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第二章 東天の系譜

第二章 東天の系譜


『巫女様ぁああああああ何事ですかああああああああ』

クローゼットの内部、薄暗がりからぼんやり部屋の中を覗く。

鍵はすぐに壊されて、中に自警団の男達と邸宅の侍女達が雪崩れ込んでくる。

「あ・・・そ、その・・・」

うろたえた瞳でオロオロされても困る。

出ていっては取り押さえられ首を刎ねられるか鮫の餌にされるか。

是非とも頑張って誤魔化して欲しいところだった。

「す、すみません。こ、怖い夢を見て・・・」

全員が明らかにホッとしていた。

安全を確認した自警団の男達は「寝ボケた声もお可愛らしいです。あっはっは」と、年頃の少女の部屋にいる気まずさや侍女達の「早く出て行け」視線を感じて撤退していく。

侍女達が「お可哀そうに。昨日の事件を思い出したのですね?」と世話を焼こうとしたが「大丈夫ですから」の連呼と共にテオは全員を部屋から追い出した。

それから数秒。

後ろから抱きしめて口を塞いでいたユネル・カウンホータのモゴモゴ言っている口を放してクローゼットから出た。

「・・・はぁ」

朝から混沌とした状況だった。

寝ていたところを直撃した乙女の悲鳴に跳び上がりそうになって、自分を抱きしめて離さないボンヤリしたユネルを見つけ、駆けつけてくる足音にテオへ何か言っている暇もなくクローゼットへと隠れ、もうそれだけで一日分の厄介事を片づけた後のような疲労を感じていた。

「で、ユネル。どうして此処にいる?」

「賢者が戻ってこないから匂いで何処にいるのか探して此処まで来たんだよ。あんまり心配させたらダメなんだからね? 賢者」

「お前は犬か? そして言伝が無かったか?」

「あ、あったけど賢者がまたいなくなっちゃうような気がして・・・」

朝から激甘な乙女宣言でしょんぼりされても困る。

「悪かった。今度から気を付ける」

「ホント?」

上目使いがこの頃上達してきたらしい少女の視線に顔が引き攣りそうになって、ペチペチ額を指で弾いた。

「ガトウ。その子誰?」

後ろを向いた。

何故か不機嫌そうな顔。

テオが寝台で頬杖を付いていた。

半眼の視線がやけに突き刺さり、状況の説明に入る。

「旅の連れだ。昨日の言伝が気にいらなくてオレを探し当てたらしい」

「そうなんだ。旅の連れ・・・女の子なんだ・・・」

冷凍ビームの如き凍て付いた視線が痛い。

「ねぇ、賢者。その子誰?」

袖を引っ張ってくるユネルに昨日助けたのがテオである事を一通り説明する。

「そうなんだ。それで賢者はどうして此処で一緒にいたの?」

いつものユネルの笑みが何か違うものに映る。

「・・・・・・」

状況的に考察すれば、助けたばかりの少女の家に押しかけ、寝台を共にしたという事になる。

どんな誤解を受けるか。

ラブコメを五百冊は読破し、アニメを目が腐る程見た人間からすれば、自明の理である。

「賢者?」

いつもとは違うユネルの笑みに冷や汗が内心で浮かんだ。

思い切り溜息を吐いてからユネルの前髪を片手で上げた。

「?」

意識はしなかった。

「ん・・・」

そっと額に口づけた。

「~~~~~~!?」

「ッッ!!?」

人間、何だってやれば出来るものかもしれない。

羞恥心や外聞や人として様々なモノを失う覚悟さえあれば。

「あ、え、な、何・・・け、賢者!?」

「詫びだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「お、お詫び?」

「文句があるなら今人として大事な何かを失ってしまったので断る」

「も、文句なんて・・・あ、あぅ・・・あるわけ・・・」

真赤になってユネルが混乱しているのを幸いに、後ろで何故か固まっているテオへ短く別れを告げる。

「昨日は泊めてくれた事感謝する。人が多くなる前にオレ達はこれでお暇させてもらう」

未だに【う・・・う・・・こ、これって・・・これって・・・】と一人で何やら盛り上がっているユネルの額をベチリと叩いて正気に戻す。

「ユネル。見つかる前に早く移動したい。オレの事は構うな。全力で行け」

「う、うん!!」

満面の笑みなユネルにヒョイと担ぎ上げられる。

「まだ数日は街にいる。それじゃあ、な」

窓は開いている。

勢いはもうジェットコースター。

担がれながら、朝焼けの空と街を見た。

とりあえず今日もファンタジー世界は涙が出るほど美しいが宿屋でダウンする事は確定事項かもしれない。



窓から飛び出していった二人の姿は急いで窓に駆け寄った時には何処にも無くなっていた。

「何・・・ソレ・・・」

何故か。

今まで感じていたものがパキリと踏み潰された錯覚。

ナニソレ?

ドウイウコト?

シラナイコ?

接吻?

接吻?

何で接吻?

渦まくのは疑問と踏み潰された何かと今までどう恩返ししたらいいのかと思っていた誰かの残骸。

「初めて、だったのに・・・」

言葉にすればとても理不尽だった。

自分で思わずやってしまった事の責任はガトウに無い。

無いと言い切れるが、

「一緒に寝た、のに・・・」

湧き上がってくるのは、何かを大切に抱きしめる類の感情では無くて、

「・・・・・・」

胸が焦げそうな何かだった。

「どうしよう・・・私・・・」

今までの死にたかった自分や朝方の自分よりも欲張りな自分が言う。

(欲しい)

何が欲しい?

