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変節  作者: 北角 三宗
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 斉義放逐から暫くして、尚義妾に再び懐妊の報が出た。今度は百目木城主、石川摂津綱政の娘である。


 石川氏は常陸国境石川庄の庄司の庶流で、古来塩松地方の土豪として勢力を張り、中央から塩松へ下向してくる諸名族の麾下となることで家を保ってきた。

 よって石橋家中での家格こそ低かったが、この摂津は持ち前の社交性と周辺諸氏に名と顔が売れていることによって、家老並に推挙されていた。

 居城百目木城は塩松東南端にあり、その支配領域は相馬領と田村領に接している。即ち石橋家に於ける両氏との関係の構築維持は石川氏に委ねられ、石橋家中の相馬番と田村番を兼ねていた。


 尚義がこの歳になってからの俄かに続く妾の懐妊に対し、不審の噂も影ではまことしやかに囁かれていたが、尚義はそんな声は歯牙に掛けず手放しに喜んだ。


 義綱は焦る心に唇を噛む日々を続けていたが、斉義は平然としており、時に父の名代として塩松城に出仕しては、過去に尚義の養嗣子としてあったことなど忘れたかのように、臣下の礼を以って伺候したりしている。

 その姿勢は多くの者に感銘を与えた。


 尚義も、放逐後の斉義の潔さに感心し、昔の如くとまでは行かずとも、再び好意的に接するようになっていった。


 翌年の春を迎えると、尚義は松丸を伴い、大河内氏の実家宮森城内の塩松神社へ宮参りすることになった。昨年の誕生以来、何度も私的には参詣していたが、今度のは公的意味合いが強く、大規模なものだった。


 大河内家の本拠宮森城は、小浜の南隣、小浜川の西岸に立つ小型の山城で、南大手、北搦手、南から西麓に掛けて小さな街場が形成されている。


 神社は城域の北曲輪に位置する。前九年の役の折、源頼義の臣伴助兼が尊信する宇都宮慈現明神を勧請したのが縁起で、大河内家はこの神社の宮司職も兼ねている。そもそも宮森の地名もこの神社に因っている。


 参詣を三日後に控えた午後、斉義は出仕から戻った義綱へ声を掛けた。

「父上。内密のお話が」


 斉義は今回の参詣を一つの好機と捉えていた。

 義綱の方でも何やら思うところがあったようで、重く頷いた。黙ったまま連れ立って奥の間に入り、人払いして対座すると、義綱の方が先に口を開いた。

「百目木を抱き込もうと思う」

 義綱の視線が斉義を刺した。


 斉義は一瞬目を合わせたが、すぐに落ち着きなく顔をそむけ、ただ頷いた。

 義綱の言葉は、斉義の考えと同じだった。だが義綱のような殺気立った目をしていたら、誰でも不審に思うだろう。

 内密に重大な話をするときこそ、何気ない仕草をするべきである。斉義は(父は斯様な謀事には合わぬ)と、少々げんなりした。


「父上は直前まで、表立った動きは為さらぬ方が良いでしょう。今晩、私が百目木まで行き、話を付けて参ります」

「何か書こうか」

 斉義は頭を振った。

「口上のみの方が、後々安心です。万事お任せあれ」

 斉義は、父の関与をできるだけ少なくした方が巧く行くと判断し、そこまで話すと早々に座を立って多くを語らなかった。


 その夜、斉義は単身、搦手から徒歩で外出し、百目木城へ向かった。馬で行ったらどうかと義綱に勧められたが、断った。

「馬は音を出しますし、できることなら家人にも内密の方がよろしいでしょう」


 塩松中に顔が知られているだけに、注意には万全を期す必要がある。斉義は、勝負の大半は今夜中に決すという覚悟でいる。

 家中にて斉義の外出を知っているのは、義綱と搦手の門番のみであった。


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