表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変節  作者: 北角 三宗
30/47

30

 ――二年が経過した。天正四年秋。

 顕綱は約十五年ぶりに伊具郡へと手勢を伴った。やはり清顕の名代としての出兵で、伊達軍の出兵に参陣する為である。


 稙宗と懇意だった相馬氏は、永禄八年の稙宗死後、その遺志として遺領保有を主張、漸次出兵して丸森・金山・小斎各城を占拠していた。

 それに対し輝宗が満を持して出兵したのが、この夏のことだった。


 相馬方最前線の小斎城を攻めるべく、その西麓の矢野目に陣所を構えて伊達家の総力を結集させる。

 そして一気に駆逐すべく、城攻めに兵を大量投入するも、季節柄発達していた湿地帯に攻め手を奪われ、その上、後方の相馬本陣より出兵してきた金山城兵に挟み撃ちされたことから、散々の敗戦となってしまった。


 輝宗はこの後も矢野目を陣所として相馬軍との対峙を続け、天正十二年の和睦成立に至るまで、延々たる持久戦を展開することになる。

 今回顕綱が参陣したのは、そんな矢先のことだ。


 清顕が自ら出兵しなかったのには、訳がある。

 清顕の正室は相馬盛胤の妹である。また、田村氏は慢性的に磐城氏と対立関係にあることから、塩を始めとする海産物の調達は基本的に相馬領に頼らざるを得ない。

 その為、相馬と正面切って敵対する訳に行かず、直々に清顕自身が出陣することが憚られた、というのが表向きの理由である。顕綱の私的な出兵という形にした訳だ。

 相馬が優勢であればこそ、均衡を保つ意味では相馬に加担するのは不適切だし、関係性の上で伊達と相馬を天秤に懸ければ、どうしても伊達が重い。


 そしてこの時期に顕綱を戦陣へ遣わしたのは、清顕にして見れば厄介払いの意味合いが強かっただろう。

 一方で清顕は、安積郡制圧を目論見、動員を掛けていた。

 顕綱留守の塩松勢、陣代には助右衛門親綱が任命された。清顕にとってこの人事は、大内家中の、延いては塩松勢の分裂を期待するものだった。


 切れ者の顕綱は、ともすれば人から反感を買うことも多かった。それでもここまで大事に至らずに来たのは、大らかな性格の親綱が常に顕綱の傍らにいて、塩松勢の和を取り持ってきたことが、理由として大きかった。

 即ち、人望篤い親綱を顕綱から引き離し、兄と同格の存在に祭り上げれば、顕綱の力を削ぐことができると考えたのだ。


 だから、顕綱は早く帰りたい気持ちだったが、伊達軍劣勢の中で、それを見捨てる形で退くことはできないし、何より輝宗や清顕から許しを得ねば、帰れる道理もない。

 親綱がその心中を察してか、度々書簡にて近況を連絡してくることが、何よりの気休めとなっていた。


 親綱も清顕の思惑を察知していない訳はなく、不在とはいえ塩松の惣領は顕綱であって、此度の安積出兵でも自分は兄の名代であることを肝に銘じ、周囲にも勘違いせぬよう、再三強調していたことが推し量られる。


 ある日、顕綱の陣所に輝宗が訪れた。

 矢野目への着到以来ひと月を過ぎるというのに戦闘らしい戦闘もなく、顕綱は無駄に過ぎる日々を苛々しながら過ごしていた。

 だから不意の輝宗の訪問を、何であれ出来事があったものと歓迎した。


「先ほど田村より書簡が届いてな――」

 輝宗は相変わらず飄々とした態度で、しかし眼光ばかりは鋭く、顕綱の表情を具さに窺うように、朗らかな口調で話した。

「片平が陥ちたようだ。聞いておるかな」


 安積郡は鎌倉以来、名族伊東氏が地頭として一円支配をしている。

 しかし代を重ね分割相続が進むうち、一族中から郡内一円を支配しおおす英傑が遂に現れず、強力な支配体制を逸早く確立しおおせた周辺諸氏による蚕食の場となっていった。

 片平伊東氏は一族中でも大身で、天文以来、葦名氏を後ろ盾として長い間田村氏の西進を食い止めてきていた。


「弟助右衛門からは先日、先鋒を承ったとの由、報されておりました。こんなにも早く抜くことができたとは、かの者に功があったのでしょう」

 輝宗は「それでな――」と重く口を濁した。

 顕綱は「如何なされましたか」と問うたが、その内容は、実は既に察していた。先刻、親綱から書簡が届いていたのだ。


「その助右衛門に、片平の家を継がせることにしたと。良きこと故、惣領の其方に報せるまでもなく、即座に決定済みと為したそうだ。伊東大和守の娘御と娶わせるとのこと」

 輝宗は「其方どう思う?」といった表情で、返答を促した。


 顕綱は明るい表情を作った。

「悦ばしいことです。片平といえば、名家伊東一族の本家筋とも言われております。身内ながら、助右衛門なら充分その跡を継ぐ資質を持ち合わせていると思います」

 顕綱は笑ってみせた。

 輝宗は黙ってその表情を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