「ガトウ・・・」

怒りのような、黒くて、熱くて、冷たくて、でも・・・それよりも怖い。

それは初めて感じた感情。

嫉妬。

「私、ガトウが欲しい」

独占欲。

「私、ガトウの事・・・取られたく・・・ない・・・」

恋。

「ガトウ・・・」

まだ何もかもが始まったばかりだった。



それは掲示板か何かで見かけた言葉だ。

人は魔法が無いから科学を作ったのだと。

割と好きな部類にその言葉は位置する。

代替という概念はとても便利極まる代物であらゆる場面に使用できる反面、少し辛い現実を思い起こさせる。

ポジティブな面で言えば、どんな部品も同じ規格なら代えが効く。

ネガティブな面で言えば、代替の効かない部品はない。

そういう事だ。

社会の歯車なら代替可能な部品が多過ぎて余る事もあるし、額に入れれば男なんてどれも同じ見合い相手というカテゴリーにしかならない。

一期一会と言えば人と出会うのは貴重と聞こえはいいが、見方の問題にしてしまうと、どうでもいい出会いは溢れてもいる。

一瞬を大事に生きろと言われても、一瞬一瞬で絶望の淵に立たされるのもしばしば見かける話。

人は目の前に大きな問題でも転がっていない限り、中々どうして自分が代替可能であるという事に気付かない。

あるいはそれに気付いて尚そんなことはないと思い言い続ける事もあるだろう。

こういった話は全て視点の変化に応じて変わってしまう話だ。

同じ人生を歩む人間はいなくとも同じような人生を歩む人間ぐらいいる。

常にオンリーワンでいたいと願うのは人の業なのかもしれない。

オンリーワンになれると信じてもいいが、それは本当に限られた極々小規模な範囲。

この場合は最小限のコミュニティー、家族とか親戚とか友人とか恋人の間だけの話・・・とは、現代のコミュニティー希薄な先進国家社会では割と表立って言われない事実だ。

どんなに偉い人間も代わりはいる。

首相だろうがお大臣だろうが代わりはいる。

考え方によっては小規模コミュニティーの中でさえ、その代替というのは成り立ちえる構図だ。

大規模なコミュニティーの中では言わずもがな。

企業、地域、国家、規模の大きさに比例してオンリーワンなどとは言えなくなる。

人は極小の数字の値で評価されがちな代物だ。

だから、この場合もそうなのだろうと感じて、少しだけ納得していた。

酒場の酔った男達の戯言。

『巫女様はたぁしかに! お可愛らしい!! でも、なぁ。ちゃんと竜を退治してくれる方でないとやっぱりなぁ』

『貴様は馬鹿!! 馬鹿にちぃいがぁいない!! 巫女様はちゃんと守って下さぁあああってる!!』

『かぁあぞくぅううみたいなもんだろうがよ!!』

『でも、りょぉおおができなくちゃ喰ってけないだろうがよぉ!』

『あひゃひゃひゃ、それ以前にマザーの遺言忘れてるぅううううううううううう!?』

『準備ができしだい街から出せぇええって話だっけ?』

『そうそう。それでいいんだよ。巫女様が巫女様なんてしなくてもよくなったら・・・・・悲しいけど、巫女様きっと長生きするよ。うんうん』

『そうしたら。オラ、巫女様を嫁にするだ!!』

『『『『『『じゃかぁあしいぃいいいどぉあほぉおおッッ!!』』』』』』

乱闘が始まる。

オレの嫁だ。

いや、俺の嫁だからな!!

いやいや、この私こそ、僕こそ。

そんな有象無象のやり取りにげんなりした気分になる。

(今まで生きてきたコミュニティーからの離脱を要求されて動揺しない奴なんていない。まぁ、そういう話か)

テオの命は繋いだ。

多少話をして落ち着かせもした。

心の奥まで踏み込むとなると、そこから途端に話が難しくなるのは予想出来た。

問題はテオをどうやったら生きたいと思わせられるか、ではない。

重要なのはテオが抱える問題へのアプローチ方法だった。

命の問題は最終的に本人の判断に帰結する。

釘を差しておいたとはいえ、それはあくまでそういう人間もいると教えただけに過ぎない。

だから、本当に臥塔賢知がテオ・アルン・フェーダ・トーメルテムにしてやれることは少ない。

生きていくとテオが決める事を前提に幾つかの問題が頭に浮かぶ。

もしも、巫女としての力の無さを悩むならある程度は何とかなるかもしれない。

手札として切れるカードには地の竜の巫女(ほぼ最強、超人的)がいる。

その後ろには大巫女と称されるユネルの祖母もいる。

もしも、街から出ていかなければならない事を悩むなら難しい話ではあるがユネルを使い介入のしようもある。

(重要なのはタイミング、だろうな)

