19・決意
ルーカスについての話が終わると、視線はレヴェッカに集中した。
「そうなのかい?レヴィ。」
「・・・。」
アレクサンドラはマシューが覚醒しているのかどうか知りたいのだ。
「なんだよ。マシュー特査もあいつらの仲間って事かよ。」
「違う!」
イアソンの言葉にレヴェッカは首を振る。
「まだ仲間になったわけじゃないよ。」
「まだ、って事は、可能性はあるって事かよ。」
イアソンの追求にレヴェッカは言葉を詰まらせた。
「じゃあ、余計あんたは危険じゃないか!」
アレクサンドラの悲鳴のような声に、ミカールはまあまあ、とアレクサンドラの肩を叩いた。
「レヴィの話も聞いてやれよ。」
ミカールの思わぬ後押しに勇気をもらったレヴェッカは、強く頷いた。
「あのね。確かにマシューは覚醒してるよ。けど、だからって別に人間を支配しようなんて思ってないんだよ。覚醒っていうのは、意思とか感情に目覚めた事を言うの。ルーカスはたまたまこういう事を思いついたのかも知れないけど、覚醒した使徒みんながルーカスの仲間になるってわけじゃない・・・と思う。その・・・他の使徒は知らないけど、でも、とにかく!マシューは、今は人間をどうこうしようなんて、そんな事思ってない。」
レヴェッカが言い終えると、三人は黙って考え込んだ。しばらくしてミカールが口を開いた。
「じゃあ、マシュー特査は今のところ人間側についてる、って事なんだな?」
「うん。たぶん。」
「たぶん、て何だよ?」
レヴェッカの頼りない返事に、イアソンが聞き返す。
「ルーカスはマシューを誘ったけど、マシューは行かなかった。でも今のままじゃ、気が変わったら向こうに行っちゃうかも知れないの。」
「そりゃあ、まずいな。」
「あぁ、まずいだろうねぇ。使徒の戦力は並じゃない。アンドロイド相手じゃただでさえ分が悪いってのに、マシュー特査は海底公園も部隊も知り尽くしてる。敵に回せば勝ち目はないね。」
ミカールとアレクサンドラは顔を見合わせる。
「だから、私が側にいなくちゃいけないの。」
「なんだよ、それ。」
レヴェッカが言うと、イアソンは不満げにつぶやいた。
「ようは、マシュー特査は諸刃の剣ってわけだろ?こっちにいれば戦力になるけど、そのかわりレヴィが犠牲になる。そうだろ?」
(私が犠牲になる?)
意味がわからず、レヴェッカは三人の顔を見比べたが、三人とも難しい顔をしていた。
「海底公園も大事だけど、アタシは自分の娘を犠牲にしようなんて思えないねぇ。」
アレクサンドラがそう言えば、イアソンも加勢する。
「だろ?オレだってそう思う。もう、わかったろ?レヴィ。確かにここが沈んだら困るけど、そうなる前にあいつらを止めりゃあいい。別にお前が犠牲になる事ねぇんだよ。特査が向こうへ行こうがどうしようが、別にお前のせいってわけじゃない。」
「そうだよ、レヴィ。あんたにはあんたの人生があるんだ。なにもあんたが犠牲なる事ないんだよ。」
重ねて説得しようとする二人に、レヴェッカは思わず立ち上がった。
「犠牲、って何!?私、そんなつもりじゃないよ。私がマシューといたいの!わかってくれないなら、もういい!」
そう言い捨て、レヴェッカは階段を駆け上がった。追いかけようとしたイアソンを、ミカールが止める。
「落ち着けって。頭ごなしに言ったってレヴィは納得しない。」
イアソンはしぶしぶソファに腰を下ろす。
三人は重いため息を漏らし、ソファに身体を預けた。
しかし、先程階段を上っていったはずのレヴェッカがまた階段を駆け下りてきたのに気付いて、三人は身体を起こす。
「どうしたんだい!?」
アレクサンドラが聞けば、レヴェッカは答えるのも時間が惜しいとばかりに、走りながら叫んだ。
「マシューがいないの!」
そのまま、レヴェッカは玄関を飛び出した。
チッとイアソンが舌打ちをして後を追う。続こうとしたアレクサンドラをミカールが引き止める。
「お前はここで待機だ。レヴェッカが戻ってきた時に誰もいないわけにいかないだろ?もしレヴェッカ一人で戻ってきたら捜しに行ったイアソンにも連絡しなけりゃならない。」
「わかったよ。ミカールは?」
「俺は本部に戻って情報収集だ。何かわかったら連絡する。」
そう言い残して、ミカールは出て行った。一人残ったアレクサンドラは疲れきったようにソファに座り込む。
「いったい、どうなってんだいソール。なんとかしとくれよぉ。」
アレクサンドラはため息とともに言葉を吐き出したが、その嘆きに答えるものは誰もいなかった。
マシューを捜す為に家を飛び出したレヴェッカは、三時間後にイアソンに連れ戻された。
もとから捜す当てがあったわけではない。闇雲に街を駆け回り、いたずらに体力と時間を消費しただけだった。
連れ戻され、食事を取り、シャワーを浴びれば一日の疲れがドッと押し寄せてくる。なぜどうしてとマシューを責め、ふがいない自分に歯がみしつつ、倒れこむようにベッドに横になれば、気付けば朝になっていた。
