「電話先」
都会から孤立した一軒家に二人の兄弟が住んでいた。
兄のジェームスは建設業で働く23歳、18歳の弟アルフレッドは高校を中退して現在は印刷所でアルバイトをしている。
9月9日に兄のジェームスが何者かに誘拐される。
警察の捜索も進展がないまま3日が経った。
9月12日
PM16:35
暗雲が街を包み、兄弟の家の窓からも不気味な雲がアルフレッドを見下ろしていた。
トゥルルル
トゥルルル
……ガチャ
「もしもし」
『アルフレッドだね?』
それは男の声だった。
機械で声を変えているわけでもなく、かなり若い声である。
「あんた誰だ?」
『トムという者だ、君の家に警察がしつこく居たんで挨拶が遅れてしまったよ……すまない』
警察はジェームスを誘拐した犯人が身代金の要求をしてくると思い、兄弟の家に毎日出入りしていたのだが、さきほど
「日を改めて伺います」
と言って署へ戻って行った。
逆探知だの何だのと言っていたが役にたたない連中である。
「兄貴を誘拐したヤツか? 金の要求か?」
『金には興味はない……興味があるのは誘拐というゲームだよ』
「ゲーム?」
『そう、ゲームだ』
ゲーム感覚でジェームスを誘拐、イカれた男トム。
「金の要求じゃないなら何が望みだ?」
『実は忘れ物をしたんだ……その家にある』
アルフレッドは受話器を持ったまま辺りを見回した。
「なんだ? それは?」
『君だよアルフレッド』
トムは電話越しに囁いた。
「……俺だと?」
ガタガタガタ
突風が兄弟の家の窓に激しく接触した、大きく息を弾ませてアルフレッドが受話器を落としてしまった。
ゴトン!
落とした受話器からトムが言った。
『アルフレッド、いつでも君を見ているんだよ』
アルフレッドは再び部屋を見回してから窓を開ける。
外には一本の道路。電柱。犬と散歩をするブロンドの女性。
カメラが部屋のどこかにあるのではないかとアルフレッドはリビングだけではなく、キッチンやトイレ……ありとあらゆる場所を探した。
息を荒くしたアルフレッドは再びリビングに戻り、落とした受話器を拾い上げてトムに言った。
「冗談はよせよ」
『冗談だと思うなら、何故そんな必死になってカメラを探したんだ? 君が受話器を落としてから約2分間ヒマだったよ』
アルフレッドの脳裏では犯人の可能性があるのは何度も家を訪れた警察官なのではないかということだ。
「忘れ‘者’の俺を奪いにくるのか?」
『奪う? 違うな、取りに戻るだけだ』
「いつだ?」
『……いつかな?』
受話器を持つ手を震わせながらアルフレッドは一度、ジェームス誘拐の日のことを振り返えることにした。
9月9日の朝は肌寒い日だった。
仕事が忙しくて休みをとれなかったジェームスが初めて仮病をつかって休んだのだ。
ソファーに寝ころび滅多に見れない朝のニュース番組をスナック菓子を食べながらジェームスは見ていた。
「アルフレッド……仕事には慣れたか?」
「チョロいね……給料も前借りしてくれるし」
タバコを吸いながらアルフレッドは言った。
ジェームスはテレビを消して立ち上がり、冷蔵庫からコーラを取り出す。
「アルフレッド……ほどほどにしろよタバコ」
「麻薬やってる兄貴にいわれたくないよ」
コーラを片手にガレージに向かうジェームス、ズボンのポケットから車のカギを取り出して車に乗り込んだ。
「どこに行くだよ兄貴?」
「デートだよ」
ジェームスが言うデートとは女性との約束ではなく、仲間と一緒に車上荒らしに行くこと。
それがジェームスのもう一つの仕事だった。
……その夜にジェームスは消えた。
兄弟の家から3キロ離れた山の麓にジェームスの車が放置されていた。
車内にある金品などはそのままに、ジェームスの姿だけがなかった。
……ピンポーン
『お客さんだよ』
誰だ?
もしかしてトムが玄関前まで来たのか?