異世界の根幹らしき何かと接触を持った事がある身からすれば、これから起こるかもしれない小骨は確実にテオという巫女が関わっていると思える。

打算すると、さっさとテオの問題を解決するのが吉。

しかし、街からの追放というタイムリミットまでに解決するほど問題の根は浅そうに思えなかった。

いつ、どうやって、問題に対して方策を打つか。

見極めるのは困難かつ繊細な話に違いなく。

「はぁ・・・」

幾つものランタンが浮かぶ酒場のドアがカランと音を立てる。

不意にこんな時間にまだ客が来るのかと少し以外に思った。

外はもう深夜というに相応しい時間帯。

宿屋としての受付もしていない時間でそろそろ酒場も閉まる。

乱闘で騒ぎ疲れた男達が宿屋兼酒場の経営者の女将に店の裏へ捨てられている。

これから飲もうにもアウトであるのは明確。

「帰るか」

朝からの全力疾走で疲れ、上でスヤスヤ眠っているユネルを起こさないように出てきてからそれなりの時間が経っている。

これ以上の長居はないと二階への階段に足を向けた。

「あ・・・ガトウ?」

「!?」

愕然とした気分で思いきり振り返る。

「やっぱり、ガトウだ」

フード付きの外套に身を包んでいても、その声は鈴のように耳に響く。

「付いてこい」

手を引いて二階の大きな窓がある談話室らしき場所に連れていく。

丸い部屋の中央にはテーブルが一つ。

壁と一体になった長椅子に腰かけさせた。

ランタンも無い談話室には月光。

やけに夜ばかり会う。

月の光の中でフードを脱いだ姿に少しだけ腰が引ける。

妖精は陽よりも月の色が栄える。

一瞬、見惚れたのは男として言い訳出来ない。

「一日ぶりだな」

コクンと頷いてテオが何も言わずに見上げてくる。

「どうした?」

出来るだけ優しく問い掛けた。

何か危うげな気配を漂わせていることだけは肌で感じられた。

「会いに来たの」

「オレに?」

再びの首肯。

「ダメだった?」

「いや、オレもお前ともう少し話してみたいと思ってた」

「嬉しい・・・」

純粋な笑み。

その瞳には時折揺らめくような色が混ざる。

「それにしてもよく見つけられたな」

「街の事ならお屋敷の中からでも力を使えば見られるから」

「力・・・竜のか?」

「水があれば海までは」

「凄いな」

くすぐったそうな笑みになったテオがその後、妙に真剣な顔になる。

「ガトウに訊きたい事があるの」

「訊きたい事?」

「あの子、誰?」

その問いが臥塔賢知にとって誰かという問いなのは理解出来た。

何と言えば言いのかは決まっている。

短くすれば何て陳腐な言葉か。

「オレの惚れた女だ」

照れずに言えたのは正直な気持ちだからだ。

「ほ、惚れ・・・」

「地の竜の巫女。大巫女の孫娘。超人。馬鹿。物好き。どれだけ例えても結局はそういうことだ」

凍り付いたような顔をした後、テオが何か沈んだように呟く。

「大巫女。まさか、リオーレンのカウンホータ・・・」

「あいつはユネル・カウンホータ。大巫女ラテラノーグ・ディース・ユグロハーツ・カウンホータの孫娘だ」

「・・・・・・」

黙り込んでしまったテオの顔。

少し配慮が足りなかったかもしれない。

街でテオの情報をそれとなく集めると街の誰もが巫女の事を話していた。

おかげでほぼ状況は把握できている。

街で巫女の様子を聞く限りだと、テオは竜の巫女としてまだ半人前。

それどころか巫女に育てられたにも関わらず、巫女としての任を全うしていない状況。

巫女としての未熟、前代の巫女に育てられながら救えなかったという事実。

そして、前代の巫女の遺言と街の現実的な選択から新たな巫女の到着を待って街からの追放を受けるという決められた結末。

自殺を考えてもおかしくはない理由が山積みでどれから手を付けていいのか困る在様。

そんな人間が自分よりも強い巫女が傍にいると知ったら複雑に決まっている。

「ガトウ。あの子の事・・・好き、なの?」

視線は何か切実な色を宿していて、不用意な一言で何かが決壊してしまいそうな危うさを孕でいた。

言葉を選べるような賢しさもなく。

出来たのは素直に頷く事だけ。

「そう・・・」

何かを言われるよりも先に先手を取った。

こんな時間に外出してきたからには家には帰りたくないという意思は推測出来た。

「もう遅い。狭い部屋でいいなら寝ていくか?」

また追い詰められているなら必要なのは話よりも心の休息。

決して褒められたやり方ではない。

それでも誰かが傍にいるだけで心情的な安定性は増す。

巫女ではなく、ただのテオとして、泊めるだけでも効果はあるはずだった。

手を取る。

「行くぞ」

「―――」

何も言わせず、その手を引いて部屋の前まで行く。

「盗み聞きは人として良くないとは思わないかユネル?」

ガタガタガタガタガタッッ。

驚いたらしき七転八倒音。

すぐ静かになった部屋へと入る。

寝台には壁の方を向いて、少しだけ小刻みに震えている巫女が一人。

足の先がプルプルしている事から角に小指でもぶつけたのかと溜息を一つ。

「とりあえず仲良く寝る事。いいか?」

「・・・・・・」

「オレは部屋の隅で寝る」

成されるがままのテオを寝台に押し込め毛布を被せた。

「あ・・・ガトウ・・・」

「気にするな。そして話しかけられるとオレが眠れない」

何も言わず床に転がって背中を向けた。

また安眠出来る夜になりそうだった。



まだドキドキしている胸の音が賢者に聞こえないか心配でギュッと毛布を被る。

賢者を訪ねてきたのはあの子だった。

昨日、賢者と一緒に寝ていたあの子。

今日の朝、賢者はその子が困っているから助けたいと、素直じゃない言い方で話してくれた。

困ってる誰かを助ける事は良い事だ。

それなのにあたしは賢者にそれ以上その子の方を向いて欲しく無かった。

その子は凄く可愛かった。

細い腰、手、足。

凄く綺麗な亜麻色の髪。

敵わないと思った。

跳ね乱れた赤い髪も、その子よりも太い手足も。

もしも賢者が他の子を好きになったらどうしよう。

もしも他の子に好きって言ったらどうしよう。

そんな事ばかり考えるようになった。

(賢者。あたし嫌な子になっちゃった・・・)

今までが凄く幸せだったから。

涙が出るくらい幸せだったから。

『お前が好きだ。ユネル』

そんな風に言われて舞い上がって、ずっと考えもしなかった事があたしの頭に浮かんだ。

賢者が他の子を好きになるかもしれない。

朝、おでこにゴニョゴニョされて、頭が真っ白になっている間も、心の何処かでそう思っていた。

(ぅうう。もやもやしてる。あたし・・・)

寝返って賢者の方を見ようとして目が合った。

「―――――」

「・・・・・・」

背中にいるのは賢者じゃなくて、その子。

テオ。

そんな風に賢者が呼ぶ女の子。

水の竜の巫女。

「(貴女、あの大巫女様の孫娘なの?)」

ひそひそと賢者が起きないような小さな声でその子が訊いてくる。

あたしは頷く。

「(そう。貴女・・・その・・・ガトウの事好き?)」

「(ガトウ?)」

「(貴女が賢者って呼ぶ人の事)」

「(?!ッッ、あ、あたしは・・・)」

「(ガトウは貴女の事。惚れた女って言ってた)」

「ふぇ?!」

思わず声が漏れそうになった。

その子が口を抑えてくれる。

(賢者・・・)

急に目頭が熱くなって、止まらなくなった。

「(何で泣くの?)」

答えられない。

答えたくない。

すぐ近くにいる大切な人の全てを独占したい。

溢れた想いで胸が詰まった。

「(・・・・・・)」

その子は答を聞くのを諦めてか。

すぐに背中を向けてしまった。

その夜、もう話す事は無かった。

何故だかフワフワと体は雲のように思えた。



昇る陽が世界の温度を上げていく。

「・・・・・・」

ほろほろと髪が解けゆく様は美しい。

寝惚けていると分かっている。

後ろ姿に感銘を覚える自分は在って無き幻。

素直に美しいと口が裂けても言えてしまうだろう愚か者。

ユネル。

「・・・・・・」

テオ。

「・・・・・・」

二人の間に一晩で何があったのか。

近いわけではない。

だが、遠いわけでもない。

強いて言うならば、互いの存在に納得しているような。

赤茶け跳ね乱れた髪が櫛で梳かれ数本落ちる。

亜麻色の髪が手で撫でつけられ主の手に映える。

放たれる香は共に神聖。

惚けた頭が勝手に脳内で処理を加えているのか。

二人の周囲で朝日に照らされた埃が砂金の如く輝く。

ぼんやりと見つめ続けて、不意に見つめ返されている事に気付いた。

虚ろな胸に入り込んでくる温かさ。

昔、朝日ですら疎んじてた自分には縁の無かった熱。

誰かが傍にいるという事。

「賢者?」

「ガトウ?」

心地好い声に微睡んで、現と夢の狭間に短い夢が滑り込む。

(何処だったかな)

