、全員が毛布に埋もれながらの就寝。

あたしは賢者の左側で腕を抱きながらいつものようにひんやりした賢者の体が心配で問い掛ける。

「寒くない?」

「大丈夫だ」

賢者が何かもう諦め切ったような顔で頷くと右側にいるテオはギュッと体を寄せたのが分かった。

「ガトウ。狭くない?」

「別に構わない」

三人で一つの部屋に眠る事になったのは夕方の事。

竜の大群との戦いでテオと賢者の部屋が半壊したからだった。

「あんまり心配するな。お前達の助けが早かったから何ともない」

「・・・うん」

「そう・・・」

賢者が人を褒めるなんてあんまりない事だから思わず嬉しくなる。

「賢者が無事で良かったよ」

「あの時、ガトウ足が外に出てたから吃驚した」

駆け付けた時、廊下は半分無くなっていた。

賢者は半分壊れかけた部屋の隅で備え付けの台の足を握りながら戦うフェノグラシアの人達を見ていた。

もし竜が自分を掠めたらそのまま地上に落ちるかもしれないのに賢者は動揺した様子も無く本当にいつもの賢者のままだった。

どんな危機が迫っていても冷静に物事を見られる賢者のそういう豪胆なところはいつも凄いと思う。

「そういえば賢者のいた部屋ってあそこ? 何だか凄く綺麗な色の壁だったけど」

「ゴホッ、ゲホッ。ん、んぅ」

頭の方で咳をしたのはフェルフラムさんだった。

【その男と一緒に寝る?!】

賢者とテオがあたしと一緒に寝ると聞いた時【自分はお二人の事を任されている身です。決してその男が不埒な行為に及ばないよう監視する義務があります】と賢者の後ろにピッタリ付いてきたのは夜になってからの事だ。

「あそこは自分の部屋でした。この男の部屋を設営した場所が近く・・・緊急避難の為・・・おい貴様、自分の部屋に入ったのは避難の為だな?」

「オレはそもそもお前に興味が無い」

「き、貴様・・・自分に何をしたのかもう忘れたようだな」

賢者は人を怒らせるのが上手いと思う。

怒らせて会話をするやり方は凄く頭が良いと思う。

怒った人の心は解り易くなると賢者は知っている。

あたしが怒って賢者と口を利かない時もこんな風に怒らせられたり、別の事で呆れさせられたりして、賢者と結局話している事が沢山ある。

絶対口を利かないんだから。

そう思っていても、いつの間にか賢者と話していて、いつの間にか笑ったりしている。

「ちなみにオレの初めてはいつの間にかテオに奪われてたので、オレは初めてじゃない」

「ブッ?! な、なななな、何を言い出すんだ貴様は!?」

「いや、お前はきっと口付けが初めてだったに違いないと思ったから言ってみただけだ」

「な、なんだ。そ、そっちか・・・ではなくて!?」

「そっち? どっちの話だと思ったのか教えてくれ」

「お前!? 分かっていて言っているだろう!?」

「お前が案外そういう事に興味津津な年頃のオンナノコだという事は解った」

「今此処にお二人がいなかったら貴様をこの寒空に放り出しているところだぞ!! それにお二人にくっ付くな!!」

「くっ付かれてるのは主にオレの方に見えないか?」

「貴様には道徳観念というものが無いのか!! そ、そもそもお二人に悪いと思わないのか!?」

「?」

「そ、そういうのをふ、ふ、ふ、ふた、また・・・というのは自分も知っている。お、お二人もお二人です!! こんな男の何処が良いのかお聞きしたい!!!」

思わず顔が真赤になったのが分かった。

部屋の中は月明かりで少し明るい。

あたしと同じようにテオまで赤くなっているのがすぐ分かった。

「け、賢者は・・・」

「ガトウは私の事助けてくれた」

テオの言葉は冷たい空気に澄んでいる。

月明かりにと瞳が煌めいて、優しく細められる。

「死ぬはずだった私が生きてるのはガトウのおかげ。一人で、生きる理由なんて無くて、消えるはずだった。そんな私がまだこうやって話せる、思えるのは、ガトウが私を叱ってくれたから、私に・・・命をくれたから」

