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プロローグ

第三話が始まります。今回は地の竜、水の竜に続き、空の竜がメインです。ハーレム√まっしぐら。五話まで完結を目指して投稿していきます。

昏龕世界バルトメイラ『Foolish Day Glory』


プロローグ


凡そ、数字で表せないものなど何もない。

0が発明された時から世界に占める数字の支配領域は飛躍的に広がってきた。

現代、二進数は科学の尖兵としていつか宇宙の全てを解き明かすものとなり、知らぬ間に広がる数字の支配は生活の中に無くてはならないものとなった。

食品の詳細なカロリー表記。

機械の精密な構造。

天体の軌道予測。

何から何まで数字が無ければ成り立たない。

数字は人にとっての便利さと安全を手に入れられる数少ない手段となったのだ。

それでも数字に出来ない事もあると言う人間がいる。

人間の感情、記憶、人格、あるいはそれが生み出す様々な諸事情は数字なんかじゃないと言う人間がいる。

だが、それは本当に常識であり続ける話であろうか?

現実には未だいないとしても、アンドロイドのような機械的な異性との恋愛を描いた物語は五万とある。

美少女ゲームが世に出てから、ただのデータとドットに人間が感情移入しなかったと誰が言えるだろう。

人間の女はカルシウムとタンパク質で出来ている。

画面の女はデータとドットで出来ている。

言い争ったところで空しい。

争わなければならない同じ位置に両者が近付いているからだ。

いずれアナログな人間という複雑の極致を0と1に還元する手段が出てこないとも限らない。

「・・・終わった」

仕事上の計算を終えて真横に紙を置いた。

「ふぅ」

草原には心地好い風が吹いている。

陽光は流れゆく雲の形を大地に映し出し、地平線の彼方まで世界は平穏だった。

何という平和。

何という堕落。

とりあえず体はリラックス。

心はダークサイド一直線。

「平和は幸せの敵って奴か」

平和である事と幸せである事は往々にして両立しない。

平和とはつまり腐敗への呼び声であるからして、それに吊り合うだけの刺激・・・この場合は不幸というものが無くては幸せを見失う事もしばしばな話。

「とか言ってると、どうせ何か来るけどな!」

捻くれた思考を弄ぶ。

平穏なんて崩れ去らない方がおかしい代物だ。

そうでなければ波乱万丈なんて言葉生まれはしない。

「・・・・・・?」

不意に空が陰って、上を見上げた。

(ごめんなさい。超平和で堕落した日々が実は少しだけ良いかもしれないとか日和見してました)

反射的に内心謝っても空にはゴウンゴウンと音でも立てていそうな巨躯が浮かんでいる。

見間違いようも無い。

その特徴的なフォルム。

内部の空気より軽い気体で浮かぶ空の巨大構造体。

飛行船。

『賢者~~~~~~~~~』

『ガトウ~~~~~~~~』

二人の乙女が駆けてくるのを耳にしながら欠伸をする。

(もしもこれが小説の冒頭なら『それが始まりだった』とかテンプレな地の文なんだろうな)

嗤いが込み上げてくるのも程々に目の端に浮かんだ涙を拭う。

遠くに見える寺院にゆっくり近付いていく飛行船を見ながら、これから始まるのだろう煩雑なストーリーラインを思い浮かべ、少し眠る事にした。

どうせもう【何かが】始まっている。

そんな疲れる予感がバリバリな以上、少しでも体力は温存するに限る。

ヒュ~~~~~~~~ルルルルルルルルルルルル。

「今度は何―――」

その音を脳内検索している間も惜しく目を開けて後悔した。

『!?』

刹那、目が合った人間に見覚えは無く。

確実に即死コース上にいる自分が動く余裕は無く。

ああ、何となく死ぬかもとか考えている暇もなく。

痛そうだとかどうしようとか思う間すらなく。


キュガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


酷く耳障りな音と爆風。

まるで航空機のタービンが圧縮した空気を吐き出すような甲高い音色。

臥塔賢知は空から落ちてきた人間より先に爆風を受け止める事となっていた。

一瞬意識が飛ぶ。

そして、衝撃で強制的に覚醒させられる。

「――――――」

相手はとても驚いた様子で目を丸くしていた。

(圧死を免れた?)