それは遠く、遠く、まだ諦めるという言葉を持たなかった頃の記憶。

朧げに思い出せる最初で最後の家族旅行。

少女みたいにははしゃいでいる女性。

誰もいない南国の島。

蒼い海、白い雲、光る砂浜。

その女性の本当に嬉しそうな笑顔を見たのはそれが最初で最後だった。

踊るように海で遊びながら、大好きなのだろう誰かの名前を呟きながら、女性は笑っていた。

それが自分に向けらていないのは知っている。

女性の中には目の前にいる【こんなもの】の名前なんてない。

ただ、その笑みが嬉しそうで、本当に心の底から嬉しそうで、自分も何だか嬉しいような気がした。

その人の瞳の中に自分がいないと分かっていても、寂しいのに楽しかった。

陽の日差しを浴びながら、乾いた風に吹かれて、その人をぼんやりと眺め続ける。

きっと、もうこんな時間は来ないと、心の何処かで確信しながら。

その人がそっと近づいてきて誰かの名前を呼びながら小さく額に口付けた。

それは二度と来ない幸せな日の出来事。

たぶん子供心に一番嬉しかった時間の話。

【世界ってこんなに輝いていたのね】

どんな風に思っての言葉だったのか。

今となっては分からない。

それでも一つだけは幼いながらに理解した。

人は温かい事もあるのだと。

そう知れただけでも確かにあの日は・・・・・・。

意識はそこで途切れた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

朝から何故か三人で朝食を取る事になっていた。

宿屋の女将は物凄い形相でこちらを睨んでいて、起きたばかりの寝ボケ顔を維持して知らぬ存ぜぬ解りません的なオーラを発するのは一苦労だった。

朝から魚の塩漬けソテーを突いている巫女というシュールな光景は普通の人々には刺激が強いに違いない。

宿屋兼酒場の一階。

バーのカウンターで朝食の魚とパンをモソモソやりながら、遠巻きに巫女二人を見つめヒソヒソしている男達の会話に耳を澄ます。

『(まさか、あの男!? あの巫女様襲った奴じゃないか?!)』

『(そ、そんな、ど、どどど、どうして巫女様がそんな奴と朝から朝食を一緒に?!)』

『(それ以前にッッ!? 巫女様、あの男と一緒に階段から降りて来なかったか!?)』

『(さ、さっきな。あの男の部屋の横から出てきた奴に訊いたら一緒に眠そうな顔で出てきたって!!)』

『(ッッッ、巫女様があんな男のお部屋で眠そうな顔をしてるなんてありえねーって!!)』

『(ぼ、ぼ、ぼぼくの推測だとあの男はあの横の女と一緒にみ、みみみ、巫女様をををををッッ?!)』

『(ばッッ!? 馬鹿言うな!? そ、そそそんな事、天地がひっくり返ったってありえねぇええええ)』

『(だ、だが、じょ、状況的に見て!? う、うわああああ?!!! 樽に詰めて沈めてぇえええ)』

『(落ちつけッ!! まだ、まだそうとは決まってねぇ!!)』

『(あいつを殺してオレも死ぬぅううううううう)』

『(と、取り押さえろ!! 巫女様に何かあったら事だ!!)』

ガチャンッ、ドカン、ドンドン、ガタガタガタガタガタ。

ある程度の予測はしていた。

街の人間の反応は予測していたよりもソフトかもしれない。

朝から街の住人全てと問答無用命掛け鬼ごっこでも始まるかと旅の品一式を鞄に詰めていたが、その心配も無さそうだった。

「テオ」

「何ガトウ?」

後ろから仰天の気配と視線が突き刺さる。

『(おまッ?! 今、あの男ッ、巫女様呼び捨てにしたぞ!!)』

『(マジかッ!? な、何て野郎だ! う、羨まッ、けしからんッ!? ど、どんなお付き合いしていると言うんだ!!)』

『(ちょ、お付き合い!? お付き合いなのかアレは!!?)』

『(そんなわけねぇええって言ってんだろ!!)』

溜息も深く、提案してみる。

「これから少し付き合って欲しい」

「?」

「この街の一番偉い奴に取り次いでくれないか?」

「一番偉い?」

「ああ」

「そう、解った」

「悪い」

「いい・・・ガトウ、命の恩人だから」

コクンと頷いたテオの頭を撫でる。

その行為に付いて言及しない事にしたのか。

目を瞑って撫でられるのを受け入れた後、テオは食事に戻った。

『(今、あいつ巫女様の頭を撫でたぞ!?)』

『(く、何て命知らずな奴なんだ!? 奴はその撫で撫で位置に目を付けた連中が根こそぎ巫女様の蔑みの視線を受けて撃沈された事を知らないのか?!)』

『(あ、あんなナヨナヨ坊やの何処が良いんですか巫女様!? 目を、目をお覚ましになってください(涙)』

『(あ、あんな奴に巫女様のお頭を触らせるなんてオレ達は巫女様親衛隊失格だぁあああああ!!)』

『(泣くなッ?! 泣くんじゃない同志よッ。オレ達にはあんなポっと出の生っ白い奴にはない実績と積み重ねてきた日々があるじゃないか!!)』

朝から重過ぎる男達の嗚咽が響いてきて、朝食なんて味も解らなかった。

(親衛隊とかあるのか? 何処の学園のアイドルかと)

内心のツッコミも程々にこれからどうするのか真面目に思案しなければならないなと溜息を吐いた。



「物分りの良い人間で助かったな」

瀟洒な煉瓦造りの邸宅を後にして最低限の状況を整えた事に安堵する。

主に隣にいるユネルと大巫女の名を使った工作だった。

誠意あるよう装うのは得意な方だ。

まずは丁寧なお辞儀から。

権威を持つ者は同等以上の権威を持つ者には寛容なものだ。

それが物腰も低く話しかけてくる人間にならば尚更だろう。

「ねぇ、ガトウ?」

左で半眼気味なテオに袖を引っ張られる。

「どうやったらあんなに愛想がいい別人になれるの?」

何か胡散臭いモノでも見るような視線は止めて欲しい。

ただの敬語使いに平身低頭と笑顔を組み合わせただけのおべっかがそんなに珍しいのか。

「『水の竜の巫女様には大変良くして頂いて感謝に堪えません。地の竜の巫女様に仕える身ではありますが、どうかこれからも熱くご友誼の程をお願い致します。大巫女様もきっと喜ばれる事でしょう』とか。地の竜の巫女様・・・賢者がよそよそしくなっちゃった」

完全一字一句間違えず右隣のユネルが頬を膨らませてムスッと言う。

「ようやく懸念事項が消えたと褒めて欲しいところなんだが」

街での不審な視線や噂から解放される為の儀式に過ぎない挨拶が責められる理由になろうとは。

字面を見ても他人からは違和感無い従者の言葉。

実際、旅をしている最中、巫女が従者を連れていると勘違いされる場面は多かった。

それが今回は自分から上手く誤解させる事になっただけの話。

そう、それだけの話だ。

「それに女二人に男一人は明らかな劣性だと思わないか?」

「私、ガトウがこんなにヘタレだと思わなかった」

「賢者がこんなに冷たいなんてあたし知らなかった」

情けないモノを見る目。

不満げな乙女の瞳。

臥塔賢知は台風が出来そうな低気圧ど真ん中に巻き込まれている最中らしかった。

「人間、表裏的で仮面的。幾つも顔が在って当たり前だ」

「屁理屈!!」

「言い訳は男の子らしくないんだから!!」

斬って捨てられるのはしょうがない。

女性は理屈で納得するようにできていない、とは誰の言葉だっただろう。

男は理屈で負けたら従属して生きていく生き物だから、一生そういう女性の真理は解らないのかもしれない。

「分かった。了解した。もう十分だ。オレが悪かった」

白旗を上げて無条件降伏する以外に生き残る道は無さそうだと両手を上げた。

それからしばらくテオの案内で街を回る事になった。

テオの言葉に乗ったのはある種もう最初から決まっていた決定事項を受け入れたに過ぎない。

もしもテオが言い出さなかったら、こちらから言い出そうと思っていた事でもあった。

街の長が街へと通達するだろう言葉を裏付ける為の工作。

街を案内する度に挨拶されるテオとそれにくっ付いている怪しい二人の男女。

そんな絵面を街で定着させ、幾分か動きやすい状況を作る。

来てから数日で外からの来訪者にコミュニティーの警戒が解かれる事はない。

その警戒感を取り去り、仲良くする。

あわよくば何かが起こった時の迅速な行動の足しにする。

極めて現実的にそういった対処の下地が欲しかっただけで他意は無い。

無いが、ユネルは少しだけいつもより顔が硬かった。

(はぁ・・・)

左右には地の竜の巫女と水の竜の巫女。

両手をグイグイと引っ張られながらの鈍行。

テオが御菓子を貰いに左の店に行けば、ユネルは衣装を仕立てる右の店へ往く。

さぁ、どっち。

どっち。

どっち。

同じ事を五回も繰り返した頃、両腕は脱臼したかのように力が入らなくなっていた。

丁度、街の中心にある噴水の縁に座る。

客寄せパンダよろしく注目の的になっている三人に近づいてくるのはテオに挨拶しにくる者ばかり。

他の余計な二人に関して訊いてくる猛者は目の前にいた。

「巫女様を襲った奴がどうして一緒にいる」

血気盛んな若者。

上等な布地を使った衣装から上流階級に属する人間なのはまる解り。

傲慢さのようなものは見て取れない。

義憤に駆られているらしき好青年は何処かで見たような顔。

金髪に褐色の肌。

(確か牢屋から最後に出てった奴か?)

「どうしてお前が巫女様と一緒にいるのかと訊いてるんだッ」

凄まれたところで隣のテオに視線を向ける。

「・・・・・・」

自分で説明したら?

