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第5話 夏に咲くバラ

 美津紀は学校に復帰し、クラスメイトたちに明るく迎えられた。彼女の病気は学校にだけ報せてあるだけで、生徒には報せないようにと彼女と彼女の家族が望んだのであった。

「でも、美津紀が貧血なんてびっくりだよ」

 登校してしばらくは病み上がりを心配していたクラスメイトも、いつもと変わらぬ美津紀の様子に緊張を解いて、今では冗談まじりに彼女の病欠をネタにしていた。

「ほんとほんと。貧血なんて薄幸の美少女にぴったりな病気なのに」

「ひっどーい。それじゃあ、あたしが薄幸の美少女じゃないみたいじゃない」

 美津紀は頬を膨らませた。学校を休んだ理由は、急性の貧血症で入院ということになっていた。

「美津紀は薄幸の美少女というより、明朗快活元気印だもんね」

「もうっ、みんなして。これでも、かよわくて繊細でナイーブなガラスのように壊れやすい乙女チックな心の持主なのよ」

「自分で言ってる段階でそれはないって」

「ふーんだ」

 むくれる美津紀にクラスメイトが笑い声を上げた。美津紀も同じように笑った。正直まだ少し笑うのは辛かった。でも、以前のように笑えないわけじゃなかった。

(コウちゃんと毎日、放課後過ごしているからかな?)

 あの日以来、美津紀は病院に行かなければならない日を除いて、ほとんど毎日、耕太と放課後を一緒に過ごしていた。彼の笑顔は美津紀の心をみるみる明るく解きほぐしていった。

「乙女チックといえば、聞いたわよ。美津紀、B組の遠野君と付き合ってるんだって? 退院そうそうやってくれるわね」

「なっ! そ、そんなんじゃないって」

 耕太のことを思い出したときにタイミングよく聞かれて美津紀は明らかに狼狽した。

「照れるな、このっ。毎日放課後、校庭の片隅に仲良くしけこんでるって、ネタは上がってんだ」

「あ、あれは……」

「まあ、二人揃ってジャージ姿でほっかむりじゃあ、ロマンも何もないけどね。土いじりしながら恋の炎を燃え上がらせるなんて難しそうだもんね」

「でも、遠野君らしいよね。なんだかほのぼので」

「いえてる」

「もう、違うって! 遠野君とは幼馴染で、バラ園を復活させるのを手伝っているだけよ」

「はいはい」

 美津紀は彼女の言うとおり、耕太の作業を手伝っているだけであった。園芸の初心者で力もさほどない彼女にたいした事はできなかったが、一人いるといないでは作業の進み具合が格段に違っていた。最初は廃墟と変わりないバラ園は徐々に本来の姿を取り戻してきていた。

 美津紀はその様子を見るのが楽しくて仕方なかった。

「だけど、明日から夏休みか。一杯遊ぶぞ! 美津紀、夏休みはどうすんの? どこかに遊びに行こうよ」

 クラスメイトの一人が明日から始まるロングバケーションに心を躍らせて、美津紀を遊びに誘った。

「うーん、お医者さんに大人しくしておくように言われてるの。もう、平気なんだけど、再発すると厄介だからって。プールも駄目だしね」

 美津紀はすまなそうにクラスメイトに謝った。クラスメイトたちは逆に美津紀があまり遊べないことを可哀想がっていた。

 運動することで病状が悪化することは報告されていないが、医者としては入院して安静にしてくれることを願っていた。だが、完治の見込みのほぼない患者に効くかどうかわからない治療を押し付けるのは、|クオリティー・オブ・ライフ《人生の質》を考えればできず、病状が悪化しない限り定期的な通院で済ませていたのであった。

「でもさ、彼氏持ちなんだからいいじゃん。プールにいけないのは遠野君が残念がるだろうけど」

「だから、彼氏じゃないって」

 美津紀は否定したが、周りはそれを信用せずに、やっかみ半分でそれをネタに終業式が始まるまでずいぶんと盛り上がった。


「もちろん、夏休みもするのよね? バラ園の世話」

 終業式が終わって、美津紀はいつものように耕太の作業を手伝いながら訊いた。

「うん、そのつもりだけど無理しなくていいよ。来れる時だけで十分だよ、ミツキちゃん」

「冗談じゃないわよ。最初にいったでしょ。ちゃんと手伝うって」

 美津紀はムッとした顔で耕太を睨みつけた。もっとも、睨まれた方は嬉しそうに笑っていたので、睨んだ効果は無かったが。

「うん。ありがとう。助かるよ、ミツキちゃん」

「あたしはしたくてしてるんだから、コウちゃんにお礼言われる筋合いはないわよ」

 屈託のない顔でお礼を言われて、美津紀は思わず顔を赤らめた。

(もう! みんながあんな事言うから、なんだか照れくさくなっちゃうじゃない)