階下の話し声に気付いてリビングに行くと、アレクサンドラとイアソン、それにミカールが朝食を取っていた。
「おはよう。」
「おはよう。あんたも食べな。」
アレクサンドラに言われるままレヴェッカは席につき、朝食を食べ始める。咀嚼し、胃に食べ物が入ればだんだん頭も働き始める。気付けば、レヴェッカの頬を涙が伝っていた。
「レヴィ、あんた・・・。」
(私、マシューに置いていかれたんだ。)
泣きながら食べるレヴェッカに、三人は思い思いの表情を浮かべた。
「レヴィ、泣くなよ。」
「だ・・って・・うぅ・・・。」
イアソンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
三人はしばらく黙っていたが、アレクサンドラが見るに見かねてレヴェッカに声を掛けた。
「レヴィ。あんたはどうしてもマシュー特査のところに行きたいんだね?」
「母さん!」
イアソンは抗議の声をあげたが、アレクサンドラはそれにはかまわず、じっとレヴェッカの顔を見つめる。
レヴェッカは涙を拭うと顔を上げ、アレクサンドラを見つめ返した。
「私、今までずっとマシューに助けてもらってたの。こないだの事件よりずっと前から。だから、今度は私がマシューを助ける番なの。マシューは優しいから、向こうに行っても人間を支配するなんて出来ない。出来たって、きっと苦しむんだよ。それが嫌だから、マシューは悩んで眠ったままになってた。それを起こしたのは私の責任だし、私がいなかったら誰もマシューをわかってあげられない。それに、ここでマシューの力になれなかったら、私一生後悔する。だから、お願い。マシューの所に行かせて。」
一気にそう言うと、レヴェッカは頭を下げた。
口に出して、なおさら自分の気持ちが固まった気がする。
(そうだ、私は犠牲になるんじゃない。私自身がマシューと一緒にいたいんだ!)
「決意は固いんだね?」
レヴェッカは深く頷く。
アレクサンドラは小さくため息をついた。
「わかったよ。それがあんたの選んだ道なら仕方ないね。」
「ありがとう、お母さん!」
レヴェッカはホッとして、また零れた涙を拭った。
イアソンはどこか気に入らないような顔をしていたが、ミカールも何も言わないところを見ると、認めてくれたようだ。
(良かった。これでマシューと一緒にいられる。)
レヴェッカはパンを手に取ると、バターとハチミツをたっぷりと付けて頬張った。やっと、食べ物の味がわかるような気がした。
「レヴィ、さっきお前が来る前に話してたんだが・・・。」
ミカールはそう前置きをすると、今朝までに本部で知り得た情報について話してくれた。
それによると、ルーカス達の反乱組織IDEAに対して、各国が協力して合同チームを作ることになったのだという。それとは別に、海底公園の治安維持部隊でも専用のチームが作られた。メンバーは今のところ極秘だが、今日中には収集されるだろう。
問題なのは各地でアンドロイドを隔離したり、停止させたりする措置がとられ始めた事だ。アンドロイドに頼り切っていた神都イェルメラディアでは、神都への入出国が一時的に出来なくなり、交通が完全に麻痺してしまった。神都の機能は停止したも同然だった。
「じゃあ、マシューは?まさか・・・。」
「その、まさかだ。昨日本部に戻ったところを拘束された。」
「なんで!?マシューは何も悪い事してない!!」
レヴェッカが怒鳴ると、ミカールは肩をすくめた。
「俺に怒るなよ。・・・それに、マシュー特査は抵抗しなかった。ルーカスの仲間じゃないって事を証明する為に、上の言う事におとなしく従ったんだ。仕方ないだろ?マシュー特査は使徒だ。ルーカスと同じ顔でその辺をウロウロしてみろ。大騒ぎどころか下手すりゃどっかの国の奴らにやられかねない。この事件が解決してルーカスが捕まるまでは、おとなしく拘束されてるしかねぇんだよ。」
レヴェッカは憤りのあまりおかしくなりそうだった。
部屋に戻ってベッドに寝転がる。
(酷いよ!)
ミカールの言いたい事はわかる。
アンドロイドに宣戦布告された人間側からすれば、マシューを拘束するのは仕方ない事なのだろう。
でも、それではマシューの気持ちはどうなるのだ。人間はそうやってマシューを拘束していれば安心なのかも知れないが、悪意もないのに拘束されているマシューは辛いはずだ。
レヴェッカは窓から外を眺めた。
昨日、窓から出て行ったマシューは何を思っていたのだろう。本部に行ったという事は、少なくとも今のところはルーカスの仲間になるつもりはないのだろう。では、やはり戦う為に戻ったのか・・・?
そう思いながら窓の外を見ているうちに、次々に家族が出かけていって、家にはレヴェッカ一人が残された。