幸いにも体は残酷グロ描写在りR15指定な在り様とはならなかった。

「「あああああああああああああああ?!!」」

音と爆風が治まり、相手の体重が一気に増加する。

受け止めている以上、重なった部分がより重厚に重なる。

それ以上、重なっているのも色々と問題がある気がして肩を掴み相手を離した。

溜息。

まだ破裂はしていないのだろう肺に思い切り息を吸い込む。

何とか意識が落ちる寸前、相手へ不満をぶちまけるのに成功した。

「誰だか知らないが少し自重しろ」

相手は未だ何が起こったのか脳内で処理し切れない様子で無反応。

「う・・・」

「う?」

首を傾げる。

「うぁ・・・あ・・・」

相手は何か信じられないような面持ちで立ち上がり、物凄い勢いで後ずさり、フルフルと震えながら、顔を真赤にして、数メートル先のこちらに手を向けた。

「?」

向けられた手から『何か』が発射された。

「うああああああああああああああああ???!」

怒りに染まり始めた顔からは湯気。

【ドカ―――――――――ン】

あまりの音量。

聞こえなくなっているらしい耳の代わりに脳内でそんな擬音が挿入された。

(さすがにこれは計算外。いや、お約束と言えばお約束か?)

何となく横で絶叫している二人の乙女は助けてくれないような気がする。

「あ・・・」

とりあえず真横へ置いた計算用紙は考えるまでもなく空に散った。

物理的に舞い上がりながら、何が平穏平和で堕落した日常だったのか思い出せなくなる。

(実は自宅警備員は受け身スキル要取得な廃レベル職業だったんだよ。ナ、ナンダッテー)

投げやりに思考しながら見上げる空は異様に蒼く見えた。

(それにしても空から降ってくる美少女。オレも立派な中二病患者として黄色い救急車で搬送される身分になった事だし、皆さんご一緒に。黄色い救急車は何処だぁ・・・いや、マジで・・・)

それが蒼空と陽光の織り為す始まり。

あまりにも痛く、お約束な、第三の少女との出会いだった。



異世界バルトメイラ。

世界人口の約六割がアウタスと呼ばれる何処から来たかも定かではない人間によって占められる世界。

約四割のインナスと呼ばれるバルトメイラ出生の人間達とアウタスは共に共存する事で社会を築いている。

そんな異世界には異世界らしく恐怖の対象が存在する。

それは竜と呼ばれていた。

アウタスを襲撃消去する竜達は正しく異世界の脅威に違いない。

普通の人間には手出し不可能な竜達の体は鋼で出来ている。

あらゆる手段を用いても決して普通の人間には傷付けられない。

と、異世界の人間は思っているらしい。

実際にはそれなりに脆い部分があるはずだが誰もそんな事は知らない。

セラミックだの磁石だのレアアース満載なハイテクなんですとか理解されるわけもない。

何の話か?

簡単な話だ。

竜とは地球の乗り物である。

地の竜は地面を奔る車から始まり、列車、バイク、戦車と種類は幅広い。

水の竜にしても、モーターボート、水上バイク、漁船、客船、戦艦、潜水艦とレパートリーは豊富だ。

空の竜に関して言えばジャンボジェットやら戦闘機やらが多いと聞く。

実際、馬鹿な話だと実物を見た当初思った。

人間を襲う無人の乗り物。

現代日本から勝手に異世界召喚されたっぽいまったく問題ありまくりな元ネトゲ廃人×ニート予備軍的高校生だった通常男子(草食系でも肉食系でもない賢者系)な、であるところの臥塔賢知からすると【それファンタジーじゃなくホラーじゃね?】と首を傾げたくもなる。

