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第四章 貴方がそれでも生きた道

第二話最終章です。エピローグを持って第二話完結。続けて明日から第三話を投稿します。

第四章 貴方がそれでも生きた道


寝物語は東天の巫女の話よりあの人の冒険話の方が好きだった。

『最初からこんな飲んだくれの婆だったわけじゃない』

機嫌の良い日はそんな出だしで自分の事をいつも語ってくれた。

それはまるで荒唐無稽な話ばかりだった。

とある日、海を竜で散歩していたら大きな竜が目の前に現われて、その中には大勢の人間が載っていたとか。

大時化の日に海で竜を退治していたら沢山の空の竜がやっぱり人を乗せて何処かに飛んでいくのを見たとか。

少し遠出して竜を退治した帰り道、夜の海で見たこともない服を着た人間が何か橙色の乗り物に乗って漂っていて酒を少しだけ分けてやったとか。

他には若い時に出会って「惚れた。嫁になってくれ」とか言ってた貧乏青年が婆になって久しぶりに会ったら大富豪になってたとか。

竜の『狂乱』を防ぐ為に巫女が組む『バンド』の連中の頭が実はかつらだったとか。

馬鹿馬鹿しい話を聞くだけで幸せな気分になれた。

(楽しかったな)

周辺の海域に遊びに行った時、船を『水閉』で動かす訓練をした。

嵐の海で一晩中訓練をした。

波に呑まれながら船を沈めないよう力を使い続けてクタクタになった事は忘れられない。

誰も居ない小さな島の砂浜にいった事もあった。

魚を取って食べたら毒があって死に掛けた。

水の巫女でなきゃ死んでるとか真面目に言われて背筋が寒くなったのは今では笑い話だ。

(ずっとずっとあんな日が続くんだって思ってた)

揺れて今にも転覆しそうな船の船首でその光景を何となく見ていた。

天と海に竜のいない場所はない。

迫ってくる波のような群れ。

巨大な水の竜達から空の竜が飛び立っていく。

「戦わないと」

『水閉』で惑わすのが不可能なのは見れば一目瞭然だった。

「ヤーちゃん。今日で最後だから・・・出て・・・」

ポツリと言ってみる。

何も起きなかった。

(もう私に誰も力なんて貸してくれない・・・)