 黙って顔をそらしている美津紀に耕太は別のことで照れているのだと勘違いし、のほほんとした笑顔を浮かべていた。

「はいはい。わかってるよ。でも、一番綺麗に咲いたのはミツキちゃんのものだよ。それぐらいさせてよね」

 耕太の言葉に美津紀は照れるのを止めて、気づかれないように唇を軽くかんだ。

「バラって、確か、咲くのは秋よね……?」

「ん? 秋まで待てないなんて、ミツキちゃんらしいね」

 耕太は幼馴染みの気の短さをおかしそうに笑った。

「ち、違うわよ。あたしはただ……そう。二学期にみんなが登校して来たときにバラが咲いてたらいいなって思っただけよ」

 耕太の勘違いを正すわけにもいかず、美津紀は適当な嘘の言い訳を口にした。嘘だったが、口にして、それもいいなと思ったので完全に嘘とは言えないと自分に言い聞かせた。

「そうだね……確かにいいよね。実を言うとね。あそこのバラは夏の終わりに咲く予定なんだよ」

 耕太はバラ園の一角を指差した。

「え? 本当?」

「うん。この種類は四季咲きって言って、本当は春から秋に咲きつづけるんだけどね。手入れをしてなかったから三番花を咲かせなくなったんだよ。でも、ちゃんと土を調え、水をあげて、肥料をやったから、今年は多分、夏休みが終わる頃に咲き始めると思うよ」

 充分に成長したバラは種類にもよるが、春から秋にかけて剪定や追肥など条件を整えると何度も花を咲かせる四季咲き性という性質を持っている。耕太は美津紀が手伝い始める少し前の六月中ごろに花がら摘みを行っていたので、次に咲くのは八月中旬から下旬と彼は予想していた。

「本当?」

 真剣な目で詰め寄る美津紀にちょっとびっくりしながら耕太は頷いた。

「絶対とは言えないけど、ちゃんと世話したら、多分」

 三番花はかなり好条件でないと咲かないこともあり、不安はあったが、頷かないわけにはいかない迫力が美津紀にあった。

「じゃあ、じゃあさあ。最初に咲いたバラの花、あたしにちょうだい」

「いいよ、それぐらい。でも、最初に咲くのは色とかよくないかもしれないよ」

 耕太は一番をもらいたがる美津紀が昔と変わらないと思わず微笑んで、後で文句を言われないように忠告した。

「いいの。あたしはそれで」

 美津紀は妙に透き通った声でそう答え、耕太はその声に胸の奥を掴まれるような錯覚を感じて動揺した。

「ま、まあ、いいよ。じゃあ、ミツキちゃんには一番最初に咲いたのと、一番綺麗に咲いたのをあげるよ」

 耕太は自分の動揺を隠すように冗談めかして美津紀に約束した。

「ありがとう、コウちゃん。――でも、いいのかな? 学校のものを勝手にあげる相手を決めて」

 美津紀はふと、優等生らしく規則の事が気になった。

「世話をしているんだから、それぐらいのご褒美はくれてもいいと思うよ。それに、この肥料とか薬とか、苗とか僕の自腹だし」

「ええっ! 学校のじゃないの?」

 美津紀は耕太の告白に目を丸くした。美津紀が知っているだけでも、これまでにつぎ込んだそれらの量はなかなかのものである。中学二年のお小遣いではかなりの負担だろう。

「クラブ活動じゃないし、僕の趣味みたいなものだからね。学校にただで場所を貸してもらっていると思えば大した事ないよ」

 確かにこれほどの面積を借りようと思えば、かなりのお金がかかる。耕太はちゃんと、バラ園の脇に自分の花壇を作って自分の好きな花を植えていた。

「でも、お小遣い足りなくなって兄ちゃんに借りてるんだけどね」

 耕太は強がりを言ったけど、実はかなり苦しいと本音を漏らした。

「あたしも――」

「だーめ。ミツキちゃんの植えたい花があったら、それはミツキちゃんがお金を出せばいいけど、これは僕がやりたくてやり始めたものだから」

 美津紀が何か言うより先に耕太が彼女の言おうとしていた事を言えなくした。

「でも、あたしもしたいからしてるんだよ。仲間外れにしないでよ」

 目に涙を溜めて訴えられ、耕太はその涙に驚いて情けないほどうろたえた。

「な、泣かないでよ、ミツキちゃん。そんなことで仲間外れにしないって。ねえ」

「でも、でも……」

 たまった涙がこぼれ落ち、耕太はますます慌てた。泣いている女の子は史上最強の生き物である。一介の男子中学生に太刀打ちできるはずがなかった。

「わかったよ。わかった! じゃあ、こうしようよ。次に肥料を買う時はミツキちゃんに出してもらう。その次は僕。それでいいだろ?」

「うん」

 美津紀は幼子のように小さく頷いた。

「もう、変わってるんだから、ミツキちゃんは。お金は出さなくていいっていったのに……」

 やっと泣き止んだ美津紀にほっとしつつも、耕太は変わっているという表情をしていた。だがすぐに彼女の性格を思い出して納得した。

「そういえば、喜びは一緒に、苦労は半分こ。ミツキちゃんのモットーだったっけ」

 耕太は変わらない幼馴染に思わず笑い出し、美津紀に笑った理由をしつこく聞かれてごまかすのに苦労したのだった。

 こうして、なにげない一学期最後の日が過ぎていった。


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