「・・・・・・」

そんな自分からしても巨大な飛行船なんて中々お目に掛る機会の無い代物だった。

旅客用の飛行船の話は聞いた事もあったが、その大きさはかなり想像とは違っていた。

フワフワと異世界寺院前に滞空する飛行船の珍しさは隣で子供のようにはしゃいでいる少女達にも共通なのかもしれない。

「ほら、賢者!! 触っても落っこちないよ!? どうなってると思う!!」

ユネル・カウンホータ。

赤茶けて跳ね乱れた長髪に童顔の少女。

何かと要領が悪い以外は至って利発で利口で人から信頼されるしっかり者。

「こ、これフワフワ浮いてる。ガトウも触ったら?」

テオ・アルン・フェーダ・トーメルテム。

亜麻色の髪を二つに縛り、切れ長の瞳と比して全体的に少し幼く見える少女。

洞察力と理解力に優れる一方、微妙に子供と大人のアンバランスさを併せ持つ目が離せない奴。

「触って怒られてもオレは関知しない」

少しだけ窘めてから未だ体があちこち軋んでいるのに顔を顰める。

ズキズキと痛むがしばらく放っておけば治るだろうかと首を傾げて骨を鳴らす。

「・・・・・・」

今まで目を向けないようにしていた方角からの無言の圧力に負けて視線を向けた。

「・・・・・・」

強烈なガンだった。

「!!」

その姿は民族衣装っぽいものを着込んでいる臥塔賢知や少女達とは一線を画する。

表すなら一言で白。

まるで何処かの核を落とされたお国の軍服やトレンチコートを全て真っ白に漂白したような姿。

その白いミリタリー衣装がやけに印象的で目に優しくない。

「・・・!!!」

こっちを見るなと言わんばかりの視線。

正に烈火の如くとはこういう視線を言うのかもしれない。

「!!・・・!!・・・!!・・・!!」

名無しの烈火さん(仮名)の容姿は一部の狂いもなく美しい。

ミディアムにまとめられた白髪。

白過ぎる肌。

北欧系の匂いがする顔立ちは引き絞った弓を思わせる。

「~~~!!」

ただ一つ問題なのは名無しさんは女性だという事。

十五、六の少女と言えば最も的確かもしれない。

自分と同年代っぽいが乙女に違いない。

「!!!!!!!!!!!」

一言で纏めると北欧系な美少女は白ミリタリーがお好きで臥塔賢知を死ぬ程嫌っている。

何か頭の悪い文章は置いておくとしても嫌われている。

(不可抗力とか事故とか自損事故とか。言っても許してくれないんだろうなぁ・・・あっはっは・・・はぁ・・・)

空から落ちてきたのは名無しさんであって、どう考えてもこちらに落ち度はない。

例え、唇が重なってしまっても。

例え、お約束の如く重なってしまっても。

車が勝手に突っ込んできて歩行者に怒るようなものだ。

しかし、致命的にその場での分が悪かった。

何故ならば臥塔賢知は健全な男で名無しさんは年頃の少女だからだ。

男女比三対一の事故現場でこってりと二人の少女から絞られた。

ユネル曰く。

『賢者!! お、女の子の唇を何だと思ってるの!! 賢者はこの頃見境が無いって街じゃ評判なんだからね!!』

そもそも見境がないと言われるだけの事をしたのはこっちじゃなくそっちじゃなかったっけ?と思考している内に二人目に半眼で攻め込まれた。

テオ曰く。

『ガトウはもっと自覚するべき』

思わず出た「何を?」という言葉をテオはただ一言で切り捨てた。

『馬鹿!!』

二人の少女が怒るのには当然の理由がある。

少女達は臥塔賢知に惚れている。

そして、そんな少女達を臥塔賢知は許容している。

最低の二股屑野郎の名を一応欲しいままにしている。

『『~~~』』

名無しの烈火さんが落ちてきて唇が重なってしまった『事故』直後の二人は涙目で顔を赤くし、こちら側は嫉妬の視線に胃がキリキリと痛かった。

「はぁ・・・・」

何とか場を治めて、住んでいる異世界風寺院に帰ろうとしたら何故か名無しさんも付いてきた。

何を言っても無言。

ただただ今にもまた攻撃してきそうな視線を感じながら家路に着いた。

「・・・・・・」

そうして帰ると寺院の前には珍しい飛行船が鎮座していて、先程までの怒りも何処へやら。

二人の少女は飛行船、空の竜に夢中となってはしゃいでいる。

(やっぱり寺院が目的地か。それにしても何処の巫女だ? たぶん名無しの関係者のはずだが)

