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変節  作者: 北角 三宗
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 七七日の喪が明けたその日、百目木へ攻め入る軍勢は総て新殿砦に集結し、出陣の号令を今や遅しと待っている。

 本陣にて出陣の儀が執り行われると、馬に乗り込んだ斉義の傍らに、義綱が寄って来た。


 先陣は斉義が請け持っていた。自ら志願し、誰もがそれに同意したからだ。

「父上、行きます」

 挨拶した斉義に対し、義綱は浮かない顔をして、恐らくずっと腹の中に溜めてきたのであろう質問を、意を決したように浴びせ掛けた。

「其方あのとき、宮森攻めに先立って、百目木で何を話してきた。まだ何か、隠していることがあるのではないか」


 斉義は苦笑いを浮かべた。

「……流石父上。隠しおおせませぬな」

「茶化すでない。腹の中のものを全部出してゆけ」

「……父上には申し訳なく思いますが、この戦さ、負けますぞ。お互いどれだけ被害を抑えたまま決定的な局面を作り出すかが、この陣の課題ですな」

「どういうことだ。……お互い?」

 斉義は微笑を浮かべたまま、父を見下ろしている。


 義綱は諦めたように話題を変えた。

「――それからもう一つ。百目木の宴席の帰り、酔い止めの薬を呑ませたな」

「……ええ」

「あの薬は、――何だったんだ?」


 斉義はひとしきり馬のたてがみを撫でた後、呟くように言った。

「……公は私に、ご先代の思い出を繰り返し話してくださいました。天文の騒乱の折、諸家内紛が起こらなかったのは、ご先代の塩松のみであったと。――公の、家中の者の心中を把握しようという志は、誰にも劣りますまい。周囲からは暗愚と陰口を叩かれながらも、あの方はあの方なりにお家のことを考えておられたのです」

「何を言うておる。質問に答えよ」

「……尚義公は、酒がお嫌いな方でした。酒を呑むと、周囲の者の心底が見えてくるのでしょうな。つまりそれが、あの方にとっては現世――」

 斉義は空を見上げた。一面薄い雲に覆われている。


「素面でいるとき、公の目には、人々の姿は幾重もの虚実をまとった、この世のものとも思えぬ妖怪変化に映っていたのです。だからあの方は毎日、苦しみながらも酒を流し込み、真理を見極めようとなさっておられた。……あの方にとっては、素面の状態こそが、世人が言うところの酔っ払った状態だったとは言えますまいか――」

 斉義は父の目を見つめた。義綱は避けるように目を伏せた。

「だから私は、酔い止めの薬を差し上げたのです。とめどなく訪れる、酔いの苦しみから解き放たれるように」


「やはりお前が……」

 はっと目を上げた義綱に対し、斉義は一瞬だけ満面の笑顔を見せると、馬に鞭を当てた。そして、尚義を載せて馬の口を取った道を、あの夜とは逆に向かって駆けていった。


 斉義が軍勢を率いて出撃すると、申し合わせたように百目木城から石川摂津の軍勢が、迎え撃つべく出てきた。塩松勢がそれを正面から突き崩して一気に蹴散らすと、百目木勢は捨て首数級ばかりを献じて撤収し、城門全てを堅く閉ざした。

 百目木勢が撤収を開始すると、斉義はわざと追撃に勢いを減じた。塩松勢は百目木の街場を占拠するも、既に街屋敷は総てもぬけの殻である。


「長期戦ともなれば、田村のこともあり、何かと分が悪い」

 斉義は独断で撤退を決定し、諸将に伝達した。長滞陣しては、街場に火を点ける族が現れるだろう、という懸念もある。

 続々出陣してくる本隊は、到着するかしないうちに戻る運びとなり、状況が掴めず諸将混乱している。それを尻目に、斉義は手勢を率いて新殿砦へ戻っていった。


 塩松勢が撤退を始めると、百目木勢は門を開けて追撃に飛び出してきた。

 斉義から取り残された形の塩松勢は大混乱となり、総崩れとなって新殿砦へ逃げ込んだ。この追撃にも執拗さは微塵もなく、従って幸いにも兜首は揚げられなかったが、捨て首十級余りが犠牲となった。

 そのまま摂津は杉沢に陣を張り、三春へ使者を送った。出陣要請の類でもあろうか。


 斉義は帰陣すると、すぐさま父へ面会を申し入れた。義綱は結局、砦を出ることすらないままだ。

 義綱は不機嫌な顔で迎えた。

 先ほど斉義が話した事々を受け、摂津が濡れ衣だったことは父にも判然としただろう。しかし、それを今更諸将へ打ち明ける訳にはいかないし、既に開戦してしまった百目木討伐を覆すこともできない。

 また、現況を招くまでの過程に於いて、摂津の方にも幾つか不自然なふしがあることにも、気付いているに違いない。

 父が混乱しているだろうことは、斉義には充分に想像がつく。自分のことを、得体の知れないものと見ているのでもあろう、とも。


「其方、何を考えて一人戻りおったか!」

 義綱は珍しく大声を上げた。自ら先陣を名乗り出ておきながら、戦陣をほったらかして戻ったとあっては、本人はもとよりその父にとっても責任問題である。

 だからこの叱責は当然のことであり、斉義もある程度覚悟はしていたものの、やはり気分の好いものではなかった。


 とはいえ、斉義は出陣前に言い置いた筈だ、「この戦さ、負けますぞ」と。自分の行動を一向に理解しない父に対して、彼はいらつきすら感じている。

 だから、幾分怒気を含めた口調で発言した。

「田村が塩松へ出兵する、という風聞がある昨今、如何にしてお家を保つか、という岐路に我らは立っています」

 義綱は「其方……」と少し語調を濁らせた後、一拍置いて問い掛けた。


「確認しておきたい。今言ったお家とは、どの家のことだ。石橋か、大内か」


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