妖精。

輝を鏤められた美しい人。

そんなテオの蕩けてしまいそうな温かな笑みが賢者に向けられていた。

「ガトウは凄く意地悪だと思う。口だって悪い。でも、本当は優しいって、私知ってる」

声に込められたものがあたしには解った。

「私忘れない。どんなに時間が経っても、どんなにガトウが遠くなっても。ガトウがしてくれた事、絶対に」

「・・・・・・」

賢者は無言。

きっと、恥ずかしさを堪えているに違いない。

まっすぐな言葉をいつも途中で誤魔化してしまうくらいだから、きっと顔だって赤い。

その代わり、テオを真剣に見つめていた。

「私・・・私・・・ガトウが・・・ガトウの事――――」

何かが決まってしまいそうな気がした。

大切な何かが。

でも、それをあたしは止められなかった。

だって、それは。

「ガトウの事・・・むぐ!?」

テオの口に賢者の手が当てられて、むぐむぐ何かを言っているテオは驚いた表情になった後、涙目になる。

「そういうのはオレがいないところで、女子限定の時に話せ。オレの睡眠時間を削る気かお前は」

テオが何か抗議しようとむぐむぐ言わなくなったのは賢者の顔を見たから。

手を放して、そのまま毛布を頭まで被ってしまってが静かに言葉が紡がれる。

『寝ろ。明日起きられなくなってもオレは知らない』

「ガトウ?」

テオの呟きに賢者は少しだけ何か考え込んでからハッキリと言った。

「感謝する・・・テオ」

「・・・うん。おやすみなさい。ガトウ」

テオは少しだけ残念そうな笑みを浮かべた後、顔を綻ばせて同じように毛布を被った。

その後、誰も何も話さなかった。

毛布に顔を埋めたあたしはもやもやした胸を抑える。

賢者の腕を抱きしめて眠った。



何も言える雰囲気ではなかった。

「・・・・・・」

心臓がバクバクと鼓動しているのは女性の男性への告白というものを初めて聞いたからだ。

話にそういった事があるとは聞いた事があった。。

しかし、実際の告白をこんな形で聞く事になるとは思わなかった。

テオ・アルン・フェーダ・トーメルテム嬢。

妖精のような容姿の少女。

こんなに可愛らしい人が本当にこんな男の何処が良いと思っているのかとそう感じていたのだが、、その疑問に対する答えは衝撃的な内容に過ぎる。

それは感謝であり信頼であり同時に敬意とも思慕とも取れた。

人を好きになるという事。

それがそんなにも激しく熱いものなのかと驚いた。

二人の少女にちやほやされてヘラヘラしている男。

そう思っていたはずなのに。

賢者と、ガトウと呼ばれるそいつは、とても透明な顔でその告白を聞いていたと思う。

告白を途中で遮った瞬間のそいつの顔。

罪悪感に潰されそうな優しげな笑み。

たった一瞬の表情にその男の感情が全て込められている気がした。

遮ったのはたぶん自分には解らない恋愛の機微というやつなのだろう。

「・・・・・・」

顔が熱い。

他人の秘事。

情熱的で密やかに凝る好意。

一緒に笑ったり泣いたり呆れたり、多くの感情を交わしあった者同士だからこそ、そんな想いを持ち得るのだろうか。

男女交際の経験が無い自分には解らない。

(いや、有っても困るが)

世界は広い。

自分の知らない事が山程ある。

巫女としてだけではなく人間としても自分の未熟を思わずにはいられない。

(何を知っていたつもりだった?)

