11・疑問
「ごめんね。レヴィ。」
レヴェッカはクッションを抱え、レヴィに謝る。
レヴェッカの部屋。二人はベッドに寄りかかるように座っていた。
「私のせいで、お兄ちゃんにばれちゃって。」
「いえ、イアソンが黙っていてくれるなら、それでかまいません。」
「うん。お兄ちゃんには私からもう一度言っておくね。」
「はい。お願いします。」
レヴェッカは話しながら、レヴィの綺麗な顔に見とれていた。
ずっと憧れつづけたレヴィが、信じられない事に自分の部屋に居るのだ。そして、自分の隣に座って二人きりで話をしている。そう思うと胸が高鳴って頬が緩んでくる。まるで夢のようだった。
「ねぇ、レヴィ。マシューは料理上手なのに、レヴィは苦手なの?」
「えぇ。苦手と言うか、料理はマシューの趣味なのです。部隊で時々作っているそうですよ。私は作った事はありませんが。」
「マシューの趣味!?」
「おかしいですか?」
「え、おかしいって言うか・・・意外。それに、部隊でってそんな差し入れとか見たことないし・・・。あっ。」
時折食堂のテーブルにおいてある料理やお菓子。とても美味しくて部隊でも大人気で、食欲旺盛な肉体派だらけの部隊では秒殺で胃袋に消えてしまうそれが・・・でも、コックの娘「ジェーンの手料理」と呼ばれていたけれど・・・?
「マシューが作った、と言われれば誰も口にはしてくれないでしょうから。」
レヴェッカの言いたいことを察してレヴィは答えをくれた。
「でも!・・・えっと・・・マシューの料理はすごくおいしいのに・・・。」
悲しそうに言う彼の言葉を否定しようとして、レヴェッカは言葉に詰まってしまった。
おそらく彼の予想は外れない。マシューの手料理を口にする隊員はひとりもいないだろう。言葉で否定するのは簡単だが、嘘をついて慰めるのは違う気がしてレヴェッカは口をつぐんだ。
「いいんです。レヴィが気にすることではありませんよ。我々に対してそれくらいの警戒心があって当然です。たとえ感謝されなくても彼らの喜ぶ顔が見られれば、それで。マシューはそう思っているでしょう。」
「・・・うん。」
なんだか複雑な心境だった。マシューを嫌う隊員達に対して怒りすら感じている。
ついこの間までは嫌いだったマシューに同情している自分がいるのだ。
隊員達と同じ側に立っていた自分が。
(変なの・・・どうしちゃったんだろう、私。)
自分で自分の気持ちがわからない。
こんなことは初めてだ。・・・そうか。今の私は普通じゃないから。あの任務の時から・・・。
(嫌!)
それを思い出しかけて、慌てて頭を振る。
あの任務のことはもう、忘れてしまいたかった。
あの時何が起こって、自分が何をして、どういう結末になったのかも。
震える指でレヴィの袖を掴むと、彼は瑠璃色の優しい眼差しで頷いてくれた。
それだけで、波打って荒れそうになっていた心が緩やかに凪いでいく。
(落ち着く・・・とっても・・・。)
彼の瑠璃色の瞳が、少し低めの穏やかな声が、レヴェッカを安心させてくれた。
(レヴィが好き。)
自然とそう思った。
話をしながら、レヴェッカはついレヴィに恋愛感情を期待してしまいそうになる自分に気付いていた。レヴィが答えてくれる。レヴィが笑ってくれる。いつもは自分が勝手に職場に押しかけて、それをレヴィが家まで送ってくれる。そういう関係だったのに、今はレヴィが自分の部屋にいる。
(なんか、特別って感じ。)
この時間、ここにいるレヴィを独り占めしている感覚。それがとても嬉しかった。
不意にソン・ミジャに告白しろと言われた事を思い出した。
(もしかして、今がチャンスなんじゃ・・・。)
レヴェッカの心臓はドキドキと激しく脈打った。
「昨日、マシューがボビーに会いに行った件ですが・・・レヴィ、今から見てみますか?」
「え?」
言われて、そうだった、と思い出す。
手の平を差し出したレヴィに、レヴェッカは心臓がはちきれそうになった。
スミレの様子が心配なのはもちろんだが、それ以上に緊張するのはレヴィに触れる事だ。
(触れればレヴィの気持ちが読める。)
期待と不安が入り混じり、レヴェッカは手を取るのを躊躇った。
「今日は止めておきますか?」
優しい瑠璃色の瞳がレヴェッカを見つめていた。
(レヴィ、私に呼ばれたからって言ってた。)
レヴェッカは先程のレヴィとイアソンのやり取りを思い出す。マシューからレヴィに代わった理由を聞かれ、レヴィはそう答えたのだ。マシューでいる間も、レヴェッカが願えばレヴィに代わってくれるのだろうか。
もしそうなら、それは、すごく特別な事ではないだろうか。そう思うと勇気が出た。
「ううん。見せて。」
レヴィを諦めると思っていた事などすっかり忘れて、レヴェッカはそう答えていた。
レヴェッカの心の中で、不安よりも期待のほうが勝っていた。高鳴る胸を左手で押さえ、右手をそっとレヴィの手の上に重ねる。その瞬間、様々な情報がレヴェッカの脳に流れこむ。
すぐにレヴェッカはレヴィの気持ちを読み取ろうとした。
(あれ?)
