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変節  作者: 北角 三宗
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 それから五日後の二十三日、清顕は五百人ほどを動員し、杉沢の手前、郡境の青石に砦を築き始めた。初森までひと山の地点である。

 すかさず定綱は初森から夜襲を掛け、一気に蹂躙した。

 討ち取った五十余りの首級は、再び領境に補充された。


 清顕はそれに懲りず、七月に入ると今度は更に前線、初森一盃館に直接対応した砦を築きだした。前回の夜襲を教訓として、普請奉行となった富沢式部は夜の警備を厳重にしている。

 それに対し、定綱は梶内弾正と大河内五郎に駆逐を命じた。

 二人は現地の山人を雇って杣道を利用し、人目に付かずに軍勢を進め、少人数で以って堂々日中に襲撃を掛ける。

 弾正は式部を生け捕り、更に首級を三十ばかり獲った。

 この首も同前の処置が為された。


 七月下旬になり、田村方は新たな城砦構築を一旦擱いたのか、橋本刑部を陣代として再び塩松侵攻を期した。大軍を催して、塩松西部の稲沢村滑津を中心に陣を展開したのだ。

 橋本刑部は田村譜代に於ける最大門閥の惣領で、執政として田村家政及び外交など総じて重きを為している。とはいえ田村の外交下手は既知のことであり、定綱から見れば、この男の能力とてたかが知れている。


 今度は定綱が自身で出陣し、これに真正面から突撃を敢行した。

 定綱は自ら先頭に立って槍を振るった。迎え撃って出た田村方の先鋒沢野但馬の勢を蹴散らし、一気呵成に田村軍の本陣近くまで押し込んでゆく。


 田村勢は大軍に陣代統率の故か、部隊間の連繋にも精彩を欠き、幾重もの防御線を一息に破られると、本陣は旗を乱して遁走。その為に他の勢も戦意を喪失、列を乱して逃げ散った。

 定綱は、領境を越えて小手道沿いに南成田まで七里(六町一里)余りも追い崩し、追撃を止めたのは、実に三春まで五里に迫った地点である。

 討ち取った七十ほどの首級は、例によって領境に晒された。



 これまでひと月余り戦さを重ね、その全てに敗退した清顕の権威は、どん底にまで失墜した。

 八月に入ると、清顕はこれまでの恥を雪ぐべく、自ら陣頭指揮に立って杉沢から塩松への再征を開始する。即ち新殿から更に北上、口太川を渡って南戸沢村の千石森に砦を築き始めた。

 これまでより規模も動員も大きく、清顕の並々ならぬ意気込みが感じられる作事である。

 

 長門義員は敵方の蠕動を受けて以降、小手森城から盛んに斥候を出し、得た報告をその都度定綱に提供していた。

 定綱はそれを受け、千石森の北隣に当たる月山城を本陣と為し、塩松全域に動員を掛ける。


 そして部隊を大きく三つに分け、それぞれに役割を分担した。

 即ち、定綱本隊は月山城大手から敵陣正面へ向かって敵勢を引き付け、岩角玄蕃隊は新殿砦から敵陣背後へ進んで退路を断ち、長門隊は月山城搦手から敵陣側面へ廻り込んで敵勢を分断するといった具合である。

 部隊ごとに明確に役割を決めた効果は戦前から顕著に現れ、人足として招集した百姓らでも編成の段階から統率の取れた動きを見せていた。

 その他にも、百姓・町人ともよくよく申し合わせて軽武装させると、周囲の森の中で戦さ見物衆に扮させている。中に扇動の者を紛れ込ませ、勝負の際の切り札と為したのだ。

 これらの周旋には、小平が大きな役割を担っていた。

 

 小平にとって六月以降の戦さは旧主を相手にする干戈であったが、躊躇いや気に留める様子は一切なく、仕事ぶりは事務的ではあったが、その様子は寧ろ楽しげですらあった。


 戦闘開始は十二日の朝。塩松勢からの攻撃が端緒となる。

 定綱は月山城大手から出て、陣立てを揃え笹の丸の大旗を立てた。


 その間に長門は同城搦手から出動し、山を東へ廻り込んでゆく。

 周辺には小さな丘陵が無数にあり、谷に川が流れる。よって敵の目をくらます障壁には事欠かない。また、部隊が地元の者で構成されていることから、周辺の地理には皆知悉しており、動きも素早かった。


 塩松勢の動きに対して田村勢は、定綱本陣を叩き潰すべく進撃を開始した。

 田村方の重鎮田村月斎は「余り逸って深入りするな」と制すも、続いた敗戦の鬱憤を晴らさんと、先鋒の清顕舎弟善九郎氏顕を嚆矢と為して、まっしぐらに突進する。


 善九郎の部隊は、大旗を目掛けて一直線。

 定綱はそれを充分に引き付け、弓・鉄炮の一斉射撃を行った。

 轟音と共に隊列が乱れ、足軽や騎馬がばたばたと倒れる。その中で善九郎の馬も足を射られ、前のめりに倒れた。


 善九郎はすかさず換え馬に移るも、乗った途端に再び一斉射撃の標的となり、馬は再び倒れる。

 それを合図として長門隊は、敵前線部隊の後方へ押し寄せ、本陣との間を遮断してその退き口を塞ぎ、前後から一斉に襲い掛かる。

 善九郎の部隊をあっという間に呑み込むと、その郎党三十八騎ごと、一騎も洩らさずに討ち取った。


「田村の大将、小浜の町人喜萬新右衛門が手に掛け奉り、討ち取り申せし!」

 周囲口々に大声で呼ばわることで塩松勢の士気は鼓舞され、町人ふぜいに大将首を取られた田村勢の士気はみるみる消沈していった。


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