顔を向けてもそいつの顔は見えない。

考えれば、出会った時の印象ばかりが強く、そいつに付いて何を知っているわけでもなかった。

一方的に敵意を抱いていたのは自分だ。

そいつにいなされる度、むきになっていたのは自分だけだ。

名乗られながら返さなかった自分は酷く礼を失っていたと今なら反省出来る。

例え、どんな出会いだったとしても相手が礼を欠かさないならば自らも欠かすべきではなかった。

(未熟)

蒼い月の下、いつの間にか眠りに落ちていた。



ガトウに連れられて私がリオーレンへ来たのが少し前だった。

それまで湊街で暮らしていた私が砂漠と荒野の狭間の街まで来たのは驚くべき事だ。

リオーレンは乾いた砂と荒野の中にあって、それでも活気のある気持ちの良い街だった。

そんな場所に私が住めるようガトウは骨を折ってくれた。

リオーレンの大巫女にして【奉審官アリラト】であるユネルの祖母。

その人と共に住まい巫女として鍛練を施される環境。

そんな居場所をくれた事は幾ら感謝しても足りない。

オババと呼ばれたその人と住まう事になった日、ユネルとガトウが寝静まった頃、部屋に呼ばれた。

内容はとても簡素なもの。

自分には水の竜の巫女の鍛え方なんて解らない。

だが、もしも何か巫女として学びたい事があるならユネルに付いて行けばいい。

たったそれだけを聞かされてとオババ様から頭を撫でられた。

その手は何故か自分を拾ってくれた人にも似ていて、私は素直に頷いていた。

それからテオ・アルン・フェーダ・トーメルテムはリオーレンの地で生活する事になった。

ユネルの鍛練を見て、巫女として決して敵わない人間がいると知った。

小山程もある竜と綱を引き合い肉体を鍛え、自らの体が傷付くのも厭わず鍛練に明け暮れる。

鍛錬の内容は凄まじい。

普通の巫女には、人間には真似なんて無理だ。

ただ、本当に敵わないと思ったのはそんな事ではなくて笑顔だった。

どんな鍛練をした後だろうと笑顔を浮かべられる強さだった。

疲れていようと決して顔に出さない。

苦しかろうと弱音を吐かない。

それは単純な強さではなく意思の強さに外ならない。

(私はまだユネルのずっとずっと後ろにいる。巫女としても・・・女としても・・・)

テオ・アルン・フェーダ・トーメルテムはそんな意思の強さなんて無い女で、いつもガトウに助けらればかり。

巫女として敵わないなんて当たり前だ。

女として敵わないはずだ。

自分を鍛え抜く厳しさをユネルは持っているのだから。

(ガトウが好きなるの当たり前だ。あんなに輝いてるユネルに今の私が敵うわけない)

ガトウは時々言っている。

ユネル・カウンホータが好きだと公言している。

頻繁には言わなくても行動は好意に溢れている。

その二人のいる光景はとても賑やかで羨ましい。

笑っていたり怒っていたり泣いていたり悩んでいたり。

馬鹿話に笑い話。

呆れた様子に嘆いた様子。

毎日がまるで祭りのようにも思える調子。

そんな二人の輪に異物である自分を入れてくれた事は涙が出るぐらいに嬉しく、同時に切ない。

胸が苦しいのは嫉妬しているから。

時折、目が霞むのは切な過ぎて泣けてしまうから。

二人にはちゃんと笑顔を浮かべられるのに一人となると弱い自分がすぐ顔を出す。

(こんな私を自分達の中を割ってまで受け入れてくれた。それなのに・・・)

勝手に嫉妬して、勝手に好意を寄せて、二人を困らせている。

巫女としてユネルに敵わず、女としてもただの人間としてすら敵わない。

「・・・・・・」

思わず言い掛けた言葉を遮られて心の何処かで安堵していたのは自信が無いから。

感謝された事が嬉しくて痛いのは、自分の想いが未熟だと知っているから。

(まだ私、ユネルと同じ位置にも立ってない)

そっと大好きな人の腕に顔を埋めて、身勝手な我儘を呟く。

「ガトウ。私傍にいていい?」

甘えている自分が心底に恥ずかしい。

それでも大好きな人が笑い掛けてくれるだけの価値を「いつか、きっと」と胸に誓う。

「ガトウ・・・」

例え、答が返らずとも、この想いだけは貫ける自分で在ろう。

例え、彼の答がもう出ているのだとしても揺るがぬ思いを胸にして。

「ガ・・・トウ・・・」

自分がガトウケンジを好きなのは永遠に変わらない事なのだから。


小さな呟きが寝息に溶けて数分後。


「・・・ああ」


その呟きは安らかに眠る巫女達の耳に届く事は無かった。

随時感想は受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。

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