涙も出なかった。

当たり前過ぎて逆に笑えた。

戦いたいなんて、竜と戦いたいなんて一度も思った事がない。

巫女だと言われて戦う事になっても、結局・・・自分の竜を一度だって攻撃に使った事は無い。

見放されて当然だった。

ずっとずっと使いすらしなかった自分が竜から知らないとそっぽを向かれても当然だった。

あはは。

そう笑ってみて、空しさだけがあった。

何を浮かれていたのだろうと思う。

褒められるような自分ではないと誰よりも自分が一番良く知っていたはずなのに。

巫女として覚えてくれていたらいいなんて、巫女としての仕事一つ満足に果たせないのにお笑いだった。

「あ・・・」

グラリと船が揺れる。

小さな竜達が船にぶつかっていた。

いつの間にか竜の群れの中に船はいた。

ほんの少しでも野良の竜に触れれば、アウタスは消える。

消されて二度と戻りはしない。

「生きないといけないのに・・・・」

もう消えてもいい。

もうこんな思いしなくていい。

そんな声が深く、深く深く胸の底から聞こえた。

その声は最初から自分の中にあった。

知らないフリをして、ガトウの事で一杯にして、気付かないようにしていただけで、本当は耳元でずっと囁いていた。

『やはり、アウタスに巫女なんて無理だったんだ』

最初にそう聞いたのはあの人が死んで数週間後。

言ったのはいつも自分に甘いお菓子をくれる店の店主だった。

酒の席の一言。

きっと、本人が訊いているなんて思っていなかったからこそ出た本音。

館で行われていた巫女を励ます会での事だった

竜が湊に来ないよう惑わすのに時間が掛った日。

遅れながらもそっと館に入ると、会場の片隅で大人達は会話していた。

誰もが自分を良く思ってはいなかった。

『あんな調子ではマザーよりも酷い。あの方ですら竜は全て打倒したというのに』

『漁ができない日が続くのはこちらとしてもねぇ。どうにかなりませんか?』

『新しい巫女の招致は決まっている。だが、まだ時間が掛ると先方から』

『それで巫女様はどうするのですか?』

『旅銀を持たせて大きな街へ出す方向で調整している最中だ』

『あの世間知らずで生きていけるかは疑問ですが?』

『十分な援助をこれからもしていく事になるだろう』

『街にとっての負担をどうお考えですか?』

『だから、アウタスを巫女にするなんてマザーの考えには反対だったんだ』

『マザーの気紛れに最後まで付き合わされましたか』

あの人の気紛れ。

本当にそうだと知っているから、私はその場を後にした。

本人が言っていた。

『お前を巫女にした理由? その方が面白そうだったから、じゃダメか?』

笑ってしまう。

笑えてしまう。

笑う以外ない。

事実なんてきっとそんなものだ。

「もう」

本当に拾ってくれた事には感謝している。

あの人にはどんなに感謝したって足りないと感じている。

けれど、あの人のように為れない自分は滑稽な道化のようだ。

「いい?」

船が少しずつ沈んでいく。

「ケイト・・・」

あの人の名前を呼んで、誰よりも強くてカッコよくて、どうしようもないぐらいにダメで、凄く優しくて、呼べば今すぐにでもこの馬鹿餓鬼がとか出てきそうな人の名前を呼んで―――――目の前にある竜の船首に腕を広げ―――どうしたら――――あの自分を助けてくれた人に謝れるだろうと―――――。

