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変節  作者: 北角 三宗
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「……塩松です。我々は塩松殿の名跡を守る為に存在しています」

「尚義公の後嗣は松丸君である。其方は松丸君を奉り、守り立てることこそが命題であると存じておるのだな」

「勿論です。その上で、岐路に立っていると申しているのです」


「――して、如何にすべきと申すか」

「早急に三春へ使者を遣わすことです。松丸君に三春へお遷りいただくことも、視野に入れて貰いたい。今ならば家中に反対の者は少なかろうと思います。加えて、田村麾下になったとて、今ならば塩松の権益が侵されることもまずあり得ませぬ」

 義綱は表情を固めたまま、肩を怒らせ、息を止めた。


 怒号が飛ぶかと斉義は首を竦めたが、義綱は静かに返答した。

「……わかった。早速、合議に掛けよう。三春への使者には、其方が発つのだろう」

 義綱は最後に斉義をひと睨みすると、座を立った。


 田村清顕からの使者が杉沢の陣を訪れ、摂津が田村を後ろ盾として手を結んだ、ということは、既にかなり信憑性の高い情報として入っていた。

 即ち今後、摂津と敵対することは、田村と敵対することになる。田村の麾下に入るということは、摂津と和睦することになる。


 義綱の「田村に降伏」という提唱に、集まった諸将は一瞬どよめいたが、状況を思えば無理からぬことと、斉義の予期通り、すんなりと受け入れる者が多かった。石川摂津に対してすら簡単に負け戦さをするようでは、威勢盛んな田村になど勝てよう筈もないということである。反対意見は、やはり一門中から多く出た。されど一門でも意見は分かれ、岩角玄蕃などの有力者が義綱の援護に入り、最後まで反対していた大場内美濃と寺坂三河が途中激昂して席を立ったことから、議題の重大さの割に会議は短時間で決した。


 その夜、大場内と寺坂は密かに松丸を連れ出し、領外へ脱出した。




 翌日、斉義は三春へ赴いた。

「儂が田村大膳じゃ」

「大内太郎左衛門でござります」


 田村大膳大夫清顕は身体が大きく、伸ばした髭鬚ともあいまって、如何にも武辺一辺倒という印象の容貌であった。年齢はもう壮年に差し掛かっていたが、子供は数年前に産まれた娘が一人いるきりと聞いている。この分では、いずれ婿を迎えることになるのだろう。


「父備前義綱は此度の一件の責を一身に引き請け、隠居の意を申し出ております。松丸君は大場内美濃らに伴われ、相馬へ逃れたとの由。もはや塩松は田村殿の検断にお任せ致しますれば、これまでの経緯はどうか水に流されるよう、お願い申し入れます」

「塩松殿の後嗣、松丸殿が逐電となった今、塩松の主は御辺であろう。松丸殿の産まれるまで、御辺は尚義公の後継者だったのだからな。塩松殿たる御辺が田村の麾下に就く、そう捉えて把握して宜しかろうな」


 どうも清顕は、名家たる塩松を武力で以って制圧したのではなく、自らの威徳に屈したのだとしたいようだった。

 斉義は、そのようなことはどうでもいいと思っている。今はただ、清顕の機嫌を損なわぬようにと思うばかりで、ただただ平伏していた。何より先ずは、所領の安堵が最善の策である。


 清顕は満足そうな顔で髭鬚を揺らし、大仰に笑った。

「田村の麾下に就くに当たって、其方に『顕』の一字を与えよう。備前顕綱と名乗るがよい。当面は塩松家中の内、石川摂津を除いては、其方の麾下と為してその下知に任せよう。石川には現在の所領に、塩松の蔵入から二・三の地を加増してやり、其方と同格の扱いとする。詳しくは追って沙汰致す。異存はあるか」

「仰せのままに」


 かくして斉義は顕綱と名を改めて大内家当主となり、塩松三十三郷の内、石川領として新殿砦より東方の七郷を除いた地域の裁量を任せられた。

 松丸が逐電した以上、顕綱を尚義の後継と見なすことに異を唱える者も既になく、石橋家中だった者は一門や家老といえども、顕綱の麾下ということになった。

 顕綱は基本的に宮森城に居り、用向きのあるときだけ三春へ赴くという姿勢を許された。当面は誓紙を提出するのみで人質を差し出す必要も求められず、思惑通りの冊封体制に組み込まれた訳である。


 その一方で顕綱は妹を石川弾正に配し、形の上でもこれと和睦した。だがこれは、既決事項の履行に過ぎない。この山場を越えおおせてしまった以上、もう誼みを強める益もないのだから。

 以降両者は田村麾下の新参者として同列に立ったことから、周囲からはことあるごとに比較の対象とされるようになる。更には、清顕から可愛がられた弾正が、何かと大身の顕綱に対抗意識を燃やすようになりだすと、やがて両家中総じて訳もなく牽制しあうようになった。

 その為、交流も疎遠になってゆくことになる。


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