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エピローグ それは騙られざる蛇の足

エピローグを持って第二話完結。第三話にご期待ください。

エピローグ それは騙られざる蛇の足


世闇に煌々と灯る焚き火の光に照らされて、二人の巫女が争っていた。

「賢者にはあたしが食べさせてあげるんだから。テオ!!」

「ガトウには私が丁寧に食べさせる。ユネル!!」

「オレはもう病人じゃない。一人で食える」

「「黙ってて!!」」

「はい」

いつの間にか名前で呼び合うようになった二人の巫女を相手に近頃の話の主導権を握れる確率は下がりっぱなしで高まる傾向は見て取れない。

「私がガトウに怪我させた。だから、私が責任取る」

「もう二人ですればいいんじゃないかとか投げやりに提案する。というか、早くしないとスープが冷める」

「「あ~~ん」」

「何でそういう時だけ息が合ってるんだ?」

ユネルは満面の笑みで。

テオは仄かに顔を赤くして。

羞恥心と男の矜持を根こそぎミキサーに掛けられて焼かれて乾されて土に埋められた気分。

ラブコメなんて柄ではないというのにもうそのまんまだった。

テオの好意がヒシヒシと感じられてどうしたものかと頭を抱えたくなった。

二つのスプーンが口に進入してくる。

「「あ~~ん」」

「むぐ?! 一度にむ、二回突っ込むぐ?! 少し喋らせむぐ!?」

看病合戦以来、テオと会話しているとユネルから「こっちも構って欲しいな・・・」という視線が飛んでくるようになり、更には今まで遠慮していた部分がほぼ無くなって行動が大胆になった。

それに拍車を掛けるようにテオも行動が過激になっていき、今ではどちらも譲らない状況。

(寝る時は川の字だし、寝るといつの間にかくっ付いてるし、無防備過ぎる)

思い出せる限りの脳内フォルダにはあられもない少女達の姿が一杯だった。

焚き火に輝く瞳や唇。

一緒に水浴びしようと無邪気に誘ってくるユネルに赤い顔のテオ。

甘い寝言で名前を呼ばれた事もある。

少女達の自分に対する貞操意識の低さは心配の種だ。

男は狼であって、それ以外ではない。

かなりストイックに賢者モードが常態になっている臥塔賢知だって年頃の男には代りない。

いきなり襲いかかる事は無くとも、甘い雰囲気にいつ流されてもおかしくない。

(それで困るのがオレだけなのもどうするべきか)

「賢者。あ~~ん」

どちらか一方に手を出せば、自己嫌悪で死ねるかもしれない。

「ガトウ。あ、あ~ん」

どちらにも手を出せば、自己嫌悪で世界を破滅させたくなるだろう。

(もう人として生きていけない。メソメソ・・・)

肋骨の罅を治すのにほぼ一か月。

二人の巫女による看病合戦は平行線だった。

(普通、こういう場合、男は鈍感で気付かないのが黄金パターンだが)

テオのはにかんだ好意の視線に気付いてしまった。

少し回りの人間に確認してみたが、テオが臥塔賢知に惚れているのは湊街では確定事項として扱われる類の事実らしかった。

人から好かれる事は素直に嬉しい。

それが心を通わせた少女で、傍目から見ても美しいならば尚更にそうだろう。

だが、その好意が単純に嬉しいわけがない。

ユネルへの好意に代わりはない。

同じくテオへの想いも代わりはない。

どちらへの思いが強いかと聞かれればユネルへの気持ちが強い事は断言出来る。

しかし、だからといってテオからの好意を拒絶する事は出来なかった。

好きかと聞かれればテオへの想いは友人や家族、妹を思うものに似ている気がする。

だが、仮にも相手は女性であり、確かに嵐の夜に通わせた心は恋愛に通じるだけの高ぶりがあった。

(優柔不断はバッドエンドフラグ。だが、オレは【アレ】に啖呵を切って戻ってきた)

死に掛けていた夢の淵で出会った【アレ】に言った事を今でもハッキリと覚えている。

『両手に花はいつか身を滅ぼしますよ』

『滅んだところでオレが遠慮する玉か?』

言った事に嘘はない。

どちらも本当に大切だ。

(難しい・・・な・・・)

テオからの好意を拒絶するのは誠意には違いないが、残酷さの裏返しでもある。

それでテオが人として強くなっていくならば良いかもしれない。

しかし、今現在の状況で、強い依存の対象である自分が好意を拒絶すれば、高確率でテオは酷く落ち込む。

落ち込むだけならばいい。

本当に落ち込むだけならば何も問題はない。

ただ一つ怖いのはテオが壊れてしまう事。


(オレは・・・)


絶望はいつでも足元で待っている。


どんなに心を強くしても、どんなに心で繋がっても、人は絶望からは逃れられない。


(あの日を忘れない・・・)


一番大切だった人に垣間見た愚かさと温かさを忘れない。


幸せは綺麗事では購えないと知った日。


絶望すら諦観に変わった日。


何処の誰と間違えていたのか、息子へ口付けして、不意に気付き、


―――ゴミクズを見るように拒絶された―――。


そんな唯一幸せだった家族旅行の日。


どうしようもなく臥塔賢知が壊れてしまった日を忘れない。


(テオをオレのようにはしない。それがたった一度笑い掛けてくれた貴方への・・・オレの答えです・・・母上・・・)