そんな視線を返されて、溜息は喉の奥に飲み込んだ。

「前日のお話は水の竜の巫女様をお救いする為のものだと巫女様自らご公言していると思っていましたが違うのですか?」

「そんなの信じられるか!? 何か巫女様にふ、不埒な事をして脅してるに決まってる!!」

顔を赤らめて不埒な事を想像したらしき青年にテオが半眼になったが青年は気付かない。

「僕は地の竜の巫女様。ユネル様の従者をしている者です。巫女様に不埒な事をするなんて恐れ多い」

「な、何が地の竜の巫女様だ!! お前等が怪しいって街の連中は皆知ってるんだぞ!?」

巫女の従者という権威にたじろぎながらも食って掛かってくる青年は親衛隊なのかもしれない。

「今日は水の竜の巫女様がお礼にとユネル様を街の散策へと連れ出してくれたのであって、貴方が考えているような不埒な事は一切ありません。もしも疑われるのなら街長様の方へ訊いて頂ければ」

「ぐッ?! だ、だが、今日の朝から巫女様を邸宅の者が探していたんだぞ!! お前が無理やり連れて行ったんだろう!!」

「いえ、水の竜の巫女様は他の竜の巫女が如何なる者なのか興味がお有りだったようで。ユネル様と交友を深めようと昨日の夜こちらにお来しになられた。それだけです」

「そ、そうなのですか巫女様!?」

半眼でやりとりを見つめていたテオが顔を背けて短く頷いた。

頷かれた事がショックだったのか、タジタジになった青年がよろめいて後ろに下がる。

数秒間、呆然としていた青年はこちらを見ると物凄く嫌そうな顔でプルプルと握った拳を震わせながら頭を下げた。

「す、すいませんでした。私の勘違いで、どうぞ巫女様と街の散策をお続けください。じゅ、従者・・・様・・・」

こちらに背中を向ける青年はキラキラと綺麗な何かを零しながら走り去っていく。

声は【う、う、うわああああああああああん】だった。

無言の圧力のようなものを感じて横を見ればユネルがジットリした視線で拗ねていた。

「ユネル様とか言っちゃうんだ。賢者・・・」

「良い言葉を教えてやる。こういうのは嘘も方便と言う」

「そうですね。賢者様」

「は?」

「これから何処に行きましょう。賢者様」

「おい」

「賢者様はこういうのがお好きなんですよね?」

ユネルにやり返されて子供かとツッコミそうになる。

「あっちに新手の甘味処が!?」

「ど、どこどこッ・・・て、そんなのにあたし引っかかったりしないんだから?! 賢者!!」

「あんなところに知らない食べ物屋が!?」

「そ、それってど・・・うぅうううう、意地悪!!」

膨らんだユネルの頬を突いた。

突かれたユネルがムスッとしながらも下を向いて赤くなる。

「ガトウ・・・」

振り向くと何故かテオも頬を膨らませていた。

「オレに今何を求めてるか百文字以内で言ってくれ」

嫌な汗が背中に滲んだ。

テオが頬を膨らますのを止めると、頬を赤くして何かを言おうと―――。

ガンガンガンガンガンガンガン。

「――――!?」

鐘がまるで狂ったように打ち鳴らされる。

【竜が出たぞぉおおおおおおおおおおお!!】

声が響いた時にはもうテオはその場から駆け出していた。

東の湊に下りていく階段から海の状況が見てとれた。

遥か遠方に数隻の艦影。

明らかに木製の船とは違う鈍い金属の輝き。

しかも、その船団はもう確実に湊へと侵入してきつつあった。

明らかにおかしい。

そんなに接近されるまで見つけられないはずがない。

何か不測の事態が発生したのは目に見えていた。

少しずつ近づいてくる艦船の姿が遠目にもハッキリと見え始める。

確認して思わず顔が叫んでいた。

「誰だッ!? あんなふざけた幽霊船造った奴はッ!!」

きっと現代の恋人達なら一度は乗ってみたい船にランクインするだろう船名は。

(タイタニック号!? こんなのまで出てくるのか!?)

巨大客船。

悲劇の船。

どれだけの恋人達がその船主でタイタニックごっこしたいと望んだか分からない。

「賢者。物凄く嫌そうな顔してどうしたの?」

立ち上がり走り出そうとして、何処へ行くか一瞬迷った。

「ユネル。南の丘に運んでくれ」

「う、うん」

首根っこを掴まれる。

景色が一瞬でコマ送りのように飛んだ。

気付いた時には家々の屋根を足掛かりにしたユネルの跳躍で空へと舞い上がっていた。

「砲撃で湊付近を狙い撃てるか?」

「たぶん大丈夫だと思う。でも」

「何だ?」

「こんなに近いと壊しちゃうかも・・・」

「まぁ、その辺は後でどうにかすればいい。とにかく砲撃のタイミングはオレが指示する。着いたら竜を展開してテオを見つけてくれ。テオの出方と行動を監視する」

滞空、屋根が近くなってくる。

「賢者。賢者はあの子の事をどう思ってる?」

「そういう事は――」

予想外にユネルの顔は静かに澄んでいた。

その奥に不安と決意と真剣さが透けて見える。

(こんな顔をさせるオレは男失格か)

自分の中にある言葉はすぐ形に成る。

「オレはテオを一度生き返らせた。もしもオレが何もしなければあいつはきっとそれ以上悩んで苦しむ事なく静かに逝けたはずだ。オレは自分がした事は後悔してない。だが、あいつの為にそれが本当に正しかったかは今も疑問に思ってる」

「そのまま死なせてた方が良かったって事?」

「命の選択ってのは本当に最後の最後に自分が自由にしていい唯一のものだ。自分の命の使い道を決められない不幸なんてオレの世界には五万と転がってる。いや、自分の命の使い道が有っても、オレみたいに迷ってばかりの連中だっている。だから、いつもそこにある命の選択は誰かの理屈であってはならない。当事者だけが決めるもの、そうオレは信じてる。だが・・・」

惚れている女に他の女の事を真剣に話す馬鹿は愛想を尽かされるぐらいには愚かだ。

愚か過ぎて言い訳は愚の骨頂だろう。

「オレはあいつに死んで欲しくない。あいつをまだ見ていたい。もうあいつが気に入ってる。だから、オレはオレの感情で、都合で、あいつに自分オレの意見を強要する。どんなに矛盾しても止めろと言われても、それは絶対に止められない。オレがオレである限り」

「賢者のそういう優しいところ・・・あたし好きだよ」

どうしていつも巫女はそんな事ばかり言うのか。

そんなものこの打算と妥協と計算ばかりの人間に一番似合わない。

これは自分が幸せにしたいと思う女にさえ、こんな自分だけは変えられないという傲慢な告白だ。

なのに、それでもユネル・カウンホータはそんな事を言う。

言っては臥塔賢知なんて大馬鹿者に少し寂しげに笑い掛ける。

本当に敵わない少女の偉大さに頭が下がる思いだった。

(そんな風に笑われたら、オレはどうやってお前に・・・)

目の前の自分に愛想を尽かしたなら少女は何倍も幸せになれる。

それが分かっているのに迷惑を掛け悩ませてばかりいる自分の小ささが身に染みた。

「オレは優しくなんてない」

クスクスと笑う少女は首を横に振る。

「あたし馬鹿だから難しい事は解らないけど。でも、一つだけ知ってる。賢者は――」

最後なのか。

特大の加速。

街の端にある家の屋根が完全にその跳躍の反動で吹き飛んだ。

「ッッ?!」

巻き起こる一陣の風音で最後の声は聞き取れなかった。

(賢者はそんな風にあたしの事を助けてくれたんだよ)



竜は湊の桟橋からもう目視出来る距離に入っていた。

(もう位置を誤魔化せない!? どうしたらッ!!)