異世界バルトメイラにおいて竜を持って竜を討つ者達を巫女と呼ぶ。

巫女は野良の竜を自らの力で下僕とし、人々を守る役目を担っている。

ユネルとテオ。

二人の少女も巫女と呼ばれる者達の一人であり、どちらも優秀な部類だ。

どちらの少女とも奇縁から共に行動する事となった。

一年も経たない過去の話で未だ記憶に新しい。

巫女というものが置かれた立場は本当にシビアで同行は何かと命掛けだった。

しかし、共に在る中で見つけたものは臥塔賢知にとって、生涯を掛けるに相応しいものと感じられた。

それだけならよく見かける異世界冒険譚で済んだかもしれない。

美少女と共に竜を退けラブロマンスでもやってれば後はハッピーエンドなんて、本気でそんな簡単な話ならどれだけ良かったか。

ただ、ファンタジーはそんなに甘くもなければ優しくも浅くもなかった。

臥塔賢知がバルトメイラへ呼び込まれた理由にはきな臭いものが混じっている。

それはほぼ間違いない。

故に平和なんてもので和んでいる暇は無い。

というか、そんな事をしていたら命が幾つあっても足りないと深く自省しておくべき状況かもしれない。

(地の竜、水の竜、とくれば空の竜が『来ないわけがない』)

二人の少女を置き去りに寺院の門を潜った。

門を潜るとすぐに何処のグラフィッカーが作り込んでも此処までは出来ないだろうという異世界の苔生した庭が目に入る。

中央の噴水へと続く道へ歩き出して思わず愚痴りそうになった。

白いミリタリー衣装を着た女性達がズラリと並んでいた。

(制服だったのか。随分と統率が取れてる。何の組織だ?)

噴水の縁で二つの椅子が対面するようにセッティングされていた。

片方の椅子にはユネルの祖母、大巫女と呼ばれる偉大な巫女(孫娘的に言うとオババ)が鎮座している。

その本性は孫が大好き悪い魔女ルックがお似合いの陰謀婆だが大物である事は間違いない。

もう片方の椅子には尼僧っぽい婆がいた。

とにかくただ一つだけ言える事は【丸い】の一言。

頭がツルッツルであるという事。

左右に隊列している女性達と同じ衣装を身に纏いニコニコしながらオババと話している。

オババが何か物凄い嫌そうな顔で話している事から、そのツルツル婆が只者ではない事は何となく知れた。

そもそも魔女すら騙せそうな口の悪いオババが苦手そうな顔で話しているところなんて見た事がない。

陰謀好きな婆に苦手と思われる婆。

ロクでもないのは必定だ。

「御大層な会談中で済まないが紙あるか?」

「おお! 良いところに来た婿殿!!」

「確か居間に有ったか? やっぱりいい。好きなだけ旧知の仲でも温めてお茶でも飲んでろ」

嫌な予感しかしないオババの笑顔に寺院内部へ逃げ出そうとして、ガッシリと服の袖を掴まれた。

「いいから此処に少しいてくれんか? 婿殿も少しはこういう事に慣れておいて欲しい。あの子をこれからどうするのかについては婿殿次第。少し手伝いたくなったと思うがどうかねぇ?」

オババが言うあの子とはテオの事。

そして、テオを拾ってくるというか寺院まで連れてきたのは間違いなく臥塔賢知その人で、扶養家族を勝手に増やして尚且つオババの可愛い孫娘と二股掛けてる前代未聞の状況は恐ろしく居候である臥塔賢知の発言権を低くした。

それはもう【一緒に住まわせてやってくれ】と言った次の日の騒動は思い出したくも無い。

寺院近くの街リオーレンでは、

【賢者様。巫女を二人惚れさせたらしいぜ。マジでー。無いわー。マジで引くわー。うっわ、いいなオレもそんな事してみたい。とりあえず砂漠で半日くらい乾かして反省させてみるか? いやいや、ここはそれだけの器を持った賢者様に敬意を表して揺り籠を二つ送るってのはどうだい?】

とか何とか。

オババにしても【ほほほほ、まったく婿殿の下半身は節操が無いのう】とか笑っていたが、部屋を出て行く時にボソリと【ユネルを泣かせたら承知せんぞ。婿殿?】と底冷えのする笑みで釘を刺された。

「謹んでお受けします。大巫女様」

つまり、総合して言うと節操の無い男に拒否権は無い。

「それでこそ婿殿。頼もしい限りだねぇ。運が良いのか悪いのかは置いておくとしても」

「自分で言うな」

いつの間にかオババの横に椅子が一脚用意されていた。

どうやら白ミリタリー女性の誰かが早速置いたらしかった。

一言も発さず一ミリも動いている気配が無い女性達がいつそうしたのか定かでない。

そっと腰を下ろして正面に向かい合い挨拶する。

「お見苦しいところをお見せしました。私は大巫女様にお世話になっている臥塔賢知と申します。以後、御見知りおきを。若輩ではありますが、お二方のお話にご同席させて貰ってもよろしいでしょうか?」

