23・新たな使徒
海底公園中央管理局、通称タワー。
タワーは海底に造られたこの都市と地上とを結ぶ巨大なエレベーターを要しているが、もちろん中央管理と言うからには施設はそれだけではない。中央管理局のオフィスや海底公園の大小様々な企業のオフィス、それに職員の居住区、ホテル、ショッピングセンターなどが、エレベーターを円形に取り囲んでいる。
しかし、それは地上百八階まで。その上は非常用の階段が螺旋状にエレベーターを廻り、地上千メートルにある展望台を最後に通常人間が出入りできる空間は終わる。
ところが、今回反乱組織IDEAに爆破されたのは展望台のさらに上部だった。彼らは爆破後にタワーの展望台へ飛空船で乗り付け、タワーを制圧したのだ。治安維持部隊はもちろんの事、他国のIDEA対策合同チームも飛空船で近付いたが、タワーを背にとられ満足な攻撃が出来ず事態は硬直状態だった。
「もう!次から次へとまったく!」
レヴェッカは愚痴ると、愛機クラウソラスから伸ばした触手で向かってくるIDEAの兵士を感電させた。
(なんかこの武器ちょっと気持ち悪い?)
この武器は今回の改良で新たに搭載された。クラインボトルという成分でできたものだが、厳密に言えば武器ではない。
クラインボトルは無機物、有機物を問わず融合する性質を持つ細胞で、液体から固体へと形状も変化する。ドクターファントムに発明されて以降様々な産業、分野で使用されたが、人体および生物への使用はその副作用から現在使用が禁止されている。軍事産業にも流用されるこの素材は、普通は固体、もしくは伸縮性を持った固体として金属接合部のつなぎなどに利用されている。
しかし、ミカールがレヴェッカ専用機クラウソラスに搭載したのは液状のクラインボトルだった。もちろん液状では武器になるはずもない。それにレヴェッカの能力が作用する事で、クラインボトルは液体から固体へ、さらに形状を自由に変える武器または防具になり得るのだ。
マシューも螺旋階段を上りながら、器用に命を奪わない程度のダメージを与えながら敵を倒していく。
(ホントどんな加減であんな事出来るんだろ?)
マシューの技に感心しながら、レヴェッカも階段を上がっていく。
レヴェッカ達は展望台を目指し、螺旋階段を登っていた。
エレベーターが停止していて当てにならない以上、下から地道に登っていくしか方法が無い。途中で先に登っていた治安維持部隊やIDEA対策合同部隊を追い抜き、今はレヴェッカ達二人だけだった。脱獄同然で飛び出してきた二人だったが、幸いマシューは治安維持部隊のコートを着ていたため、レヴェッカは愛機クラウソラスに部隊の徽章がついていたために敵判定されずに彼らに見とがめられずに済んだ。なにより非常時で連絡系統が乱れているせいでもあるだろう。
「も~目が回るよぅ!」
螺旋階段をグルグルと延々登って行くうちに、平衡感覚がおかしくなりそうだった。展望台への扉はもう目の前にある。最後の一人をマシューが叩き伏せたのを確認すると、レヴェッカは止まって目をきつく閉じだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない~。」
心配したマシューがレヴェッカに駆け寄り、顔を覗き込む。無表情に限りなく近いが、瑠璃色の瞳には気遣う気持ちが込められている。
目を開けると世界が回る。レヴェッカは手を頭に当てて気持ち悪さに耐えた。
「レヴィ、辛いならここで待っているか?」
「ううん。平気。」
せっかくここまで来たのに、また待つだけの情けない自分に戻るつもりはない。戦える力が少しでもあるのだから、マシューを一人で行かせたりはしない。
レヴェッカは頭を振ると目を開け、展望台への扉に目をやる。
あの扉の向こうにルーカスがいる。そう思うと怖かった。
マシューと一緒にいてその戦い振りを間近に見れば、さらにルーカスへの恐怖は大きくなった。クラウソラスに乗っているレヴェッカと違って、マシューはその足で螺旋階段を登り戦ってきた。それなのに息切れ一つせず、消耗した様子がない。そんな相手と戦うのだと思うと気が遠くなったが、行くしかないのだと自分に言い聞かせる。
「マシューは大丈夫?」
「ああ、問題ない。」
二人は扉に近付き、開け放った。まずマシューが飛び込み、レヴェッカがそれに続く。
「あれ?誰もいない?」
「音がする。飛空船の方向だ。」
展望台はエレベーターを囲むようにドーナツ型をしている。
非常階段の扉からは横付けされたIDEAの飛空船は確認できない。しかし、マシューの耳はわずかな音を拾ったようだ。
二人は展望台に横付けされた飛空船に向かって走り出す。
そのうち倒れたアンドロイドや隊員たちの姿が目に入り、レヴェッカは一気に緊張した。彼らの無事を気にしながらもクラウソラスで飛び越え、先に進む。
(お母さん!)
前方で戦う隊員の中にアレクサンドラの姿を見つけ、レヴェッカは焦った。
階段の途中で追い抜いた部隊の前に、アレクサンドラ達のチームがすでにここまで来ていたのだ。
(みんな特査クラス!)
