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顕綱はすぐさま二本松と連絡を取り、義国を宮森へ招いた。
二人はこれまでも何度か面会している。顕綱は義国の嫡男義綱との方が歳が近かったが、そちらとの面識はまだない。
畠山義国は、天文の乱で活躍した家泰・義氏兄弟の従弟である。戦陣で相次いで夭折した従兄の跡を若年にして受けて以来二十五年余、斜陽の名門を何とか保ってきたものの、ここに来て存亡の危機を迎えていた。
義国は顔中に皺を寄せて、神経病みか体調が悪いのか、病的に疲れた顔をしている。
「どうやら苦労なさっているご様子」
「執り成してくれるのは、もう大内殿を擱いてありませぬ」
顕綱は、義国の言葉をわざと意地悪く取り、反応を見た。
「……私なんぞの対処では、心許なく思われるでしょうが、できる限りのことは致しましょう。それに、塩松とて状況は大して変わりませぬ。今後はお互い存分に協力体制で以って、事に当たって参りたいものですな」
義国は慌てて取り繕った。
「どうか気を悪くしないでくだされ。貴殿を塩松殿と見込んで、たってお願いしているのでござる」
この男は、これでおもねっているつもりらしい。
「解っています。二本松と塩松の結びつきを深める為にも、ご嫡男に私の妹を添わせては貰えますまいか」
義綱の末娘も十五歳になっていた。
往古ならいざ知らず、今の畠山家と縁を結んだとて何の後ろ盾にもならないが、それでも大内の家にとっては、充分に箔を付ける効果が期待された。
義国には断ることはできない。顕綱との仲が反故になっては、完全に八方塞となってしまうからだ。嘘でも喜ばねばならない局面だということくらいは、流石に分かったらしい。
一瞬逡巡した後、顔を歪めた。
「それは願ってもない」
顕綱は義国の引きつった笑い顔を見て、自分も笑った。名門も堕ちたものだ、と。
顕綱はその後、杉目まで行った。
当地で晴宗は伊達家にとって仙道地方の窓口となっており、義綱はもとより、顕綱も懇意となって幾度も面会を果たしていた。
晴宗の顔からはかつての険しさは消え失せ、微笑みは柔らかくなっていた。幼い頃に一度対面した稙宗にそっくりな印象だ。ことここ数年で急に歳を取ったように感じられる。弟の実元が完全に家中へ戻ったことに、安心しているのでもあろう。自分が引き起こした家中分裂を、元の鞘に収める形で収拾をつけたのだから、さもありなん。
晴宗は「米沢へ直接訴えた方が、話が早かろう」と提案した。
そこで顕綱は、その足で米沢を訪れ、輝宗と面会する運びとなった。伊達氏との交渉事はこれまで何度もしてきたが、大抵杉目で用が足りており、輝宗に会うのは、実はこれが初めてである。
つまり顕綱は、米沢の城下町を目にするのも、これが初めてだった。
塩松や二本松、或いは杉目や三春にだって、城下に街場は形成されている。とは云えそれらはあくまで家中の屋敷地の集まりでしかない。
対して米沢の城下には、職人や商人といった侍ではない身分の者が多く集住している。
これは塩松では不可能だ。顕綱はそう思った。伊達家の経済基盤は優に塩松を十倍する。さればこそ、この街場の住民にたづきを与えるのだ。
この街場に対して顕綱は、羨望の気持ちもないではないが、ここはあくまで別の天地との感情が支配的ではあった。恐らく物見遊山と同類のものである。
街場の中心たる米沢城とて、さほどの堅牢という感じでもない。それでもこの活況を呼んでいるのは、やはりここが他領から隔絶した地勢だからだろうというのが、顕綱が初見で導いた見立てである。
杉目から板谷の山並みを越えて、漸く伊達家の中心地に辿り着くのだと考えれば、山向こうからはるばると攻め寄せようなぞ思いもよらないことだ。本貫たる伊達郡を離れ当地へ本拠地を遷した、晴宗の慧眼を称える他はない。