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本丸主館の門は堅く閉ざされている。
反撃の態勢を整えられては、逆に当方の身が危険に晒されてしまう。
無勢にてどう攻め立てたものか考えあぐねている間に、石川摂津が到着した。そして同時に逆方向から、親綱の使いが訪れた。
「太郎殿、遅ればせながら、ただ今参上仕った」
「なんの。余りの早さに、驚いております。……一寸失礼――」
斉義は親綱の使いから、耳打ちで報告を受けた。
「うむ、分かった。追って沙汰のあるまで、引き続き制圧しておくよう申し伝えよ」
「はっ」
「如何された?」
「備中殿は恐らくこの中の由。街屋敷を制圧した弟からの報告でした」
「左様か。ならば――」
摂津は平生の彼には似合わぬ怒声で以って、門の中へ呼び掛けた。
「備中殿ぉ。中に居られると存ずるが如何っ」
中から絶叫にも似た、若者の大声が聞こえる。
「その声は石川摂津殿と存ずる。備中が甥、宗四郎が代わって返答す。こは如何なる所存かっ。斯様な暴挙に出て、上にどう申し開きをするつもりかぁっ」
「こは主命ぞぉ。其方らの企てし謀略、既に頓挫せり。もはや神妙にされよっ」
門の中がどよめき、更にざわめきへと変ずる。
やがて静かになると、門外では撃って出るかと緊張が高まった。
ほどなく門内から煙が立ち始めた。屋敷に火を掛けたらしい。
摂津が傍らの下士に開門を命じた。どうやら草調義専門の組頭である。
その下士は、門から少し離れた塀際へ寄ると、指笛で短い韻律を刻んだ。
少しして門の辺りから叫び声が響き、内側から通用門が開けられた。門の中から現れたのは、先日百目木城にて斉義を案内した門番の小平だった。
斉義は彼らの一連の行動を見て、その手際のよさに気味が悪くなった。それに比べて、自分が人足を抱き込んでさせたことの稚拙なこと――。
ともあれ門内へ突入すると、既に炎は主館を崩さんばかりに燃え拡がっていた。
「備中と宗四郎を探せっ」
火の勢いは激しかったが、それでも摂津の下士が数名、館内へ飛び込んでいった。更に館の裏手に見つかった隠し通路から、探索の手も伸ばされた。
摂津が何かと先に立って動くものだから、斉義は手持ち無沙汰に腕を組み、燃え上がる建物を憮然と眺めていた。
後ろから摂津が声を掛けた。既にすっかり相好は崩れている。
「太郎殿、父御がお見えになりましたぞ。どうぞ報告をしてくだされ」
「あっ、はい」
共に門から出ると、義綱が馬から下りたところだった。
「見事な機転でござったな。ご子息も立派に立ち振る舞われておりましたぞ。きっと殿もお喜びになるでしょう」
摂津は義綱に向かって厭味なくそう言うと、北曲輪の方へ向かって行った。「機転」とは鉄炮の件だろう。
斉義は義綱と共に再び門をくぐった。
「ただ今、備中殿の屍体を確認中です。また、備中殿と共に甥の宗四郎殿が城内に居た由。その所在も確認中です。街屋敷の方は助右衛門が押さえました」
義綱は斉義の横に並ぶと、炎を眺めながら頷いた。
斉義もまた、何をするでもなく煙を仰ぎ見ている。
傍から見たら何とも間の抜けた光景であろう。斉義は自分らのことをそう思った。
激しい黒煙は上空で青に溶け、空全体を薄く濁らせている。やがて大きな音を立てて主館が崩れ落ち、熱風が吹き抜けた。顔を背けてやり過ごした後、薄目を開けて見上げると、舞い上がった無数の火の粉が次々と黒い炭に変じてゆくのが分かった。
暫くして、裏通路を捜索に行っていた者が、北曲輪から斉義の所へ報告に来た。
「両名の死亡、確認致しました。ただ、備中殿が首は見つかりましたが、身体の所在は未だ確認されておりませぬ」
「む? 状況がよう掴めぬ。詳しく話せ」
「裏通路から北曲輪へ出る手前に、地元でクラベ石と呼ばれる大石があるのですが、その石の傍らに宗四郎殿の屍体が転がっていました。口から背中にかけて自らの太刀にて貫かれており、状況から察するに、剣先を咥えて石の上から転げ落ちたものと思われます。そしてその腰袋の中に、備中殿の首が入っておりました」
「するともしや、この本丸主館へ逃れる前に――」
「おそらくは。いずれ胴も見つかることでしょう」
その言葉通り、ほどなくそれは見つかった。
否、北曲輪でとうに見つけられてはいたのだ。神社拝殿の中にあった腹を切った首のない屍体が、衣服や所持品から備中であると結論付けられたのだった。