街の避難は進んでいる。

誰ももう東の湊近くにはいない。

だから、人の被害は無い。

けれど、それでは巫女のいる意味が無かった。

巫女の役目は人を守る事。

しかし、水の竜の巫女だけは人以上に人が生活する湊そのものを守らなければならない。

避難が比較的に早く、水の竜が内陸に入ってこられない以上、それは当然のように水の竜の巫女に課される使命に他ならず、それが出来ない巫女は居ないも同然だからだ。

「これじゃ、竜も出せない」

もう距離はそう残っていない。

このままいけば桟橋を始めとして湊のほぼ全ての施設が押し寄せる竜の餌食になる。

それを黙って見ている事も、自分の竜を使って対応する事も出来なかった。

テオ・アルン・フェーダ・トーメルテムが扱う竜は巨大だと誰だって知っている。

呼び出す為の空間すらもう迫ってくる野良竜との間には存在しなかった。

そんな状況で呼び出しても被害を大きくするだけだった。

(『水閉』で追い出すしか・・・)

やれるかどうかは分からない。

無理ならば死ぬだけだ。

死のうという願いが、ただ叶うだけだ。

ほんの少しの名誉、街を守って死ねるという、それだけの話だ。

後ろには誰も居ない。

自分を助けくれた少年はいない。

(ガトウ。ごめん・・・)

何も考えている暇は無かった。

考えれば膝が震える。

蹲って泣きたくなる。

だから、何も考えずに力を使った。

「導け『水閉』!!!」

桟橋の上から思い切り、水に手を突き込む。

後の事など何も考えないで、全てを一撃に込めた。

力が抜け気が遠くなる最中、見えたのは水の壁が竜へと向かっていくところまでだった。



巫女様の事なら小さな頃から知っている。

何が好きで何が嫌いか。

服の寸法から時折の仕草の一つ一つまで。

きっと、街の連中はそれぞれに巫女様を知っている。

自分だけの巫女様を。

そんな中、若い連中だけで作ったのが親衛隊だった。

前代の巫女様が自らの役目を全うしたのは二年前。

それ以来、巫女様から表情が消えた。

取り繕う事もある。

表面だけの笑顔を浮かべる事も。

けれども、決して本当の感情は表に出さない。

それも当然。

前代の巫女様が消えてから街の意思として新たな巫女の誘致が決まった。

そして、巫女様の追放も。

街で誰に訊こうと問題にしようとする者はいない。

もう誰もが巫女様すらその決定を受け入れていた。

期日を伝えにいった時の事を忘れられない。

ほんの少しの悲しそうな笑みで「そうですか」と。

たったそれだけしか言わなかった。

手を尽くして新しく住まう場所を探し、その場所での生活を手配し終えたのは最近。

それで全てが終わる。

誰もが不憫に思いながらも、竜を完全に退けられる巫女が来る事を望んでいた。

誰も『出て行かなくていい。此処に居てくれ』なんて言い出しはしなかった。

家族を、仲間を、愛する人を、巫女様と天秤に掛けた。

街は巫女様に沈黙した。

巫女様が本当に言って欲しいはずの一言を誰も掛けはしなかった。

(なのにあいつは・・・)

巫女様を襲ったと勘違いされた自分とそう変わらない年齢の男。

そんな怪しい男と一緒にいる巫女様は笑ってこそいなかったが、それでも表情はとても変化に富んでいて昔のようだった。

(オレ達じゃ巫女様に何もしてやれないのか)

事情を知っている人間は夜にどうして巫女様が桟橋にいたのかもう気付いている。

海水に浸かった服を処分しても、噂はすぐに広まった。

皆薄々皆感付いていた。

巫女様が命を自ら断とうとしたのだと。

襲われたのではなくて助けられた。

そう言ったのは巫女様に外ならない。

(なのにオレは、オレ達は・・・)

そう理解してすら、誰も巫女様を引き止めようとしない。

巫女が誰とも知らない男に心を許している光景。

本来普通の街なら誰かから文句の一つも付くだろう。

しかし、そうならないのは巫女様に罪悪感を持って見ているから、資格なんて無いと知っているからだ。

「巫女様ッ」

そのまま高台で待っている事は出来なかった。

走り出す。

誰もいない階段を駆け下り、曲がりくねった道をゆく。

やがて、桟橋が見えてくる。

水が桟橋の付近で立ち上がった。

まるで壁の如き水が目前まで迫っていた水の竜達を津波のように浚って沖へと押し戻していく。

刹那。

南の丘の方から眩い輝きが上がった。

閃光。

水の壁の先へと降り注いだ光が爆発して巨大な水柱を上げた。

その余波は水の壁をまるで切裂くように吹き払い消滅させる。

「巫女様!!」

桟橋の先端で倒れている誰かなんて一人しかいない。

竜が倒されたかよりも巫女様の容態の方が気に掛った。

「大丈夫ですか!!?」

息を確認して、急いでその場を後にした。



南の丘。

石碑の背後。

ビルの如き構造物が街を睥睨するように佇む。

構造物の前方。

巨大な円筒形の砲身が砲撃の反動で僅かに揺れている。

ドーラ列車砲。

旧ドイツ軍最強の戦略兵器。

それがユネル・カウンホータの扱う竜だ。

前部甲板上でいつも通り呑気に腰を下ろしながら、傍らで遠方を見つめているユネルを見上げる

こんな近距離でドーラ列車砲の威力を抑えて精密射撃してのけた。

腕前は確実に出会った頃よりも上がっている。

「テオはどうなった?」

「あ、男の人が助けてくれてる」

「大丈夫そうか?」

「うん」

「なら、しばらくは此処で待機だ。いきなり竜が現れないか少し見守る。いいか?」

「うん」

あまり見つめているのも気が引けてユネルに幾つか質問して時間を潰す事にした。

「ユネル。一つ訊きたい事がある」

「?」

「お前から見てテオの巫女としての力はどうだ?」

「あの子の?」

「街の連中の話なんかを総合するとテオは巫女として未熟だって話だ。だが、あの巨大な竜を沖合まで流す津波を見たら話自体が疑わしい」

「えっと」

少し悩むように瞳を閉じたユネルが数秒して瞳を開けて語り出す。

「あの子、巫女としては凄く完成されてると思う」

「巫女としては?」

「うん。普通の巫女は竜の力を自分だけで使ったりするのは凄く消耗が激しいはずだから。普通、あれぐらいの力を引き出したりしたら・・・その・・・」

「死んでいてもおかしくない?」

コクンとユネルが頷く。

「でも、あの子はあれだけの大きさの竜を自分の竜も出さずに遠ざけた。それって、あたしには無理だから」

「お前にも?」

「オババはあたしが自分の竜そのものを使う事は凄く上手いって褒めてくれるけど、竜の能力を使うのは大雑把で融通も利かないから零点だって」

罰の悪そうな顔でユネルが告白する。

「お前の話からするとテオは巫女としては優秀な部類って事になるのか」

「うん。ただ、その・・・巫女としては凄いけど力にむらがあるって言うか」

「斑? その話詳しく聞かせてくれ」

「うん。それってつまり―――――――」

しばらくの間、少女と話、その口から語れる事実に溜息を付いた。



『後は解熱剤が効けば熱も数日で引くでしょう』

『ありがとうございます先生。巫女様がお風邪をお召しになられるのは数年ぶりなものでどうしたらいいか分からなくなってしまって』

『基本的に巫女様も我々と同じように看病すればよろしいかと。体の作りが違うわけでもないですから。それでは』

『玄関までお送りします』

ドア越しに聞こえてきた声を雲の上に寝転んでいるような心地で聞いていた。

病名『風邪』。

一気に巫女の力を使って体力が下がったところで海水を被り体を冷たくしてしまったのがいけないらしかった。

(・・・・・・)

