13
――一刻ほども掛けて、斉義は漸く百目木城に着いた。
道中幾度か物音に身を潜めたが、何とか人目に付かずに済んだらしい。
出てきた門番は、訪問者を見るとすぐにそれを斉義と判別した。
斉義の側でも、何度か聞き覚えのある声からすぐに相手が誰かを特定した。名は知らぬが、何度か会って挨拶程度の話をしたことのある下男である。
「これは小浜の若君。如何なされましたか」
「折り入って摂津殿に相談があって参った。内密にお取り次ぎを願いたい」
斉義は「内密」の部分を強調しながらも、声を潜めて言った。
門番も小声になり、両手で制するような仕草をした。
「暫しお待ちを」
門口にて言葉通り暫く待つと、再び同じ男が顔を見せた。
「お待たせ致しました。他の番衆を説き伏せて、若君のことを他に知られぬよう根回しをした上で、大殿に直接伺いを立てて参ったので、思わぬ時を喰いました」
「手間を掛けた」
城内に入ると、なるほど、途中の門や通路には一切人影がない。
本丸に至って前庭から中庭へ抜けると、一つだけ灯りの点った部屋がある。
門番はその部屋の前の縁に手を付くと、小声で中へ声を掛けた。
「お連れしました」
そして斉義を促して下がった。
障子戸を開けると、一本の燭台の側、目的の男が寝巻き姿で一人正座をして待っていた。
光の具合か、いつもはにこやかな面相が、目つき鋭く感じられる。
「夜分に恐れ入ります」
「いや、夜分にしかできぬ話もあるものです」
「……先ずは、ご息女の懐妊、おめでとうござりまする。もし男子が産まれた暁には、尚義公の後嗣となられましょう」
「松丸君が居られるのでは、ないかな?」
「大内では一族を挙げ、石川殿のお手伝いを致す所存」
部屋の光度に目が慣れてくると、摂津が光の具合などではなく実際に険しい顔をしていることが判った。
斉義の追従にニコリともしない。ただ一瞬目を閉じて小さく頭を下げただけである。
「それは……。して、備前殿は、否、太郎殿は何をお望みか」
「近く、殿が松丸君を連れて塩松神社へ宮参りをすることは、お聴きでしょう。そのとき備中殿が田村を後援として謀叛を起こし、殿を弑し奉ろうとしている、という噂がありましてな。あくまで噂、ですが」
「ほぉ。松丸君の摂政になって、権勢をふるおうという魂胆でもあるのですかな。備中殿も大それたことを。――いやいや、噂が本当なら、ですがな」
摂津は眉尻を下げ、乾いた笑い声を小さく上げた。
漸く上げたその笑い声も、常日頃の優しさは微塵も感じられない。突き放すような、冷たい笑い方である。
そして少しく斉義の目を見つめて黙った後、全て得心したかのように言葉を続けた。
「――よろしい。承りました。――して、産まれた子が女の子だったら、如何致す所存か」
「いずれにせよ、松丸君の威勢は多く削がれましょう。後ろ盾なくば、実力で家中をまとめ上げるしかない。それができぬ程度の器量と見定めたときには――」
摂津は断定するように、斉義の言葉を遮った。
「それを待つまでもありますまい」
「されど昨今の田村の威勢を鑑みるに、余り弱みを見せれば付け込まれましょう」
「寧ろ我らの方から、田村の懐に飛び込んでは如何」
摂津は一瞬だけ片頬で笑った。
斉義は少しだけ安堵の笑みを浮かべた。
秘めていた本題は、開けて見れば相手と揃いのものだった。だがその笑みは、相手には呆れて洩れ出たものと伝わったかも知れない。
この頃、田村庄三春の田村氏は、隆顕が隠居して嫡男清顕が跡を継ぎ、その威勢は最盛期を迎えようとしていた。
即ち、常州佐竹氏の北進に対抗して会津の葦名氏と共同でこれに当たっていたが、その一方で葦名に対しても隙あらばその領地を奪わんと狙っていた。
その後方たる塩松を従えたなら清顕に後顧の憂いはなくなる訳で、内応の声を発せば飛び付いて来るのは必至の情勢だ。
斉義は話の主導権を摂津に持たせ、自分は聞き役に廻った。
「摂津殿貴殿――。何か策でもありますのか」
「……お時間は大丈夫ですかな?」
「このような場、そう何度も設けられるものではござらぬ。時間の許す限り、私も腹の中のものを総て出してゆきますので、どうかお心に留め置かれますよう」
「お互いにな」