ツルツル婆が柔和に笑う。

「あら、貴方かしら? このリオーレンの大賢者と謳われているのは」

「実際にはそれほど大した者ではありません。大巫女様に養われている身ですので。ただ拙い意見などを述べているだけの小物です」

「ふふ、謙遜する事ないわ。貴方の噂はそれなりに響いて来ているもの。このリオーレンの『大狂乱』でアウタスの犠牲者を一人も出さなかったツワモノだって」

「いえいえ」

「今立っている子達は皆貴方の噂に興味津津だったのよ?」

見回すと眼球のみを動かした女性達が一斉に視線を逸らす最中だった。

「それに『作る』必要は無いわ。このボケ婆にしていたように軽い口調で十分。こっちは若い子から親しくされたら若返る気がするもの」

仮にも大巫女と呼ばれる人間を正面切ってボケ婆呼ばわりできる方がツワモノだろう。

横を向くとオババが【けっ、テメェだって婆だろうに】という顔をしていた。

「なら、これからはこっちで行かせて貰おう」

「それでこそ、そこの婆に認められた若者。ああ、そうそう自己紹介がまだだったわね。ワタシの名はレーベン・ルイド・フォーティシコス・アンテラノード。空を司る大巫女【奉審官アリラト】の一人よ」

大巫女。

バルトメイラにおいて竜を討伐し続け、老齢となって生き残り未だ健在の巫女をそう呼ぶ。

その中でも奉審官と呼ばれるのはバルトメイラ中でも三人だけ。

何かしらの特殊な条件を満たした大巫女だけなのだという。

もう早くもその場の空気には暗雲が立ち込めている。

そんな大物が動いて一々大仰な竜で乗り付けてくるなんて、どう考えても楽しい類の話ではないと脳裏で警鐘が鳴った。

「それで、その婆との話だけど。そんなに大そうな事じゃないわ。少しだけ孫娘さんをお貸し願えないかとそう頼みに来たのよ」

「ユネルを?」

「ええ。貴方【バンド】は御存知かしら?」

「確か竜の『狂乱バースト』を止める為に組まれる巫女の集団、だったか?」

微動だにしない二列の女性達を見る。

見られても一行に動く気配の無い人形のようにも見える集団は女性しかいない。

「私達は空の竜で『狂乱』を専門に止める常設の『バンド』よ。名はフェノグラシア」

もう話が見えた。

もうどう答えるかが決まってしまった。

横のオババに視線を送ると『ニヤリ』とされた。

どう答えるのか見物だと思っているのかもしれない。

「ユネルを貸し出す場合にそちらが提示する条件は?」

「あら? 飲み込みは早いのだろうけれど、いいのかしら? そんな簡単に言ってしまって」

「断る理由はない。断らない理由も同じく無い。ただ、横にいる世帯主がそんな話を持ち掛けられて、すぐ貴方達を追い出さない理由なら見当が付く。竜の異変について情報だけ寄こせと催促されていた。違うか?」

