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尚義は終始上機嫌で例によって強かに酔い、一人で真っ直ぐ立つのもままならぬほどに酩酊した。それにも関わらず、夜半過ぎになると百目木に宿泊するのを拒みだし、塩松城に戻ると言って聞かなくなった。犬可愛がりの幼子達の顔を見たくて、仕方なくなったらしい。
「みどもが同道しますので」
斉義は摂津に申し出た。その発言に対し、別段異を申し出る向きとてない。
出立際、ふと視線を感じ、見ると摂津が身動き一つせずに立っている。逆光で見えぬその視線に突き刺され、(摂津もやはり人だな)と、斉義は苦笑いを禁じ得なかった。
百目木城から塩松城への道は、丁度口太川沿いを下る筋になる。
この道沿いには川の水を導水し、また川そのものを堀代わりとして要所要所に砦が築かれ、主要道として整備されている。途中新殿村にある分岐から南へ向かうと杉沢村、その先は田村領である。
隊列は尚義を中央に据え、義綱が先導を執り、斉義が後に備える格好だ。
尚義は、暫くは夜風に当たって心地良さそうにしていたが、やがて馬の揺れに不快感を増したのか、転げるように馬を下りると道の傍らで吐いた。
すぐに気付いた斉義は、すかさず馬を下りて駆け寄った。
「誰か、水を汲んでこい」
斉義は、腰から提げたふすべを外して同道の小者に渡すと、尚義の背中をさすった。
尚義はその優しい振る舞いに感激したのか、一つずつ思い出すように細かく言葉を発している。
「其方には、済まなんだのう。出戻りと、辛い思いをすることも、あろう。だが、其処を何とか堪えて、松丸を、宜しく支えてくれ」
「勿体ないお言葉。私は大内の家に戻った時点で、石橋家の一臣に立ち返っております。松丸君へ忠勤を尽くすことは、今更申すまでもないことでござります」
「太郎……」
義綱は馬に乗ったまま、周囲に気を配っている。しかし酔っているだけに、馬さばきが常ならぬ様子で、てこずっているようだ。尚義が酔って乱れることはもう日常的になっているとはいえ、主君の醜態を世間の目から遠ざけることは重要事である。
斉義はこれまで見せたことのないほどの甲斐甲斐しさで、身体をピタリと寄せている。
義綱はその仕草に違和感を抱いたようで、頻りに首を傾げては何か言おうとしているそぶりだったが、二人の会話に割って入る機会を逸している風でもあった。
「――其方は、酒が強いのう。顔色も変わらぬし、どこにも、乱れたところがない」
斉義は笑って懐に手を入れた。
「実は酔い止めの薬を手に入れたので、試していたのです。先ず自分で服用してみて異常が顕れねば、安心して献上できると思っていたのですが、どうやら効き目は間違いないようです。今から呑んで悪いということもござりますまい。どうぞお試しくだされ」
斉義は「噛まぬように」と言い含めおき、包み紙から取り出した大き目の丸薬を尚義の口に入れ、丁度戻った小者からふすべを受け取ると、中の水で飲ませた。
そして尚義を自分の馬に載せて口を取り、再び帰途に戻った。半ば置き去りにされた義綱が、そのまま列の後ろに廻る格好だ。
やがて、尚義は大きないびきをかき始めた。
斉義は、父が自分の仕草に注意を凝らしているように思われ、背中に刺さる視線を煩わしく感じた。それでも、頻りに尚義の身体の傾きを直してやっていると、漸く疑心を散じたのか、また元の如く周囲へ注意を向けるようになったようだ。
遠くの闇で梟が一声、ギャーッと鳴いた。
一行は皆驚いて、その声の方向へ一瞬顔を向けたが、尚義だけは眠ったままだった。
塩松城に着くと、斉義は尚義を寝所までおぶっていった。
宿居に布団を敷かせ、寝かせると、尚義はかすかに目を開けて礼を言った、ようだ。
斉義と義綱はそのまますぐに城を辞し、それぞれ自分の居城へと帰途に着いた。
義綱は亮かに眠そうな目をして、表情も動きも全体的に緩慢としている。
父と小浜城下で別れると、漸く斉義は深呼吸して首を廻し、夜空を見上げた。
もう一刻もすれば、山の端が白みだすだろう。夜露の湿気が草と土の香りを運んで、密かに高まっていた斉義の動悸を幾分落ち着けた。(後は、なるようになるだけだ)と。