「死にたくなったか?」

思い切り後ろに引かれて抱えられた。

鈍い音がして船が正面から衝突したのだと知る。

船が割れていく。

目まぐるしく変わる視界の端に自分の乗ってきたのと同じような船が竜の群れから遠ざかっていくのが見えた。

船が傾き海の藻屑になろうとしていた。

それなのに冷たい海に引きずり込まれていない方がおかしい自分は誰かに抱かれている。

その誰かが自分から嵐の海に飛び込もうと船の端に足を掛けた。

死のうとした自分とは違って、ただ生きる為に海へと跳ぶ。

「ヤーちゃん!!」

思わず叫べば海中から【鋼】が来る。

真っ直ぐに、海を割るように、長く長く海の底からそそり立つように。

滑って、滑って、自分を抱きかかえたその人は行き止まりで止まった。

まるで海に突き立った剣。

巨大な鋼の浮は爆発するように着水する。

周りの竜が見渡せた視界が空を見上げる形になった。

「・・・・・・」

その人の胸で泣いてはいけない気がした。

そこで泣いたらその人の思いを穢してしまう気がした。

何一つとしてやれない自分は本当に役立たずなだけだった。

巫女として覚えてくれていたらなんて、思える立場に無かった。

結局、助けてくれたこの命すら守れるような自分ですら無かった。

一方的に想いを寄せられたって困るに決まっていた。

一方的に張り合おうとされた恋人なのだろうあの子はいい迷惑だった。

自分はいるだけで誰にも迷惑ばかり掛けている。

「・・・・・・」

少し床が揺れる。

小さな竜達の体当たり。

動かない標的の回りに集まってきている。

群れが多過ぎて動きが鈍いのがせめてもの救い。

棺桶となった竜の上で。

その人は、ガトウは死の間際にいるというのに軽く言った。

「何か言いたい事があるなら聞いてやる」

「無い」

「何?」

「そんなの無い」

「そんな顔で言われたら『有る』としか思えないな」

本当にふざけた物言い。

馬鹿にされるよりも失望されるよりも、何事も無いようなガトウの言葉が痛かった。

今にも死んでしまうかもしれないのに。

「ッ、ッ、ッ」

胸を叩く。

その人にそんな無礼な事をする自分は本当にどうしようもない。

これで一緒に死ねるかもしれないとか、そんな事を心の片隅で思ってしまう自分なんて消えた方がいい。

誰かを道連れにしたいなんて思った自分を心の底から恥じる。

それなのに、後から後から沢山の想いが溢れてくる。

「私・・・何も・・・」

呪わしいぐらいに何も守れない自分が疎ましかった。

それなのに目の前の人を好きと思うから苦しかった。

何よりも嫌われるのが怖かった。

勝手な瞳の流す汚い涙が頬に熱かった。



目の前の少女を慰める言葉はない。

人の涙なんて所詮ただの塩水。

塩水を流されたからと言って、感情に流されていてはお話にならない。

「私・・・何も・・・こんなにガトウが助けてくれてるのに・・・」

「誰がお前に期待してるか言ってみろ」

「ッ」

「お前に誰も期待なんてしてない」

「―――」

「お前が失敗したら失うものなんてお前には残ってない」

鋼板の上。

付き離して立ち上がって辺りを眺める。

時化た空も海も竜だらけ。

それ以外には本当に何もない。

座り込んでいる少女の肩を掴んで立ち上がらせて回りを見渡させる。

「この状況を見て絶望したか? もしもそうならお前は此処で死ね」

「―――」

悲しそうな顔をされたところで状況は覆らない。

だから、どうしようもない事実を突き付ける。

「お前は卑怯だ。弱い。どうしようもない」

「―――」

「こんなのが巫女? 聞いて呆れる」

そう言った直後だった。

上空の雲が一瞬煌めいて大半が焼失した。

流れ星。

そうとしか形容できない無数の輝きが雲を引き裂きながら落ちてくる。

その一撃は空と海に出ている竜に一つも当たる事なく、海の中へ消えていく。

同時に起こる海中の爆発の衝撃で辺り一帯の海域を進んでいた水の竜の大半が轟沈した。

「オレの知ってる巫女はアレだ」

遥か遠方から新しい輝きが飛んでくる。

テオが呆然としている間にも空に展開していた竜達が輝きに飲み込まれて火の玉と化した。

力無く項垂れるテオの前に立つ。

「どうして・・・此処に来たの・・・」

最もな問い。

「そんなことも解らないからお前はダメなんだ」

ベシッと頭を叩く。

「ッ」

見上げてくる瞳は何もかも溶かし込んだような黒色で今は諦観と哀しみに濁っている。

そんな瞳を放っておくなんて出来そうもなくて、笑いながら伝えた。

「一緒に死んでやる」

「え・・・」

慌てたようにテオが問いかけてくる。

「な、何、で・・・だって、ガトウ・・・あの子の事好きって。どうして私なんか助けにきて・・・一緒に死ぬとか・・・そんな・・・」

また一発の輝きが落ちて竜の群れを飲み込んでいく。

「ああ、オレはユネルが好きだ。惚れてる。だが、オレは此処にいる」

「だからッ、どうして私なんかと!?」

一緒に死のうとなんてするのか。

そんなの決まっている。

「オレはお前が気にいってる。それだけじゃ理由に足りないのか?」

「なッ、ガトウ!?」

思わない言葉だったのか。

うろたえるテオの顔が凄い事になっていた。

「言ったはずだ。誰もお前に期待なんてしてない。お前は弱くて泣いて諦めた。お前がそのまま終わるなら終わるで別に構わない。お前と一緒に死ぬだけの事だ。そう、たったそれだけでこの大勢に影響なんて無い」