二日前、目を覚ますといつもの寝台の上で寝ていた。

倒れていたのを街の人間に助けられたとの話しだった。

起き上がろうとして倒れ、熱が出ている事が知れるとすぐに寝台に押し戻され外出の一つも無理になった。

家の誰もが労いの言葉を掛けてくれる。

御見舞に大勢の人が来ては「お眠りください」と足早に部屋に贈り物を置いては出ていく、

そうして一人でずっと天井を見ている事しかやる事が無くなった。

竜の力は体力を削り危険だからと使うのを禁止され、街の様子を見る事は叶わない。

寝台の横に置かれた小さな鐘を鳴らすとすぐ誰か来るが用事が終わればいつの間にかいなくなる。

何もせず天井を見上げて、眠くなったら寝る。

そんな生活は退屈で窮屈だった。

(ガトウ大丈夫かな)

今が朝なのか昼なのか夜なのかすら曖昧になる頭でぼんやりと思う。

誰もいない天井から少し視線を逸らせると窓の外は月が出て暗くなっていた。

(私、本当に竜を退けられたの?)

家の誰かに聞いたが答は返ってこなかった。

何か理由を付けてはいなくなったり、誤魔化されたりした。

(あの子なの?)

家の誰の顔にも書いてあった。

話したくない。

今の風邪を引いている巫女様に知られてはいけない。

また、死のうとするかもしれない。

「・・・・・・」

嫌になるくらい誰かの心が見えた。

今まで目を逸らしていた嫌なものを真っ直ぐに見てしまった。

誰も悪意なんてない。

けれども『こんな小娘』と大切なものを秤に掛ければ重いのはどっちかなんて明白なだけだ。

それは当然で、当然過ぎて、怒るなんてお門違いだ。

悪いのはどう見ても未熟な自分なのだから。

「ぅ・・・ぅう・・・く・・・ん・・・う・・・」

辛かった。

死なずに生きようとするからこそ辛かった。

死のうとした時は心の何処かで死ねば何も感じなくていいのだと空っぽな気分で思っていた。

けれど、そうやって何もかも投げ出した自分は生きている。

生きれば生きる程に見たくないものばかりが目に付いた。

それでも死ねない。

(私の命はガトウが命掛けで救ってくれたものだから)

空っぽになっていた胸に吹きこまれた熱さを忘れない。

その熱さが今も自分が誰かの命によって繋がれているのだと教えてくれるから、だから辛くても死ねない。

「ガトウ・・・」

傍にいて欲しかった。

一人は寂しくて、辛くて、潰れてしまいそうで。

「呼んだか?」

「――――?!」

窓が開く音がして、そこに彼はいた。

彼はそっと中に入ってくるとこっちを見て呆れた様子になる。

「泣いてるのか?」

「ち、違!?」

彼が服の袖でまだ熱い目頭や頬を拭ってくれる。

「ぅ」

されるがままになってしまう。

「どうして此処に来たの?」

何とかそう言った。

「普通ここは【お見舞いに来たの?】とか訊く場面だな」

「そ、そんなの屁理屈! だって、それ以外にも来る理由とか・・・あるかもしれない・・・」

「どんな?」

訊かれて、頭が真っ白になった。

今の自分は普通じゃないと悶死しそうになる。

恥ずかしい事ばかりが頭に浮かんでいた。

あんな理由もこんな理由も自分で考えたのか疑いたくなるような破廉恥なものばかりだった。

「あ・・・う・・・」

「女の部屋へ押し掛ける理由なんて基本的にオレはない。夜這いに来たのでもなければ遊びに来たわけでもない。友好を深めに来たと言えば聞こえはいいが、オレはお前が心配で見舞いに来ただけだ」

「―――――」

今度こそ何も言えなくなった。

夜這いとか遊びに来たとか。

普段の自分なら恥ずかしくて頬を叩いたかもしれない。

「心配だった?」

「逆に訊くがオレがお前以外の誰を心配して此処に来る?」

「そう・・・」

辛かったはずなのにもう何が苦しかったのか思い出せない。

ぼんやりとした自分の頭のおめでたい部分が疎ましくなる。

悩んでいたのが泣いていたのが嘘みたいに思える。

そんな風に思わせてくれている目の前に人に今なら素直に感謝出来る気がした。

「ガトウ」

真っ直ぐに言えるか不安になりながら彼の服の袖を少しだけ摘まむ。

「ありがとう」

彼がそっと手の甲で首筋を触って熱を測る。

手は少しひんやりして冷たく気持ち良かった。

「そういうのは言わぬが花だ。ほら、見舞」

彼が衣装の袖から何か取り出すと唇に押しつけた。

甘い匂いに口を開く。

それは小さな飴玉だった。

「そろそろ帰る。それじゃあな」

思わず手を出そうとして――あの子が――思い浮かんだ。

ガトウを好きだと言うあの子。

ガトウもあの子を好きだと言う。

「―――――」

手が出せなかった。

命を貰って、想いも貰って、それでそれ以上を欲しがる自分は強欲な守銭奴のようだった。

風邪を引いてぼんやりしているから手を出していいなんて思えなかった。

欲しくて欲しくて、だから、手なんて出せない。

言い訳してまで手なんて出せない。

そんな卑怯な人間は巫女であってはいけない。

正々堂々と自分の心を偽らず、それがあの人が教えてくれた事だった。

「もう少し居ればいい」

未練がましい願いが胸に痛くて。

それすら与えてくれているのは目の前の人なのだと、熱い頭の中で考えが蕩けていく。

「長居する気はない。名誉の負傷。いや、病床なんだから真面目に寝ておけ」

「うん」

「風邪が治ったら今度は玄関から来る。窓は閉めてていい」

彼は冗談めかして言うと一度だけ振り返ってから窓の外へと飛び降りた。

窓の下からあの子の声がした。

あの子は慌てていた。

【け、賢者!? あんな所から飛び降りちゃダメなんだから!!】

【お前が受け止めてくれるとオレは直感した。阿吽の呼吸だな】

【む、難しい事言ったって誤魔化されないんもん!!】

【あんまり盗み聞きは薦められないな】

【そ、それとこれとは、ハッ?! 賢者の罠!?】

【まぁ、いいが】

【賢者が悪いんだからぁあああああああ!!?】

声はすぐに遠ざかっていく。

(ガトウ、本当にあの子の事、好きなんだ)

