15
――翌日の午過ぎ、雲一つない晴天である。
義綱は塩松城へ出仕していった。
石川摂津は、百目木から麾下の兵を百人ほど動員して塩松城下に控えさせると、自らも義綱に続いて尚義に謁見すべく、入城していった。
同時刻、斉義は弟の助右衛門親綱を伴い、二十数騎の軍勢を率いて小手道を小浜の街場から南下、宮森の搦手へ二町足らずの地点まで出張っていた。
宮森城内から盛んに揚がっている薄灰色の煙が、空の青に映えている。
この煙は、明日のお成りに向けて城内の隅々まで掃き清めての焚火であり、本来は何ら他意のないものである。
ただ斉義は、手伝いの人足一人を金で抱き込んでいた。ただ目的は告げずに、焚火へ生木をくべるよう命じたのだ。その為に、矢鱈と煙が出ていたのだった。
「兄上、これだけの勢で城を陥とすとは、なかなかに豪儀ですな」
親綱は斉義と馬首を並べて煙を見上げ、快活な笑顔を見せた。
「まあ、追って百目木勢も来るだろうがな。それまでに勝負をつけられれば、御の字だ。それでな助ゑ――」
斉義は弟をそう呼ばって、躊躇いがちに打ち明けた。
「儂としても其方に側に居て貰うと助かるのではあるが、何分にも頭数が足りぬ。不本意に思うかも知れぬが、宮森の街屋敷の方へ廻ってくれぬか」
街屋敷は大河内一家の褻の居住地で、宮森城の西麓、城下の街場に接してある。城の搦手門前から右へ分岐する細道を辿ると、街場に通じる手前に存する。対して大手門へは、城の東側、分岐を道なりに左手へ廻って行くのが最短である。
「……分かりました。まぁ、それもまた必要な役目です。ただし、こちらの方に備中殿が居た場合には……」
「うむ。こちらに遠慮することなく、存分に功を取ってくれ」
準備は調った。
あとはジリジリと父からの合図を待つばかりである。
その時、晴れた空に一発の爆裂音が遠くから響いた。
それは義綱が塩松城内の大内屋敷から打ち放った空炮だった。
かねて申し合わせていた合図とは、これである。
斉義が尚義の後嗣としてあった頃、義父から買い与えられた鉄炮が、思わぬところで役立った。
奥州では依然鉄炮はさほど多く入っておらず、塩松にもまだ数挺しかない。当時の義父は相当の無理をして手に入れてくれたのだろうと、斉義はあの頃の甘い生活を懐かしく感じた。
兎も角も一行は、それを合図として一斉に駆け出した。
「ではっ」
申し合わせ通り、親綱は斉義率いる本隊と分かれ、手勢七騎充当の上下を率いて城の北から西へ廻っていった。
目の前には搦手門がある。門番は何事かと狼狽して出てきたが、目の前で左右二手に分かれた軍勢が駆け去って行くのを、口を開けて眺めるばかりだ。
斉義は先頭を切って小手道を更に南へ進み、大手の門前へ達した。
無防備に出てきた門番を一刀に倒し、馬出しを一気に駆け抜けると、城内への上がり段に向かって更に鞭を当てた。そして南曲輪を蹂躙して北上し本丸をそのまま通過すると、神社のある北曲輪へと突入。この辺り、城の表構造は概ね熟知している。
神社付近には、明日のお成りに向けての準備に、上下士が十五人程度と人足が五十人ばかり来ていた。
「人足は片寄れぃ」
斉義は大音声を張り上げ、麾下の下士数名へ人足を一箇所にまとめるよう命じた。そして更に神社の境内へ向けて突き進んだ。
この頃になって漸く戦闘らしい戦闘が始まった。
されど城兵から抵抗があるといっても、平服と総武装した騎馬武者との対峙では、勝負にならない。
「雑兵は構うな。狙うは備中が首のみぞ」
しかし北曲輪を大方制圧しても、備中の姿が見えない。
報告が入った。
「本丸主館にまだ多数立て篭もっている模様」
「よし」
斉義は身近にいる者をまとめて本丸へ向かうことにした。
敵勢の推移を窺うに、どうやら曲輪間連絡の裏通路から多くの者が逃げたようだ。斉義も流石に城の裏構造までは承知していない。
このとき、搦手門の方から喚声が挙がった。どうやら石川勢が着いたらしい。斉義はその予想外の早さに渋面を作りながら、構わず本丸へ向かった。