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変節  作者: 北角 三宗
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 数年が経った。元号は永禄(1558~70)に代わっている。


 斉義を乗せた馬は領内を駆け回っていた。すぐ後には数騎の供が付き随っている。

 主要道は元より、裏道細道はおろか獣道に至るまで、塩松中の道という道を彼らは既に精通していた。

 道の傍らで農作業をしている領民達は、彼らが通り掛かるとニッコリと微笑んで頭を下げる。彼らは領民からの評判が良かったのだ。


 斉義が主家に入嗣して以降、領内武士団の特に若衆が皆、彼を鏡と為したことから、自動的に綱紀粛正が行われ、全体的に質が向上した。その結果、斉義へ領民の感謝が集まった次第である。


 勿論、初めからそう巧く行った訳ではない。

 入嗣間もない頃の斉義は供を連れることを嫌い、単騎で遠駆けなども平気でしていたものだった。それに対して周囲は、頻りに軽挙と諫め、供を具すように言った。


 だが斉義は、斯様な心遣いは却って迷惑だった。

 家臣たる近習らは、万事体裁を気にして遠慮するものだから、気分がだらけて一向にのってこない。加えて斉義の方でも、近習に気を遣わせまいと逆に気を遣ってしまうものだから、無駄に疲れるのだ。


 そこで千思万考の末、少しでも気を遣わずに済む親族を近習の中心に据え、重用することにした。第一が助右衛門親綱で、第二が長門義員である。


 親綱は斉義にとって、腹違いではあるが同年の弟である。

 幼い頃から何故かこの取っ付きにくい兄を慕い懐いており、元服して義綱の新たな後継候補の筆頭となった後も、毎日のように兄の許を訪ねては付いて廻っている。

 斉義も、彼のことだけはどんなときでも邪魔に感じないことから、これも彼の能力と思って評価し、父達が何も言わない限り好きに居させた。

 周囲からはよく似た兄弟と媚びた声も喧しかったが、そう言われると何だか彼に申し訳ない気がして、逆に気が重くなった。

 周囲によく気を配りよく笑う、人懐こい性格から、家中の皆に好かれた。


 長門は義綱の従弟義円の子である。

 幼い頃から、信夫・伊達を中心に修行する山伏となっている父に従って、山を棲処としていたのだが、斉義が尚義の養子となる祝いに訪れたときに、お付きの者として請われ還俗し、小浜城下に屋敷地をあてがわれていた。

 その出自の故か気性は荒く、斉義を主筋と敬う姿勢も少なかったが、斉義にはそれが却って心地良かった。

 それに、彼は山を熟知しており、一緒に遠駆けをしていても得るものは多かった。よって斉義は、彼のことをある程度敬意を払って接した。

 元々の粗暴な振る舞いや性格が改まることはないものの、寵を驕ることもなく、農繁期には野良仕事の手伝いにも進んで精を出している。その故に領民や仲間内から特に好感を持たれた。


 この二人を近侍させるようになってから、他の者の斉義に対する態度に少しずつ変化が顕れ出した。つまり、二人を緩衝として御前にてもそぞろに振舞うようになり、更には二人を参考として自然に接するようになっていったのだ。

 だから本当のところ領民達は、彼ら二人に感謝すべきなのかも知れない。


 城に戻ると、馬場まで尚義の小姓が迎えに来ていた。

「大殿がお呼びでござります」

 斉義は馬番に手綱を預けると、足取り軽く義父の許へ向かった。


 案の定、尚義は斉義に甘かった。

 待望の後嗣であるから致し方ないとはいえ、ねだられるままに、否、ねだられずとも、ねだられたもの以上に、贅を尽くした馬具や当世具足、更には当時まだ奥州では珍しい鉄炮まで取り寄せたりと、金に糸目を付けずに買い与えていた。


「お呼びですか」

 尚義はいつにも増して上機嫌に、入室してきた養嗣子を迎えた。


 石橋尚義は世間では暗愚と蔑まれていたが、義綱を始めとする重臣がよく補佐しているのか、決して家中や領内が乱れている訳ではなく、戦乱の打ち続く他領に比べれば寧ろ平穏だった。

 ただ確かに尚義は斉義の目から見ても、能力的に恵まれているようには映らなかったし、自己を高めようという野心が強いとも感じられなかった。

 ただ、無闇に周囲へ気を配り、民や家中を労わろうという気持ちだけは強く、愚よりは鈍の方が当たっていると内心思っていた。


 側女の酌で赤くなった顔を弛緩させ、手を付いて挨拶した斉義に新しい盃を渡すと、手ずから酒を注いだ。尚義は決して上戸ではないが酒好きで、呑むと途端に饒舌になる。

 斉義は話が長くなる覚悟をした。

「おことの初陣が決まったぞ」

 斉義は口を付けた盃を一気に乾すと、両手を胡坐の膝にあてがい、神妙な顔で義父を見つめた。尚義が続ける。

「――伊達家の騒動は、おことも聞いておろう」

「……はい」


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