輝が幾度も幾度も空の彼方から落ちてくる。

周囲の竜の数は未だ把握できない程だが間違いなく減っていた。

「だから、テオ。お前が決めろ。誰の為でもなく、ただ自分の為にどうしたいか言ってみろ」

「自分の・・・為・・・」

「竜なんてあっちに任せておけばいい。本当にしたいことがあるなら最後まで付き合ってやる」

「そんな・・・そんなの・・・」

目の前の巫女の額を人差し指で弾く。

「お前は一人じゃない。お前がやりたい事をやれ。情けないお前が死ぬまでオレが傍にいてやる」

見上げてくる顔はクシャクシャだった。

「本当に・・・ガトウ・・・変人・・・」

泣き声のような笑い声。

「今頃解ったのか?」

「ガトウに言われて・・・解った。私、まだ巫女じゃない」

人が何かを救いたいと行動する瞬間、それは誰にだって覚えがある。

寒空の下に取り残された犬猫を救いたいと願う、その程度の話だ。

「怖がってばかりで、自分の事ばかりで、まだ誰も助けてない」

失われるかもしれない命が傍にあって、それを守る誰かが自分しかいない。

たったそれだけの事で人は命を背負う覚悟を決める。

「竜を倒して、ガトウと一緒に街に帰る」

本当に陳腐な取るに足らない理由で人は何かを救える。

その何と愚かしく温かい事か。

「それが私の・・・私が今したい事・・・!」

打算も計算もするからこそテオへ自らの命を賭けた事に後悔はない。

命を掛けさせた誰にも文句など言わせない。

「それが望みならお前には出来る。出来ないわけがない。何故とか聞くな」

目の前にいるのは正真正銘の巫女。

「オレは、お前を、信じてる」

テオ・アルン・フェーダ・トーメルテムだ。


「うん!! ヤーちゃんッ!!!!」


『大和』が、不沈艦が、水の竜が嘶いた。

今まで死んだように沈黙し、竜達の激突を大人しく受け続けていたバトルシップが、眠りから覚めていく。

巫女が手を翳す。

連動している世界最大級四十五口径三連装砲塔が稼働する。

衝撃。

艦が揺れる程の大轟音。

刹那の閃光の後に回りを取り囲んでいた空母型が一隻爆枕した。

水を加工する『水閉』が光を屈折、収束、歪曲させ敵の姿を逃さない監視の網を築きあげる。

海水で創られた円が宙に浮かぶ。

映し出される竜達を定めるのは一撃必殺の『十字』(キルマーク)。

装備されていた副砲、高角砲、機銃が同時に光を吐き出していく。

その光景は闇夜のステージに降るライト。

破滅の光が周辺の竜を無数に浮かび上がらせ一気に爆散させた。

空から飛来する輝きの束が援護するように空の竜を撃ち減らし彩を添えていく。

それからの数時間、世界は華々しく揺れたが、その内に沈黙で満たされ、最後には静まり返る事となった。



「はぁ、はぁはぁ。んく・・・」

全力で大和を動かした代償。

明らかにテオからは疲労が見て取れた。

「帰るか?」

沈んでいく竜達の残骸を見つめながら傍らの頭を撫でる。

「酷い事言われたの、一生忘れないから」

「は?」

「凄く傷付いた。だから、帰ったら私が良いって言うまで慰めてもらうから・・・」

「それは要相談という事で」

「屁理屈!!」

「屁理屈じゃない。ただの・・・?・・・おい、あっちを『水閉』で映してみろ」

「ッッッ!!?」

ユネルの初撃で焼失していたはずの暗雲が更に増していた。

その暗い世界の先に『水閉』による光学望遠レンズが向く。

遥か遥か向こう側から、黒い壁の如き【世界】が迫ってくるのを捉えた。

それが何か。

人間には理解し難いに違いない。

天に届こうかというソレを誰が災害だと認識出来るだろう。

「あの時と同じ。ううん・・・あの時より・・・大きい」

津波。

テオを育てた前代の巫女が退けた大災害の一つ。

ただ、規模だけが夢の中よりも桁違いだった。

何処かに隕石でも振ってきたのかと問いたくなる規模。

確実なのは内陸すらももう安全地帯とは程遠いという事。

「ガトウ逃げて。私が・・・」

ふらついたテオを支える。

「何処に逃げる? そして、さっき言ったな。傍にいてやる。オレに奇跡でも見せてくれ」

軽く言うとテオは半眼だった。

「やっぱり、ガトウ真面目さが足りない」

「悪いが治る見込みは無い」

危機を前にして、そのあまりにも巨大な災害を目にして、テオは怯まず、随分と大人びた顔をした。

「守ってみせる。ガトウも街も私自身もみんなッ!!」

「なら、少しだけ待て。援護のタイミングを見計らってから行動に出た方が津波を防げる確率は高い」

「どういう事?」

「いつでも全開で『水閉』を広範囲に展開出来るようにしておけるか?」

「う、うん」

戸惑うテオに空を指した。

「今からたぶん一列に砲撃が空から降ってくる。上からの攻撃で津波自体の高さはかなり下がるはずだ。だが、その反動で上からの圧力で押された水は今の倍以上の速さでこっちに向かってくる。『水閉』で水を加工して壁を創れ。できるだけ広範囲にできるだけ数を多くして、強度はあまり考えなくていい。とにかく何かにぶつけて勢いを殺ぐのが急務だ」

