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変節  作者: 北角 三宗
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 善九郎討死の報が清顕本陣に伝わって動揺が起きたその時、定綱が密かに遣わしていた別働決死隊が、その後方から急襲した。楯川某という剛の者と伝わる。


 楯川は、本陣の陣幕を破り入り、清顕の背後から拝み打ちに二太刀撃つ。清顕はそれを抜いた太刀にて受け流し、二交三交切り結ぶところに、清顕の小姓前館主水が主人の助太刀に入った。楯川は、退いたところを鬼生田弾正の組下菊池新助という者の矢にて首を射抜かれ、絶命し首を取られた。


 田村本陣はその場こそ何とかしのいだものの、全軍に受けた衝撃は大きく、将兵の意識は総じて後ろ向きとなった。

 やがて戦さ見物衆が雪崩れ込むと、勢いに任せて清顕本陣のすぐ近くにまで激戦場が遷り、刻一刻と塩松勢の優勢は決してゆく。

 やがて築きかけの砦に火が掛けられると、田村軍は再びの総崩れとなった。


 清顕は「田村の命運ここに窮まりぬ」と敵中に駆け入ろうとするが、月斎がそれを止めた。そして「命運が窮まるのは、三春の城が陥ちるときぞ」と言って諫めると、息子の新田顕輝と田村顕朝に同行を命じ、逸早く戦線を離脱させる。

 月斎が予め手勢を割いて退路を確保しておいたことから、清顕は難なく三春へ帰城しおおせたのだ。

 されど清顕を逃がした後、その退路も長時間は持たず、すぐに岩角勢によって鎖された。

 その結果、塩松勢の鉾先は残された勢に向けられることとなる。

 この日、塩松勢が獲った首級は、それまでの四度の戦闘で獲った首級全て併せた数を倍するほどに挙がった。


 清顕はまだめげない。

 猶も塩松制圧にこだわりを見せ、周囲の厭戦気分から来る諫言にも耳を貸さず、再征の準備に入った。

 定綱はその報を受けると、逆に田村へ攻め入る日もいよいよ近いと、更なる情報蒐集に精を出していたが、九月に入ると唐突に、田村の軍勢は小野六郷へ向けて発動していった。

 磐城氏の小野再征が開始されたのだ。


 五年前の小野での敗戦で死線をかいくぐって以降、磐城親隆は心身の平衡を失ったといわれ、急遽元服したばかりの嫡男常隆がその跡を継いでいた。この天正十二年時点で、常隆は十八歳である。伯父の佐竹義重が後見となっている。

 やがてその常隆から、定綱の許へ幾多の進物と共に長文の書状が届いた。

 塩松の戦勝を祝い、親交を求め、今後田村制圧に向けて共同戦線を張り、時を示し合わせて挟撃態勢で以って攻め入りたいとの旨である。


 斯様な誘いはいずれ来るだろうと予想はしていたものの、定綱はいい気がしなかった。

 磐城の背後には佐竹がいる。共同戦線を展開して田村を亡ぼしたとしても、その所領の殆どは否応なく彼らに持っていかれてしまうだろう。そうなるよりは、もう暫く田村を生かしておいた方が幾らかましだ。

 定綱は田村への出兵を控えた。

 それ故に清顕は、小野の確保へ全力を傾け、而して磐城勢を何とか駆逐した。


 とはいえ、いよいよ疲弊した田村の国力は、精神面のみならず財政及び物量的にも、その後の外征が無理なのが明らかな状態に陥った。

 定綱は待ってましたとばかりに、田村攻めの準備をおもむろに再開させる。


 その矢先、いよいよ手詰まりとなった清顕が、伊達に対し、塩松征伐を盛んに懇願しているという噂が入ってきた。

 定綱には、あの輝宗が清顕の求めるままに兵を出すとは思えなかった。ただ、嫡男の政宗にとって清顕は舅に当たり、その点だけ状況如何では障害となるかも知れない。

 定綱は、二年前に矢野目で会った、気難しそうな若武者の顔を思い浮かべた。


 だが定綱の算段では、さほど切羽詰った思いもなかった。

 一般的に考えれば、輝宗の治世は少なくともあと十年くらいはあるだろうから、それまでの間にゆるゆると政宗との関係性を強め、田村攻めへの理解を求めて行けば良い。

 また一方、その頃には盛隆も葦名の惣領として力を付け、勢力を盛り返すだろうから、残る佐竹のことも牽制しながら、時間を掛けて着実に田村を切り取ってゆけば良いと。


 しかしそんな中、十月に至り、定綱に衝撃の報告が立て続けに入ってくる。

『盛隆、近臣大庭三左衛門に殺害さる』

『輝宗隠居。政宗家督相続』

 定綱の予想は大きく、絶望的に外れた。


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