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――斉義が百目木城を辞したのは、空が幾分白み掛けた頃だった。
「長々とお邪魔致しました」
「うむ。早う帰られた方が宜しかろう」
縁に出ると、先だっての門番が前庭と中庭の間辺りから音もなく駆けて来た。
「多少駆け足になります。なるべく足音を忍ばせてくだされ」
「うむ。では」
斉義は摂津に一礼すると、門番の男に続いて駆け出した。
門番は城を出た後も引き続き山の中を先導し、小浜の郊外まで斉義を案内した。
塩松中を知悉したと思っていた斉義にもまるで知らない獣道ばかりを通って行くものだから、眼下に小浜の見慣れた街並が現れるまで、自分が何処にいるのかまるで判らなかった。
終始二人は無言だったが、別れ際に斉義は、一礼して去ろうとしている男へ、声を掛けずにはいられなかった。
「待て。其方……名を何という」
男は立ち止まって少しく躊躇っていたが、間もなく小声で応えた。
「小平とお呼びください。今後百目木からの伝達事項は、それがしが承ることのできるよう、お願いしておきます。よってこれから、繰り返しお目に掛かることになるやも知れませぬ」
小平は再度一礼すると、音もなく駆け去った。
斉義は小平のお陰で、何とか日の出前に小浜城へ着くことができた。あれがどのような来歴を持つ男かは判らぬが、あまり詮索せぬ方がよかろう。斉義は小平を得体の知れない者と見ながら、その使いでをはじき出していた。
搦手から城内へ入ると、門番から伝言を伝えられた。
「先刻より、お父上様が書斎にてお待ちです」
「……まさか、ここへも」
「はい。殆ど一刻毎に。この口上も、直接に命じてゆかれました」
「………」
屋敷内へ入ると、義綱の書斎から光が洩れている。どうやら寝ずに待っていたようだ。
しかし斉義は放っておいて、そのまま寝た。高揚した充実感を害したくなかったのだ。
そして翌晩、斉義は義綱に会いに行った。
義綱は、昨夜斉義が戻ってから会いに来なかったことを、言頭にこそ出さなかったが、釈然としない表情ではあった。
斉義としては、昨夜の摂津との会話を今ここで全て語って聴かせることは憚られるが、当面の指示だけはしておかねばならない。
一度、話し合っただけではあるけれども、斉義は、義綱よりも摂津の方が視野が広く、先の展望と対策もしっかり持っていると感じるようになっていた。様々な話をしながらも、摂津から教唆されることが多かったからだ。急な訪問にも関わらず、既に全てを諒解していたかのような話し易さも、後から考えれば不自然であり、不気味なことであった。
「昨夜は如何だった」
「宮森参りは明後日でしたな」
「うむ」
「……備中殿に謀叛の噂があります。ご存知でしたか?」
「初耳だが」
「あるのです。そんな噂が」
斉義は睨まんばかりに父を見つめた。
義綱は意を解したのか気圧されたのか、曖昧な返事をした。
「うむ。――で」
「田村を援み、此度の宮参りを好機と、尚義公を弑し奉ろうとの企みになっている由。そこで、決行か否かを田村へ報せる手立てとして、決行の場合にはその前日に、宮森城内から狼煙を揚げて報せることになっているのだ、と言われております」
「何? ならば、明日それが知られる訳か」
義綱は身を乗り出してきた。
「はい。狼煙が揚がれば、それで噂は本当だったということになります」
「そうあっては、注進に及ばねばなるまいな」
「即刻討ち果たすよう、進言を願います。恐らく石川殿も同席して、口添えしてくれることでしょう。石川殿はそのとき既に塩松城まで兵を伴っておるやも知れませぬ。我らも万全の準備を整えて事に望まねば、功を立てることは叶いますまい。明日は私も、予め中途まで出張っておりますので、合図が入り次第、宮森の城門へ殺到致します。さすれば第一の功は我らのもの」
「合図とな?」
斉義は薄く笑みを浮かべた。