好きならば共にいよう。


どれだけ離れても共に笑おう。


どれだけ不実な男と謗られようと、どれだけ好意を向けてくれる人を傷つけようと、幸せにしよう。


それが好きだと告白しておきながら他の女にも心を置く男がユネル・カウンホータに捧げる償いにもならない償いであり、少女達とこれからも共に在ろうとする人間の答えだ。


「賢者?」

「ガトウ?」

自分の奥深くを覗きこまれたような錯覚。

二人の視線に思わず仰け反る。

「あんまり早く食べさせちゃった?」

「いや、そういうわけじゃない」

「ガトウ。今、何考えてたの?」

鋭い洞察力が侮れない亜麻色の髪の巫女が半眼で訊いてくる。

シレっと嘘を吐けば見破られる事にもなりかねない。

「誰と口付けしたの!?」

「ちょ、待て!? 待て待て!! どうしてそんな風に思う!」

「だって唇を手で触ってれば誰だって分かる!! まさか」

ジットリとユネルをテオが見つめる。

あからさまに動揺したユネルが真赤になった。

そんな事実が無いにも関わらず。

「そうなんだ。口付け、したんだ。私にもしたのに・・・」

パキンと何かが壊れた幻聴が聞こえた。

「けん、じゃ?」

何か信じられないようなものを見る目で口元を抑えるユネル。

「本当?」

「いや、オレは知らない!?」

テオが堂々と真赤になりながら言う。

「ほ、本当は私からだけど・・・その・・・ガトウが初めて家に泊まってくれた日、あ、朝に・・・」

「いつの間にかオレの初めてのチューが奪われてる!?」

驚愕の真実だった。

「わ、私だって初めてだった!! ガトウが初めてだったなら・・・そう・・・初めて同士だったんだ・・・ガトウは嬉しくない?」

ジワジワと染み出した悦びに頬を染めたテオから思わず体を引いていた。

同じ喜びを分かち合って欲しいというテオの視線に対応する前に横で愕然とした表情のユネルをどうにかしないと朝日より眩い輝きで焼き尽くされかねない。

「賢者・・・う・・・うぅぅ・・・」

マジ泣きだった。

こっちを見てポロポロ涙を零すユネルに顔が青ざめる。

「いや、あのな、ユネル?」

「賢者の馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿あああああああああああああ!!」

かなり本気で駄々っ子な暴れ方をされ、更にガッシリと両腕を地面に押さえ付けられた。

「ゆ、ユネル?」

「あたしもいいよね? 賢者」

涙の痕も化粧の如く。

ユネル・カウンホータは魔性を瞳に宿していて。

「暗くなるまで少し待ったら方がいいんじゃないかなぁという気が・・・」

「しよう?」

突如、無防備なまま口付けされた。

チュッ。

そんな生温いお利口なキスではなかった。

貪られるより儚い強さで、初心な少女が少し勇気を出したような、相手に自分を求めさせる口付け。

思わず開いてしまった口内、他人の舌に舌を絡めとられるという経験はもう何処のエロ本かと呆然とした。

思わず応えそうになっ―――意思と理性―――たりはしなかった。

たぶん。

「ふ・・・ぁ・・・る」

名前を呼ぼうとした舌が絡められそうになって、慌てて口元を離した。

「ユネル。落ち着け。少しおかしいぞ」

「賢者?」

「それに何か匂いが」

口内に感じる違和感に思わず顔を顰めてハッと気付く。

辺りをグルリと見まわしてソレを見つけた。

(あの筒は!!?)

スープの鍋が置かれた焚き火の横に手のひらに収まる金属製の筒が置いてあった。

そう、それは何処かで見たことのある金属製の筒。

主に飲んだくれた駄目な大人の必需品。

あの老婆が手に持っていた品。

「まさか」

喉が干上がる。

匂いを嗅いでみれば、ユネルから本人の匂いと相まって蠱惑的な香りが漂ってくる。

入知恵されたユネルが何か必要な場面で飲むように言われていてもおかしくない。

カランと音がした。

「ガトウ」

瞳を濡らしたテオがすぐ横で覗き込んでいた。

「私も・・・もう一回。ううん、ユネルと同じくらいして・・くれる?」

その横には何故かユネルと同じような筒が落ちていた。

表面にバルトメイラの文字が書かれた紙が張ってあった。

未だ詳しくは読めない文字だがニュアンスだけはヒシヒシと文字から伝わってくる。

【巫女様へ。賢者様と仲良くなりたくなった時お飲みください。街の一同より】

(要らぬ手間が倍に!?)

貞操の危機。

「賢者」

「ガトウ」

理性の危機。

そして、それ以上にお約束的に言って「あれ、何してたんだっけ」という言葉が後でリアルに聞ければ泣ける。

何も覚えていない上にいつの間にか既成事実なんていうのは論外だ。

「離してくれるか? ユネル。さすがにこのままじゃ、な?」

「あ・・・うん」

如何にもそんな気があるような感じで難を逃れて告げる。

「少し待っててくれ。水浴びしてくる」

恋する乙女というよりは恋する酔っ払い達を置き去りにする。

十数メートル歩き、後に全力疾走でその場から離脱を図る。

「賢者!?」

「ガトウ!?」


その日、砂漠と荒野に挟まれた地リオーレンに一人の賢者が帰還した。

二人の『もう一回しよう』と連呼する酔っ払った巫女を二人も連れて。

【大賢者。巫女二人を恋の虜とする】

伝説うわさはすぐさま流布され、とある湊街ではその日盛大な祭りが執り行われる事となった。


「大好きだよ・・・賢者・・・」

「私も大好き・・・ガトウ・・・」

「巫女が怖くない巫女が怖くない巫女が怖くない!!!?」

「「だ~~いすき♪」」

「もう寝ろ! お願いだから寝ろ!! いえ、寝てくださいごめんなさいもう勘弁して止め―――」

もしも現実に帰る日が来ても、もうラブコメだけは金輪際読まないだろう。


色ボケた巫女達との死闘はまだ始ったばかりだ。

                         FIN

感想を随時受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。では、三話で・・・。

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