しかし、いくら探っても感情らしきものが読み取れない。
(おかしいな。)
そうしているうちにレヴェッカは他の情報に気を引かれて、そちらに注目した。
個室の病室。ベッドに起き上がり、こちらを見るスミレ。マシューの記憶だった。
(良かった。前と変わってない。)
たくましい巨体。腕や足も元通りになっている。二言、三言、言葉を交わすと、スミレはあの、と話を切り出した。
「あの子は、レヴィはどうしてるんですか?誰に聞いても詳しい事を教えてくれないんです。」
スミレの思いつめたような表情に、レヴェッカは心を打たれた。その表情で、どんなにスミレが心配してくれていたのかがわかったからだ。
(スミレちゃん!)
「レヴェッカは自宅で療養中だ。」
「何があったんです?何か・・・何かあったんですか?」
「身体の方は問題ない。怪我は治った。だがまだ元の生活に戻るには時間が必要だ。」
「どういうことですか?」
「私から言えるのはここまでだ。これ以上は私の口から言う事ではない。」
「・・・そうですか。」
顔を覆って俯いてしまったスミレに、レヴェッカは思わず声を掛けたい気持ちになった。しかし、これはマシューの目を通して見た過去の再現に過ぎない。
(スミレちゃん、スミレちゃん!)
スミレの振るえる肩を見て、レヴェッカはもどかしくてたまらなかった。
(自分で行けばよかったんだ。)
レヴェッカは激しい後悔に襲われた。自分に勇気が無かったばっかりに、スミレをずっと心配させていたのだ。
スミレは部隊に入った自分の面倒をずっと見てくれていた。レヴェッカと違ってスミレは部隊でのキャリアが長いし、面倒見が良くて責任感も強い。母のアレクサンドラが、そんなスミレを見込んでレヴェッカを任せたのだ。スミレはアレクサンドラに憧れ、尊敬していた。髪を赤くしているのだって、それが理由なのだ。そんなスミレだから、レヴェッカ以上に事態に責任を感じ、容態を心配していたのだろう。
マシューはその後、事務的な連絡を済ませて部屋を出た。そこで映像は途切れる。レヴィが見せようとしたのはここまでなのだろう。
しかし、その映像が終わってからも、レヴェッカはレヴィから気持ちを読み取ろうとしばらく手を重ねていた。
「レヴィ?どうかしましたか?」
聞かれて、仕方なく手を離す。
(何も読み取れない・・・。)
「大丈夫ですか?」
気遣うレヴィを見つめ、レヴェッカは首を振った。
「うん。なんでもない。」
レヴィのその表情からは心配しているような様子が窺えるのに、それに伴うはずの感情は読み取る事が出来なかった。
(なんでだろう?)
レヴィが帰った後も、レヴェッカの頭からその疑問が離れなかった。
前にマシューに触れたときには、確かに感情のようなものを読み取る事が出来た。それなのに、どうしてレヴィからは読み取れなかったのだろう。マシューの時も、レヴィの場合でも同じように手に触れた。条件は同じはずなのだ。それに、相手とリンクする感覚はどちらも同じように感じた。それなのに・・・。
(マシューにもう一度触れてみればわかるかも。)
明日来るのはマシューだろうか、それともレヴィだろうか?
(どっちでもいいか。代わってもらえばいいんだし。)
そう思っていたのだが、翌日マシューは家に来なかった。そしてその翌日も。
(何かあったのかな?)
退院してから毎日来てくれていたのに、突然来なくなってしまったマシューに、レヴェッカは戸惑っていた。特に約束をしていたわけではないけれど、言わなくても来てくれるものと思い込んでいた。
レヴェッカは自分で昼食の支度をすると、一人リビングでそれを食べた。
「まずい・・・。」
自分で言うのもなんだが、料理はまずかった。悔しいが、これならイアソンの作ったラーメンの方がよっぽど美味しい。
(マシューの料理が食べたい・・・。)
そんな自分が、まるでマシューに本格的に餌付けされてしまったのだと思えて、なんだかおかしかった。
マシューが来たら、もう一度触れて気持ちを確かめたかった。それに、スミレの事も頼むつもりでいた。一人で家を出るのは怖かったけれど、家族はほとんど家にいない。だから、マシューが来たらスミレのところに連れて行ってもらおうと思っていたのだ。
その夜、仕事から帰って来たアレクサンドラとイアソンにマシューの事を知らないか聞いてみたが、二人とも知らないとの事だった。
マシューが来なくなって三日目。レヴェッカは朝から落ち着かず、アレクサンドラ達が出かけてから、用も無く何度も一階に下りてきてはリビングをうろついていた。
(来ないなぁ。)
リビングのソファに寝そべってテレビをつけるが、マシューが来ない事が気になって内容など何も頭に入ってこない。イアソンにレヴィの事がばれてしまったから来なくなったのか。それとも、レヴェッカがある程度回復したと判断したのだろうか。
(もう、来ないのかな。)
よく考えれば、もともとマシューが毎日来ていた事の方が不自然だったのだ。理由を聞く余裕も無かったのだが、今思えば、なぜ毎日来てくれるのか聞いておけばよかった、と思う。




