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変節  作者: 北角 三宗
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 当月(六月)十八日朝、定綱は長門の陣所を訪ねた。


 長門はいつもと変わらぬくだけた口調で、定綱の緊張をほぐした。

「おう、御大将。いつでも撃って出る準備は成っておる故、はや下知してくだされや」

「うむ。……一つ気になることがあってな。清顕の所在が掴めぬ」

「田村に攻め込んでいるなら知らず、ここは勝手知ったる塩松ぞ。清顕如きが何を企てようと、我らの予想を超える動きを執ることはあるまい」

「なら良いが……」


「まあ良い。どうしても気になるなら、判然とするまで索敵に専念されよ。それまで儂が何とかしよう。どうせ向こうの先鋒は百目木勢であろう。奴らとは一度、正面から存分にぶつかってみたかった」

 定綱は差し当たって序盤戦の間、手勢を割いて長門の下知に任せ、一方で自分はできるだけ沢山の斥候を出して、情報蒐集を存分にすることとなった。


 その日、巳の刻に戦端は開かれた。場所は新殿村十石畑、塩松勢が百目木勢の突撃を迎え撃つ形だ。

 魁軍は定綱従弟の若武者、梶内弾正久安である。長門は前線の大将として、予想通り敵方の先陣として出てきた石川弾正の勢と激戦を交える。


 午の刻頃、定綱の許へ玄蕃から連絡が入り、清顕の本隊が滝小屋城の攻撃に加わっていることが報された。戦況は問題なく、予め予想された攻撃だけに、田村軍の勢力が予想以上の大軍であっても、充分に余裕を持って持ち堪えることができる程度で、心配は無用とのことだった。

 小砦一つ陥とせないとなれば、清顕の権威は田村家中にても大きく失墜することになるだろう。定綱は、清顕が塩松を甘く見て即席の策に溺れたと、漸く安心を得た。


 定綱は馬に跨って十文字槍を手にすると、手勢を率いて砦から駆け出した。

 長門は大将の身でありながら、自ら最前列にて、槍やら長刀やらとっかえひっかえ振るっている。従者は、大将が倒した敵騎から獲物を奪って自らの道具と為し、且つ大将の換えに充てている。長門とはもとより、従者同士の連繋にも目を見張るものがある。

「如何なった」

「先ず当面、目の前を片そうぞ」

「御意っ」


 だが石川勢は頑強で、その後も暫く一進一退が続く。されど未申の頃合に至り、ずっと前線で疲れた石川勢が退くと、他の勢も雪崩のように崩れだし、申の頃には十石畑から田村勢の姿は全て消えていた。


 捨て置かれた敵の首級は、集めると百五十にもなった。定綱はそれを田村領境に晒すよう命じると、守備兵を残して初森へ向かった。

 晒し首は、それぞれ敵方への見せしめと返却、そして挑発のいずれの意味合いもある。

 

 一盃館はもぬけの殻で、滝小屋城にもまた、田村勢は一兵もいない。玄蕃の守備兵が残るのみで、抜かれなかったことは判ったが、玄蕃本人はいなかった。

 定綱は手早く守備兵から報告を聞くと、馬から下りることなく糠沢へ駆け出した。


 糠沢城は塩松西端の小城である。安積郡にも近い要衝で、大内一門の大内弥左衛門が城代となり、手勢で以って防備を固めていた。

 到着した頃にはすっかり夜である。玄蕃は城内に居て、定綱の姿を見つけると、脱力するように身体を傾げた。

「面目ない、油断した。退き際に糠沢を急襲していきやがった」

「なぁに、上等。弥左衛門は?」

 定綱は本丸の庭に設けられた陣幕の中へ案内された。そこには、黒糸縅の鎧を着た首のない武者が横たわったいる。その鎧には、定綱は見覚えがあった。

 玄蕃が説明を始めた――。


 弥左衛門は、鬼弥左の異名を取るほど武勇の声高き猛者であった。

 彼は不意の田村勢来襲に対し、ひるむことなくただ一騎主従で出向かい、一騎討ちを所望する。対して田村軍からは石井甚七なる者が名乗り出、暫く槍を合わせていたが、ふとしたときに弥左衛門の槍が折れた。慌てて太刀を抜こうとしたところを甚七に槍で強かに打ち付けられ、体勢を整えるべく身を退いたものの、すかさず寄り付かれ、落馬して首を取られたのだという。

 城兵はその後守りを固めたことから、夕刻間近となり攻めあぐねた田村勢は引き揚げたのだった。

 玄蕃の到着は、その後のことだ。


「鬼弥左ほどの男が……」

 定綱は弥左衛門の死を惜しんだが、少勢にて城を守り抜いたとして、城兵も併せて功を称えた。


 領境に晒された田村勢の首級は、夜な夜な持ち去られたが、そうでないものは山犬に荒らされ、また暑い盛りでもあり、すぐ判別ができぬほどに崩れた。


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