尼な老婆は少しだけニヤリとした。

その笑みは間違いなくオババの同類の類だった。

「良い子見つけたわね? なかなか面白い。ふふ、お気に入り?」

オババが同じ笑みで返す。

「ふん。ウチの孫娘はこういう面白いものを拾ってくる天才でねぇ」

「人を面白いもの扱いするな」

頭痛がしてきそうな会話に思わずツッコミを入れていた。

「それじゃあ。ウチの中で一番と二番と三番の子を置いていくわ」

老婆レーベン・ルイド・フォーティシコス・アンテラノード、空を司る大巫女は、そっと条件を提示してくる。

「実力的な意味での番号か?」

「ええ、少なくとも五百匹までなら三人で対処可能だわ」

「・・・中堅どころを更に一人追加する事は可能か?」

「まぁ、いいでしょう」

「取引は成立だ。それとユネルの竜は集団行動には向かない。基本方針には従うが戦闘そのものはこちらに任せてもらいたい」

「つまり、何処で何と戦うかはこちらで決めていいけれど戦いそのものには口を挟まないようにという事かしら?」

「そんな感じだ。少なくとも空の竜と地の竜では運用方針からして違う」

「いいでしょう」

「それと戦いはユネルを主軸にしてもらいたい。もしも共に戦う事になるなら空の竜はユネルの補佐に使うのが妥当だとオレは考える」

老婆の笑みが深くなる。

「こちらが見くびられてるわけ、じゃあないのかしら?」

「分業は効率化の最も原始的な方法だ。数を相手にするバンドがユネルを欲しがる以上、そちらは必ずそうせざるを得ない。そもそも上位の連中を置いていくという判断を即決するという事は単純に撃破数の問題でユネルが欲しいって話になる。それならユネルを主軸に据えない理由がない。もしも、それで矜持が傷付くならそんなの捨てろ。野良竜と一緒に蒸発したいなら勝手にすればいい。単一の竜で固めたバンドに異物である地の竜、しかも見知らぬ実力も直に見てない他人を使おうとしている時点でなりふり構ってられないのは解ってる」

老婆がしばらくこちらを見つめていたがフッと何か自嘲するような笑みをオババに向けた。

「もう歳かしら?」

「寄る年波には勝てないという事じゃないかねぇ」

互いに苦笑したような老婆達の会話にグッタリする。

そんな「若者眩しいわね」的な発言をされたところでこっちは本当に若いのだから仕方がない。

「いいわ。その条件飲みましょう」

「ああ、それと」

「まだ何かあるのかしら?」

もう好々爺的な視線で「はいはい。解りましたよ」とニコニコし始める尼な老婆に最後の条件を伝えた。

「オレともう一人同行させたい」

「お世話係という事?」

「そんな感じだ」

「素直に恋人と離れたくないって言ってもこちらは全然構わないわ」

「(もうそんな噂まで広まってるのか)」

横のオババを向くと笑顔で頷かれた。

「空の旅無期限三名様ご案内。名所巡りの内容は竜の住処とでも書いておけ」

投げやりな言葉に対する老婆達の「うふふ。解ってるわよ」的な視線がやけに疲労を誘った。

「はぁ」

空は憎らしいくらいに蒼く澄んでいる。

このボケ婆共いい加減にしろコンチクショウ。

とか言いたい気持ちはとりあえず心のドブにそっと捨てた。



誰よりも強くなろう。

誰よりも速くなろう。

誰よりも誰かを救える者となろう。

それが近頃立てた誓いだ。

今まではただ先を走っている年長の家族達を追い掛けてばかりいた。

目標はそれ以外無かった。

それが変化したのは一人の男の噂を聞いたからだ。

リオーレンの大賢者。

そう呼ばれる人間がいると聞いたからだ。

竜が狂乱を起こし続ける特別な地で起こった最大規模の『大狂乱オーバーバースト』を防ぎ止めたという俄かには信じられない前代未聞の風説はバルトメイラ各地で囁かれ始めている。

しかも、何とその男の年齢は自分とそう違わない十代なのだという。

きっと、立派な人間に違いない。

今まで男なんて取るに足らない連中だと思っていた。

だが、何となく話の中の男には敬意が持てた。

リオーレンへの遠征が決まった日、珍しく興奮したのを覚えている。

数日を掛けての移動。

バンドが活動を自粛してまでリオーレンへと行く理由は下端には知らされないが、それでも一度でいいから風説の大賢者と会ってみたい。

そう思った。

リオーレンの街の図上で見えたものは街へ続く道の惨状。

多くの瓦礫と竜の残骸、更には複数の悪路。

竜を誘導する為に作られた道無き道は一枚の絵にも見えた。

残骸の膨大さからどれだけの竜がその地で討ち倒されたのかは一目瞭然だった。

思わず飛び降りていた。

出来るなら傍に行って見てみたかった。

そう、あの行為はたったそれだけの動機で行ったものだった。

「・・・・・・!?」

思い出しただけで頭痛がする。

どうしてあんな行動をしてしまったのかと後悔の念に溺れそうになる。

「うぅ・・・」

姿を思い出しただけでも頭に血が上った。

男性らしさをあまり感じられないナヨナヨした細身の体。

ザンバラな髪。

女性のような指先。

至極冷静な顔。

【誰だか知らないが少し自重しろ】

どうしてそんな事を言われなければならないのか!?

確かに悪いのは自分だ!

思わず飛び出した先に誰かいるなんて考えもしなかった自分だ!

しかし!!

どうして避けないのか!?