ふざけた話のやり取りは素気ないものでも、声には心からの信頼が滲んでいた。

「・・・・・・」

眠れたのは結局のところ明け方になってからだった。



二百年前、水の巫女が未だ少なかった頃。

湊に一人の巫女がやってきた。

彼女は古から続く巫女の系譜に連なる者だった。

彼女はバルトメイラにおいて大巫女と称される者の一人。

その力は竜の群れと一昼夜戦い抜いたとしても衰えず。

必ず明け方まで生き残った事から彼女は『東天の巫女』そう呼ばれていた。

巫女は生涯を特定の土地で終える。

しかし、彼女はその定めを捨て、自らの目で守護するべき地を求める流離の身であった。

そうして旅の果てで歩き巫女と呼ばれた彼女は遂に自らの守護すべき地を見つける。

「それがこのアランデトラなんです」

街長の邸宅の居間で小さな床机に腰掛けて、街長の長女(キラキラした瞳で見つめてくる)の話を聞いていた。

「そうして【東天の巫女】様に連なる系譜はその後もこの地を守護し続け、今代の巫女様がテオ様なのです」

「お話ありがとうございました。大変勉強になります。何分この地域の巫女様の事には疎いもので。それにしても街長としてのお役目がある日に押し掛けてしまって、すいません」

「い、いえいえ!? とんでもない!! 父様は追いだ――ごほんごほん。この頃お仕事を貯めていたようなので、長女として私が従者様のお相手をするのは当然の事です」

テオの邸宅にこっそり見舞に行ってから二日程。

街長にこの街の巫女に付いて訊くはずだった日程は狂っていた。

引き止められるのにも限度がある。

街長に仕事があるので詳しい話は長女に訊いて欲しいと(何故か青い顔で)言われて話に付き合って数時間。

昼食を取ろうと早めに腰を上げた時には(もう料理が出されていて)手遅れだった。

年頃の少女の話は長い、長過ぎる。

「それでですね」

完全に耳から素通りしている声の中から有用な情報を取り出せば、それなりに収穫はあった。

テオがこの街ではもう潜在的にアウェーな立場にいるのは事実だった。

街の大半の声はテオがいなくなる事よりも新たな巫女の到着を待っている。

巫女は竜を倒し人を救う事を生業とする。

それが不完全な巫女をいつまでも置いておく事は街として許容不可能な事らしかった。

「街の甘味屋が西の方から新しい材料を仕入れて面白いお菓子を――」

テオの生活を保障する事は街全体の総意として既に決まっている事で詳しく聞けば聞く程覆せる要素は皆無。

実際、街が新たな巫女の事もあり、テオが巫女として竜を退ける仕事を全うできるようになったとしても事態は変わらない。

それはもう確定事項として扱われている。

テオが追い出される事は外部からの干渉では変わらないだろう。

残るという手段を諦めるのは選択枝の一つが潰れるという事を意味する。

最悪なのはテオ自身が心から納得して街を出ていくのではないという事。

追い出される意味合いで納得した場合と、自分から決別する意味合いで納得するのは違う。

後者ならば人間気の持ちようと慰撫する事も明日へ目を向けさせる事も容易い。

前者ならば一生その気持ちは負い目や引け目、後悔、あらゆる負の感情として残る。

そうかそうか良かった良かったはいそれじゃあさようなら、とはいかない。

「ああ、そろそろお暇しなければ。すいません。巫女様との待ち合わせの時間がありますので、私はこれで」

「そうなんですか! では、玄関までお送りします!! その! もしもまた解らない事があったらお話しますので。あの、またお越しください!」

「その時はまた」

にこやかに頭を下げて家を出た。

角を幾つか曲がってからやっと顔を崩して気を抜けた。

「はぁ・・・」

人との接触に気疲れしているのは間違いなかった。

自分が器質的に人見知りなのは知っている。

自分が浮世離れしているのも知っている。

現実では人とあまり接触せず生活してきた。

人の善意も悪意も俯瞰する位置で見つめていた。

いつも心の何処かで感情ではなく理性で思考してきた。

今もそれは変わらない。

しかし、感情で物事を考えるようにもなった。

たぶん、今の状態は経験してこなかった人との関わりを持て余している。

そういう事なのだ。

それがプラスの感情だろうとマイナスの感情だろうと感じた事の無かったものを感じるというのはそれだけで相当に負担なのは間違いない。

「行くか」

まだ立ち止まるべきではない。

そう頭の片隅が囁く。

階段を下り湊に向かった。

それから数時間後。

遠く水平線の先からは幾つかの船が見える。

桟橋から眺める海は穏やかなものだった。

日が傾いた頃には湊のあちこちでの聞き込みを終えていた。

あの不意の襲撃事件に関連していそうな事は四つ。

灯台では竜が街の近くに至るまで見つけられなかった。

竜の出現は不定期にも関わらず近頃は増加していた。

それと合わせて海洋上の竜の出現位置が街に近くなった。

見慣れぬ魚が網に掛り漁師達は困惑している。

(現実なら異常気象か地球温暖化のせいだと言いたいところだがファンタジーならこれは前兆もいいところか)

何かが起ころうとしているのは間違いない。

竜の狂乱。

あるいは海の劇的な変化。

どちらにしても湊一つ滅ぼすのは簡単だ。

夢の中に出てきた津波にしても自然災害なのか怪しい。

誰かの恣意が感じられてならない。

まるで物語を創作する為には必要と言わんばかりの不幸は怪しさ満載。

ロマンと涙の呼び水にも見える。

もしも誰かの意思が働いているとするならば、それは誰の意思なのか。

そして、何故こんな事をするのか。

あるいはこんな事が可能のか。

答は安易には出ない。

しかし、複数のストーリーラインは頭の中にある。

SFから学園物から異世界物から頭の中には無数の物語がある。

フラグ、伏線、展開上の流れ、お約束。

導かれる物語には必ず何らかの記号が埋め込まれている。

その全てに自らを組み込みながら、次のイベントは予測出来る。

前兆に対して打てる手は結局のところ事前準備と対処療法。

人物の内心一つで未来への選択肢が広がりもすれば狭まりもする。

重要なのは誰の視点においてもベターなエンディングを目指す事。

得てしてベストエンドは誰かの犠牲の上に為る事も多い。

そんなものは認められない。

この頃色ボケている巫女と戯れる日々を守る為にも。

この世界がどんなものであれ、この物語が誰の物語であれ、あの少女に哀しい顔よりは笑顔でいて欲しい。

自分の幸せに浸る為、誰かを救う。

とても物語の主人公にはなれない思考。

だが、それこそが、この誰かが創る脚本に刃向う唯一の手段。

バルトメイラに自分が呼ばれた理由。

そう思えてならなかった。

「・・・・・・?」

空を見上げると南の丘から一条の光芒が放たれる。

テオが回復するまでの間、竜からの守護を街から頼まれ『う~~~』と口を尖らせた顔が脳裏に浮かんだ。

頼みが不満だったわけではない。

やる事があるからと帯同を断ったのが頬を膨らませた主な理由だ。

「ユネル。頼むぞ」

再び一条の光芒が遥か東に飛んでいく。

数十キロ先の竜が何をする暇もなく消え去るのがまた確定した。

感想は随時受け付けています。連載中のSFノベルGIOGAMEもよろしくお願いします。

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