レヴェッカは隊員達の顔を確認して驚いた。アレクサンドラやマシューを含む特査は精鋭ぞろいだ。圧倒的に敵の数のほうが多かったが、その特査達が軒並み参戦しているとなれば心強かった。
「レヴィ!?なんだってこんな所に。」
向こうもこちらをを見つけたらしい。
「加勢するよ!」
レヴェッカは叫ぶと触手で敵を跳ね飛ばした。
マシューも無言で参戦する。
さすがの特査チームも初めは向こうの人数に押され気味だったが、レヴェッカ達の加勢で一気に形勢は逆転した。敵の数を確実に減らしていく。
しかし、隊員達が勝利を目前にしたその時、一人の隊員の悲鳴が上がった。見れば右肩から先が切断されている。
「ドリス!」
アレクサンドラが隊員に向かって叫ぶ。
痛みに膝を付くドリスの横に、ゆらりと立つのは褐色の肌に金髪の男。その横顔にレヴェッカの目は釘付けになった。
(あれは使徒!)
身間違えようもない。色は違ってもマシューと同じ顔。同じ肢体。ルーカスではない。別の使徒だった。その使徒はドリスの背中を踏みつけ、左腕を捻りあげた。
「っああああーーーー!!」
目をそらせないまま、レヴェッカは、使徒がドリスの腕をねじ切る一部始終を見届けてしまった。使徒は血しぶきを上げるドリスの肩を見ながら、にたぁり、と顔を歪めて笑う。
(酷いっ・・・。)
その行為の残酷さよりも、その使徒の表情にレヴェッカはより強い怒りを覚えた。
「何ボサッとしてんだい!」
すぐ側でアレクサンドラの怒鳴り声が聞こえ、見ればアレクサンドラがレヴェッカに襲い掛かろうとした敵を蹴り飛ばしたところだった。
「こんな時によそ見してんじゃないよ!」
「だ、だって、あれ!」
「だって、じゃないよ!とにかく目の前の敵を片付けなっ。」
(でも、それじゃドリスが殺されちゃう!)
レヴェッカは思ったが、アレクサンドラの言う事ももっともだと、手近な敵を倒していく。
レヴェッカは使徒の強さに焦っていた。その間にも何人かの特査が使徒に向かっていったのだが、特査レベルですらまるで歯が立たないのだ。
しかし、希望が消えたわけではなかった。
後方から足音が聞こえ振り返ると、レヴェッカ達が途中で追い抜いてきた治安維持部隊の第2チームと、各国から派遣された連合チームがやってくるのが見えた。
「レヴィ、後は任せたよ!」
「えっ!?」
驚くレヴェッカを残し、アレクサンドラは使徒に向かって行った。
「ジニー!」
アレクサンドラの呼びかけに答え、一人の特査が振り返る。アレクサンドラと目配せをすると、二人で使徒に飛び掛った。
アレクサンドラの足技とジニーの剣さばき。二人は絶妙のコンビネーションで攻撃を浴びせかける。
立て続けに攻撃を受けながら、使徒はあろう事か笑っていた。刀に姿を変えた右腕を血に染めて、ジニーとアレクサンドラを相手に刀を振るう。
笑いながら戦う使徒のその姿に、レヴェッカは悪寒のようなものを感じた。笑うのは余裕の表れか、それとも戦う事が楽しいのか。
使徒は右手の刀で応戦しながら、左手をかざした。するとその手の平から恐ろしいほどの熱量を抱えた光弾が飛び出す。
すんでのところでアレクサンドラが避けた光弾が、後ろにいたIDEAの味方を掠める。ジュッという音と共に服と肉が焼かれ、兵士は悲鳴をあげた。
「ああ!また面倒なもの出してくれたねぇ!」
そう言うと、アレクサンドラは次の攻撃を繰り出す。
しかし、味方に当たったというのになんの躊躇もなく、使徒は続けざまに光弾を放つ。
アレクサンドラとジニーはそれを避けるだけでも精一杯で攻撃はなかなか使徒に届かない。
「逃げるなぁぁぁああ!」
目標に当たらない事に焦れたのか、使徒はさらにたくさんの光弾を放った。それが展望台内部の床や天井、果ては敵味方の区別なく命中し、大混乱になる。
(何考えてんの!あいつ。)
攻撃を味方に当てるなんて、正気とは思えなかった。
レヴェッカはクラウソラスに障壁を張って光弾を防いでいたが、他の人間達は当たってはたまらないと光弾を避けるのに必死で、IDEA側の兵士達はもはや戦意すら失いかけているようだった。
「当たれ当たれ当たれぇぇえ!」
使徒は叫ぶと光弾をジニーに集中させた。逃げ場を無くしたジニーは光弾をいくつも浴びて、床に倒れ、痛みに転げまわった。
「ジニー!」
アレクサンドラの集中が一瞬乱れた隙を見逃さず、使徒はアレクサンドラに向かって右腕を大きく振るった。
刃はアレクサンドラの右足を捉え、切断した。その勢いでアレクサンドラは飛ばされ、背中から激しく壁に叩き付けられた。
「お母さん!」
そちらに向かった使徒とアレクサンドラの間に、レヴェッカはクラウソラスで割り込んだ。レヴェッカはクラインボトルを盾のように広げて障壁に重ね、使徒を阻む。
「邪魔するなよ!」
使徒は怒りも露に、何度も障壁に光弾を叩き付ける。
(もう持たない!)
使徒の狂ったような形相に脅え、レヴェッカは死を予感した。
使徒は刃になった右腕を大きく振りかぶる。
レヴェッカは目を見開いたまま動けない。




