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変節  作者: 北角 三宗
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 政宗は得心したように頷き、「おい、文七郎」と居並ぶ家臣から一人名指しした。膝を進めたのは、何ともおぼこい容貌の男子だ。

「其方、塩松殿を轟にて接待せよ」

 少年が平伏すると、政宗は早々に立ち去った。


 少年は遠藤基信の嫡男文七郎宗信である。元服した侍の格好こそしているが、顔立ちはまるで稚児だし、声変わりすらまだしていないようだ。応接もままならぬ様子ではあるが、態度ばかりは主人に準じた横柄なものだった。

「それでは、今日はもう刻限も遅うござるによって、城下の当家屋敷にお出で戴く。轟には明日、遷って戴く。宜しいな」

 定綱はその不釣合いさにどう応じたものか、戸惑うばかりだった。


 翌朝、定綱は宗信に、おずおずと一つ希望を言った。

「轟へ発つ前に、ご隠居殿にお会いして挨拶だけでも申し上げておきたいのだが」

「……まあ、いいでしょう」

 下手に出たのが良かったのか、宗信父の基信が輝宗に近侍していることから気楽さがあるのか、思いの外、対応は柔軟だった。


 館山は米沢西の羽山丘陵を利用した砦で、東に米沢盆地を一望できる立地にある。

 この地はまだ、防衛施設としては充分なものでない。丘陵全域を取り込んだ大規模城郭が企画されるのは、輝宗死後のことだ。

 平城の米沢城ではいざと言うときの防御に不安があるとして、伊達家の新たな置賜地方の拠点として普請が開始される。しかし着工間もなく、政宗は豊臣秀吉によって国替えが命ぜられ当地方は没収となり、廃棄される運命を辿る。


「おぉ、大内殿か、珍しや」

 輝宗は相変わらず、朗らかに訪問者を迎えた。事情は既に伝わっていると見え、定綱に同情している風ではあったが、時々混じる苦笑いには、別の意味を漂わせている。

 同道した宗信を下がらせると、二人で対座した。

 障子の開け放たれた縁先からは、秋空の下、米沢の城・町場・平原が一望に見渡せる。


「――政宗の周りは皆意気込みが強すぎて、息が詰まったのではないか。奴らは其方のことを何も知らぬ。都合のいいよう、勝手に扱われるぞ」

「……何故、隠居など」

「皆に訊かれ、答えるのにも飽いたわ」

 それでも定綱は、黙って返答を待った。

「――口先で取り繕っても、其方ならすぐに嘘と思うだろう」


 輝宗は穏やかに笑いながらそう前置きすると、一変、眉間に皺を寄せて定綱を睨んだ。

「――今、田村に滅ばれる訳にはいかぬ。其方がここへ来ず、葦名や佐竹を糾合して攻め立てれば、田村は今年の内にも滅亡しただろう。伊達家としては、それは困る。今滅びれば、彼の地は葦名・佐竹にそっくり持っていかれるからな。其方とて、奴らに持っていかれたくないから、共働しなかったのではないかな。だが盛隆は死んだ。佐竹とて、葦名の合力なくば奥州深く入っては居られまい。其方が田村を切り取るのを横から邪魔する者は、当面居なくなった訳だ。其方のことなれば、放っておいたら独力にても、数年の内に田村を切り取りおおせてしまった筈。それは伊達としてはどうか」

「……当家がこれ以上大きくなっては、伊達家にとって邪魔になると」


「儂は其方を敵と見なしたことはない。其方が田村を切り取り威勢盛んになるのは悦ばしいことだと、心からそう思う。だがな、儂も人の親となった。できる限り、身の回りを調えた上で跡目を譲りたいと思うのは、当然だろう」

「……はぁ」

 定綱には耳の痛い話だ。如何とも返答のしようがない。

「それを思うにつけ、平穏の内に塩松に矛を収めさせ、今暫く田村の命脈を保たせるには、と儂も思案を巡らしてな。いっそ先に譲ってしまうことこそが、安定をもたらすとの判断に至った次第だ」


 輝宗にとって田村は、さほど重要な存在ではない。されど政宗にとっては、現状維持さえしておけば自然に転がり込んでくるものだ。男子のない清顕の後継は、政宗と愛姫の間に生まれた男子を以って充てると、取り決めが内々にあったから。


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