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1度目の春

作者: ニャン

知ってる?


メガネってね、世界が少しだけ小さく見えるの。


目とレンズって、少しだけ離れてる。

その少しの距離が、世界を小さく、遠くしてしまうんだ。



あたしは小学校の低学年からずっとメガネだった。

なんでこんなに目を悪くしたんだろうって、

実は考える必要なんてなくて、

ずっと絵を描いてた。絵を描いて、お母さんに見せて、お父さんに見せて、

「うまいねー」って褒められるのが大好きだった。


ずっと目を画用紙に近づけて描いてたんだから、ピントがずれても仕方ないよね。

というわけで、あたしはずっとメガネをかけてきました。


小学校のクラスで一番にメガネをかけ始めたのもあたしだった。

みんな興味津々で、いじわるな男子に取られてよく泣いた。

もともとアウトドアなタイプじゃないあたしは、

そんなこともあって益々インドアな娘に成長していった。


中学に上がったときだって、あたしは隣の男子の顔をまともに見ることすらできなかった。

要するに、容姿に全く自信が無かったのだ。

自分から話しかけるなんてとんでもない。

女の子に話しかけるのも躊躇った。

いつからかは知らないけど、とっても人見知りなの。


それでも絵を描くことはずっと好きだったから、

あたしは美術部に入部した。

そこで初めて「先輩」って存在と、

「恋」っていう感情を知った。

先輩と恋が真っ直ぐな糸で繋がってるんじゃなくて、

先輩は女の子で、その先輩とよくおしゃべりする同じ学年の男の子が好きだった。

その二人のやり取りを見てるのが楽しくって、

でも楽しそうにしてる男の子を見ると胸が苦しくって。

先輩が卒業したときは、寂しかったけど、

心のどこかで、「これで男の子に近づける」

って喜んでる自分がいて。


それがすごく嫌になって、いつからか部活動には行かなくなった。

行けなくなった。


その男子とも話すことも当然無くなって、

授業中だってみんなおしゃべりしてるけど、

あたしは一人ぼっちだった。

世界がもっとずっと遠くになったような気持ちでいっぱいで。


受験だって、特に自分の意思を示したわけでもなく、

担任の言うがままに高校を選んで、

なぜか受かってしまった。

その男の子がどこの高校に行ったかは知らないまま。


中学も三年となると、周りの女の子はどんどんオシャレに気を使ってるみたいで、

同じ女のあたしが見てもどんどん可愛くなってく娘もいたりして。

「コンタクトいいよー!世界が違うね!」

って豪語してる娘を見たとき、あたしはメガネの縁に触れていた。


あたしだって思春期の女の子だもん。

インドアで友達もいなくて根暗って思われてて。

それでも女の子だから。


高校入学に合わせて、コンタクトすることにした。

お母さんにコンタクトしたいって言ったとき、どんなリアクションされたと思う?

「今更何言ってんの。あんたはメガネしてるからあんたなんでしょ?」

なんて真顔で言われた。

これにカチンと来たあたしは、少ないけどコツコツためたお金を持って眼科に行った。


初めて目にレンズを入れるときは怖かったし、

何回も何回も失敗した。

でも両方の目に入ったとき。

世界が違う。


なんて思うことはなくて。

ただ寝起きのあたしがいるようにしか思えなかった。

なんか髪がボサボサだな。

そう思って美容室にも行って思いっきり短くした。



今日。

高校の入学式。

新しい制服を着て。

カバンも新しくて。

メガネもしてなくて。


でもあたしの中身はちっとも変ってない。

笑われたらやだな、とかそんなことしか考えられない。


入学式

と大々的に書かれてある看板の横を通り校門を抜け、

「よう」

あたしは声をかけられた。

声の主は誰か。

そんなことはわかってる。

あの男の子だ。

いきなりのことで頭が回んなくて、

でも体は勝手に動いて、

あたしは振り向いた。


はじめ男の子は目を見開いて、

きっとあたしがメガネをしてないことに

驚いたんだろう。

「…コンタクトにしたんだ」

「…うん」

「髪も切ったんだな」

「うん」

やばい。何も言えない。

目も合わせられないよ。

でもそんなあたしの気持ちなんてわかってないんだろう。

男の子は次にこう言ったんだ。

「…可愛いな」

「うぇ!?」

あたしは思わず男の子の顔を見た。

一瞬目が合って、

男の子は顏を真っ赤にして目を逸らした。

「…あ」

あたしも一気に恥ずかしくなってきた。

今何て言われた!?

可愛い!?

可愛い!?


「じゃ、また三年間よろしくな!」

そういって男の子は小走りで玄関の方に向かっていった。


あたしはまだドキドキが収まらなくて、

その場に突っ立ったまま。


顏がものすごくにやけてるのがわかる。

玄関前には人だかり。

きっとみんな新入生で、自分のクラスを探してるんだろう。

その人だかりのなかには、あの男の子も。


あたしも、行こう。





知ってる?


メガネってね、世界が少しだけ小さく見えるの。


目とレンズって、少しだけ離れてる。

その少しの距離が、世界を小さく、遠くしてしまうんだ。


でもね。

コンタクトにして。


この春。


世界が、少しだけ、でも大きく、近づいたような気がしたんだ。


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