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輝宗の表情はいつか穏やかなものに戻っていた。
「――これは駆け引きだ。儂にしてみれば、其方が田村から身を引いた時点で、この勝負はついていたのだ。其方が如何に異を唱えようと、儂はそう思うておる。伊達が政宗の世となれば、其方も田村攻めを控えざるを得なくなる。それは、其方の牙を抜いたことになろう? 田村とのこととて、儂のところへ一筆よこせば、清顕に矛を収めるよう言うてやるくらいは、なんでもないことだ。――ところが其方は、深読みし過ぎたのだろうか、ここまで来てしまうとは」
「では、この私の為に――」
「勿論、それだけではない。どうも当家中には、騒動好きの血が流れているようでな」
輝宗は苦笑いした。彼自身、父晴宗から半ば奪い取る形で家督相続をしており、その晴宗もまた同様であった。現時点に於いても、隻眼の政宗ではなく、年少の弟、竺丸を後継に、という派閥が周囲を憚らずに存在している。
また周辺諸氏も、伊達家中に騒動が起こることを密かに待ち望んでいた。
だからこそ、政宗には早急なる実績が求められている。政宗とその周囲の、尊大とも見える異様な意気込みには、そんな理由があったのだ。
定綱は頭の中では納得しながらも、政宗の側近連中に抱いた違和感はどうしても拭えず、心は一向に晴れなかった。
「……私のことについて、田村からはどのように――」
「愚にもつかぬ負け惜しみを言うて泣きつきおる。くだらんから返書を出す気にもならぬ。政宗がどう感じたかは、儂は知らぬ――」
輝宗は一変、深刻な顔つきになった。
「あれが何か、変なことを言いおったかの」
「いえ、そういうことではござらぬ。……当方の先だっての戦さ働き、こちらには如何様に伝わっているものかと思ったまで」
輝宗はパッと明るい表情になった。
「大層な武勇と聞いておる。折あらば詳しく聞きたいもの」
定綱はその表情を見て、少しホッとする一方で、寂しい気持ちにもなった。
輝宗はそれを素早く察知したようで、定綱への助言を呈した。
「ことここに至っては、其方も腹を決め、俎上の鯉となられよ」
「……?」
「儂が政宗に言うてやる。城下に大内殿の屋敷を普請せよと」
「それは、私にご家中に加われと――」
「らしくもない。以前の其方なれば、自ら進んで言う言葉ぞ。父親の儂が言うのも変な話だが、この際、暫く米沢に逗留して、政宗を見極めては如何。このまま塩松へ戻ったとて、田村から再び因縁を付けられるのは目に見えておろう。ひとたび干戈に及べば、今後は伊達勢が後方から押し寄せるぞ。されば今のうち、政宗とせいぜい仲良うしておくべきだ。また其方が米沢にいる間は、田村とて塩松に手出しはならぬ筈。政宗が仕うるに能わずとなれば、そのときこそ塩松に篭って迎え撃てばよい。田村のときのようにな」
輝宗がこんなことを言うのは、定綱の身を案じてというよりは、政宗を大きく評価しているからではないか。
されば定綱も、少し乗り気になった。
「どうかよしなにお取り計らいくだされ」
「政宗はどうあれ、儂はこれからも其方を塩松殿として接するつもりだ。時々は遊びに来てくれよ」
輝宗は宗信を呼び、定綱を丁重に扱うよう訓示した。その言葉は、定綱の胸にも沁みてきた。
輝宗はこの後暫くして受戒を授かり、受心を号する。