『出なよ、さっきまで居た警察官が戻ってきたんだ』
アルフレッドは少し疑ったが受話器をその場に置いて玄関へ向かった。
念のためにチェーンを掛けてからドアを開ける。
ガチャ
「どーしたんですか?」
「すみません‘忘れ物’をしてしまいまして」
アルフレッドは一瞬ドキッとしたが、警察官がチェーンの掛かったドアの隙間から、靴箱の上に置いてある無線機を指差した。
アルフレッドは無線機を手に取り隙間から警察官に渡す。
「失礼しました……では」
「ご、ご苦労様です」
アルフレッドはホッとしてリビングに戻り受話器を取った。
ツーツー
「……?」
9月12日
PM20:03
トゥルルル
……ガチャ
『やぁアルファベット』
「トムか? どーして電話を切ったんだ?」
『警戒さ、これはゲームだからな……君は私に殺されたらゲームオーバー、私は警察に捕まったらゲームオーバーだからな慎重にいかないと面白くないだろ?』
アルフレッドは思った。
トムが俺を監視しているなら別に電話を切る必要はない、警官は家に入らずにすぐに帰った。
トムは頭が良いわけではない、むしろ逆だ。
たいして考えているわけでもなく、まるで犯人ごっこをしているかのように楽しんでいるだけだ。
なら犯人は誰だ? それがわからない。
俺や兄貴のことを調べて本当の犯人より先に電話をしてきたのか?
いや……考えすぎか? なにか電話を切らないといけない事情でもあったのかもしれない。
事情とはなんだ? まさか兄を殺したのでは?
それも違う気がする、トムは殺しではなく誘拐ゲームと言った、なら俺を誘拐しない限り兄貴を殺すとは考えられない。
トムにとっては俺を誘拐しないとゲームクリアにはならない、少なくとも兄貴は生きてるのは間違いなさそうだな。
『黙るなよ、どーせ私のことを考えているんだろ? トムは犯人じゃないかもしれないと……』
アルフレッドは驚いた。
「何故そう思う?」
『あまりにも私の行動が不自然だからだ、いきなり電話を切ったからな』
「なら理由があるのか?」
『単純だ……電話を一度切れば君が驚く、そして再び私が電話をするまでの間は恐怖を感じてたハズだ
「もしかしたら今からトムが家に来るかもしれない?」
とな、どーだ? 警察に電話して助けでも呼んだか?』
「いや、呼んではいないが何故聞く? 逆探知が怖いのか?」
『はっはっはっ、逆探知をしても無駄だ、私は決して警察には捕まらないよ』
「自信があるようだな」
『あるさ、私は幽霊だからな』
「どーいうことだ? 幽霊のように姿を隠せるとでも言うのかよ? それを言うなら透明人間だろ?」
トムの沈黙が続く、家の窓際に羽ばたく蛾の羽音すら聞こえるくらいに部屋中は静かだ。
アルフレッドとトムの間を繋ぐ電話線も虚しさを感じる。
しばらくしてトムの声がアルフレッドの耳に流れ込む。
『残念だ、君は恐怖を感じてはいない……むしろ私に立ち向かおうという感じだ』
トムの言うことは正しかった、易々誘拐されてたまるか! とアルフレッドは思っていた。
「だったらなんだ?」
『何もしない、私の負けだ』
「負け? 何故だ?」
『君の心には光がある、私には眩しすぎる……君を誘拐するのは諦めた』
「なら兄貴を返してくれ!」
『それはできない』
「どーして?」
『それは警察次第で明日にでもわかるさ』
「何!?」
……ブッ
ツーツーツー
トムは電話を切った。
この日、アルフレッドは一睡もできなかった。
9月13日
AM10:03
……ピンポーン
……ガチャ
「失礼しますアルフレッドさん、捜査官のカールです」
玄関ドアの幅くらいに太った黒人の男が兄弟の家を訪れて来た。
「なんです?」
まさか兄貴が見つかったのか?
アルフレッドは思った。
「残念な報告ですが、あなたの兄ジェームスさんは誘拐された9月9日の夜、すでに殺されていました」
アルフレッドはその場に座り込み眼から涙が溢れた。
「じゃあトムは?」
「トム? 犯人はスーザンという名の女性ですが」
犯人は女性!?
犯人が女性というのは驚きだが、やはり犯人はトムではなかった。
「その女性は? スーザンは捕まえたんですか?」
「いえ、スーザンは翌日の10日に自殺しています」
アルフレッドは驚いた。
額から汗を流し、頭の中がパニックになった。
昨日の男、トムとは何者だ?
「ベッドに縛られていたジェームスの体からは大量の痣、スーザンに暴行をうけたのでしょう……そしてスーザンはベッドの脇に座り銃で額を撃って自殺、ジェームスの頭部からも同じ銃の弾が検出されました、おかげで誘拐方法はわかりませんけどね」
「スーザンが兄貴を誘拐したことは……」
「はい、間違いありませんが」
昨日、電話で話した男は…………
アルフレッドの脳裏には3つの言葉が残った。
犯人ごっこ
私は捕まらない
そしてトムが言った『私は幽霊だからな』