鏡の話
今回は鏡にまつわる話だ。
私は小さなアマチュア劇団に所属している。これはその稽古場であった座長の家での話だ。
座長の家には20畳ほどの多少広めの部屋があり、私たちはそこを稽古場として使わせてもらっていた。この部屋には2メートル四方程度の大きな姿見が壁にかけられているのだが、座長が言うにはなにやら曰くつきの鏡らしい。
曰く、いないはずの人影が映る。
曰く、きれいに磨いても翌日には誰のものとも知れない手形がたくさんついている。
などとまぁ、よくある怪談話のようなことを聞いたわけだ。
あまりにもありがちな話ではあったが、座長は霊媒体質と言うのか誘因体質と言うのか、その手のものによく遭遇していることは私たちもよく知っていたので、では試してみよう!ということになった。
公演の前日だったのだが、わざわざクリーナーまで用意してピカピカに磨き上げ、備え付けのカーテンも閉め、その部屋に布団を敷いて泊まることとなった。
夜中の2時過ぎ頃にやっと全員が眠り、翌日の早朝4時だか5時だかには起床していた。(公演会場までの移動のために早くに起きなければならなかったのだ。)
全員の用意ができたところで、件の鏡を確認してみたところ、下側3分の1ほどが、手形でびっしりと覆われていた。
最初はみんな団員の誰かのイタズラだと思ったのだが、誰のものとも大きさが合わない。明らかにサイズが小さいのだ。
ゾッと背筋が寒くなったが、移動しなければ間に合わない時間になり、後ろ髪をひかれながらも私たちは会場入りした。
公演も終わり、置いて行った荷物を取りにあの部屋に戻ってきたが、鏡はやはり手形で濁っていた。
後に座長から近隣の土地一帯が曰くつきだったらしいと聞いたが、詳しいことは忘れてしまった。諸般の事情で座長一家が引っ越すこととなり、もう一度聞くのはいささかはばかられるのだ。ああ、もちろん引っ越しの理由は霊障がどうとかいうことではないらしい。
引っ越すに際し、土地を売りに出して、家屋の方は取り壊したらしく、鏡も処分してしまったそうだ。
売りに出したのか、粗大ゴミとしてだしたのかは聞くのを忘れたので、不明のままだ。
だからその後のあの鏡の行方を、私は知らないままでいる。
もしかしたら、案外近くにあったりするのかもしれない…。