どうしてあんなにも冷静な冷めた視線で何かダメなものを見るような視線で文句を言われなければならないのか。

初めてだったのだ。

本当にふざけてだって一度も誰とも決して『した』事は無かったのだ。

唇が重なる感触が未だに脳裏から離れない。

それどころか鮮明に思い出せる。

迫ってくる顔。

冷静な瞳。

艶やかな唇。

思わず叫んでしまった醜態に頭がクラクラする。

「・・・うぅ」

思わず泣きそうになって、あの男の『コレ』らしき少女達を見つめる。

「テオ。空の竜ってこういうのもいるの知ってた?」

天真爛漫な少女は首を傾げている。

「知らなかった。そういえばガトウは? ユネル」

妖精みたいな可愛い亜麻色の髪の子がこちらに気付いてテクテクやってくる。

「あの・・・まだ怒ってますか?」

何を言われているのか一瞬解らなかった。

「・・・・・・」

それが男の事を怒っているのかという意味だと理解して沈黙する。

「・・・・・・ごめんなさい」

「何故、貴女が謝る?」

亜麻色の髪の子が伏し目がちに頭を下げた。

「ガトウ・・・知らない人には無愛想だから誤解されたりするけど。でも、本当は・・・貴女に謝らないといけないのは解ってたから・・・だから・・・その・・・ごめんなさい」

何と返していいか分からず固まっているともう一人の子が近寄って来た。

「あたしも。ごめんなさい」

男の代わりに謝ってくる二人の少女達はとても善良そうだ。

あんな男にはもったいないくらいの器量だった。

下げられた二人分の頭を前に思わず声が上ずった。

「あ、謝るべきは貴女達ではなくあの男のはずだ! それに貴女達こそ、そのこ、恋人というか、あの男に怒っていたのでは無かったのか!?」

『二股』という二文字が脳裏に浮かんで思わず顔が火照った。

二人の少女が同時に顔を上げて顔を見合わせ、共に笑い始める。

お互いに解り合っているらしき少女達の笑みは理解できない。

こんなにも想われているあの男は一体どんな手管を使っているのか。

寺院の方を向くと、あの男が出て来るところだった。

「あいつ!? 女性に謝らせておいて今更出てくるとは!!」

ほんの少しだけ自分にも非がある事を思い、出かかった罵詈雑言を留めていたのだが、もう我慢ならなかった。

少女達に謝らせておいて出てくる根性を叩き直してやると早足に近付く。

「ユネル。テオ。話しが」

近づいてくるこちらを見て『とても面倒そうな』表情をされた。

「!?」

もはや何一つとして男に情状酌量の余地は無い。

暴力は二人の少女達に免じて止めておくにしても、完全に言葉で圧し折るのは確定事項だ。

思いきり怒声を上げようとした時。

寺院から姉様達が歩いてきた。

しかも、男に追随するようにだった。

「その人達誰?」

天真爛漫な子が首を傾げる。

「フェノグラシアバンド御一行様だ。とりあえず中で話す。テオお前もだ」

「どういう事?」

「しばらく一緒に旅行にでも行かないかとのお誘いらしい」

「「?」」

二人が首を傾げると姉様達が一斉に二人の前に傅いた

「え!?」

「何をしている! お前もちゃんとしないか!」

激が飛んで思わず同じく傅いた。

「我々はフェノグラシアと申します。大巫女様へ貴女様を連れてくるようにと承りました。ユネル・カウンホータ様」

(カウンホータ!?)

リオーレンを治める大巫女の苗字に思わず固まる。

「賢者様とそちらの方にも我々と共に来て頂く事になると思います。僭越ではありますがこれからどうぞよろしくお願い致します。ユネル様」

(けん・・・じゃ? この地で賢―――)

気付いてしまった事実よりも実際に見る方が早かった。

思わず顔を上げれば、二人の少女が今までの少女然とした仕草から「よく教えられている」仕草に変わっていた。

二人の巫女や傅く姉様達を前に平然とその男が言う。

「様は要らない。せいぜい使えない小僧程度に考えてくれればいい」

その言葉に畏まる姉様達。

ビッショリとよく解らない汗が出た。

感情は空転している。

怒りなのか悔しさなのか失望なのかよく解らない。

「それと一つ訊きたい事がある」

「何でしょうか」

「その制服。何処で売ってるか教えてくれ」

ただ、一つだけ確かな事がある。

それは目の前にいる男は不敵で冷静でシレッと笑いを取る腹の立つ人間という事だ。


巫女達の空気が軟化してから一日後、飛行船はリオーレンから跡形も無く姿を消していた。

随時感想を受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。

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