空が俄かに明るくなる。

二人で空を見上げると次々に遥か遠方の津波に幾つもの輝きが規則正しく着弾していく。

「来る。準備しろ」

「―――『水閉』」

静かに荒れた海へと大和から波紋が広がっていく。

波がやがて凝固したように波紋の形へと変わり、そそり立っていく。

水の城塞。

無数に立ち上がった水壁の高さは二十メートル近くにもなり、辺りの海の状態は視認では確認不可能となる。

水音だけが近づいてきた。

その瞬間がすぐにでも訪れる前兆。

「テオ」

「何?」

脂汗を滴らせる手を握った。

「明日は・・・いや、今日はきっと晴れるぞ」

疲労に膝すら震えるテオが薄らと笑った。

瞬間、水壁の向こうで耳障りな鈍い轟音が鳴り渡る。

「ぐ、うぅうううううううううううううううううううううううううッッッ!!!」

手から力が抜けていく分だけ強く握りしめる。

「止まれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ―――」

最後の水壁が割れ、甲板に水が押し寄せる中。

思わずテオの体を抱きしめ庇っていた。

意識は濁流に飲み込まれ消えた。



趣が異なる二つの蒼に隔てられた地平。

大海と大空が織りなす壮大なコントラストの中、草花を意識しながら視線を横に向けた。

船上の丘。

甲板上に創られた草原。

蝶すら舞っている空間。

彼女はテオが着込んでいる衣装に黒の羽織姿で眠たげな声で話し掛けてきた。

「お久しぶりです」

草花に隠れてその顔は見えない。

「相変わらず自分らしさに欠けるな。それと相変わらず唐突過ぎだ」

彼女はクスクスと微笑んで嫌味の一つも効いてはいない。

「お変わりないようで。切符お役に立ちましたか?」

「お前の言うものがオレを再びこっちの世界に運んできたならイエスだ」

「また切符要ります?」

首を振る。

「その後あの子とはどうですか?」

「抱きしめて・・・いや、抱きしめられてばっかりか」

「ふふ、そうですか」

彼女は何か嬉しげな様子で傍にあった草花を一本地面から引き抜いた。

「浮気、お好きなんですか?」

思いきり咳きこむ。

「浮気をした覚えは・・・浮気の定義による」

「他の子に心を移した覚えはないと?」

疑惑の視線を向けられていた。

「人間は飽きる生き物だ」

「その発言は女性の敵です」

確かに、女に飽きた、なんて言うのは女性の敵かもしれない。

「一つの事柄に対していつまでも執着出来る人間は稀だ。それが移り変わり易い人の心情なら尚の事。オレの気持ちにまだ変わりはない。あいつがどう思ってるかは聞けば答えてくれる気がする」

彼女が静かに耳を澄ませているのが分かった。

「もしも、オレからユネルの心が離れていくなら少なからず努力はするだろう」

「男にしろ女にしろ飽きたら捨てるか捨てられるか、あるいはそんな言い訳ばかりですか?」

「オレに対する前提が間違ってるな。オレはあいつが離れていくとしても不幸にしてやるつもりはない」

「自分から離れていっても幸せにしてみせると?」

「昔からオレには不思議でしょうがなかった。死が二人を別つまでなんて言葉に頷けるのに別れればどうして他人になれるのか。一度決めたなら最後まで幸せにしようと思わないのかってな」

「思わないのが普通だと思います」

「普通って何だ?」

思わず嗤いが口元に浮かぶ。

「一度幸せにすると決めたなら憎まれようが蔑まれようが最後までやればいい。その人の為に最善を尽くせばいい。心すら離れても、いつか誓った事は絶対なくならない」

「人は飽きる生き物だったのでは?」

「人間何をするにしても大抵飽きてからが本番だ。それが恋にしろ愛にしろ勉強にしろ趣味にしろ。飽きて、飽き尽して、それでも尚求める心があるなら本番はその先にある」

「気の長い話です」

やれやれと彼女が首を振る。

「オレはもう人生なんて諦め切った後だ。実際オレの人生はもう半分以上蛇足だろう。でも、オレはそんな位置に立つようになって初めてあいつに教えて貰った。大切な事ばかり山のようにな」

