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すっかり気分が楽になったところで、斉義は志保の許へ戻った。
外出もまれな深窓の姫君は、駕籠にほんの短い間揺られただけで具合を損ね、小浜に着くや義綱へ挨拶もせぬままに床を敷いて休んでいた。
斉義が顔を出すと、志保は床から身を起こした。
「少しは楽になったかね」
「ええ。今からでも貴方のご両親へ挨拶に参らねばなりませぬ。すぐに準備致しますので、少しお待ちくだされ」
「よいよい。そんなものは。これまでと違い、狭い所帯。そのうち嫌でも顔を合わせることになる故、何も気にすることはない。志保のことは話しておいたから、今日はこのまま休んでいるがいい」
志保は「でも」と躊躇っていたが、やがて斉義に従った。そして俯いたまま、斉義に侘びを言うのだった。
「私も再三父上には申したのですが。一度決めたらなかなか他人の言うことを聞かぬお人でありますよって、貴方には何とお詫びを申してよいやら」
「何のことだ」
「『塩松殿』の名跡は貴方が継ぐのが相応しいとは、家中の誰もが、奥向きの者にすら異存のないことでありました」
斉義は「何だそのことか」と気にも留めない風であったが、ふと意地悪そうな目をして凄んでみせた。
「追ってこの儂が主家を滅ぼし塩松殿を簒奪すると言ったら、其方は如何する」
志保はまるで落ち着いたままである。
「父尚義を、また松丸君を塩松殿たるに足りぬ器量であると、ご自身を塩松殿と自認して周囲もそれを認めるならば、是非ともおやりなされ。それがお家の安泰となりましょう」
斉義はこのところ、志保の成長に目を見張っていた。
身体的なものや知識ではなく、人間的な。つまり、会話をしていて気がストンと楽になるときがあるのだ。
本気とも戯れ言とも取れる危うい会話でも斯様に気楽に話せるのは、彼女の気持ちの大きさが受け皿になっているからだと、斉義は感じていた。
結婚して十年、漸くのように打ち解けてきた夫婦は、一つの束縛から解き放たれ、この後速度を増して親密になっていく。
斉義は微笑んだ。
「志保が塩松殿の系譜を途絶えさせぬことを望むのなら、そのように心得よう」
志保も曖昧に微笑みを返した。
それからの斉義は、尚義から下された十文字槍にて鍛錬を重ね、馬で塩松中を僅かな供を連れ、時には単騎で駆け回って過ごす日々だった。供の面々も、それまでと殆ど同じである。
即ち変わったことといえば起居の場を遷したことだけで、斉義にしてみれば却って快適な生活である。
放逐の事情はすぐ一般領民にまで知れ渡り、斉義は彼らから一層慕われた。
斉義も、それらの態度の多くが同情からのものだと気付いていたが、そんなそぶりはおくびにも出さず、只管に人の好い若様を演じている。
義綱の怪訝な表情だけが時々煩わしかったが、口を挟んでくることもないことから、気付かぬ振りをして放っておいた。