29
「大内備前殿だな。其方がことは幼い頃より、父から繰り返し聞かされておった」
「お初にお目にかかります」
輝宗は背が高くはないが、父親の若い頃同様、眼差しには厳しさがあり、顕綱と大して歳が変わらぬ筈であるが、大層な風格を備えている。
顕綱は少々緊張しながらも、弁舌を振るった。
「――畠山に異心なきことは、私が保証します。修理殿が仲違いしたのは、伊達麾下としての兵部殿ではありませぬ。先だって兵部殿が正式に米沢殿の麾下に入った以上、金輪際衝突することはござりませぬ。此度、伊達殿の下知によって兵部殿が八丁目城を攻落したことは、逆に伊達殿にとっては余り外聞の良きことと思えませぬ」
輝宗は意外なことを言うと思ったのか、目を丸くした。この表情は晴宗とはまるで違う。恐らく美人の誉れの高かった母親(磐城重隆の娘)の血だろうか。
ともあれ顕綱は、その表情の変化を見て、口が滑ったことに気付いた。
「……それは田村殿の――」
「申し訳ござりませぬ。独断の見解です」
顕綱は手を付きながらも、この局面を切り抜ける口上を幾つも頭の中に準備した。
輝宗は目を怒らせながらも、口を笑わせた。
「……此度の戦さは兵部の私闘だ。其方の口上では八丁目も畠山に返さねばならぬようだが、彼の地はそもそも伊達の領分。これは返さぬが、其方に免じて二本松はそのまま安堵してやろう」
輝宗は腰を上げた。そして去り際に立ち止まると、唖然としている顕綱を悪戯な目で見やった。
「――其方にとって、田村の居心地は悪かろう。まあ、だからといって、儂の許へ来ても大差はなかろうがな。客としてなら歓迎しよう。いつでも遊びに来るがいい」
そう言うと、輝宗は笑いながら退出した。
顕綱は輝宗に対し、敬愛の情を覚えた。
威儀を保ちながらもどこか飄々としており、発する言葉も、過ぎるほどに大胆かと思えば、心の機微に突っ込んでくる細やかさをも持ち合わせている。自分のことを全てお見通しなのではないかと、気味悪さすら抱くほどだった。
亮かに、猛々しいばかりの清顕とは違う。遠い関係にいれば親しみを感じるのが、近くにて利害関係を結んだら危険かも知れないと感じた。
顕綱は、輝宗の使者に伴われて大森城へ赴き、実元に交渉の結果を伝えた。続いて二本松へ戻り義国に次第を説明、そしてその後、義国を伴って三春まで出向き、揃って清顕に報告する運びとなった。
「備前、大儀であった。二本松殿、これでひと先ず安心でござろうかな」
「何とお礼を申し上げてよいやら」
清顕は上座でふんぞり返っている。
義国は相変わらず疲れた顔で微笑み、顕綱を向いて改めて深くお辞儀した。
「――備前殿はまさに恩人でござる」
清顕はぽかんと口を開けた。
顕綱はその仕草を見て笑いが込み上げたが、ぐっと堪えた。そしてまんざらでもないという顔で少し困った仕草をして見せ、清顕に寛恕を促した。
清顕は顔を歪めて苦笑しながらも、度量のあるところを見せている。
「……う、うむ。そうでもあろうの。備前、これからも二本松殿に協力してやれ」
「はっ」
「………」
顕綱は二本松まで義国と同道し、そこで歓待を受けた。
義国は今回の一件ですっかり顕綱の処世に感じ入ったようで、小浜から嫁を迎える話もいつからかすっかり乗り気になっている。
二本松城では、事前に連絡を受けていた義国の嫡男右京亮義継が、饗宴の用意をして待っていた。
義継は長身で紅顔の美青年である。まだ二十歳そこそこでもあり、将来的にどのような当主になってゆくのかは分からぬものの、家中の者は皆、前途洋々たる思いで彼に全面的な期待を懸けていた。勿論その思いは義国とて同じだろう。
「此度、備前殿のお陰を以って所領を保つことができ、また備前殿の妹御を当家の嫁に迎えることとなり、これで内外共に一つの山を越えおおせたと言えましょう。これを機にそれがしは一線から身を引き、後見として家を支えてゆきたいと思います。備前殿に於かれては、今後、義継の義兄として宜しくご鞭撻を賜りたい」
「勿論、私にできる協力には、力を惜しみませぬ。お互いに力を合わせてゆきたいものですな」
かくして二本松は、修理大夫義国が引退し、右京亮義継が当主となった。
義継はほどなく顕綱の妹を正室に迎え、間に男子を二人儲ける。このうち嫡男に生まれるのが、二本松畠山家最後の当主となる梅王丸である。