呆れた視線。

彼女からすれば惚気でも聞かされた気分なのかもしれない。

「オレは救われた事を決して忘れない。あいつの人生の最後まで死なないで付いていける内は笑わせてみせるさ」

ガサガサと横で彼女が立ち上がる。

「やっぱり貴方は楽しい方です。貴方なら・・・巫女が永遠に戦い続けるものを倒してくれるのかもしれない・・・」

「竜とかオレは倒せないな」

彼女は首を振る。

「昔、巫女は三つのものと戦っていると言われました。一つは竜、一つは自分、一つは孤独」

「少なくとも孤独との戦いはその内終わる。勿論、勝つのは『オレ達』だ。それとあいつらはもう自分にぐらい勝ってる。覚えておけ」

「ふふ、随分とあの子達を買っているのですね。両手に花はいつか身を滅ぼしますよ」

「滅んだところでオレが遠慮する玉か? 人の願いも叶えない奴が偉そうに言うな」

「叶えなくて良かったのでは?」

「誠実さの問題だ」

返した言葉が余程に笑えるのか彼女がクスクスと口元を押さえた。

「そうですか。では、お詫びと言ってはなんですが」

不意に胸元に落ちてくるものが一つ。

「どうかご壮健で」

やはり彼女の顔は草花が邪魔で見えない。

「お花、差し上げます」

見れば胸には摘まれたばかりの小さな花が白く咲いていた。

意識は世界の核心から遠ざかり、やがてふっつりと途絶えた。



気付いた時にはもう津波は見えなかった。

留められたかどうかすら分からなかった。

ただ、自分を庇ってくれた体が横で崩れ落ちるように倒れていた。

「ガ、トウ?」

すぐに近寄って異常に気付く。

ゾッとするぐらいに顔が青かった。

「ガトウッ?!」

胸に手を当てると心臓の鼓動が感じられなかった。

「ガトウッ、起きてガトウッ!!?」

何度揺すってもガトウは起きない。

思わず泣きそうになって、そんな事をしている暇なんてないのだと、自分の頬を張る。

(私しかガトウを助けられない。私が助けなかったらガトウは死ぬ)

けれど、心臓が止まった人をどうやって助けるかなんて知らない。

必死に考える間にもジリジリと時間が過ぎようとして―――ガトウが死んでいたはずの自分を生き返らせた事に思い至る。

その方法が正しいかは解らない。

「ガトウ。ん―――」

やるしかなかった。

(貴方を絶対死なせない!!)

