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第13話 美津紀の夢と耕太の夢

 夏の夜空を星が瞬いていた。このあたりは比較的、空気は綺麗な方であるがそれでも見える星の数は少ない。しかも、今日は満月で空全体が淡い光を帯びているように見えるのでなおさらであった。

 しかし、星が程よく省略されているので夏の大三角形がわかりやすく頭上に輝いていた。

 美津紀は耕太の家まで自転車でやって来ていたが、それに乗らずに耕太と共に自転車を押して歩いていた。

 他愛のない話をしながら二人で歩く夜道はいつもと違って新鮮だったのか、今日の夕方までの雰囲気が嘘のように話が弾んだ。

「あ、この公園。昔、コウちゃんと良く遊んだよね」

 住宅街の外れにある小さな公園。そこが耕太と美津紀が幼稚園のころ、定番の遊び場の一つであった。

 ブランコと滑り台と砂場。それとベンチが二つ。シンプルな公園だったが、子供の二人には充分な遊び場であった。

 砂場で砂山を作り、ベンチを使っておままごとをし、滑り台をジェットコースターのように滑り降り、力いっぱい遊んだ。

 中でもブランコは二人の大のお気に入りだった。二人はいつもそれをこいで空をつかもうとしていた。力いっぱいこげば、大きくなれば、きっとブランコが空に届くと信じていた。

「ねえ、ちょっと寄っていかない?」

 美津紀は耕太の返事を待たずに自転車を止めて公園へと入っていった。

 こんな時間の小さな児童公園である。公園に人影はなかった。

 美津紀はお気に入りだったブランコを見つけると踏み板に溜まった水を払って腰掛けた。鎖が鳴り、揺らすと少しきしんだような、耳につく音がした。

 耕太も同じようにブランコに腰掛けた。昔と同じ、二人が勝手に決めた専用ブランコ。美津紀が赤の踏み板、耕太が青の踏み板。二人は赤い彗星、青い稲妻と名乗って、ブランコを誰よりも高くこいでいた。

「あかいすいせいは、つうじょうのさんばいのすぴーどで、こげるのだ。ばびゅーん」

 美津紀は幼稚園時代の決め台詞をわざと舌ったらずの口調で再現すると軽くブランコを揺らした。

「兄ちゃんが教えてくれた台詞だね、それ」

「気に入って、いつも言ってたよね。正輝お兄ちゃんに意味を聞いたら、三倍がんばったら三倍幸せになれるってことだって教えてくれたけどね」

 もちろん、今は元ネタは知っている。美津紀は座ったままブランコをこぎ始めた。

「兄ちゃんは昔から兄ちゃんだから」

 耕太も苦笑しながらブランコをこぎ始めた。

「そうだね。コウちゃんも昔からコウちゃんだし」

「ミツキちゃんも昔からミツキちゃんだよ」

 耕太は笑って言い返した。

「なーんだ。あたしたちって、あの頃から何にも成長していないんだね」

「そういうことになるね、悔しい事に」

「そうだね」

 しばらく会話が途切れ、静寂の中、ブランコをこぐ音だけが夜の公園に響いた。

「あたしね、夢があるの」

 美津紀が唐突に話を始めた。耕太はその言葉に危うくバランスを崩すところであったが平静を装ってブランコをこぎ続けた。

「夢?」

「うん。あたしね、将来、ファッションデザイナーになりたいの」

「ファッションデザイナー? パリコレとかの、あれ?」

「そう、それ。だから敬信学院に行きたいと思ってるんだ」

 敬信学院は歴史と伝統のある被服部――通称ファッション部と呼ばれるクラブがあり、かなりのレベルの高い活動をしていた。クラブの発表の場である学園祭にはお忍びで現役で活躍しているデザイナーも見に来るほどであった。もちろん、その卒業生でトップクラスで活躍しているデザイナーも多くいた。

「そっか……」

「それから大学にいってデザインの勉強を本格的にして、留学するの。そこで修行して、目標はパリでファッションショーをするの。世界中が注目するような大きなショーを」

 美津紀はひときわ大きくブランコをこいだ。まるで夢をつかもうとしているように。

「なれるよ。きっと、ミツキちゃんならなれるよ。僕が応援する」

 耕太も負けずにブランコをこぎながら大きな声で断言した。

「ありがとう。コウちゃんにそう言ってもらえたら、百人力よ。最強の相棒が応援してくれているんだもの。なれなきゃ、うそだよね」

 美津紀も大きな声で応えた。

「そうだよ。なれなきゃ、うそだよ」

「あたしがんばるね。きっとファッションデザイナーになってみせるから。ファンションショーするときは見に来てね」

「うん。きっと行くよ。きっとなれるよ」

「ありがとう。――ねえ、コウちゃんの将来の夢は?」

 美津紀はあいかわらずブランコをこぎながら耕太に訊いた。

「僕の夢?」

 耕太はそんなこと考えた事もなかったので何を言っていいかわからなかった。

「そう、コウちゃんの夢も聞かせてよ。あたしばっかり応援されてたら相棒じゃないでしょ? あたしもコウちゃんの夢を応援する。だから教えてよ」

 美津紀は隣でブランコをこぐ耕太の方を向いてにっこり笑った。その笑顔に耕太は胸が張り裂けそうになった。全てをぶちまけたくなった。

「僕の夢――僕の夢は……」

 ミツキちゃんと一緒にいること。

 そういえれば、どれだけ楽だろう。しかし、言えない。絶対に言えない。

 耕太は全ての思いを飲み込んだ。

「僕の夢は、園芸家になって綺麗な花で世界中を満たすことかな?」

「うわー、あたしより壮大な夢ね。でも、コウちゃんらしくて素敵な夢ね」

 美津紀は耕太の夢がスケールの大きいことに感心して目を輝かせた。人が語る夢を決して馬鹿になどしない。大きくても、無理に思えても。それが友坂美津紀という少女であった。

「ありがとう、ミツキちゃん。……誰もが元気になるような、嫌な事があっても、挫けそうになっても、前に進む元気をくれるような……そんな花を育てたいんだ」

 耕太はこの場で考えた口からでまかせのつもりでいたが、実は以前からぼんやりと考えていたことだったことに気が付いた。そして、自分で喋っていながら内心、驚いていた。

「うん。コウちゃんなら、きっとできるよ。というか、コウちゃんにしかできないよ。あたし、応援する」

 美津紀はまるで耕太の夢がかなったかのようにうれしそうに笑った。

「ありがとう、ミツキちゃん」

「それじゃあ、どっちが先に夢をかなえるか競争ね」

「負けないよ」

「あたしもよ」

 二人はお互いにしばらくにらみ合って、ふっと力を抜いて、大声で笑いあった。

 そのあと見回りに来た警察官に注意され、夢の語り合いはそこで終わった。

 耕太は美津紀を無事に家まで送っていった。そして、美津紀の家から帰りも自転車には乗れなかった。ただ黙って、ハンドルを握り締め、にじんだ視界に映るいつもの道を歩いて帰った。


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