服の胸元を破き、両手で押す。

何度も何度も何度も何度も何度も。

どれだけの時間が経ったかなんて知らない。

助かるかなんて分からない。

それでも止められるわけがない。

何故なら其処にいるのは、自分が初めて恋した人だから。

「生きて!! 生きて!! 生きてッッ、お願いだから戻ってッッ!!」

自分を救ってくれた人だから。

「私、貴方が助けてくれたからまだ生きてるッ!!」

何もかも生きてこそ、人は生きずに何も成せはしない。

「私忘れないッ。貴方が助けてくれた事ッ。私に機会を与えてくれた事ッ」

巫女として、一人の女として、ただのテオとして、感謝ばかりが溢れてくる。

「貴方が信じてくれたから巫女になれたのッ」

竜に立ち向かえたのは目の前の人が信じてくれたから。

「貴方がいてくれたから戦えたのッ」

怖い。

戦うより、傷つくより、何よりも目の前の人を失うのが怖い。

「貴方があの子を好きって言った時、私怖かったッ、嫉妬してたッ。私、まだ貴方に何も伝えてないッ!!」

あの人が逝った時、何も言えなかった。

伝えられなかった。

「ガトウッ、私、貴方がいないなんてやだッ、やだッ!!」

でも、今は助けたい人が目の前にいる。

「貴方が生きてくれるなら何も要らないッ。持ってるもの全部無くしたっていいッ。だから、お願いッッ!! 死なないでッッッ!!?」

ドクンッ。

「!?ッッ」

「――がはッ、はッッ、が、は―――」

水を吐いた口から呼気が漏れて――涙が溢れた。

青かった顔に赤みが戻っていく。

「ガトウッ、ガトウッ、大丈夫ッ!!」

少しだけ目を開けたガトウが薄らと笑った。

「強・・過ぎだ・・・肋骨・・・折れた・・・っぽい・・・」

「え? ええ?!」

「まあ、いいか。これで・・・おあいこだ」

「すぐ医者まで連れていくからッ!?」

ガトウが目を閉じる。

慌てて呼気を確かめて安堵した。

「大丈夫。大丈夫だから・・・」

顔を上げれば、少し水を被った街に向かっている最中だった。

今まで動かせもしなかったヤーちゃんは動いてくれていた。

空は穏やかに、嵐は過ぎ去って、朝日だけが雲間から覗いている。

きっと、今日は良い天気だ。



大きな竜が湊に近づく。

その上に横になった賢者とあの子がいた。

あの子は慌てた様子で何度も何度も賢者に声を掛けているけれど何処か嬉しそうだった。

胸が縮むような痛み。

大好きな人の傍に他の子がいる。

そう考えただけで、泣きそうだった。

「本当、巫女ってのはつくづく因果な商売というか何と言うか」

零れそうな涙でぼやけた視界の中に黒い羽織が見えた。

その人は皺枯れた手をおでこに当てて船の方を見て笑う。

「おーおー餓鬼がいっちょまえに幸せそうな顔しやがって」

何処か嬉しそうに、何処か安堵したような声で。

手の中の筒を口元に傾けて何かを飲み干しながらその人が近づいてくる。

石碑に寄り掛かって、こっちに筒を差し出してくる。

筒を受け取るとその人はひそひそ訊いてきた。

「あの男が好きか?」

頷く。

「そうか。なら、心だけは捕まえておけ。絶対離れないように」

「心?」

「昔の巫女は恋愛ごとに疎い奴ばかりで泣く奴が多かった。そういう奴は真っ先に竜の中で潰れてった。生き残った連中はいつも言ったもんだ。男の一人も捕まえられない人間が竜をどうこうしようなんておこがましいってな」

「・・・・・・」

不思議と涙を拭おうとは思えなくなっていた。

「世界は広い。良い男は五万といる。愛してくれる男なんて一山幾らだ」

そうしたらその人から大事な事を聞きそびれてしまいそうで。

「だが、どんなに男が腐る程いても、本当に自分が求めてる男はたった一人しかいない」

「たった一人?」

「ああ、たった一人だ。どんなに目の前を男が通り過ぎていっても、最後の最後の最後に思い出すのはたった一人。まぁ、洒落た言い方でいいなら運命の相手でもいい」

その人が雲間から覗く陽の光の中へと歩いて行く。

「何か男に言えない事があったらソレでも飲んで自分の思いを全部ぶちまけてやれ」

「その・・・どうして!」

振り向かないその人に何を言えばいいか解らず、そう訊いていた。

「ただのお節介。あの坊やに婆からのささやかな駄賃ってとこだ」

嵐の後の強い風に思わず目を瞑る。

黒い羽織がはためく音。

「あの・・・?・・・」

その人の姿はもう何処にも無かった。

目を擦ってもう一度よく辺りを見回しても見つからない。

掌には固い筒の感触。

「ありがとう、ございました」

何故かそう言わなければならない気がした。

(賢者)

湊の方を見れば大勢の人が集まっている。

(賢者!!)

会いたくて。

石碑の下、街の方へ跳んだ。

彼方には大好きな人が待っている。



その朝、まだ海水に濡れた街の復興も始まらぬ内に巫女様は帰還された。

本来ならば、誰もが自らの家へ真っ先に往く時間帯。

街に住む誰もが湊へと集まっていた。

彼方から戻ってくる竜の姿にマザーケイトを思い浮かべた者もいたかもしれない。

その竜の姿に涙を浮かべる者が大勢いた。

あのよそ者が言い当てた事実を喉が枯れるまで叫んだ甲斐はあっただろうか。

赦しを乞う人。

涙を流す人。

罪悪感に頭を垂れる人。

帰還された巫女様に街の誰もが抱擁した。

最初からこうすればよかったのだと、今まで勇気を持って声を上げなかった自分を恥じた。

街は二人の巫女によって守られた。

そうして後任の巫女が来るまでの一月。

街は祭りのような毎日となった。

街のあちこちで建物の再建が進む中、子供達の笑い声が溢れるようになった噴水に座り、巫女様は静かに多くの事を語った。

今まで知らなかった巫女様の一面に触れ、共に語らった者達の誰もが驚く事となった。

巫女とは特別ではないのだと。

ただ力と想いを持って誰かを守ろうとする者なのだと。

力の差はあっても根本的に自分達と変わらないのだと。

マザーケイトですら偏屈ではあったがそれに変わりはない。

もういないその人に生前付き合いがあった誰もが想いを馳せた。

(まぁ、話の三分の一があいつの事だった以外は・・・良かったよな?)

巫女様の話に混じる言葉を敏感に感じ取った人間はすぐ気付いた事だろう。

巫女様は恋をしている。

(ああ、悔しいのに何でだろうな。あんな笑顔見せられたら納得するしかない)

地の竜の巫女ユネル・カウンホータの従者。

巫女ユネルから賢者と呼ばれるそいつに巫女様は恋をしていた。

街に泊まる旅の者からそいつの話が広まったのは巫女様の帰還から数日後。

大巫女が統べる土地リオーレンでの話を吟遊詩人が語ったのが始まりだ。

不意にリオーレンに現れたその男は尋常ならざる頭脳を持ち、大巫女に認められて共に住まう事を許されたのだという。

男はあらゆる難算を駆使し、その智を持って巫女に仕える者となった。

大巫女はその男をいたく気に入り、巫女としての仕事を譲った孫娘に付けて竜を共に退ける任に封じた。

そして、男はリオーレンでも数十年に一度と言われる極大化した『大狂乱オーバーバースト』をあらゆる奇手奇策を用いて巫女と共に打ち破り、比類無き功績を手にする事となった。

『リオーレンの大賢者』

最果ての地でただ自らの頭脳によって竜を下した者。

(反則過ぎる。道理で巫女様が惚れるわけだ)

自分が勝てる道理は無かった。

巫女様を助けにいった時、小さな竜に触れそうになるのも厭わず、時化た大海に飲み込まれそうになりながらも船へと泳いで渡ったと漁師達は言っていた。

皮肉の仮面の下。

どうしようもない程に熱い素顔があった。

自分だったならばやれただろうか?

一心不乱に、躊躇の一つもなく。

(無理だろうな)

後任の巫女が到着した日、巫女様を祝い盛大な祝賀会が開かれた。

怪我から回復したそいつに巫女様はベッタリだった。

二人の巫女に連れられて、まるで英雄のように持て囃されたそいつは目を白黒させていた。

その光景に親衛隊は歯噛みして嬉し涙半分、悔し涙半分。

誰もが巫女様の巣立ちを感じていた。

宴も終わりに差し掛かった頃、そいつに促されて巫女様は台の上に立った。

時間にすればたった数分。

その間に語られた巫女様の気持ち。

これから自分がどうしていきたいか。

その全てを聞いた街の誰の意思も一致していた。

ただ見守っては別れを惜しみ、いつかまた出会う日を思って笑顔で送ろう。

旅立ちの朝。

街に付いたばかりで疲れ寝ている後任の巫女を除き、全ての住民が集まった。

【巫女様。貴女はこの街の宝だ。此処は貴女にとっての故郷だ。誰が何と言おうと私達は貴女の家族だ。マザーケイトが貴女を連れて来た時、街の大人達は貴女を良く思ってはいなかった。しかし、今は違う。命を掛けて街を守った貴女はもう一人前の巫女様だ。テオ・アルン・フェーダ・トーメルテム。東天の系譜に連なりし最後の巫女よ。貴女と貴女に連なってきた全ての方に感謝申し上げる。この街を守ってくれてありがとう。いつか、また帰ってきてくれる事を願って】

街長の祝辞と共に街の誰もが歓声を上げた。

【ありがとう。本当に・・・ありがとう。いつか、いつか・・・必ず・・・私・・・】

声にならない声を上げて顔をクシャクシャにして大泣きする巫女様の笑顔に泣かない者はいなかった。

【街長。オレはこれからリオーレンへ帰る。テオ・アルン・フェーダ・トーメルテムは大巫女の下で修行扱いで住まわせる事になるだろう。また竜のいない時期になったらこちらに来る事もあるかもしれない。その時の為に家を一件作っておいてくれないか?】

【従者様】

そいつの言わんとする事を察して街長は大きく頷き手を差し出した。

【その一件。確かにお引き受けします】

【頼む。これはこの街の人間にしか出来ない事だ】

【はい】

巻き起こる拍手、出発の時間、手を振る誰もを振り切るように三人は笑顔と共に消えた。

二人の巫女と一人の賢者そいつは去っていった。 

輝く陽射しが照らし出す鮮やかな別れだった。

「ホリウス!! さぼってんじゃねーぞ!!」

「あ、はい。親方」

南の石碑の近く。

地の竜の巫女様が陣を敷いた場所。

広くなった平らな土地に多くの声が響く。

西にある館は後任の巫女様が使用されているが、それにも負けない大きな館が少しずつ積み上がっている。

「これなら次の年までには完成しそうですね親方」

「ふん。巫女様が快適に暮らせるようギリギリまで粘るさ。さて、次は子供部屋だな」

「え・・・」

「何固まってんだ。賢者様と巫女様のお子が生まれてたっておかしくないだろうが?」

「そ、そんな気、気が早いんじゃ!?」

「はぁ? お前知らないのか? 巫女様と賢者様。実は出会った頃から一緒に寝台で寝てたらしいぞ?」

「はぁああああああああああ!!? あいつぅううううううう!!!」

「いいから働け!! 巫女様と賢者様の明るい未来はすぐそこだ!! はははははは!!」

明るい絶望の声が上がる中。

石碑の陰に黒い羽織がはためいて。

やがて、空へと舞い上がっていった。

エピローグもどうぞ。

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